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 紅茶をどうぞ
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[祭] 幸せ (胸がくすぐったくなるの)
 一通の招待状が日本の元に届けられたのは、暖かな午後の日差しが傾きはじめた頃だった。
 顔馴染みの配達人が自転車で届けてくれたそれは、優雅な透かし彫りが施された上品な白い封筒。遠く海を越えた向こう、薔薇の国からの便りは自然と日本の気持ちを穏やかにさせ、口元に柔らかな笑みを浮かばせるには十分だった。
 大切に手にして家の中へと入ると、かつてこの封筒の送り主からプレゼントされた使いやすいペーパーナイフでそっと封を切る。ほんのかすかに鼻先をくすぐるのは落ち着いた香りのオードトワレ。
 数秒かの人を思い浮かべて両目を閉ざすと、日本は丁寧な手つきで中のカードを取り出し、その上に踊る流麗な筆記体に目を落とす。

 初夏を告げる美しいローズガーデンパーティへの招待状だった。




* * * * * * * * * * * * * * *





 ロンドン郊外のイギリス宅で行われたそれは、ごく親しい国しか呼ばれていないようで、実に穏やかで落ち着いた雰囲気のパーティだった。
 日本がイギリスの家に到着すると、ホストである彼はすぐに満面の笑みをたたえて出迎えてくれ、自慢の薔薇園へと案内してくれた。彩りの良いアーチをくぐり抜けた先に広がるイギリス自慢の庭園は、今年も実に見事な光景を広げ、目にした者に感動を与える。
 日本もまた、通されたお茶の席から眺めた薔薇の美しさに溜息を幾つもこぼす羽目になるのだった。

「よぉ、日本。久しぶりだな」

 ぽんと肩を叩かれて振り返ると、フランスがシャンパングラスを片手に立っていた。ぱりっとしたスーツ姿だったが決して堅苦しくはなく、洒落っ気を持って気軽に着こなしているのは流石である。
 フランスとイギリスは互いに隣国とは仲が悪いと言いながらも、こういう集いには必ずと言って良いほどきちんと出席していた。文化交流の深さは長い年月によって培われたもので、その点はさすがに古い歴史を持つだけのことはある。彼らの間に横たわる、言葉では簡単に言い表せられないであろう独特な関係を慮ることが出来る気がした。

「ご無沙汰していますフランスさん」
「どうよこの庭。相変わらずイギリスの薔薇に掛ける情熱はすごいな」
「実に見事です……何時間見ていても飽きないでしょうね」

 はぁ……とうっとりした眼差しで色鮮やかな庭園を見回せば、フランスも造園者が誰かはさておき、その点は同意なのか手放しで褒める。

「ほんとすげーよなぁ」
「そうですね。ところでイギリスさんはどちらに?」
「あー……あいつなら、ほら、あっちにいるぜ」

 姿の見えなくなった主人の居場所を尋ねれば、フランスが親指をすいっと流して場所を指し示した。そちらの方向に視線をやれば、ティーポット片手に客の一人に紅茶を注いでいるイギリスの横顔が見える。
 珍しく楽しそうに表情が緩んでいて、テーブルについているゲストに何事かを話し掛けては笑みをこぼしていた。おやと思ってその談笑相手を見れば、なるほど。
 
「ロシアさん……」

 きらびやかな陽光の下でも頑なにマフラーを外すことのない北の大国が、機嫌良さそうに行儀良く座っていた。
 イギリスの話し掛ける言葉に頷きながら、テーブルの上にある様々な種類の菓子を手に取るその姿は、どうやらフランスが手土産で持参したそれらの説明を受けているようである。
 時々窺うように眼差しが上を向けば、イギリスもまたその目を覗き込むようにして相槌を打つ。なんとも穏やかな風景だ。

「仲良くなっちゃってまぁ」
「フランスさんはお二人のことどう思われますか?」
「まぁ、公私混同はしないだろうし、好きにしたらいいさ」

 ひょいと肩を竦めてそんなことを言い、彼は溜息交じりに苦笑した。その顔には本当にしょうがないなぁという諦観の念が隠されていて、日本は小さく息を飲んだけれど何も言わずに黙り込んだ。
 欧州には欧州の事情があり、それ以外にも様々な思惑が渦巻いているのだろうが、どうやら彼らの個人的な付き合いには言及しないらしい。無論イギリスはどの国よりそういう機微に敏感な性質なのだから、恐らくフランスが追及せずとも状況はよく理解しているはずだ。
 その上で敢えて選び取った道ならば、うまくやるに違いない。

「そういう日本はどうなんだ? 大好きなイギリスがロシアに取られてもいいのか?」
「私は応援していますよ」

 揶揄するような物言いににっこりと笑顔で返し、日本はフランスが差し出したシャンパンを一口飲んだ。
 爽やかな酸味と喉越しの良いこの味は今年の新作だろうか。

「ロシアさんが穏やかだと、私も平穏でいられますからね」
「なるほど。確かにイギリスが上手いこと手なづけてくれればいいんだけどな」
「まぁ今のところ二人は十分、ラブラブですしね。おかげでこの夏の新刊のネタには困りません」
「……お兄さん、日本のバイタリティにはついてイケマセン」

 笑いながらぽんとこちらの肩を軽く叩くと、フランスはじゃあな、と言ってシャンパングラスを残したまま行ってしまった。オーストリアやハンガリーの方へと歩み去る背中を見送り、日本は手の中のグラスを静かに揺らすと再びイギリス達の方へ目を向ける。
 ホストであるイギリスはいつまでもロシアに構ってはいられないらしく、紅茶を注ぎ終わったあとは少し離れたところで英連邦の面々と会話をしていた。
 どこか名残惜しそうではあったがロシアもまた引き止めることなく、最近仲が良いと評判のドイツに話し掛けられて応じている。冷戦で一時は欧州との交流も断絶していたロシアだったが、こういう場での人付き合いはやはり日本よりは慣れていて、そつない態度がうかがえた。

「あ、日本君!」

 様子を見ていたのがバレてしまったのか、ロシアがこちらに気づいて手を振って見せた。相変わらず笑顔だけは子供のように可愛らしい。
 こっちにおいでよと手招きされて場所を移動する。同席していたドイツにお邪魔しますと言って軽く会釈をすれば、彼もまた軽く頷いて椅子を引いてくれた。

「薔薇、凄いよねぇ」

 勧められるまま席につけば、ロシアは目の前に広がる色彩を眺めながら楽しげに言う。その顔はいつも以上に明るくて、ずいぶんと機嫌がいいことが伝わってきた。
 相槌を打ちながらゆったりとシャンパングラスを傾けていると「あ、それいいな僕も飲みたい」と言って無邪気に手を出してくる。

「取り寄せればいいだろう」

 ドイツが窘めるように言って近くのウエイターを呼ぼうとしたが、それよりも先にロシアは日本の手からグラスを取ってしまった。苦笑交じりで見ていれば残り少ない黄金色の液体がすぐに消えてなくなる。
 まったくお前は、と飽きれたようなドイツの溜息もなんのその、ロシアは笑って美味しかったよ、と日本に笑顔を向けた。
 思わず頭を撫でたくなるくらいの人畜無害な顔に、ついつい日本も絆されてしまい咎める言葉も出てこない。ドイツもそうなのか毒気を抜かれたように肩の力を抜いていた。
 調子が狂うと言うよりもむしろ子供を相手にしているような気分にさせられるのだから、ある意味困りものなのかも知れない。

「美味いだろ。今年一番の出来だからな」

 ふと頭上から声が降って来て見上げれば、イギリスがロシアの後ろに立ってその頭をこつんと叩いているところだった。
 行儀が悪いぞ、とたしなめているところを見れば、ロシアの行動に気付いて一言注意をしに来たらしい。まったくどこの母親なのかと日本は思わず噴き出してしまいそうになって、慌ててアルカイックスマイルを貼りつかせた。

「イギリスさん、お忙しそうですね」
「あぁ、済まないな。せっかく来てもらったのにゆっくり話も出来なくて」
「いえいえ。この綺麗な薔薇を拝見出来るだけで十分です」
「そうか、ありがとう。……あ、そう言えばドイツ」
「なんだ?」

 イギリスが思い出したようにドイツを見遣る。

「さっき向こうの方でイタリアがお前の事を探していたぞ」
「そうか。済まんな二人とも、失礼する」

 頷くと同時に立ち上がり、イギリスが指さした方向へすぐに歩き去るドイツは、こちらはこちらで相変わらずイタリアの保護者格のようだ。
 二人の仲の良さを知る日本にとっては、まるで睦まじい恋人たちを前にした時のような、この上なく微笑ましい気持ちにさせられるのだが、恐らく当の本人たちにその自覚はないだろう。
 そういう自然体なところがまた彼ららしい。

「ちょっと休憩するか」

 イギリスは周囲をさっと見回して状況を確認すると、ドイツが座っていた席に腰を下してやや疲れたように息を吐いた。
 朝からずっと立ちっぱなしだったのだろう。ホストとして準備から接待までこなす彼の細やかな気配りはさすがだと思った。

「お疲れ様」

 ロシアがにこりと笑ってそう言えば、イギリスもまたうっすらと微笑を浮かべて目元を和らげる。特別に触れ合うようなことはなく、人目をはばかって視線もすぐに外されてしまうが、そういう些細な仕草に二人の仲が今、かなり良好だと言うことが読み取れた。
 こういう雰囲気は大好きだ。

「紅茶を用意しましょう」

 日本は立ち上がると近くを通り過ぎようとしたウエイターを呼び止め、茶器を所望する。
 その間にも喉が渇いたのかイギリスが水を取りに行こうとしたところで、ロシアがほとんど口をつけていなかった自分のティーカップを彼に差し出した。

「冷めちゃったけどこれどうぞ」
「いや、さすがにそれは」

 はしたないだろ、と口ごもるイギリスだったが、ロシアはいたって気にした素振りを見せずソーサーごと彼の前へ置いてしまった。
 先ほどイギリス自ら淹れた紅茶は、柔らかな日射しを反射して水面が小さく輝いて見える。冷めてしまっても上等な葉で淹れたそれが美味しいのは間違いなかった。
 空気を読んで日本はすかさずフォローに入る。

「大丈夫ですよ、イギリスさん。すっかり無礼講になっていますし、どうかお気になさらず」
「そ、そうか? まぁ日本が言うなら……飲まないこともない」

 わざとらしく咳払いをして、イギリスは譲られたロシアのカップにそっと手を伸ばした。
 ゆっくりと持ち上げて唇を縁に押し当て傾ける。その一連の動作が、相変わらず様になる人だなぁと思った。ついつい目がその動きを追ってしまう。
 フランス曰く、口は悪いし態度はデカいし、ついでに酒癖も悪いけれどイギリスの所作は完璧だと評していたのを思い出す。日本も何度見ても彼の洗練された仕草にはいつも感心されられた。
 これほど紅茶を飲む姿が似合う人物は他に知らない。

「イギリス君って本当、かっこいいよねぇ」

 ロシアがにこにこ笑いながらそんな事を言った。突然の台詞にイギリスはもちろん日本も驚いたが、100%全面的に肯定だったので深く頷く。こればかりはロシアに大賛成なので遠慮することもなかった。

「ばっ……! おま、何言ってんだ!」
「本当のことだもの。それにいつも言ってるじゃない」
「っ……に、ほんがいるだろ……!」

 羞恥に顔を赤く染めて、顎を引いて上目づかいにロシアを睨むイギリスは、それでも怒っているわけでないことは一目瞭然。
 胸中でごちそう様ですと呟きながら、如才なく日本は微笑んで見せた。すぐに気付いたイギリスが不器用に笑い返してくる。ロシアに向けたそれとは違うがやはりいい笑顔だと思う。

「ところで今日はアメリカ君の姿が見えないね」

 丁寧に並べられたクッキーの皿から、ドライチェリーの乗ったものを選びながら、なんとはなしにロシアが尋ねる。パキンと焼き菓子を指先で割って口元に運ぶ彼を、日本とイギリスが同時に見遣った。

「そう言えばいらっしゃいませんね。お呼びにならなかったんですか?」
「あぁ、あいつ今日は予定があるらしい。ちゃんとあけておけって言ったのに……まぁ煩いのがいなくてせいせいするけどな!」
「そうなんですか」

 頷きながら日本は、今日アメリカがここへ姿を見せなかった本当の理由は別の所にあるような気がしていた。
 見たくないものを進んで見る必要はない。まだまだ子供だと思っていたが、それなりに成長したようだ……これでようやく彼も親離れが出来ることだろう。
 イギリスはまったく気にも留めないことだろうが、ちらりとロシアの様子を窺ってみれば、どうやらこちらは同じことを考えているらしい。
 ふーん、と曖昧に頷きながらも瞳を伏せている。

「あ、新しい紅茶が来たみたいですね」

 先ほど頼んだティーセットが運ばれて来るのが見え、日本は話題を切り換えるように声を掛けた。
 振り返るイギリスがすぐに立ち上がってそれらを受け取る。そして相変わらず見惚れるような優雅な手つきで新しい紅茶を注ぎ始めるのを、二人は無言で見つめるのだった。




* * * * * * * * * * * * * * *





 しばらく談笑したのち、イギリスは招待客への挨拶回りを再開させるべく席を立った。
 残された日本はロシアと向かい合って、淹れたての香り高いアールグレイをゆっくりと味わう。ああ、やっぱり格別に美味しい。最近は自分でもよく淹れるようになったものだが、まだまだ遠く及ばないようだ。
 喉を通る余韻に心地よく目を閉ざしてから、日本はそっとカップをソーサーに戻すと、遠くなったイギリスの背を黙って見ているロシアに声を掛けた。

「ロシアさん」
「なに?」

 すぐにこちらを向いて小首を傾げる彼に、タルトに手を伸ばしながら日本は口を開く。

「彼があなたの向日葵ですか?」
「そう見える?」
「ええ。ずっとずっとあなたが欲しがっていた色彩なんですね」
「……うん」

 子供のように無邪気な笑顔を浮かべロシアはこくりと頷いた。
 ほんの少し前までは殺伐とした雰囲気ばかりまとっていた男とは思えないほど、実に落ち着いた表情をしている。
 それは日本が初めてロシアに出会った頃に似ていた。あの頃はもう、彼はすでに戦場の屍の上で血にまみれて凍えた身体を縮こまらせていたが、それでもその透き通った瞳はどこまでも綺麗で深く、吸い込まれそうだった。
 寒いと泣いていた彼。痛くて寂しくてみんなみんな大嫌いだと言っていた彼の泣き顔と、今の笑顔が重なって日本は静かに両目を細める。
 
「彼は暖かいですか?」
「うん、とってもあったかい」
「それは良かったですね、ロシアさん」
「えへへ」

 はにかみながらもにこっと嬉しそうに笑った彼があまりにも可愛かったので、日本は手を伸ばしてそのプラチナ色の頭をくしゃりと撫でた。指通りの良いさらりとした髪は柔らかく、イギリスが丁寧に梳いてあげているのだろうことが分かって、込み上げる笑みを抑えきれない。

「日本君もなんだかとっても機嫌いいみたいだね」
「ええ。私、素直な子供が大好きなんです」
「そうなんだ」
「はい、そうなんです」

 頷きながら日本はふと視線を感じて庭園の方へ向けた。
 薔薇に囲まれたイギリスが遠くに見え、その眼差しがロシアを向いてゆっくりとほころぶ。
 花の影が白い肌に落ちてどこか幻想的な光景に見えた。


 ―――― あぁ、本当になんて今日はいい日なのだろう。




素敵なリクエストをどうもありがとうございました!

今回、ご要望通りちゃんとバルト三国も出してみたかったんですが、どうも私は彼らを書くのが苦手なようで、何度か書き直したのですがどうしても気に入らなくて没にしてしまいました。
本当に済みません、せっかくリクエストして下さったのに。
しかも私の書く日本は何故かロシアに好意的過ぎて、まるで別人のようになってしまいました。趣味に走りすぎてしまって、かさねがさね申し訳ありません…。
このようなつたない作品ではありますが、少しでもお気に召して頂けましたら嬉しく思います。もっともっとご本家を読んで修業を積んで、いつかバルト三国も書けるようになりたいです。

このたびは七夕企画へのご参加どうもありがとうございました!

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