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 紅茶をどうぞ
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ティータイム
 口論の原因なんて忘れた。
 いつもの流れで、いつものやりとり。こうやってお互いの悪口を言い合うのも馴れたものだ。

「もうこれ以上君と話すことなんてない。いい加減にしてくれ!」
「アメリカ!」
「……いつまで俺は君の小さな子供でいなくちゃいけないんだ。口煩く小言ばかりで、正直聞き飽きたよ!」
「……っ」
「うんざりだ!」

 真っ赤な顔で怒りをあらわにするイギリスに、そうやって言葉を叩きつけたアメリカは、突然視界の端に現われた大きな影に思わず注意を逸らしてしまった。
 その男は、イギリスの背後にゆっくりと近付きがっしりと細い両肩を捉えると、満面の笑顔で宣言をする。

「じゃあさ、僕が貰っていい?」

 唐突に降って来た言葉に思わず眦を吊り上げてイギリスが後方を振り仰いだ。肩を掴む手を退けようと身を捩るが、強い力に抗う術もない。
 驚きと戸惑いを含んだ視線で睨みつけても、ロシアは相変わらず読めない表情でにこにこと笑い続けていた。

「いらないなら僕が貰うよ」
「は? なに言って……」

 こいつ気でも狂ったか?と呆れたように眉を寄せるイギリスだったが、ロシアは冷ややかな眼差しでアメリカを一瞥すると、まるで馬鹿にしたように笑った。
 それから、びくりと肩を揺らして気色ばむアメリカになどまるで興味ないかのようにイギリスを見下ろして、言葉を続ける。

「ねぇイギリス君。紅茶淹れてよ、ブリティッシュスタイルでいいからさ」
「……なんで俺がてめぇなんかに」
「飲んでみたいんだもん。君の淹れる紅茶は最高だってあのフランス君が言うし、興味あったんだよね。アメリカ君ちは不味い珈琲しか出してくれないしさ」

 珈琲。
 その単語にイギリスの頬が引き攣る。
 そうだ、さきほどの言い争いは珈琲からはじまった。下らないやりとりがいつしか大論争になるのはいつもの事だったが、とにかくこの時のイギリスはアメリカの態度を腹に据えかねていた。
 怒りは最高潮に達していたと言える。
 彼は底冷えのするきつい眼差しで正面から眼鏡の青年を睨み、それから唇の端を吊り上げ不敵な笑顔を見せた。さすがのアメリカも思わず息を呑んでしまうほどの冷酷な目だった。

「イギリス、」
「……あぁそうだな。珈琲なんて願い下げだ。ついて来いロシア。最高のを淹れてやる」
「ほんと? わーい、嬉しいな」
「イギリス!」
「……口煩くて悪かったな、坊や」

 ことさら嫌味を吐き捨て、イギリスはロシアを促して部屋から出て行ってしまう。去り際、ロシアがすうっと氷を撫でるような微笑を浮かべる。
 あとには、呆然としたままとどめる言葉も出なかったアメリカだけが残された。
 






「何が目的だ」

 合衆国にいる間、自分にあてがわれた部屋に入った途端、イギリスは深い溜息と共にそう言った。
 後をついてきたロシアはきょとんと目を丸くして、勝手に座った椅子から彼を見上げる。

「え~?」
「言っておくが、俺はお前の思想や意見に靡いたりはしないぞ」
「分かってるよそんなこと。言ったでしょ、紅茶が飲みたいって」
「……ふん」

 何を考えているのかさっぱり分らない。
 だが、ここでロシアと言い争うほどイギリスには気力がなかった。さきほどのアメリカとのやり取りですっかりくだびれてしまった彼は、不機嫌そうな表情を隠す事もなく茶器を手に取る。
 さすがにささくれた気分のまま大好きな紅茶を淹れるのもどうかと思い、ひとつ大きく深呼吸をすると、気を取り直して茶葉の缶を開けた。
 ふわりと鼻腔をくすぐる優しい香り。お気に入りのダージリンを持って来ておいて良かった、と思わず口元を弛める。
 ゆっくりと、自身の中の苛立ちを掻き消すように丁寧に淹れてゆく。ロシアの視線がなんだか楽しげに手元を見詰めているのに気付き、少々戸惑いつつもイギリスは静かにポットにティーコテージをかぶせ、砂時計をひっくり返した。

 そして、きっかり三分後。
 二人は淹れたての紅茶を挟んで、向かい合っていた。よくよく考えれば、えもいわれぬ、なんとも不思議な光景だった。

「ジャムはないの?」
「まずはストレートで飲んでみろ。それからだ」

 白いなめらかな磁器に満たされた、琥珀色の液体。
 たちのぼる湯気のむこうからそう問いかけてくるロシアに、イギリスは短く返して自分のカップに唇をつけた。
 ロシアも大人しくそれにならう。こく、と一口飲んだ彼の目が、みるみる大きく見開かれた。

「……わ、美味しい!!」
「茶葉によって飲み方がある。ファーストフラッシュのダージリンはストレートがいいんだ」
「僕のところはいつでもジャムを舐めながら飲むんだよね」
「それも悪くはないけどな……あとで、アッサムも淹れてやる。ミルクティもいいもんだぞ」

 素直な反応に気を良くしたイギリスの思いがけない提案に、ロシアは子供のように目を輝かせて遠慮なく続けた。

「お茶請けはないの?」
「図々しい奴だな……焼いたスコーンならある、けど」

 必ず文句を言われる自身の手作り菓子しか今はない。
 ためらいながらそう言うと、ロシアは知ってか知らずかにこりと楽しそうに笑った。

「欲しいな」

 どうせまずいとか殺人兵器だとか言われるんだろうな……と思いながらも、ものすごく久しぶりに自分の菓子を所望されて、正直イギリスは嬉しかった。
 普段、アメリカやフランスに出せば手酷く罵られるそれを、いそいそと取り出して皿に並べる。そして恐る恐るロシアの前に差し出せば、彼はカップを戻して珍しそうに形の悪いスコーンを見下ろした。
 白い長い指先が焦げ目のついたそれをつつく。行儀が悪いと思わず言いかけて、イギリスはあわてて言葉を飲み込んだ。さすがにロシア相手に掛けるものではないだろう。

「手掴みでいいの?」
「ああ。……ほら、クロテッドクリームをつけて食え」
「う~ん、なんだか固くてボソボソしてるね。でも紅茶と一緒だと案外美味しいかも」
「……え?」
「うん?」
「うまい……のか?」
「うん、美味しいけど。なに、美味しいと駄目なの?」
「いや……そっか……」

 思わぬ言葉に、イギリスの目がふいと下を向く。照れ隠しにやや乱暴に自分のカップを持ち上げると、ロシアは気にしたふうもなくスコーンを口に運んでいた。
 



「イギリス、俺にも淹れてくれよ!」

 と、アメリカが怒鳴り込んでくるまであと一分。
 絆されやすいイギリスが、たまにはこんなティータイムもいいかもしれない、と思ったかどうかは誰にも分からない。
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