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 紅茶をどうぞ
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あおいあおいせかい。
 たぶん彼は僕が欲しいものは全部持っているに違いない。
 暖かな土地や凍らない海、爽やかな風や優しい雨。抜けるような青空からは日の光が燦々と降り注ぎ、白い雲はゆっくりと流れていくんだろう。

 抱き締めてくれる腕、頭を撫でてくれる手、惜しみなく与えられるキス。
 幼い僕が恋い焦がれたそれらのもの全てを、彼は持っているんだ。

 それなのにまだ欲しいと言う。
 もっともっとたくさん欲しいのだと、そう言って彼はいつだって貪欲に手を伸ばす。
 時には人を傷つけ、時には偽善を振り回し、たくさんたくさん自分のものにしてしまう彼を、僕は羨ましいと思ったことは一度としてなかった。

 でも少しだけ憧れたことならある。
 きれいなきれいな夏色の、その瞳の色になら。





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「暑いなぁ……暑いよ。暑い暑い暑い」

 先ほどから何度も何度も壊れたレコードのように繰り返される文句をBGMに、強い日差しの下、焼けつく白い砂浜の上を素足で歩いていく。
 平坦な海岸線と穏やかな水平線がどこまでも続く浜辺は、プライベートビーチというだけあって誰もいない。足跡ひとつない白のキャンパスとヤシの木の影のコントラストが美しい。
 波打ち際まではもう少しだ。
 カラフルなパラソルの下、アイスティーの水滴を指先で拭いながらアメリカの文句は尽きなかったが、ロシアは無視をして波にさらわれる砂を見つめていた。
 照り返しが強いのでサングラスをかけているものの、それでも目が痛くなるほど眩しい。肌を出したら最後、真っ赤に焼けただれるのが分かっているので射光も万全とばかりに長袖とマフラーは着用済みだった。
 見ているだけで暑いと喚くアメリカなど気にするべくもない。

「ねぇ君、サンダル忘れてる!」

 ちりちりとした痛みが足の裏を刺すが、アメリカの声に振り向くのも癪なので無視をしていると、背後から駆け寄る足音が聞こえて来た。

「後で泣いたって知らないよ」

 無視を決め込むが話しかけてくるその声は止まらない。
 そうやって二人して波打ち際まで歩いてくると、急にアメリカはロシアの腕を引いてどんどん海の中へと突進していった。
 濡れるから嫌だと言う間もなくばしゃばしゃと水面をかき分けて突き進んでいく彼を、ロシアは鬱陶しいと思いながらも無言で引き摺られていった。
 反論するだけ体力の無駄だ。言い返して状況が好転したことは、とりあえずこの島へ来て一度だってない。

 二人して海に入れば水を含んだ服がふわりと水面に広がる。
 まとわりつく布地に身体の自由を奪われて、ロシアは跳ね上がる水しぶきに一瞬目を細めた。
 どうしてくれるんだと抗議の声を上げるのも相変わらず面倒臭くて、ただ波に漂っていれば、アメリカが腕を伸ばして来た。
 サングラスを外されて抱き締められ、そのまま水に沈められる。ごぽごぽと耳障りな音がして全身が水に包まれ、視界がふさがれた。

 青い蒼い世界が目の前いっぱいに広がる。
 海と、空と、アメリカの瞳。
 どこまでもどこまでも沈んでしまえばいいのに。

 楽しげな彼の笑顔をぼんやりと見つめながらそう思っていたら、急に手を引かれて水面へと顔を出す。
 少しだけ口に入った海水が塩辛かった。いったい彼は何がしたいのだろうか。

「海に来たんだから泳がないとね!」
「やだ」
「反論は許さないぞ!」

 そのまま再び沈まされる。
 蒼い青い世界に二人きり。





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 陸に打ち上げられた魚のように、身体が重くてうまく呼吸が出来ない。
 日頃泳ぐという行為をしたことのないロシアにしてみれば、ただでさえ体力の消耗が激しいのに、衣服着用水泳などという無謀なことまでさせられたのだ。振り払おうにも振り払えない疲労感だけがのしかかって来て、正直辛い。
 このまま体力馬鹿のアメリカに付き合っていたら、本当にこちらの身がどうにかなってしまうのではないかと危惧してしまうが、安易に弱音を吐くわけもいかず、結局無言で押し通すに限ると言うことだけを学ぶ結果となった。
 波にさらわれるたびたゆたうロシアを、アメリカの腕が抱きあげた。そのまま木陰を伝ってロッジに運ばれ、固い木のベランダへと下ろされる。

「シャワー浴びたい」

 なんとか息を整えて、太陽の輝きにちかちかと眩暈のする眼差しを伏せると呟くように言った。
 塩分でべたべたするのが気持ち悪い。さっさと中へ入ろうとして立ち上がりかけ、ロシアは両足に走った痛みに思わず顔を顰める。なんだろう、足の裏側に違和感がある。

「だから言ったろう? サンダル忘れてるって」

 アメリカが膝を折ってロシアの足元を覗き込み、片方を手に取った。濡れた足裏は焼けた砂によって火傷になってしまっている。皮がめくれてしまっていて、それが塩水に浸され余計ひどい傷となっているようだ。
 アメリカはそっと唇を寄せると舌先を出して傷口を舐めた。驚きに目を見張るロシアに、上目遣いで視線を合わせてくる。大変面白そうだ。

「消毒」
「きもちわるい」
「噛みついてもいいんだけど」
「顎を砕かれたくなければやめた方がいいと思うよ」

 いくら火傷をしていても脚力が劣っているわけではない。思い切り蹴り上げればそれなりのダメージを与えられそうだったが、さすがに問答無用でやるわけにもいかず一応牽制する。
 アメリカは楽しげに笑って、それから両腕を伸ばして来た。一瞬身構えるがすぐに危害を加えられないと分かって大人しくしていれば、彼は軽々と再びロシアの身体を抱き上げた。本当に、たいした馬鹿力である。

「一緒にシャワー浴びよう」
「…………」
「反論しないの?」
「して欲しいの?」
「どうだろう。まぁいいよ別に。結果は一緒だからね!」

 傲慢に言ってアメリカは乱暴にシャワールームの扉を足で開けた。どこぞのぷかぷか浮いている島国が見たら、こめかみに血管を浮かせて怒鳴るに違いない。
 無論ロシアにしてみれば似非紳士の言うことなどどうでもいいので、咎める気は毛頭なかった。
 バスタブに湯を張りながら、もうもうと立ち上る湯気の中、びしょ濡れの衣服を取り払っていく。自分で出来るからと差し出された腕を払い落すが、とうぜんの如く無意味だった。
 それなりに値の張るシャツが、びりびりと破かれていく。買ったのも駄目にしたのもアメリカなので本人のしたいようにすればいいと思うが、物の溢れた贅沢な暮しを満喫いしているようなその行動ひとつ取っても、ロシアの神経を逆撫でするには十分だった。
 本当になんて不愉快な男だろう。もし自分と彼とが『国』ではなく、ここに銃の一丁でもあろうものなら即座に撃ち殺しているに違いない。あいにくと立場上そのようなことは許されるはずがなかったし、考えるまでもなくアメリカと真っ向から勝負して勝てる気もしない。忌々しいことだが名実ともにこの若造が、地上の覇者でいる現在においては。

「目、閉じて」

 ぼんやりしていたら上から声が降って来て、あぁ嫌だなと思いながらも目線を上げる。シャワーとシャンプーを手にアメリカがスタンバイOKとばかりにこちらを見ていた。
 深い溜息とともに抵抗する気力もなく両目を閉ざせば、適温の湯が頭からかけられ、続いてシャンプーの冷たい液体が髪を伝う。わしゃわしゃと音を立ててかき混ぜられれば、その不器用な様にあとで頭皮が痛まなければいいんだけどと、下らない思考が浮いては消えた。

「君の髪は細いね」

 指先で掬いながら次はコンディショナーをかけられる。ぬるりとした感触が気持ちが悪い。

「この分じゃ将来禿げるんじゃないかい?」
「余計なお世話だよ」
「心配してあげてるんじゃないか!」
「別に僕がつるつるになろうと君には全然関係ないし」
「関係あるよ! まぁその時は俺がいいカツラを作ってあげるけどね」
「馬鹿じゃない?」
「そこはどうもありがとう、だろ?」

 頭が痛い。
 出来るだけ会話しなければいいと分かっていたのに、ついつい応えてしまう自分が虚しい。
 いっそ唇を縫い合わせてしまえればいいのに……それならばむしろアメリカの声帯を潰してしまえれば、とそこまで考えたところで湯を浴びせられた。

「次は君の番だ」

 そう言って洗髪セット一式を渡され、ロシアは嫌そうに細い眉をきゅっと顰めた。ふざけるなと言おうとしたところで、目の前にちょこんと座って両目を閉ざすアメリカの無邪気な顔に毒気を抜かれてしまう。まるで子供のように大人しく待っている彼は……子供そのものなのだろうか。
 そっと明るい金色の髪に手を置けば、唇が綺麗に弧を描いた。

「早く早く」

 急かされて、シャンプーボトルを手に取るとロシアは中身を全部ぶちまけて、そのまま出て行ったらどうなるだろうかと思った。
 洗い流すだけでも大変だろうし、目に入れば大変なことになるだろうから、急には動けまい。シャンプーを掛けられた程度では国際問題にも出来ないだろうし、これはチャンスなのではないだろうか。

「ロシア?」

 しばらく悩んでいると、待ちきれなくなったのかぱちりと目が開いて、アメリカの透明な空色の瞳がじっとこちらを見つめて来た。
 翳りひとつない、純粋にこちらを窺うその眼には、微塵も危害を加えられるという危機感はない。

「シャンプーまみれになった君をバスタブに蹴り落としたら面白いかなぁって、思ったんだけど」
「うわぁ。それはずいぶん痛そうだね」
「……後ろ向いて。前向きじゃ洗いづらいよ」

 結局、溜息とともにそう言ったのはきっと、空色があまりにも奇麗だったからに違いない。





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「ロシア、ビール飲むかい?」

 裸でベットの上に放り投げられ、弱く入れた冷房の中で体内にこもる熱にうかされていたロシアは、頭を上げるのも億劫でうつぶせのまま枕に顔をうずめていた。
 情けない事に熱中症一歩手前の状態だ。
 普段あまり強い日差しの下、出歩く事がないので、照りつける太陽にすっかりやられてしまっていた。南の国に行きたいと言い続けて来たがこれでは身体が保たないかも知れない。いや、国土が変われば自分の体感温度も変わるに違いない……などと、うつらうつら考えていたところで、急に首筋に冷たい感触があってびくりと全身が震えた。
 悲鳴を上げなかっただけでも我ながら感心する。

「大丈夫?」

 ぴたりと押し付けられたのは冷えたビールの缶だった。
 アメリカはすでに自分の分は開けているようで、飲みながら余計な親切心でロシアの首にそれをぐりぐりと当ててくる。

「……放っておいてくれないかなぁ……」

 本格的な頭痛を覚えて、無駄とは分かっているものの一応抗議をしてみると、アメリカはビールを置いて心配そうにこちらを覗き込んできた。
 額に、冷たさの移った手の平が当てられる。……悔しい事にそれは気持ちが良かった。

「熱があるみたいだね。氷、貰って来ようか?」
「君が即刻僕の前から消えてくれれば、すごーく嬉しいし気分もいいと思うんだけどね」
「それは聞けないな。せっかく君と二人でバカンスに来たんだ。思う存分いちゃいちゃしたいじゃないか」
「君、暑さで頭がいかれちゃったの?」
「俺はいたって正常だぞ! まったく、ロシアはすぐ文句ばかり言うんだなぁ」

 やれやれと溜息交じりで言われて、心底腹立たしかったが今は怒る気力もない。
 ロシアは無視を決め込んだ。なんだか最近、いつも自分はこんな調子だなと思って、人は常に成長する生き物だと実感した。
 馬鹿は放置に限る。それがアメリカとの付き合い方の最善の方法なのだと実によく学んだ気がした。

「君の元気がないとエッチだって出来ないじゃないか」

 相変わらず空気の読めないアメリカは、驚くべき事を言ってロシアの気分をさらに不快にさせた。
 そしてよりにもよって素肌の背中にキスを落としてくる。ぞっとして全身に鳥肌が立つが身動きの取れない体勢なのでどうしようもない。

「ちょっと君、僕、具合悪いんだけど」
「分かってるよ。俺はヒーローだからね、弱っている相手に手は出さないぞ。いくら君でもね!」
「それは感謝しておいた方がいいのかな」
「当たり前だよ!」

 じゃあ感謝しよう。
 ついでにこの世から消え去ってくれればもっと感謝してあげるよ、と言いかけたところでロシアは、頭の中がぐるぐるとしてそのまま意識がブラックアウトするのを感じた。

 本当に、今日はなんて厄日だろう。最悪だ。





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 青い青い休日。
 蒼い蒼い海の一日。
 空色の彼と一緒に僕は南国の夢を見る。

 彼に手を引かれて、まがいものの楽園へ。
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