紅茶をどうぞ
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[祭] 見つめる (瞳の中には君一人)
(注意:日本がアメリカに対してかなり容赦なく冷たいです)
子供が二人いました。
一人は太陽のように眩しく輝く空色の瞳を持つ子供。
もう一人は月のように静かで冷たい瞳を持つ子供です。
太陽の子供は抱えきれないくらいたくさんの愛を注がれ、とても大事に大事に育てられました。
子供らしくどんな我儘を言っても許されましたし、涙を流せば抱きしめてもらえましたし、頬に口吻けられ、甘くて暖かくて優しい腕に包まれて眠ることを許されていました。
夢と希望をいっぱいに集め、与えられるものを当たり前のように受け止め、健やかにすくすくと若木のように育っていきました。
月の子供はいつもひとりぼっちでした。
雪と氷、寒さと飢えと痛みをもたらす黒い影だけがいつも傍らにあり、子供はその影が大嫌いで仕方がありません。けれど子供はいつもひとりぼっちでしたし、結局は寂しさの余り泣きながらその影に寄り添うしかありませんでした。
迫りくる死の恐怖に怯える嘆きの声が子守歌でしたし、呪いと狂気による怨嗟がいつもいつも耳について離れません。
白と黒のモノクロの世界が、その子供にはすべてでした。
ある日、太陽の子供は自分は籠の中にいることに気付きました。
暖かくて幸せで、そこはまるで天国のように美しい場所でしたが、自由という名の翼をはためかせることが出来ないと信じ込んだのです。
だからその子は銃を手にして、自分を包み込む柔らかな鎖を撃ちました。
鍵は脆くも壊れて地に落ち、子供は自由を唄いながら空を目指して思いきり羽ばたきます。
ただ、飛び立ったそのあとに残された真っ赤な真っ赤な血だまりの中、涙を流す愛すべき人を置き去りにしたことに気付くことはありませんでした。
ある日、月の子供は泣きながら言いました。
ひとりなのは嫌。さみしいのはもう嫌。みんなばらばらなのは嫌。
ぜんぶぜんぶひとつになれば、自分は一人ではないしきっとさみしくはないし、幸せがおとずれるんだと信じて疑いませんでした。
だからその子は傷だらけになりながらも、暖かくて光の満ち溢れる世界を目指して銃を手にしました。
自分の邪魔をするものは全部いりません。いらないものは壊してしまって、そうやって子供が望んだひとつの世界を作ろうとしました。
暖かな光が降り注ぐサンルームの、庭へと続く白い階段に腰掛け、イギリスはそよ風に小さく揺れる向日葵を見つめていた。
今年初めて植えたその花は、大切に育てたおかげで実に見事な花を咲かせてくれたのだと言う。
種をまいてからというもの、妖精たちが、歌と祈りの言葉によって毎日欠かさず世話をしたそうだ。そう聞かされてもあいにくと日本には、今もすぐ傍を飛んでいるであろう彼女たちの姿を見ることは出来なかった。
イギリスは、さらりと指先で膝の上にある髪を撫でてから目線を落とすと、そっと口元に笑みを浮かべた。眠りに落ちているロシアの白い頬には、柔らかな陽光が燦々と降り注いでいる。
いつからだろう、二人がこうやって共通の時間を過ごすようになったのは。
日本は出された紅茶を一口飲みながらぼんやりとその光景を眺めた。
大きな身体を丸めて、イギリスの膝の上に頭を乗せて眠るロシアは子供のようにあどけない顔をしている。穏やかで落ち着いた空気の中、彼は陽の光をいっぱいに浴びて実に気持良さそうだった。
イギリスも、重いだろうに大人しくロシアに膝枕をしながら、その髪を何度も何度も梳いている。時折、そのなめらかな肌の感触を楽しむように頬を撫で、指でつつく仕草は心底楽しそうに見えた。
「そろそろ時間ですね」
腕時計を確かめながら日本がそう呟けば、イギリスはついと目線を上げてかすかに眉をひそめる。それから小さな溜息とともに何もない空中に向かって声を掛ける。
「お前たち、アメリカが来たら教えてくれ」
おそらく妖精たちに頼んだのだろう。
きらりと不自然に輝く光が(目の錯覚ではない)、そのまますっと門の方へと流れて消えた。日本も時々、この不思議の国にいる間だけこうしたささいな現象を目にする事がある。
「せっかく寝入ってるのになぁ」
起こすのは忍びないと、あまりに残念そうにイギリスがこぼすので、日本もまたその意見に同意とばかりに囁くように口添えをした。
「このまま寝かせておいてあげましょう」
「でも、アメリカが」
「いいではありませんか。彼も子供ではありません。もう……そろそろ自覚するべきなのです」
自分でも少々ひやりとした物言いだと思いながら、日本はそっと控えめな笑みを浮かべて手にしたティーカップをソーサーへと戻した。
アメリカが、イギリスに対してなんらかの感情を抱いていることは、だいぶ以前から気付いていた。それが手放したものへの未練なのか、はたまた過ぎたる感情ゆえなのかは分からない。それでも彼が元宗主国に対してなみなみならぬ思いを抱いていることは、嫌と言うほど感じられた。
二人の間に横たわる、複雑に絡み合った過去の糸をほどくにはまだまだ時間がかかるのだろうし、それは仕方がないのだろうと諦めたこともある。けれど日頃のアメリカの態度は目に余るもので、常々日本は快く思ってはいなかった。
可愛いわがままも度が過ぎれば悪意に感じられるものだ。
イギリスは依然としてアメリカには甘い顔を見せるが、それはあくまでアメリカとの過去があってはじめて成り立つものであり、第三者の目を曇らせるにはまったくもって無意味な代物だった。
日本はあらゆる面でアメリカとは今後も良い付き合いをしていきたいと願っているが、イギリスへの辛辣な物言いや傍若無人な態度は常々赦しがたいと感じている。
いつまでも子供のままではいられない。
そんなこと、彼にだって分かっているだろうに。
「あ……」
きらりと光がはじけて、イギリスが物言いたげにこちらを向く。
日本は立ち上がると到着したのであろうアメリカを迎えるべく、家主に軽く会釈をしてから庭を歩き出した。
アメリカは、いつもと変わらないフライトジャケットを羽織ったラフな格好で玄関先に佇んでいた。
前触れもなく現れた日本の姿にやや両目を見張ってから、すぐに明るい笑顔を投げて寄越す。
「やあ日本! 君も来ていたんだね!」
「ええ。アフタヌーンティに誘って頂きました。アメリカさんも今日はお約束を?」
「まあね。たまたま暇だったから、辛気臭いイギリスの顔でも見てからかってやろうと思って。彼はサンルームの方かい?」
「はい。……アメリカさん」
身軽に方向を変えすぐにでも歩き出そうとした青年を呼び止めれば、彼は不思議そうになんだい?と首をかしげて後ろを振り返る。
その隣に並んで立ちながら、日本は静かに微笑んで見せた。
「今、イギリスさんは手が離せませんよ」
「ガーデニング中?」
「いいえ。ロシアさんがいらしています」
彼が最も苦手とする国の名を告げれば、そうと分かるほどはっきりとアメリカの顔色が変わった。
彼は形の良い唇を噛んで、それから忌々しげに吐き捨てるように言う。
「イギリスも本当に困ったものだね! まったく何を考えているんだろう」
「行かれるのですか?」
「当り前だよ。いくら老大国だからって、ボケるにはまだ早すぎるんじゃないかな。仕方ないから俺が助けに行ってあげよう」
そのままどんどんと生垣を過ぎ、その奥にいるであろう二人の元へ足を運ぶアメリカを、日本は穏やかな眼差しで見つめながら追いかけた。
世間話をするように言葉を続ける。
「アメリカさん。はるか昔、中国さんのところに太公望という方がいらっしゃいました」
「……突然なんだい」
「その方はとても素晴らしい格言を残されたんですよ」
「今は興味ないね、あとにしてくれ」
そうして少し足早に庭を横切り、見慣れたサンルームを目指していたアメリカは、目の前に現れた光景に息を呑んで立ち尽くした。
驚きの余り固まったその広い背に、日本はゆっくりと静かに声をかける。
「覆水盆に返らず。一度こぼしたお水はもう二度と、カップには戻らないと言う意味ですよ。お分かりになりましたか?」
「……日本」
「あなたは捨てたのです。二度と手に入らないほど大切で貴重なものを、傷つけて置き去りにして来たのですよ」
初めてその光景を見た時は、正直意外すぎて薄気味悪いとさえ思った。
裏庭の人気のない静かな休憩所。ちょうど木立の陰になる場所にベンチがひとつだけ置かれており、その眼の前には夏の間だけ楽しめる数本の向日葵が風にゆらゆらと揺れていた。
そこに、あのイギリスとロシアが二人きりで並んで大人しく座っていたのだから驚きだ。きっと誰だって眉をひそめて不審に思うだろう。事実日本だって驚いて足を止め、思わず身を隠しながらまじまじと二人の姿を凝視してしまった。
イギリスとロシアの仲の悪さは世界的にも有名である。その接点たるや争いの火種以外思い浮かばないと言っても過言ではない。目立って口喧嘩をするわけでもないが、むしろ視界に入れるのも不快で口をきくのも嫌悪しているようなところがあったので、互いに無視し合っていることの方が多かった。
そんな二人が顔つきも穏やかに、距離をつめて狭いベンチに座っている。爽やかな風にゆったりとゆらぐ向日葵を見る目はとても楽しげで、とくに会話は交わされないがひどく甘やかな空気さえ漂っているのだった。
一体いつの間に二人はこれほどまでに接近し合う仲になったのだろうか。
そう思った日本は脳裏を掠めた嫌な予感に鼓動を高鳴らせた。どちらから仕掛けたのかは分からないが、何か水面下で取引でもなされたのだろうか。それとも騙し騙されているのだろうか。
しかし、アメリカやフランスに相談するべく日本が踵を返し掛けたところで、それは起こったのだ。
イギリスの手がそっとロシアの頬に伸び、目線を向けたロシアの顔が、見たこともないほど純粋な笑みを浮かべる。
互いの姿をその瞳の中に映しこみ、そっと戯れるような口吻けを交わしはじめた二人を前に、日本はあまりの衝撃にその場にへたり込みそうになるのを必死に耐えるだけで精いっぱいだった。
どんな理由があるにせよ、人はここまで真摯な眼差しで嘘はつけない。
ロシアの目も、イギリスのはにかんだような笑みも、永い時を生きて来た日本をして偽りがあるようにはとうてい思えなかった。
認めたくはなかったが、どう考えても二人を包む空気は始終穏やかで、触れ合う唇にはためらいや打算は微塵もない。
まさかという気持ちと、これはまずいという動揺を胸に、気付かれないよう気配を殺して日本はその場を後にした。
―――― それが今から半年前の出来事である。
その後、イギリスもロシアも他国の目のある場所では絶対にお互い、近寄ろうとはしなかった。会話はおろか半径1メートル以内に接近することさえ避けているようで、少々神経質なほど二人は距離を置いていた。
日本もあれから、彼らが密会のような真似をしている姿は一度も目撃してはいない。だがそうと知ってしまえば見方も変わるというものだ。
時折様子を伺えば、実に巧妙に隠してはいるものの二人の間に流れる特別な雰囲気は確かに存在するし、不自然なほど逸らされる視線に気付かないわけがなかった。
ほんのささいな……たとえば廊下ですれ違う時や、書類を渡す時など、いつもは伏せられた眼差しが一瞬だけ絡み合い、引き結んだ唇がゆるくほころぶ。
そしてそんな時は、決まって敏いフランスやアメリカのいない時であった。
そうやってひた隠しに隠している彼らであったが、日本はイギリスの友人であると同時にロシアとは隣り同士である。
なにかあれば真っ先にその影響の余波は自分に降りかかるであろうことを知っているので、思いきって真偽のほどを確かめなければならないと思い、まずはロシアを呼び出した。
何故先にロシアを選んだかと問われれば、彼の方が付き合いが長く聞かれたことに対して嘘はつかないと思ったからだ。イギリスは恐らくこうと決めた事項に関しては、相手が誰であろうと絶対に口を割らない。秘密にすると彼が決めているのならば、たとえ日本と言えどもその壁を崩すことは出来ないだろう。
そう判断して日本はとうとう、世界会議終了後にロシアを自宅へ招くことにしたのだった。
その日。怪訝そうに、だが楽しそうにロシアは日本の家の門をくぐり、奥まった和室に腰を落ち着けた。
出された緑茶や和菓子には手をつけず、物珍しそうに床の間の掛け軸や刀、襖の日本画に目を奪われているロシアからは、昔は嫌というほど感じていた威圧感や警戒心はほとんど感じられなかった。
それがイギリスとの付き合いに起因するのかどうかは、この時点では判断しかねたが、その予想はこの後、的中することとなる。
「ロシアさん、ひとつお伺いしてもよろしいでしょうか」
「なぁに?」
「イギリスさんのことです」
持って回った言い方は好まれないことを知っているので、不躾かと思ったが日本は単刀直入に切り出した。恐らく勘のよいロシアのことだから、すぐに言いたいことを汲み取ってくれるだろうということも計算済みだ。
ロシアは驚いたように目を丸くして、それから唐突だね、と言って肩を竦める。
窮屈そうに、それでも覚えたての作法通りに正座して向かい合いながら彼は、苦笑を浮かべつつも子供のような口調で続けた。
「彼のココロは僕のものだよ」
たったの一言。それだけで十分だった。
好きとか愛しているとか、そんなことは『国』である自分たちは軽々しく口には出来ない。だが心を持つ一人の人間としてならば、交わされる何かがあっても構わないのではないだろうか。
「貴方の心も彼のものですか?」
「うん」
「そう……ですか」
乾いた声で呟いて、思わず溜息をこぼした日本に、しかしロシアは何でもないことのように笑って続けた。
「でもね、イギリス君が一番大切に想っているのはアメリカ君なんだよ」
「……それは」
「僕とアメリカ君、どちらかを選ばなくちゃいけない時は、迷わず彼はアメリカ君を選ぶだろうね」
そうだろう。それは間違いがない。
『国』と『国』の関わり合い、その成り立ちや政情、置かれた立場などをかんがみればそれは自明の理だった。疑う余地もない。
「でも、イギリス君は言ったんだ。自分が笑うのは僕の前だけだって。この先、何があっても笑顔で過ごせるのは僕とだけだって、そう言ってくれたんだよ。だからそれでいいんだ」
ロシアの落ち着いた声に日本は一瞬息を呑んで、それからその言葉に込められたある種、決意のようなものに思わずこぶしを握った。
静かで、けれど何者にも侵されることのない純然たる想いがそこにはあった。
―――― それほどの覚悟があると言うのなら。
「ならば、私もあの方の笑顔を守りましょう」
少しでも長くイギリスが笑っていられるように。
泣かせてばかりいるアメリカと違って、彼がロシアの前でなら笑えると言うのであれば。
幸せになれると言うのであれば。
あの子供に彼は渡さない。
森に一人の子供がいました。
明るい金色の髪と澄んだ翡翠色の瞳を持った子供です。
その子供には兄が三人いましたが、彼らはみな、弟を嫌って弓矢で攻撃して来ました。
子供は傷つきながらも森の動物や妖精、不思議な生き物たちに囲まれて、泣きながらひっそりと暮らしていました。
ある日、その子供は海を越えてやってきた少年と顔見知りになりました。少年は子供が見たこともないような綺麗な服を着て、美味しいお菓子を山のようにくれました。
けれどすこしずつ、すこしずつ仲良くなりかけた頃、少年は突然子供に向けて手にした剣で切りつけて来たのです。追いかけられて逃げ惑う中、子供は気が付きました。
自分は騙されたのだと。
優しい言葉も甘いお菓子も、ぜんぶぜんぶ嘘だったのです。
子供はそこでひとつ、おとなになりました。嘘と裏切りを覚えたのです。
それから月日が流れました。子供は少年になり、青く輝く海の上にいました。
そしてその先で小さな、けれどとても美しくて綺麗な小鳥を見つけました。
かわいくてまっしろで、まるで太陽のように輝くその小鳥を、少年は大切に大切に籠に入れて大事に大事に育てました。小鳥も少年に懐いてくれて、いつも澄んだ歌声を聴かせてくれています。
けれどある日のこと、小鳥は自由になりたいと叫んで銃を向けて来ました。行かないで欲しくて籠の蓋を一生懸命手でおさえましたが、たくさん撃たれました。まっかな血がいっぱい流れました。
そしてとうとう小鳥は大空を目指して飛び立ってしまいました。
少年は、かなしくてさびしくて泣きました。
けれど小鳥は二度と彼の手には戻りませんでした。
それからまた少し経った時のこと。
少年は青年になっていました。青年は大きな戦いをくぐり抜け、ようやく少しだけ落ち着いた時間を過ごせるようになり、また少ないながらも友達だって出来ました。
けれどいつも心はからっぽで、満たされなくて、灰色の厚い雲に覆われていました。
そんな時、青年は道端でうずくまる月の色をした子供を拾いました。
その子供は宝石のようにきらきらと輝く涙を流しながら、さみしいさみしいと言っては自分で自分の身体を傷つけていました。
その姿があまりにもかわいそうで、青年はそっとその子供の身体を抱きしめました。すると月の色の子供はとても驚いた顔をしたあと、花がほころぶように笑ったのです。
しあわせだなぁと思いました。
月の子供が欲しかったものは、太陽の子供が捨てた陽だまり。
それは、いらないといって置き去りにした、ちいさな、けれどかけがえのない楽園。
子供が二人いました。
一人は太陽のように眩しく輝く空色の瞳を持つ子供。
もう一人は月のように静かで冷たい瞳を持つ子供です。
太陽の子供は抱えきれないくらいたくさんの愛を注がれ、とても大事に大事に育てられました。
子供らしくどんな我儘を言っても許されましたし、涙を流せば抱きしめてもらえましたし、頬に口吻けられ、甘くて暖かくて優しい腕に包まれて眠ることを許されていました。
夢と希望をいっぱいに集め、与えられるものを当たり前のように受け止め、健やかにすくすくと若木のように育っていきました。
月の子供はいつもひとりぼっちでした。
雪と氷、寒さと飢えと痛みをもたらす黒い影だけがいつも傍らにあり、子供はその影が大嫌いで仕方がありません。けれど子供はいつもひとりぼっちでしたし、結局は寂しさの余り泣きながらその影に寄り添うしかありませんでした。
迫りくる死の恐怖に怯える嘆きの声が子守歌でしたし、呪いと狂気による怨嗟がいつもいつも耳について離れません。
白と黒のモノクロの世界が、その子供にはすべてでした。
ある日、太陽の子供は自分は籠の中にいることに気付きました。
暖かくて幸せで、そこはまるで天国のように美しい場所でしたが、自由という名の翼をはためかせることが出来ないと信じ込んだのです。
だからその子は銃を手にして、自分を包み込む柔らかな鎖を撃ちました。
鍵は脆くも壊れて地に落ち、子供は自由を唄いながら空を目指して思いきり羽ばたきます。
ただ、飛び立ったそのあとに残された真っ赤な真っ赤な血だまりの中、涙を流す愛すべき人を置き去りにしたことに気付くことはありませんでした。
ある日、月の子供は泣きながら言いました。
ひとりなのは嫌。さみしいのはもう嫌。みんなばらばらなのは嫌。
ぜんぶぜんぶひとつになれば、自分は一人ではないしきっとさみしくはないし、幸せがおとずれるんだと信じて疑いませんでした。
だからその子は傷だらけになりながらも、暖かくて光の満ち溢れる世界を目指して銃を手にしました。
自分の邪魔をするものは全部いりません。いらないものは壊してしまって、そうやって子供が望んだひとつの世界を作ろうとしました。
- - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -
暖かな光が降り注ぐサンルームの、庭へと続く白い階段に腰掛け、イギリスはそよ風に小さく揺れる向日葵を見つめていた。
今年初めて植えたその花は、大切に育てたおかげで実に見事な花を咲かせてくれたのだと言う。
種をまいてからというもの、妖精たちが、歌と祈りの言葉によって毎日欠かさず世話をしたそうだ。そう聞かされてもあいにくと日本には、今もすぐ傍を飛んでいるであろう彼女たちの姿を見ることは出来なかった。
イギリスは、さらりと指先で膝の上にある髪を撫でてから目線を落とすと、そっと口元に笑みを浮かべた。眠りに落ちているロシアの白い頬には、柔らかな陽光が燦々と降り注いでいる。
いつからだろう、二人がこうやって共通の時間を過ごすようになったのは。
日本は出された紅茶を一口飲みながらぼんやりとその光景を眺めた。
大きな身体を丸めて、イギリスの膝の上に頭を乗せて眠るロシアは子供のようにあどけない顔をしている。穏やかで落ち着いた空気の中、彼は陽の光をいっぱいに浴びて実に気持良さそうだった。
イギリスも、重いだろうに大人しくロシアに膝枕をしながら、その髪を何度も何度も梳いている。時折、そのなめらかな肌の感触を楽しむように頬を撫で、指でつつく仕草は心底楽しそうに見えた。
「そろそろ時間ですね」
腕時計を確かめながら日本がそう呟けば、イギリスはついと目線を上げてかすかに眉をひそめる。それから小さな溜息とともに何もない空中に向かって声を掛ける。
「お前たち、アメリカが来たら教えてくれ」
おそらく妖精たちに頼んだのだろう。
きらりと不自然に輝く光が(目の錯覚ではない)、そのまますっと門の方へと流れて消えた。日本も時々、この不思議の国にいる間だけこうしたささいな現象を目にする事がある。
「せっかく寝入ってるのになぁ」
起こすのは忍びないと、あまりに残念そうにイギリスがこぼすので、日本もまたその意見に同意とばかりに囁くように口添えをした。
「このまま寝かせておいてあげましょう」
「でも、アメリカが」
「いいではありませんか。彼も子供ではありません。もう……そろそろ自覚するべきなのです」
自分でも少々ひやりとした物言いだと思いながら、日本はそっと控えめな笑みを浮かべて手にしたティーカップをソーサーへと戻した。
アメリカが、イギリスに対してなんらかの感情を抱いていることは、だいぶ以前から気付いていた。それが手放したものへの未練なのか、はたまた過ぎたる感情ゆえなのかは分からない。それでも彼が元宗主国に対してなみなみならぬ思いを抱いていることは、嫌と言うほど感じられた。
二人の間に横たわる、複雑に絡み合った過去の糸をほどくにはまだまだ時間がかかるのだろうし、それは仕方がないのだろうと諦めたこともある。けれど日頃のアメリカの態度は目に余るもので、常々日本は快く思ってはいなかった。
可愛いわがままも度が過ぎれば悪意に感じられるものだ。
イギリスは依然としてアメリカには甘い顔を見せるが、それはあくまでアメリカとの過去があってはじめて成り立つものであり、第三者の目を曇らせるにはまったくもって無意味な代物だった。
日本はあらゆる面でアメリカとは今後も良い付き合いをしていきたいと願っているが、イギリスへの辛辣な物言いや傍若無人な態度は常々赦しがたいと感じている。
いつまでも子供のままではいられない。
そんなこと、彼にだって分かっているだろうに。
「あ……」
きらりと光がはじけて、イギリスが物言いたげにこちらを向く。
日本は立ち上がると到着したのであろうアメリカを迎えるべく、家主に軽く会釈をしてから庭を歩き出した。
アメリカは、いつもと変わらないフライトジャケットを羽織ったラフな格好で玄関先に佇んでいた。
前触れもなく現れた日本の姿にやや両目を見張ってから、すぐに明るい笑顔を投げて寄越す。
「やあ日本! 君も来ていたんだね!」
「ええ。アフタヌーンティに誘って頂きました。アメリカさんも今日はお約束を?」
「まあね。たまたま暇だったから、辛気臭いイギリスの顔でも見てからかってやろうと思って。彼はサンルームの方かい?」
「はい。……アメリカさん」
身軽に方向を変えすぐにでも歩き出そうとした青年を呼び止めれば、彼は不思議そうになんだい?と首をかしげて後ろを振り返る。
その隣に並んで立ちながら、日本は静かに微笑んで見せた。
「今、イギリスさんは手が離せませんよ」
「ガーデニング中?」
「いいえ。ロシアさんがいらしています」
彼が最も苦手とする国の名を告げれば、そうと分かるほどはっきりとアメリカの顔色が変わった。
彼は形の良い唇を噛んで、それから忌々しげに吐き捨てるように言う。
「イギリスも本当に困ったものだね! まったく何を考えているんだろう」
「行かれるのですか?」
「当り前だよ。いくら老大国だからって、ボケるにはまだ早すぎるんじゃないかな。仕方ないから俺が助けに行ってあげよう」
そのままどんどんと生垣を過ぎ、その奥にいるであろう二人の元へ足を運ぶアメリカを、日本は穏やかな眼差しで見つめながら追いかけた。
世間話をするように言葉を続ける。
「アメリカさん。はるか昔、中国さんのところに太公望という方がいらっしゃいました」
「……突然なんだい」
「その方はとても素晴らしい格言を残されたんですよ」
「今は興味ないね、あとにしてくれ」
そうして少し足早に庭を横切り、見慣れたサンルームを目指していたアメリカは、目の前に現れた光景に息を呑んで立ち尽くした。
驚きの余り固まったその広い背に、日本はゆっくりと静かに声をかける。
「覆水盆に返らず。一度こぼしたお水はもう二度と、カップには戻らないと言う意味ですよ。お分かりになりましたか?」
「……日本」
「あなたは捨てたのです。二度と手に入らないほど大切で貴重なものを、傷つけて置き去りにして来たのですよ」
- - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -
初めてその光景を見た時は、正直意外すぎて薄気味悪いとさえ思った。
裏庭の人気のない静かな休憩所。ちょうど木立の陰になる場所にベンチがひとつだけ置かれており、その眼の前には夏の間だけ楽しめる数本の向日葵が風にゆらゆらと揺れていた。
そこに、あのイギリスとロシアが二人きりで並んで大人しく座っていたのだから驚きだ。きっと誰だって眉をひそめて不審に思うだろう。事実日本だって驚いて足を止め、思わず身を隠しながらまじまじと二人の姿を凝視してしまった。
イギリスとロシアの仲の悪さは世界的にも有名である。その接点たるや争いの火種以外思い浮かばないと言っても過言ではない。目立って口喧嘩をするわけでもないが、むしろ視界に入れるのも不快で口をきくのも嫌悪しているようなところがあったので、互いに無視し合っていることの方が多かった。
そんな二人が顔つきも穏やかに、距離をつめて狭いベンチに座っている。爽やかな風にゆったりとゆらぐ向日葵を見る目はとても楽しげで、とくに会話は交わされないがひどく甘やかな空気さえ漂っているのだった。
一体いつの間に二人はこれほどまでに接近し合う仲になったのだろうか。
そう思った日本は脳裏を掠めた嫌な予感に鼓動を高鳴らせた。どちらから仕掛けたのかは分からないが、何か水面下で取引でもなされたのだろうか。それとも騙し騙されているのだろうか。
しかし、アメリカやフランスに相談するべく日本が踵を返し掛けたところで、それは起こったのだ。
イギリスの手がそっとロシアの頬に伸び、目線を向けたロシアの顔が、見たこともないほど純粋な笑みを浮かべる。
互いの姿をその瞳の中に映しこみ、そっと戯れるような口吻けを交わしはじめた二人を前に、日本はあまりの衝撃にその場にへたり込みそうになるのを必死に耐えるだけで精いっぱいだった。
どんな理由があるにせよ、人はここまで真摯な眼差しで嘘はつけない。
ロシアの目も、イギリスのはにかんだような笑みも、永い時を生きて来た日本をして偽りがあるようにはとうてい思えなかった。
認めたくはなかったが、どう考えても二人を包む空気は始終穏やかで、触れ合う唇にはためらいや打算は微塵もない。
まさかという気持ちと、これはまずいという動揺を胸に、気付かれないよう気配を殺して日本はその場を後にした。
―――― それが今から半年前の出来事である。
その後、イギリスもロシアも他国の目のある場所では絶対にお互い、近寄ろうとはしなかった。会話はおろか半径1メートル以内に接近することさえ避けているようで、少々神経質なほど二人は距離を置いていた。
日本もあれから、彼らが密会のような真似をしている姿は一度も目撃してはいない。だがそうと知ってしまえば見方も変わるというものだ。
時折様子を伺えば、実に巧妙に隠してはいるものの二人の間に流れる特別な雰囲気は確かに存在するし、不自然なほど逸らされる視線に気付かないわけがなかった。
ほんのささいな……たとえば廊下ですれ違う時や、書類を渡す時など、いつもは伏せられた眼差しが一瞬だけ絡み合い、引き結んだ唇がゆるくほころぶ。
そしてそんな時は、決まって敏いフランスやアメリカのいない時であった。
そうやってひた隠しに隠している彼らであったが、日本はイギリスの友人であると同時にロシアとは隣り同士である。
なにかあれば真っ先にその影響の余波は自分に降りかかるであろうことを知っているので、思いきって真偽のほどを確かめなければならないと思い、まずはロシアを呼び出した。
何故先にロシアを選んだかと問われれば、彼の方が付き合いが長く聞かれたことに対して嘘はつかないと思ったからだ。イギリスは恐らくこうと決めた事項に関しては、相手が誰であろうと絶対に口を割らない。秘密にすると彼が決めているのならば、たとえ日本と言えどもその壁を崩すことは出来ないだろう。
そう判断して日本はとうとう、世界会議終了後にロシアを自宅へ招くことにしたのだった。
その日。怪訝そうに、だが楽しそうにロシアは日本の家の門をくぐり、奥まった和室に腰を落ち着けた。
出された緑茶や和菓子には手をつけず、物珍しそうに床の間の掛け軸や刀、襖の日本画に目を奪われているロシアからは、昔は嫌というほど感じていた威圧感や警戒心はほとんど感じられなかった。
それがイギリスとの付き合いに起因するのかどうかは、この時点では判断しかねたが、その予想はこの後、的中することとなる。
「ロシアさん、ひとつお伺いしてもよろしいでしょうか」
「なぁに?」
「イギリスさんのことです」
持って回った言い方は好まれないことを知っているので、不躾かと思ったが日本は単刀直入に切り出した。恐らく勘のよいロシアのことだから、すぐに言いたいことを汲み取ってくれるだろうということも計算済みだ。
ロシアは驚いたように目を丸くして、それから唐突だね、と言って肩を竦める。
窮屈そうに、それでも覚えたての作法通りに正座して向かい合いながら彼は、苦笑を浮かべつつも子供のような口調で続けた。
「彼のココロは僕のものだよ」
たったの一言。それだけで十分だった。
好きとか愛しているとか、そんなことは『国』である自分たちは軽々しく口には出来ない。だが心を持つ一人の人間としてならば、交わされる何かがあっても構わないのではないだろうか。
「貴方の心も彼のものですか?」
「うん」
「そう……ですか」
乾いた声で呟いて、思わず溜息をこぼした日本に、しかしロシアは何でもないことのように笑って続けた。
「でもね、イギリス君が一番大切に想っているのはアメリカ君なんだよ」
「……それは」
「僕とアメリカ君、どちらかを選ばなくちゃいけない時は、迷わず彼はアメリカ君を選ぶだろうね」
そうだろう。それは間違いがない。
『国』と『国』の関わり合い、その成り立ちや政情、置かれた立場などをかんがみればそれは自明の理だった。疑う余地もない。
「でも、イギリス君は言ったんだ。自分が笑うのは僕の前だけだって。この先、何があっても笑顔で過ごせるのは僕とだけだって、そう言ってくれたんだよ。だからそれでいいんだ」
ロシアの落ち着いた声に日本は一瞬息を呑んで、それからその言葉に込められたある種、決意のようなものに思わずこぶしを握った。
静かで、けれど何者にも侵されることのない純然たる想いがそこにはあった。
―――― それほどの覚悟があると言うのなら。
「ならば、私もあの方の笑顔を守りましょう」
少しでも長くイギリスが笑っていられるように。
泣かせてばかりいるアメリカと違って、彼がロシアの前でなら笑えると言うのであれば。
幸せになれると言うのであれば。
あの子供に彼は渡さない。
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森に一人の子供がいました。
明るい金色の髪と澄んだ翡翠色の瞳を持った子供です。
その子供には兄が三人いましたが、彼らはみな、弟を嫌って弓矢で攻撃して来ました。
子供は傷つきながらも森の動物や妖精、不思議な生き物たちに囲まれて、泣きながらひっそりと暮らしていました。
ある日、その子供は海を越えてやってきた少年と顔見知りになりました。少年は子供が見たこともないような綺麗な服を着て、美味しいお菓子を山のようにくれました。
けれどすこしずつ、すこしずつ仲良くなりかけた頃、少年は突然子供に向けて手にした剣で切りつけて来たのです。追いかけられて逃げ惑う中、子供は気が付きました。
自分は騙されたのだと。
優しい言葉も甘いお菓子も、ぜんぶぜんぶ嘘だったのです。
子供はそこでひとつ、おとなになりました。嘘と裏切りを覚えたのです。
それから月日が流れました。子供は少年になり、青く輝く海の上にいました。
そしてその先で小さな、けれどとても美しくて綺麗な小鳥を見つけました。
かわいくてまっしろで、まるで太陽のように輝くその小鳥を、少年は大切に大切に籠に入れて大事に大事に育てました。小鳥も少年に懐いてくれて、いつも澄んだ歌声を聴かせてくれています。
けれどある日のこと、小鳥は自由になりたいと叫んで銃を向けて来ました。行かないで欲しくて籠の蓋を一生懸命手でおさえましたが、たくさん撃たれました。まっかな血がいっぱい流れました。
そしてとうとう小鳥は大空を目指して飛び立ってしまいました。
少年は、かなしくてさびしくて泣きました。
けれど小鳥は二度と彼の手には戻りませんでした。
それからまた少し経った時のこと。
少年は青年になっていました。青年は大きな戦いをくぐり抜け、ようやく少しだけ落ち着いた時間を過ごせるようになり、また少ないながらも友達だって出来ました。
けれどいつも心はからっぽで、満たされなくて、灰色の厚い雲に覆われていました。
そんな時、青年は道端でうずくまる月の色をした子供を拾いました。
その子供は宝石のようにきらきらと輝く涙を流しながら、さみしいさみしいと言っては自分で自分の身体を傷つけていました。
その姿があまりにもかわいそうで、青年はそっとその子供の身体を抱きしめました。すると月の色の子供はとても驚いた顔をしたあと、花がほころぶように笑ったのです。
しあわせだなぁと思いました。
月の子供が欲しかったものは、太陽の子供が捨てた陽だまり。
それは、いらないといって置き去りにした、ちいさな、けれどかけがえのない楽園。
七夕企画へのご参加、どうもありがとうございました!
頂いたリクエストを見た当初は、「家政婦は見た」みたいな日本を書くつもりだったのですが、気がついたらちょっと黒っぽくなってしまって済みません……(苦笑)
決して日本はアメリカのことを嫌っているわけではないのですが、ご本家でも「すっとこどっこい」と言っているところを見ると、結構欝憤が溜まっていそうな感じがしまして(笑)
ツンデレも激しすぎるとイギリスが可哀相だなぁというか。まぁそんな感じで今回はロシアに味方をしてあげることになりました。
なにはともあれ少しでも楽しんでいただければ幸いです。素敵なリクエスト、どうもありがとうございましたv
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