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 紅茶をどうぞ
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[お題] だから、いつか、きっと
 ロシアの表情はとても分かりやすい。
 いつも胡散臭い笑顔でニコニコしているが、不機嫌だったり上機嫌だったり、そういうのは結構伝わり易いもので、イギリスにとってその辺の機微を感じ取るのはとくに難しいことではなかった。

「俺、お前のこと嫌いだ」

 そう言えばきゅっと眉を顰めて冷たく微笑んでから、彼は「そんなの今更じゃない」と言って、むっとした表情を隠すことなくあらわにした。
 挑むように睨みつける瞳には分かり易い敵意が潜んでいる。

「理由は聞かないのか?」
「理由? 別に興味ないな。だって僕も君のこと大嫌いだから!」
「ふーん」

 ありていに言えば子供なのだ。
 好きなことと嫌いなことの区別がはっきりしていて、誰に対しても隠すことなく、わざわざつくろうようなつまらない真似はしない。
 素直、と言ってしまば美徳に聞こえるのが不思議で、そういったいっそ愚かなまでの感情の起伏がイギリスは決して嫌いではなかった。

「じゃあ愛してる」

 かすれた声に重苦しいまでの想いを乗せて囁けば、今度ははっと両目を見開いてこちらを見つめる。
 水晶みたいに綺麗で透明で冷たい両眼は、イギリスの姿を映して水底に沈んだ宝石みたいに鈍く輝く。その反応に興味を惹かれた。

「嬉しいのか?」
「まさか!」
「でも期待している」

 黒皮手袋を嵌めた指先をすいっと伸ばして指摘すると、ロシアは窮屈そうに眉を寄せて胸元に垂れるマフラーを握り締める。不安定な精神を有するその姿になんとも言えない加虐心をそそられるのは、自分も相当歪んでいる証拠だろう。

「ロシア」
「……なに」
「不安に思うならもっと締め付けはきつくしろよ」

 にやりと笑ってイギリスは自分の首をかっちりと拘束する首輪にふれた。そこから伸びる銀色の鎖はロシアの手に巻かれ、ぐるぐるととぐろのように連なっている。それを見ているとどちらが捉え囚われているのか、境界線が曖昧になっていった。

 引かれれば喉が絞まり呼吸さえもままならなくなるような、そんな状況下に於いても尚、不遜な態度を崩さないイギリスに対して彼が苛立っているのが手に取るように分かる。
 あぁでも、ここから逃れるのは容易く、この束縛には実はなんの意味もないことをはじめから二人は知っていたはずだ。

「俺をこんな北の果てに閉じ込めて、飼い慣らすつもりなんだろ?」
「イギリス君はそれでいいの」
「いいわけねーだろ。俺は俺であってお前じゃない。ここにいたって永遠に『ロシア』になんてならねぇよ」

 吐き捨てるように冷たく言い切れば、強張った笑みのままロシアは手首に巻きつけた鎖をチャリ、と鳴らした。威嚇する動きは相手に恐怖を植え付けるのが目的なのか、それとも自身の忸怩を保つためか。

「けどな、実質今の俺はこうしてお前に拉致されて、もう一週間もここに放置されているわけだ」
「そうだね」
「まぁ今頃俺んちやアメリカ辺りの特殊部隊が血眼になって探してるだろうし、見付かるのも時間の問題かもしれないけどな」
「無理だよ。彼らにここは絶対に見つけられない。絶対にね」
「ふーん。まぁなんにせよ、ここにいる間だけ、俺はお前の持ち物だ」

 重い鎖は首だけじゃない。両手首、両足首にもかけられ自由を奪われていた。それでもイギリスは焦りも怒りも怖れも抱かず、常と変わらぬ顔でだらしなく打ちっ放しのコンクリートの床に座り込んだままロシアを睥睨するのだった。

 ロシアは長いコートを引きずるようにして両膝をつき、イギリスの方へと身体を寄せる。そして大きな手の平を無造作に伸ばすとしがみつくように抱きついてきた。
 間近に迫るひやりとした頬は血管が見えるくらい白く薄く青褪めていて、囚われの身であるイギリスよりもよほど病的に見える。

「ねぇ、僕のものになってよイギリス君。じゃないと殺しちゃうよ」
「殺せるものならとっくに殺してるだろ。俺たちに生殺与奪の権限はない」
「じゃあここに一生閉じ込めておくことにする。二度と外には出してあげないから」
「枯れて腐って醜くなってもいいならそうすればいいだろ」

 くすっと笑ってそう言えば、ロシアはまるで親の敵を見据える人間のような目をして暗く喉の奥を鳴らした。獣のような唸り声だ。
 凶暴でキチガイじみていて、手の付けられない狂った獣。
 このままここで猛獣使いになるのも面白いと、思ってしまうくらいには滑稽で哀れで、そして愛しい存在だと思う。

「俺は俺、お前はお前だ。ここにいれば俺は俺じゃなくなるし、お前もそんなみっともない俺には興味ないだろ」
「……そうだね。君にはいつまでも憎らしくいてもらわないと張り合いないもの」
「分かってんじゃねーか」

 はははと心の底から馬鹿にしきって声高に笑って見せる。そうすればこれ以上はないほど不機嫌な顔でロシアが離れていった。
 それからガチャンと盛大な金属音を響かせて鎖が落ち、続いて小さな鍵が降ってくる。見上げれば殺意の篭った眼差しを隠しもしないで、ロシアは無遠慮に顔面に靴底を押し当ててきた。

「君なんてこのまま踏み潰しちゃいたいくらいだよ」
「やれるもんならやってみろ」
「大っ嫌い!!」

 絶叫と共に浮いた足が思い切り蹴り飛ばしてくるのを覚悟して両目を閉じれば、ガツンと容赦のない衝撃が横っ面に叩き込まれる。倒れこんだ頭をそのままブーツで踏みつけられれば、口の中いっぱいに広がった血の味がどこか懐かしさすら感じさせた。
 ここに来てはじめての暴力だったが、ロシアにしては随分と生易しい蹴りだ。その証拠に骨が折れた気配はない。

「イギリス君なんて大嫌い。嫌い嫌い嫌い!」
「あぁ、俺だってお前のこと、嫌いだ」

 涙の雫が床に小さな染みを作り、ジンと痺れた脳裏にその光景が嫌というほど焼きついた。そうして見上げたイギリスの瞳には、狂気と恐怖をまとう北の魔物の姿はなく、ただ泣きじゃくる子供の姿しか映らなかった。
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