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 紅茶をどうぞ
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[祭] 楽しむ (君といる、それだけで)
 静かで穏やかで、いつもより少しだけ暖かい空気。ベッドサイドに灯ったオレンジ色の明かりさえもどこか柔らかく感じる夜だった。
 イギリスはシーツにくるまりながら隣で軽い寝息を立てている、自分より二回りは大きな身体ににじり寄って顔を近付けた。欧州の中でも際立って色の白い彼の頬は、額を流れる細いプラチナブロンドと相まって、どこか寒々しく感じられてならない。
 そっとてのひらを這わせると印象に見合った低い体温が伝わってくる。急に与えられたぬくもりに少しだけ身じろぎ、それから多くの子供がそうするように擦り寄って来るその仕草が可愛いと思えるのだから末期だ。
 北の大国ロシアを前にして、小動物を可愛がるような感情を抱く日が来るとは思わなかった。イギリスは軽く溜息をつくと薄暗い中、そっと身体を起こして寝る前に用意した水差しを手に取る。
 ちゃぷん、という小さな音がやけに静かな室内に響き、ガラスのコップに注いでいけばゆるやかな光を反射してこちらの顔が映り込んだ。
 一口飲み、軽く残っていた眠気を吹き飛ばすとイギリスは立ち上がり、窓際に歩み寄る。

「そろそろ行くか」

 開けっぱなしのカーテンから黒く塗りつぶされた外を見ると、闇の中にはいつも浮かぶ白い丸い月はなかった。
 そのかわり、北の冷たく澄んだ高い空には都会では決して見ることが出来ないほどの星が見えるのだ。遠い昔に見た景色を思い出すことが出来る。

「おい、起きろ」

 グラスを置いて再びベットの上に身体を伸ばすと、未だ起きる気配のないロシアに声を掛けた。
 ここ最近、ようやく彼も自分の隣で熟睡出来るようになっていて、こうしてイギリスが起きて動いてもその気配で目覚めることは滅多になかった。殺気のない者には昔から無関心なところがあったが、このところイギリス相手だとすっかり緩んでしまっているようだ。気を許してくれているのが分かるので、正直ものすごく嬉しかったりする。
 だが今夜は惰眠を貪らせる気はなかった。こんなにも星の綺麗な夜は外に出なければ気が済まない。ロンドンの曇った夜空では見ることの叶わない星空が、ここサンクトペテルブルク郊外にはまだまだ健在だ。
 ウェザーニュースを確認してわざわざここまで来たのだから、明け方までちゃんと付き合ってもらおう。

「ロシア!」
「ううん……なぁに、イギリスくん……」
「外に行くぞ」
「ええぇぇ……嫌だよ寒いよ……」
「いっぱい着ればいいだろ。おら、起きろ」

 眠い子供がぐずるようにうんうんと唸るロシアの頭を、両手で思い切りぐらぐらと揺さぶれば、彼は腕を振り上げ追い払おうとしてきた。いい度胸だ。
 力なく背けようするその顔を思い切り掴むと、イギリスはロシアの唇に自分のそれを重ね合わせた。むろんキスなどという生易しいものではない。舌を絡め取り深く深く吸い上げていけば、徐々に呼気を奪われたロシアの細い眉が苦しげにひそめられていった。
 もっともっとと呼吸を飲みこめば、さすがに耐え切れなくなったのか菫色の瞳がぱちりと開き、驚いた表情を浮かべたまま潤みはじめてくる。

「んー! んー!」

 丹念に口腔をなぞっていけば、バンバンとベッドを叩いて強く抗議された。
 仕方がないなぁと最後にぺろりと唇を舐めてから顔を離す。ロシアはうっすら張った涙で視界を曇らせながら、はぁはぁと息苦しく呼吸を繰り返した。

「……ちょっと、君、……ねぇ……」
「上着だけ羽織ればいいだろ。ほら行くぞ」

 のろのろと起き上がるロシアの頭に彼の服を投げつければ、イギリスはさっさと自分も起き上がって着替えを済ませてしまった。
 文句を言いかけたロシアも、やけに機嫌のいいイギリスの横顔を見つめていると、何もかもがどうでもよく感じられてしまい、溜息と共に苦笑が洩れてしまう。
 しょうがないなぁと呟きながらもガウンを脱いで着替えてしまえば、戸口で早く早くと急かすイギリスの隣に大人しく並んだ。



「で? どこに行くのかな?」
「屋根の上」
「危ないよ」
「怖いのか?」
「まさか」
「なら問題ないな」

 小気味の良い遣り取りを交わし、二人はバルコニーから梯子を掛けて雨どいを越える。身軽なイギリスが先に上がり、続くロシアに手を差し伸べると窓枠を蹴り上げる反動に合わせて思い切り引っ張り上げた。
 足場の悪さなど気にも留めずに真上まで歩いて、落ち着けそうな場所を探すと並んで座る。そのまま首を巡らして空を見上れば、初夏とは言え深夜はまだまだ冷え込むこの地の、冷たく澄んだ空気の向こうには満天の星がちりばめられていた。

「うおぉ」

 やっぱ凄ぇな、と呟いてイギリスは魅入られたように夜空を見つめる。
 高く高く吸い込まれてしまいそうなほど透き通った、闇色のキャンパス。色とりどりの輝きが純粋に美しいと思った。

「君のところじゃ珍しいの?」

 ロシアが躊躇いがちに身を寄せてくるので、思わずぐいと引っ張ってイギリスはその腕の中に身体を預けた。両腕が背中を包み込むように回されてくるのが心地良い。

「俺んちも、昔はすごく空が高かった。でも産業革命以来ロンドンは霧に包まれるようになったし、空気も汚れて遠くまで見渡せなくなったんだよな」
「そうなんだ」
「お前は海の上から星空を見上げたことがあるか?」
「あまり船には乗らなかったからなぁ。イギリス君は海賊時代、結構長い間海の上にいたんでしょ?」
「あぁ。小さな船灯だけで、周囲にはなにもない……真っ暗な海を照らす沢山の星たちが旅の行く末を決めるんだ。星座は船乗り達の目印だった」

 気まぐれな自然に弄ばれ荒波にもまれて転覆しかけたり、時には凪いだ海の上を滑る風の心地良さに両目を細めた時もある。
 潮の香りに包まれて、穏やかな夜の空を見上げながらたくさんの星座を思い描いていく。そうやって冒険の果てに待ち受ける様々な出来事に胸躍らせた時代だった。

 一方ロシアの方はその頃からすでに良い記憶に恵まれていない。大航海時代も変わらず、雪に閉ざされたこの北の大地で風の唸り声に耳をふさいでいただろうか。外を見る余裕もなく、ただ灰色の世界の中で凍えた身体を縮こまらせていたかもしれない。
 でも、確かに時折見上げた空には輝く光があったはずだ。短い夏の、その終わりに見た北極星はちかちかと瞬いて、ロシアに小さな希望を与えたこともあった。
 それもすぐに冬の厳しさを前に何もかもが塗りつぶされてしまったけれど。

「あれがデネブだよね。で、向かって右下がベガ、……うーん、もうひとつはなんだっけ?」
「アルタイル」
「そうそう。夏の大三角形だっけ?」
「あぁ」

 軽くうなずくイギリスの肩口に顎を乗せる形でロシアもまた、空に指先を向けた。ぴったりと密着する身体はとても温かく感じられる。
 こんな風に星を二人で見る日が来るなんて、本当に一体誰が予想しただろう。100年前も、200年前も、それこそ500年以上も前からほとんど変わることのない空の果ての輝きを、いつも一人で見上げていた頃とは全く違う。
 なんの感慨も浮かばなかった子供時代。それがこんなにもはっきりと綺麗に見えるのは、きっと今が寂しくはないという証拠なのかもしれない。

「ねぇイギリス君が一番好きな星ってなに? やっぱり北極星?」
「そうだなぁ。確かにポラリスは旅人にとっては一番重要で、俺達もさんざん世話になったけど……俺はアンタレスの方が好きだ」
「サソリの火?」
「あぁ。赤、というよりオレンジだけど、昔からすっげぇ綺麗で好きだな」

 天の川に沿うように輝くアンナ(天の光)。
 暗い海の上で甲板に寝そべりながら見上げたその色は、現在とは少し違うのかも知れないが、それでもやはり目を惹きつける。
 
「そう言えばね、中国君はサソリの火のことを、強力だけど慈悲深くて、天に現れることによって春を予告する龍の化身って呼んでたよ」
「へぇ。あいつはそれこそ何千年も前から見ているんだろうなぁ。ドラゴンなんて俺も滅多にお目にかかったことはないけど」
「イギリス君は竜を見たことがあるの?」
「すっげー昔にな」
「凄いねぇ、さすがはファンタジーの国だよ」

 本気なのかそうではないのかいまいち掴みづらいが、ロシアは感嘆の声を上げながら楽しそうに笑った。

「ドラゴンは聖ジョージの象徴なんだぞ」
「ゲオールギイはイングランドの守護者だっけ?」
「あいつの竜退治は本当、凄かったんだからな」
「ふふふ」
「あ、信じてないな!」
「ううん大丈夫、信じてるよ。ロシアにもゴルィヌィチがいたしね」

 拗ねたように上目遣いでこちらを振り返るイギリスの、翡翠色の瞳を覗き込むようにしてロシアは穏やかに笑う。普段の子供っぽい仕草とは違う、どこか達観したようなその表情には相手をからかうような気配は微塵もなかった。
 イギリスもまたそんな彼の眼差しに揶揄する色がないのを見てとって、肩の力を抜くと満足そうに笑った。
 異世界との繋がりは原始的なものの残る地域の方がずっと強い。まだまだ未開の、北の果ての凍りついた大地の内側にはひそやかに何かがいるとしてもおかしくはなかった。
 むろん、好んで見たいとは思わないが。



「イギリス君と、ずっとずっとこうしていたいなぁ」

 満天の星の下、短い夏の訪れを待ち侘びながら、ぬくもりを求めて寄り添う時間がこの先も長く続けばいいと願う。そんなふうに我儘な事を言って抱き締めてくる腕の強さはしかし、拘束とは程遠いもので少し物足りなく思ってしまうのは仕方がない。
 ロシアの願いはいつだって単純明快だった。彼には裏表がない。時折天の邪鬼な面もあるにはあったが、そんなのは他国に比べれば可愛いもので、イギリスからしてみればどんな頑是ない子供よりも理解しやすかった。
 それが率直だからこそ、叶わぬ望みに幾度も傷ついてしまうのも分かる。求めるものがはっきりしている分、現実との剥離に置いて行かれるのはいつも彼の方だった。

 永遠を約束することは出来ない。
 自分たちは『国』であり、存在全てが国民のものである以上、未来を誓うことは出来なかった。あるのはほんの少しの過去と、現在だけ。
 それでも確信のない先に望みを託すぐらいなら、今目の前にあるものだけを求める方がずっといいということは、長い年月の末に導き出した答えだ。

 ここに彼がいて、自分がいる。―――― それだけで。

「ね、イギリス君」
「なんだ?」
「この空は、あと1000年くらいは綺麗なままなのかなぁ」

 突拍子もないロシアの言葉にイギリスはくすくすと小さく忍び笑いを漏らす。

「さすがにそれはないだろ。軌道だって変わるだろうし、空の灰色はもっと広がって空気は濁ってくるだろうしな」
「分からないよ。アメリカ君なんかはこの先すごい発明があって、びっくりするくらい簡単に環境問題が解決出来るようになるって本気で信じているみたいだし」
「夢物語が好きなんだよ、あいつは」

 あぁでも、もしかしたらあの青年が夢見るように、いつの日かなんでも叶う時が来るんじゃないかと、そう思えたらどんなに幸せだろうか。
 見上げた夜空の一番高い所に、小さな小さな星の輝きがあって、あれはもしかしたらもう死んでしまっているのかも知れないけれど、その光はこうやってここまでちゃんと届いているのだ。
 それがなんとも不思議で仕方がないように、きっと自分たちはまだほとんど何も知らないのかもしれない。

「まぁそういうのも嫌いじゃないけどな」
「うん、僕も」
「へぇ……そうなのか?」
「イギリス君とこうしているのは嫌いじゃないから。絶望することはいっぱい覚えたけど、一度くらいは未来を夢見てみたいじゃない?」
「そしてまた絶望するのか?」
「それもまたいいじゃない。慣れたものだよ」

 そう言って笑うと、ロシアはぎゅうっと力を込めてイギリスの身体を抱き締めて来た。首筋を掠める吐息がくすぐったくて、馬鹿みたいに幸せだなぁと思った。
 そして伝わるその暖かさに一瞬だけ未来を思い浮かべる。

 When you wish upon a star.
 人形の男の子がいつか人間になることを夢見たように。




素敵な「願いごと」をして下さってどうもありがとうございました!
七夕らしいリクエストに喜び勇んで一気に書き上げてみたのですが、気がついたら信じられないくらい甘くなってしまって、なんだかちょっと恥ずかしい気持ちです(笑)
少しでもお気に召していただけたら何よりです。

サイト、いつもご覧頂いているとのことでとても嬉しかったです。これからもちまちまと萌えを形にしていこうと思っていますので、また遊びに来て下さいませ。ありがとうございましたv

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