紅茶をどうぞ
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[祭] 閃く (そうか、そうすれば)
キッチンに立つイギリスはいつも楽しそうだ。
庭いじりの時と同じくらい機嫌が良くなる。鼻歌でも歌いそうな、頭の横に音符でも浮かんでいそうな、それくらい上機嫌で楽しそうだった。
子供のころ、アメリカはよくその後ろ姿を ―― 彼が木のボールにミルクとたっぷりのクリームを入れてかき回したり、野イチゴやブルーベリーを煮詰めたり、そうやって一生懸命料理をするところを飽きずにずっと眺めていた。
あの頃は彼が笑ってくれるだけで嬉しくて、どんな不味いものでも焦げているものでも、とにかく食べられるだけ食べた。イギリスはいつも恐る恐るこちらを伺っていて、美味しかったよ、と言えばほっとしたような顔で嬉しそうに笑うのだ。
今思えば、彼は暖かな家庭料理に恵まれるような生い立ちではなかったし、その後も戦争続きで戦場を駆け回っていた時間の方が多かったのだろう。忙しいため自らキッチンに立つようなこともなければ、出された食べ物の味に文句をつけるような余裕ある優雅な生活もしていない。
宗教的な理由もあるのだろうが、とにかく腹がくちくなればそれでいいという、そういう考えを持っていたイギリスに、料理の腕前など期待しようもなかった。
そしてアメリカも、幼い時は森や荒野でたった一人で動物たちと過ごしていたため、まだ味覚形成がされておらずなんでも食べられれば良かったので、あまり頓着しないで済んでいた。もちろんその後のフランス料理などのおかげで「おいしいもの」がどういうものかは分かって来たが、それでもイギリスの料理を食べられなくなるようなことはない。
けっして美味しくはなかったが、彼と過ごす時間やその笑顔があれば、味など二の次であったのだ。
今もそれは変わらない。
ただ、昔のように素直に嘘はつけなくなってしまったが、それでも出された食事を残したことはないし、不味い不味いと言いながらも一ヶ月もすればすぐに懐かしくなってしまうのだから、我ながら飽きれる。
幸い彼は友達も少なく、また交流のある他国(たとえば日本やフランス)は世界に誇る食の大家だ、好んでイギリスの手料理を食したいと言うことはまずない。
と言うことは、とりもなおさず彼が食事をふるまうのは自分にだけであり、それを完食出来るのもまたアメリカだけなのだった。
それが実は密かな楽しみであることを、もちろん誰にも知られたことはない。おそらく日本などは薄々気がついているのだろうが、彼は余計なことは一切言わない性質なので吹聴される心配もなかった。
だから今日もこうしてアメリカはイギリスの家にやって来て、彼の作るものをさんざん文句を言いながらもリビングで待っているのだ。
これだけは美味しい紅茶を前にして、大人しく夕食が運ばれて来るのを心待ちにしている。きっと今晩のメニューも想像通り変な味に違いない。それでも全部食べきった時に見せるイギリスの顔を思い浮かべれば、それはちっともたいしたことではなかった。
アメリカがソファにもたれてテレビを見ていると、ふいに室内に来客を告げるベルが鳴った。
カウンター越しにイギリスを見ると彼は気づいていても、ちょうど今手が離せないところらしい。湯の張った鍋を片手に湯気の向こう側から少しだけ焦ったような表情がかいま見える。
立ちあがって「俺が出ようか?」と声をかければ「済まない」との言葉が返された。
こんな時間に誰だろう、そう思って廊下に出れば、二度目のベルが鳴り響く。小走りに玄関までたどり着いてドアを開けてみれば、そこには見覚えのある顔があった。
「あれ、君は確か」
「あ! お久しぶりですアメリカ君。イギリスさんはいますか?」
ひょこ、と会釈をして満面の笑顔を見せてくれたのは北欧の国フィンランドだった。
『国』は童顔が多いとは言え、彼はとくに幼く見える。イギリスと同世代かそれよりも上だと聞くが(事実幼い頃にちらりと大陸で見かけたことがあった)、まだまだ少年を脱したような顔立ちをしており、物腰の穏やかさからも年下に見えて仕方がなかった。
そんなフィンランドはクリスマスでもないのに大きな荷物を持って、ニコニコと笑いながら玄関先でアメリカを見上げる。慌てて中のイギリスに「フィンランドが来たよー」と告げれば「通せ」と言われ、そのまま並んでリビングへと向かった。
「アメリカ君はよくここに来ているみたいですね」
フィンランドの何気ない一言に頷きながら、アメリカもまた問い返す。
「君こそこんな時間にどうしたんだい? 随分大荷物みたいだけど」
「以前イギリスさんに頼まれた品をお持ちしたんです。あとはお土産いろいろ。良かったらアメリカ君も貰ってやってください。シュールストレミングとサルミアッキ、美味しいですよ!」
世界的に有名な破壊兵器の名前を列挙されて、さすがのアメリカもにこやかに断わりを入れた。今夜食べるイギリスの手料理だけでもいろいろといっぱいいっぱいなのに、これ以上は無理に決っている。
それにしてもイギリスはフィンランドに何を頼んだのだろうか。気になりながらリビングへと入って行けば、キッチンからは美味しそうな匂いが漂ってきていた。良かった、まだ焦がしてはいないようだ。この辺で火を止めないと最悪なことになると思い、声を掛ける。
「イギリス、フィンランドが来たよ。ちょっとこっちに来なよ」
「あぁ。火、止めてから行く。悪いな、フィンランド」
「いえいえー」
肩に掛けていた荷物をおろしてフィンランドは、やけに慣れた様子でソファに腰掛ける。どうやら彼も、結構な頻度でイギリスの家を訪れているらいしい事が予想された。
アメリカと鉢合わせた事はこれまでなかったが、彼の方はきっと予めちゃんと相手の都合に合わせて来ているだろうから、来客中にこうやって来る事の方が珍しいに違いない。
事実今日のアメリカの訪問は予定外のもので、急に来たためイギリスも最初はなんだかんだと怒鳴り散らしていたのだ。いつもの事とは言え来る時は連絡入れろよな、バカ!と盛大に怒られてしまったが、確かその時、来客があるとかなんとか聞いたような気もするがあいにく覚えていない。
「あー、フィンランド悪いな。わざわざ来てもらって」
キッチンからエプロンを外しながらイギリスが来る。火は無事止められたようで、焦げ臭さはない。生煮えでなければ今夜はそれなりのものが食べられるだろう。
「イギリスさん、これ頼まれたものです」
「サンキュ」
笑いながら渡された包み(ゆうに子供くらいはある)を開けると、中からはアメリカでも知っている世界的キャラクター、ムーミンの巨大ぬいぐるみが出て来た。
イギリスが抱えても手に余る大きさだが、つぶらな瞳が実に愛らしい。そう言えばフィンランドの作家が描いたファンタジー小説だったよなぁと思いながら、その丸みを帯びたぽっこリおなかを指先でつついてみる。
「なんだいこれ」
確かに可愛いいが大の大人が抱えて喜ぶようなものでもあるまいし、思わず問いかけてみれば、イギリスは穏やかな顔つきのままムーミンの頭をぽんぽんと撫でた。
「来週、世話になっているロードのお嬢さんの誕生日なんだ。ムーミンが好きだというからぬいぐるみをプレゼントしてやろうと思ってな。どうせならフィンランドに頼んだ方がいいだろ? 本場なんだし」
「それで良かったですか? イギリスさん」
「あぁ、最高だ。ありがとう」
「いえいえ」
それからこれは、と続いてフィンランドが取り出した土産物の数々に、若干引き気味になりながらもイギリスは始終楽しげに笑いながら、それらを丁寧に受け取っていた。
本来、人をもてなしたり物をもらうことが嬉しいのだろう。そのまま機嫌よさげに彼は気安くフィンランドを食事に誘った。
「良かったら夕飯、食ってけよ。出来てるからさ」
「ありがとうございます! それじゃあ遠慮なく」
思わずイギリスの手料理じゃ礼にならないだろ、と思った瞬間、フィンランドが嬉しそうに普通に頷いて見せたので、アメリカは驚きのあまり固まってしまった。
まさかこの世の中に、イギリスの手料理を遠慮なく嬉しそうに受け入れる国があろうとは思っても見なかった。そのままそそくさとキッチンへ消えるイギリスの背を茫然と見送りながら、アメリカはフィンランドを恐る恐る見遣る。
彼は顔色ひとつ変えずにソファに座り、運ばれてくる料理を楽しみに待っていた。
「君、イギリスの手料理、食べられるのかい?」
なんとはなしに問いかけてみれば、彼は人好きのする柔らかい笑みを浮かべてはい、と頷いた。
「家庭的で素朴な味ですよね」
「……まぁ、そう、言えないこともないとは思うけど」
「アメリカ君は小さい頃から親しんでいる味なんでしょう? うちなんかスーさん、俺に料理作らせてくれないんですよ。この間もイギリスさんと一緒に作ったシチュー、持って帰ろうとしたら『もう夕飯作った』とか言って断るし。会心の出来だったんだけどなぁ」
残念そうにそう言うフィンランドの前に、キッチンから戻って来たイギリスが次々と料理を並べていく。もちろんアメリカの分と自分の分も忘れずに。
今回は見た目はそれなりに成功のようだった。早めに火を止めたお陰か真っ黒になってはいないし、焦げ臭さもない。だがなんとなく色味がおかしいような気もするがそれはいつもの事なのでたいして気にはならなかった。
立ち上がるとアメリカも手伝いとばかりに冷蔵庫から冷やした紅茶を出し、氷を入れたグラスを手に戻る。アイスティーは滅多に飲まなかったが、イギリスの淹れた飲み物は極上の味を誇るのを知っているので、こればかりは譲れない。とくに夏場のレモンを入れたアイスティーは格別に美味しかった。
「じゃあ頂こうか」
三人で席についてさっそく夕食をはじめる。
アメリカは取り合えず目の前の魚のフライににフォークを突き刺した。そしてその感触にいささかいぶかしみながらも一切れ口に運ぶ。……うん、なんとも言えずイギリスの手料理だ。実に中が生っぽい。
イギリスとフィンランドをちらりと見れば、彼らも同じように魚を口に入れていた。そして咀嚼して、飲み込む。
「あ、これ結構美味しいですね」
フィンランドがそう言えば、滅多になく褒められたのが嬉しいのか、照れたようにイギリスがはにかんだ。
フィンランドに出された方は焼き方がマシだったのだろうかと思って、ちらりとその手元を見ると、どうみてもフライの断面図は生っぽく見える。自分のと余り変わりがないように見えるが、好奇心旺盛なアメリカはつい、それちょっと貰ってもいいかい?と言ってフォークを伸ばした。
「あ、お前、行儀悪いぞ!」
イギリスの声を無視してアメリカが、フィンランドの皿の上にあったものに一口齧りついたら、今度は形容しがたい怪しい味が口いっぱい広がって、慌てて紅茶をあおる羽目になる。……これはない!
「フィ、フィンランドこれ、美味しいの?」
「ちょっと焼き加減足りない気もしますけど、結構いけますよね」
「ふーん……」
曖昧に頷きながら、平気な顔をして次々と食べていく彼に、アメリカはなんとなく微妙な気持ちを抱き始めていた。
自分は幼い頃からイギリスの手料理を食べてきているので、正直不味いと思っても他国に比べれば食べられない事もなかった。その事を特別に思ったことはないし、慣れって怖いよなと言ったフランスや日本に対しても別に深く考えた事はなかったけれど。
こうやって別の国がイギリスの手料理を美味しいといって、普通に食べてしまうのはなんとなくだが……面白くないと感じてしまっているのだ。
胸中にモヤモヤとたちこめるのは拗ねたような感情。
―――― 自分だけだったのに。
そんな気持ちが自分でも意外で、アメリカは少しだけ驚いた。まさかこんなことを思う日が来るとは。
なによりイギリスの嬉しそうな顔が視界の端に映るたび、溜息をつきたくなるのだから困る。料理の腕前を罵倒される事は山のようにある彼のことだ、少しでも褒められれば有頂天にもなろうというもの。
それは分かっている。なんと云っても小さい頃からアメリカだって、たとえ嘘でも「おいしい」と言っては返されるイギリスの笑顔を、何より心待ちにしていた時だってあるのだ。
今でこそそんな素直な言葉はなかなか出てこないが、それでも完食した時に見せる小さな笑みはひそかな楽しみになっている。
それなのに。
「おい、アメリカ? 調子悪いのか?」
黙りこんだこちらに気付いたイギリスが、心配そうに声を掛けて来る。談笑していたフィンランドも途端に顔を曇らせて、アメリカの顔を覗き込んできた。
「大丈夫ですか?」
「あぁ、うん、大丈夫だぞ! まぁこの料理が……」
不味すぎて気分が悪くなったんだけどね、といつも通りに言いかけて、はたとアメリカは口をつぐんだ。
イギリスの瞳が不安そうにこちらを見ている。最近ではすっかり言われ慣れているとは言え、彼はアメリカが料理を貶すたびに酷く哀しそうな目をした。そういう昔とはあからさまに違う態度は、お互いを打ちのめしている事にアメリカだって気付いてはいたものの、悪態をついてしまうのは止められなかった。
だって、美味しくないものは美味しくないし、そもそも不味いものを不味いと言って何が悪い。ヒーローは嘘をついちゃ駄目なんだぞと、自分にそう言い聞かせてきたけれど。
『「嘘も方便」って諺があるんですよ』
東洋の小さな友人の言葉が脳裏に蘇った。
そうだ、たまにはこんなのも悪くはない。きっと……これもまた、大事な事なのだ。
―― いつだってアメリカが見たいものはひとつだけ。
「あ、今日のは、いつもより美味しいよね」
ぎこちなかったかもしれないが、そう言ってみれば途端に目の前のイギリスが、ぱぁっと花が咲いたような笑顔を浮かべた。
まるでこの世の幸せを集めたかのようなそれに、思わず見蕩れてしまっていると、フィンランドが明るい声で「良かったですね!」と言っているのが聞こえた。
結局は、俺の一言でこの人はこんなに簡単に笑顔になるんだなぁ。そしてやっぱりこの笑顔はいいよなぁ。
そう思って気分を持ち直すと、アメリカは勢いこんで残りのフライを口に入れた。子供の頃から変わらない気持ちは、ふいにこうやって時折顔を覗かせる。
いつもだったら閉じ込めてしまうような、そんな子供っぽい感情も、時々はこうやって外に出してもいいのかもしれない。
「そうか、うまいか! じゃあ、俺の分も食え!」
そう言って笑顔のイギリスの手によって皿に乗せられた新たな難敵に対して、立ち向かうのもやっぱりヒーローの役目だと思うんだ。……うん。
→ 補足 (続き)
庭いじりの時と同じくらい機嫌が良くなる。鼻歌でも歌いそうな、頭の横に音符でも浮かんでいそうな、それくらい上機嫌で楽しそうだった。
子供のころ、アメリカはよくその後ろ姿を ―― 彼が木のボールにミルクとたっぷりのクリームを入れてかき回したり、野イチゴやブルーベリーを煮詰めたり、そうやって一生懸命料理をするところを飽きずにずっと眺めていた。
あの頃は彼が笑ってくれるだけで嬉しくて、どんな不味いものでも焦げているものでも、とにかく食べられるだけ食べた。イギリスはいつも恐る恐るこちらを伺っていて、美味しかったよ、と言えばほっとしたような顔で嬉しそうに笑うのだ。
今思えば、彼は暖かな家庭料理に恵まれるような生い立ちではなかったし、その後も戦争続きで戦場を駆け回っていた時間の方が多かったのだろう。忙しいため自らキッチンに立つようなこともなければ、出された食べ物の味に文句をつけるような余裕ある優雅な生活もしていない。
宗教的な理由もあるのだろうが、とにかく腹がくちくなればそれでいいという、そういう考えを持っていたイギリスに、料理の腕前など期待しようもなかった。
そしてアメリカも、幼い時は森や荒野でたった一人で動物たちと過ごしていたため、まだ味覚形成がされておらずなんでも食べられれば良かったので、あまり頓着しないで済んでいた。もちろんその後のフランス料理などのおかげで「おいしいもの」がどういうものかは分かって来たが、それでもイギリスの料理を食べられなくなるようなことはない。
けっして美味しくはなかったが、彼と過ごす時間やその笑顔があれば、味など二の次であったのだ。
今もそれは変わらない。
ただ、昔のように素直に嘘はつけなくなってしまったが、それでも出された食事を残したことはないし、不味い不味いと言いながらも一ヶ月もすればすぐに懐かしくなってしまうのだから、我ながら飽きれる。
幸い彼は友達も少なく、また交流のある他国(たとえば日本やフランス)は世界に誇る食の大家だ、好んでイギリスの手料理を食したいと言うことはまずない。
と言うことは、とりもなおさず彼が食事をふるまうのは自分にだけであり、それを完食出来るのもまたアメリカだけなのだった。
それが実は密かな楽しみであることを、もちろん誰にも知られたことはない。おそらく日本などは薄々気がついているのだろうが、彼は余計なことは一切言わない性質なので吹聴される心配もなかった。
だから今日もこうしてアメリカはイギリスの家にやって来て、彼の作るものをさんざん文句を言いながらもリビングで待っているのだ。
これだけは美味しい紅茶を前にして、大人しく夕食が運ばれて来るのを心待ちにしている。きっと今晩のメニューも想像通り変な味に違いない。それでも全部食べきった時に見せるイギリスの顔を思い浮かべれば、それはちっともたいしたことではなかった。
* * * * * * * * * * * * * * *
アメリカがソファにもたれてテレビを見ていると、ふいに室内に来客を告げるベルが鳴った。
カウンター越しにイギリスを見ると彼は気づいていても、ちょうど今手が離せないところらしい。湯の張った鍋を片手に湯気の向こう側から少しだけ焦ったような表情がかいま見える。
立ちあがって「俺が出ようか?」と声をかければ「済まない」との言葉が返された。
こんな時間に誰だろう、そう思って廊下に出れば、二度目のベルが鳴り響く。小走りに玄関までたどり着いてドアを開けてみれば、そこには見覚えのある顔があった。
「あれ、君は確か」
「あ! お久しぶりですアメリカ君。イギリスさんはいますか?」
ひょこ、と会釈をして満面の笑顔を見せてくれたのは北欧の国フィンランドだった。
『国』は童顔が多いとは言え、彼はとくに幼く見える。イギリスと同世代かそれよりも上だと聞くが(事実幼い頃にちらりと大陸で見かけたことがあった)、まだまだ少年を脱したような顔立ちをしており、物腰の穏やかさからも年下に見えて仕方がなかった。
そんなフィンランドはクリスマスでもないのに大きな荷物を持って、ニコニコと笑いながら玄関先でアメリカを見上げる。慌てて中のイギリスに「フィンランドが来たよー」と告げれば「通せ」と言われ、そのまま並んでリビングへと向かった。
「アメリカ君はよくここに来ているみたいですね」
フィンランドの何気ない一言に頷きながら、アメリカもまた問い返す。
「君こそこんな時間にどうしたんだい? 随分大荷物みたいだけど」
「以前イギリスさんに頼まれた品をお持ちしたんです。あとはお土産いろいろ。良かったらアメリカ君も貰ってやってください。シュールストレミングとサルミアッキ、美味しいですよ!」
世界的に有名な破壊兵器の名前を列挙されて、さすがのアメリカもにこやかに断わりを入れた。今夜食べるイギリスの手料理だけでもいろいろといっぱいいっぱいなのに、これ以上は無理に決っている。
それにしてもイギリスはフィンランドに何を頼んだのだろうか。気になりながらリビングへと入って行けば、キッチンからは美味しそうな匂いが漂ってきていた。良かった、まだ焦がしてはいないようだ。この辺で火を止めないと最悪なことになると思い、声を掛ける。
「イギリス、フィンランドが来たよ。ちょっとこっちに来なよ」
「あぁ。火、止めてから行く。悪いな、フィンランド」
「いえいえー」
肩に掛けていた荷物をおろしてフィンランドは、やけに慣れた様子でソファに腰掛ける。どうやら彼も、結構な頻度でイギリスの家を訪れているらいしい事が予想された。
アメリカと鉢合わせた事はこれまでなかったが、彼の方はきっと予めちゃんと相手の都合に合わせて来ているだろうから、来客中にこうやって来る事の方が珍しいに違いない。
事実今日のアメリカの訪問は予定外のもので、急に来たためイギリスも最初はなんだかんだと怒鳴り散らしていたのだ。いつもの事とは言え来る時は連絡入れろよな、バカ!と盛大に怒られてしまったが、確かその時、来客があるとかなんとか聞いたような気もするがあいにく覚えていない。
「あー、フィンランド悪いな。わざわざ来てもらって」
キッチンからエプロンを外しながらイギリスが来る。火は無事止められたようで、焦げ臭さはない。生煮えでなければ今夜はそれなりのものが食べられるだろう。
「イギリスさん、これ頼まれたものです」
「サンキュ」
笑いながら渡された包み(ゆうに子供くらいはある)を開けると、中からはアメリカでも知っている世界的キャラクター、ムーミンの巨大ぬいぐるみが出て来た。
イギリスが抱えても手に余る大きさだが、つぶらな瞳が実に愛らしい。そう言えばフィンランドの作家が描いたファンタジー小説だったよなぁと思いながら、その丸みを帯びたぽっこリおなかを指先でつついてみる。
「なんだいこれ」
確かに可愛いいが大の大人が抱えて喜ぶようなものでもあるまいし、思わず問いかけてみれば、イギリスは穏やかな顔つきのままムーミンの頭をぽんぽんと撫でた。
「来週、世話になっているロードのお嬢さんの誕生日なんだ。ムーミンが好きだというからぬいぐるみをプレゼントしてやろうと思ってな。どうせならフィンランドに頼んだ方がいいだろ? 本場なんだし」
「それで良かったですか? イギリスさん」
「あぁ、最高だ。ありがとう」
「いえいえ」
それからこれは、と続いてフィンランドが取り出した土産物の数々に、若干引き気味になりながらもイギリスは始終楽しげに笑いながら、それらを丁寧に受け取っていた。
本来、人をもてなしたり物をもらうことが嬉しいのだろう。そのまま機嫌よさげに彼は気安くフィンランドを食事に誘った。
「良かったら夕飯、食ってけよ。出来てるからさ」
「ありがとうございます! それじゃあ遠慮なく」
思わずイギリスの手料理じゃ礼にならないだろ、と思った瞬間、フィンランドが嬉しそうに普通に頷いて見せたので、アメリカは驚きのあまり固まってしまった。
まさかこの世の中に、イギリスの手料理を遠慮なく嬉しそうに受け入れる国があろうとは思っても見なかった。そのままそそくさとキッチンへ消えるイギリスの背を茫然と見送りながら、アメリカはフィンランドを恐る恐る見遣る。
彼は顔色ひとつ変えずにソファに座り、運ばれてくる料理を楽しみに待っていた。
「君、イギリスの手料理、食べられるのかい?」
なんとはなしに問いかけてみれば、彼は人好きのする柔らかい笑みを浮かべてはい、と頷いた。
「家庭的で素朴な味ですよね」
「……まぁ、そう、言えないこともないとは思うけど」
「アメリカ君は小さい頃から親しんでいる味なんでしょう? うちなんかスーさん、俺に料理作らせてくれないんですよ。この間もイギリスさんと一緒に作ったシチュー、持って帰ろうとしたら『もう夕飯作った』とか言って断るし。会心の出来だったんだけどなぁ」
残念そうにそう言うフィンランドの前に、キッチンから戻って来たイギリスが次々と料理を並べていく。もちろんアメリカの分と自分の分も忘れずに。
今回は見た目はそれなりに成功のようだった。早めに火を止めたお陰か真っ黒になってはいないし、焦げ臭さもない。だがなんとなく色味がおかしいような気もするがそれはいつもの事なのでたいして気にはならなかった。
立ち上がるとアメリカも手伝いとばかりに冷蔵庫から冷やした紅茶を出し、氷を入れたグラスを手に戻る。アイスティーは滅多に飲まなかったが、イギリスの淹れた飲み物は極上の味を誇るのを知っているので、こればかりは譲れない。とくに夏場のレモンを入れたアイスティーは格別に美味しかった。
「じゃあ頂こうか」
三人で席についてさっそく夕食をはじめる。
アメリカは取り合えず目の前の魚のフライににフォークを突き刺した。そしてその感触にいささかいぶかしみながらも一切れ口に運ぶ。……うん、なんとも言えずイギリスの手料理だ。実に中が生っぽい。
イギリスとフィンランドをちらりと見れば、彼らも同じように魚を口に入れていた。そして咀嚼して、飲み込む。
「あ、これ結構美味しいですね」
フィンランドがそう言えば、滅多になく褒められたのが嬉しいのか、照れたようにイギリスがはにかんだ。
フィンランドに出された方は焼き方がマシだったのだろうかと思って、ちらりとその手元を見ると、どうみてもフライの断面図は生っぽく見える。自分のと余り変わりがないように見えるが、好奇心旺盛なアメリカはつい、それちょっと貰ってもいいかい?と言ってフォークを伸ばした。
「あ、お前、行儀悪いぞ!」
イギリスの声を無視してアメリカが、フィンランドの皿の上にあったものに一口齧りついたら、今度は形容しがたい怪しい味が口いっぱい広がって、慌てて紅茶をあおる羽目になる。……これはない!
「フィ、フィンランドこれ、美味しいの?」
「ちょっと焼き加減足りない気もしますけど、結構いけますよね」
「ふーん……」
曖昧に頷きながら、平気な顔をして次々と食べていく彼に、アメリカはなんとなく微妙な気持ちを抱き始めていた。
自分は幼い頃からイギリスの手料理を食べてきているので、正直不味いと思っても他国に比べれば食べられない事もなかった。その事を特別に思ったことはないし、慣れって怖いよなと言ったフランスや日本に対しても別に深く考えた事はなかったけれど。
こうやって別の国がイギリスの手料理を美味しいといって、普通に食べてしまうのはなんとなくだが……面白くないと感じてしまっているのだ。
胸中にモヤモヤとたちこめるのは拗ねたような感情。
―――― 自分だけだったのに。
そんな気持ちが自分でも意外で、アメリカは少しだけ驚いた。まさかこんなことを思う日が来るとは。
なによりイギリスの嬉しそうな顔が視界の端に映るたび、溜息をつきたくなるのだから困る。料理の腕前を罵倒される事は山のようにある彼のことだ、少しでも褒められれば有頂天にもなろうというもの。
それは分かっている。なんと云っても小さい頃からアメリカだって、たとえ嘘でも「おいしい」と言っては返されるイギリスの笑顔を、何より心待ちにしていた時だってあるのだ。
今でこそそんな素直な言葉はなかなか出てこないが、それでも完食した時に見せる小さな笑みはひそかな楽しみになっている。
それなのに。
「おい、アメリカ? 調子悪いのか?」
黙りこんだこちらに気付いたイギリスが、心配そうに声を掛けて来る。談笑していたフィンランドも途端に顔を曇らせて、アメリカの顔を覗き込んできた。
「大丈夫ですか?」
「あぁ、うん、大丈夫だぞ! まぁこの料理が……」
不味すぎて気分が悪くなったんだけどね、といつも通りに言いかけて、はたとアメリカは口をつぐんだ。
イギリスの瞳が不安そうにこちらを見ている。最近ではすっかり言われ慣れているとは言え、彼はアメリカが料理を貶すたびに酷く哀しそうな目をした。そういう昔とはあからさまに違う態度は、お互いを打ちのめしている事にアメリカだって気付いてはいたものの、悪態をついてしまうのは止められなかった。
だって、美味しくないものは美味しくないし、そもそも不味いものを不味いと言って何が悪い。ヒーローは嘘をついちゃ駄目なんだぞと、自分にそう言い聞かせてきたけれど。
『「嘘も方便」って諺があるんですよ』
東洋の小さな友人の言葉が脳裏に蘇った。
そうだ、たまにはこんなのも悪くはない。きっと……これもまた、大事な事なのだ。
―― いつだってアメリカが見たいものはひとつだけ。
「あ、今日のは、いつもより美味しいよね」
ぎこちなかったかもしれないが、そう言ってみれば途端に目の前のイギリスが、ぱぁっと花が咲いたような笑顔を浮かべた。
まるでこの世の幸せを集めたかのようなそれに、思わず見蕩れてしまっていると、フィンランドが明るい声で「良かったですね!」と言っているのが聞こえた。
結局は、俺の一言でこの人はこんなに簡単に笑顔になるんだなぁ。そしてやっぱりこの笑顔はいいよなぁ。
そう思って気分を持ち直すと、アメリカは勢いこんで残りのフライを口に入れた。子供の頃から変わらない気持ちは、ふいにこうやって時折顔を覗かせる。
いつもだったら閉じ込めてしまうような、そんな子供っぽい感情も、時々はこうやって外に出してもいいのかもしれない。
「そうか、うまいか! じゃあ、俺の分も食え!」
そう言って笑顔のイギリスの手によって皿に乗せられた新たな難敵に対して、立ち向かうのもやっぱりヒーローの役目だと思うんだ。……うん。
→ 補足 (続き)
素敵なリクエストをどうもありがとうございました!
自分だけが特別だと思いたいアメリカって、すごく可愛いです。確かにイギリスの手料理を完食出来るのってアメリカくらいのものですけど、そういうのが地味に自慢だったりするのでしょう。(もちろん誰も羨ましがったりはしませんが/笑)
でもフィンランドはイギリスと同じくらいマズいものでも食べられるらしい?ので、彼の登場は思わぬ波紋を広げたようですね。
頑張れ若造!なアメリカを書くのは本当に楽しかったですv
このたびは七夕企画へのご参加どうもありがとうございました!
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