紅茶をどうぞ
[PR]
×
[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。
[お題] アクレイギア
イギリスがこの大陸へ来た時、その花は何か別のものを思わせた。
ちょっと変わった形状で、本国では見たことがない。確かフランスあたりで見かけたことがあったかもしれないが、大陸の花は島国で育てるにはかなりの手間隙がかかるため、今まで持ち帰ることはなかった。
鳩のような?
それともカラスの足?
なんとも言えない個性的なその花の名を、思い出せないままイギリスはそっと地に膝をついてひとつだけ摘んだ。
鮮やかな青紫と白のグラデーションがとても美しい。花の一番大きな青い部分が萼であり、花弁は内側の筒状の白い部分を指し、基部からは角状の距が伸びて萼の間から突き出ている。
初めて見た時はその姿がとても物珍しくて持って帰ろうと何度も思った。可愛いと言えば可愛いけれど、変わっていると言えば変わっている。
あぁそうだ、まるであの子のような。
ふと思い浮かんだこの大陸の移し身に、思わず笑いが込み上げてきて止まらなかった。
あの子供は変わっている。可愛くて、純粋で、美しい。それなのにこんな自分を一番好きだと言ってくれたのだ。空色の輝いた瞳で慕うように自分を見つめるのだ。まるでそれこそが奇跡のように。
本当に変わった子供だ。
そう思いながらすぐに立ち上がって歩き出す。こんなところで時間を無駄にする事もあるまい。
愛しいあの子に、早く会いに行こう。
食卓に活けられた青い花を眺めながら、イギリスは口元にティーカップを運びつつ向かいに座ったアメリカに視線を投げた。
話があるからと急に呼び出されるのはいつものこと。呆れながらもこうして来てしまう自分の悲しい性に少々うんざりしてしまう。
「で? なんだよ今日は」
手土産に持って来たハンドメイドケーキの包みを開けながら、アメリカはどことなく拗ねたような顔つきで中身を取り出していく。
バラマーケットで買って来たケーキを受け取った時の彼の反応は予想通り。君の手作りじゃなくて本当に嬉しいよ!という、なんとも腹立たしいものだったが、いざそれを食べようとなるとつまらなそうな顔をするのだから困り者だ。
店で一番人気のケーキをわざわざ持って来てやったというのに、一体何が気に食わないのだろうか。相変わらず分からない。
「そう言えば君のところのさ、薔薇って国花だっけ?」
「なんだよ藪から棒に。確かにそうだけど……それがどうかしたか?」
「うん。俺のところも制定しようかなぁって思ってさ」
ナイフでケーキを切り分けながら、アメリカは片手で皿を引き寄せた。クリームの蓋を開けてやりながらイギリスの目が不思議そうにまたたく。
「へぇ……そうなのか。で? 何にするんだ?」
「うん、この花がいいかなって思ってる」
「この花?」
イギリスは視線を移すと、テーブルの上に飾られた花弁をそっとつついた。ゆらゆらと優しく揺れる青い花は、差し込む太陽の光を浴びて艶やかに光っている。
「理由を聞いてもいいか?」
アメリカのことだから、なんとなく目に付いたからだとか色がきれいだからとか、どうせそんなことだろうと思いながらも問い掛けてみる。すると彼は一瞬両目を眇めてから、どこか懐かしむような眼差しをして眼前の花を見つめた。
珍しいな、と思っていると切り分けたケーキが真っ白い皿の上に置かれる。それに続いてスプーンで付け合わせのクリームを乗せ、先ほど買ったばかりのブルーベリーを添えれば本日のお茶請けの完成だ。
淹れたての紅茶を前に二人、向かい合わせで落ち着くと、さっきの続きとばかりにアメリカが口を開いた。
「ね、君が俺にはじめてくれたものって何か、覚えてる?」
「俺がお前にはじめてやったもの?」
「そう。……幼い俺に、君が一番最初にプレゼントしてくれたものだよ」
あまり過去の話をしたがらないアメリカの意外な言葉に、イギリスは手にしたフォークを置いてまじまじとその顔を見る。それから軽く上目遣いになって問われた内容を脳裏に思い浮かべた。
はじめてのプレゼント…………はじめての?
あの頃は新大陸へ来るたびに、本国からなにがしかの土産を携えていたので、正直どれが一番最初に渡したものなのかは覚えていない。文明の発達していない北米大陸には圧倒的に日常品が不足していたし、木材は豊富にあっても衣類に仕立てられるような織物はなかった。
だから初期の頃はとにかく身の回りの品を大量に運び入れていたはずだ。毛織物から最高級のリネン、レース、それにラシャもあった。
細工の入った箱や木製の皿やフォークやスプーン、農作業具なども運び入れ、生活用具が揃ってからようやく本や刺繍などをあげるようになっていった。
ありとあらゆるものを与えて来たし、そのどれもが喜んで受け取られた。そういう記憶の中では最早なにが最初のものだったのかなど、覚えているはずもない。
イギリスにとってアメリカに物を渡すということは、喜びであり必然であり、出来ることはなんでもやってやりたいという愛情の形でもあった。どれも等しく心がこもり、アメリカの為だけにイギリスが用意したものばかりだ。
「覚えていないのかい?」
こちらもまたケーキに手をつけないままのアメリカに重ねて問いかけられて、イギリスは首をひねる。いろいろ思い浮かべるがこれという決定打がなかった。
というよりも、むしろぜんぜん記憶にない。
「なんだっけなぁ……着るものだったか?」
「違うよ」
「じゃあ食器?」
「違うね」
「う~ん……まさか言語や文化とか、そういうものか?」
「確かにそれも君から受け継いだものだろうけど、そうじゃなくて、もっと個人的なものだよ。君という一人の存在が、俺という存在にはじめてくれたものだ。……忘れちゃったのかい?」
ほんの少しだけ、アメリカには不似合いな切ない表情で尋ねられれば、プライドに賭けても思い出さなければという気持ちになってくる。
イギリスは眉を寄せて難しい顔をした。
「うう~ん。あ、もしかして……名前?」
「まぁ、それもそうだね。アルフレッドという名前をくれたのは確かに君だ。でもそれは一番最初のプレゼントじゃない。やっぱり思い出せないんだね……まぁ君にとっては本当に、どうでもいいことだったんだろうし」
拗ねたような顔でそんなことを言われてしまえば、イギリスは焦って腰を浮かしかけた。
何を言われても構わないが、アメリカとの思い出に関してだけは絶対に譲れない。あのころの自分にとって小さなアメリカと過ごした日々は、どんなささいな出来事でも宝物のように大切だったのだ。
忘れるなんて、そんなことはたとえ自分自身でも許せない。
「ちょっと待て! 思い出す……絶対に思い出すから。俺がお前に対して『どうでもいい』だなんて気持ちを持つはずないだろ!」
「……イギリス……」
一番最初、はじめてのプレゼントということはアメリカがまだ相当小さかった時の話だ。イギリスのことを舌っ足らずに「イギリちゅ」と呼んでいた頃だろうか。
出会った時のことは覚えている。フィンランドやフランス達と新大陸に行き、なんだかんだと小突き合いをしていた時に、木陰からこちらの様子をうかがう幼児を見付けた。怯えて一歩も近寄っては来ないのに、好奇心いっぱいの目でずっと自分たちの姿を見つめていた。
そのうちだんだんと警戒心が薄れて傍に寄って来るようになり、フランスと争奪戦を繰り広げた時には落ち込むイギリスを慰めるまでになっていた。
あの時はまだ支配権の獲得に至らずアメリカにも北米大陸にも、イギリス本国から何かを持ち込んだことはなかったはずだ。
それでも近寄って来る小さな小さな、まだ『国』にもなっていなかったあの子供の暖かな気配に、イギリスは生まれて初めて愛しさを込めて贈り物をしたのではなかっただろうか。
そうあれは。足元に咲いた不思議な形の花。
途中で見つけたその青紫の花をひとつだけ摘み取り、アメリカの小さな手に差し出せば、彼はまるでこの世の光を集めたかのような表情で、笑ったのではなかっただろうか。
「……アクレイギア」
ぽつりと呟いてテーブルの上の花を見つめる。みるみる蘇る記憶に面映ゆい気持ちが重なり、イギリスは苦笑にも似た笑みを浮かべた。
それと同時にぱっとアメリカの顔が上がる。
「そうだよ! さすがは執念深さ世界一のイギリスだね!! やっぱり覚えていたんだ!!」
「ちょ、おまっ……」
テーブルを回った彼に突然がばっと抱きしめられ、驚きの余り言葉を失う。
アメリカはイギリスの肩口に顔をうずめて、優しい力でめいっぱい腕を絡めてきた。
その抱擁はかつてイギリスが幼子を抱きしめた時と同じものであることに、二人は恐らく気付いていない。
「この花は君が初めて俺にくれたものだよ。まるでお前みたいだなって言ったんだよね」
「よく覚えていたなぁ……」
「だからさ、俺は決めたんだ。この花をアメリカ合衆国の国花にしようって。もっと大きくてもっと鮮やかな方がいいとか色々悩んだけど、俺には君との最初の思い出のアクレイギアが、一番ふさわしいと思ったんだよ」
なにかひとつだけ選ばなければならないと言うのなら、迷うことなくアメリカはあの日の記憶を呼び覚ましていた。
どんな花でもいいわけじゃない。この国を代表する花になると言うのなら、それは彼との思い出の証がいい。
イギリスがはじめてアメリカにくれた、形あるもの。
小さくてささやかなそれは、けれどアメリカにとっては何より大きな希望の光となっていつまでも彼を支え続けた。
「お前は……」
イギリスは突然の告白に面食らいながらも、しがみつくように自分を抱く青年の手触りの良い金色の髪をそっと撫でてから、広い背中に両腕を回した。
本当に大きくなった、そう思って両目を閉ざせば、はじめて抱き上げたぬくもりと少しも変わらない柔らかな体温が感じられる。
一度は失ってしまったその温かさ。
アメリカとの別離はイギリスをこれ以上はないほどに打ちのめし、ずっと長いあいだ消えぬ傷となって奥深くに残っていた。
だが時間の流れと共にそれらは違う形に変貌を遂げ、今ではこうして再び彼の体温を直に感じられるようにまでなったのだ。
しかも……アメリカはちゃんとイギリスとの思い出を忘れずに抱えてきてくれている。自分だけが過去を懐かしむばかりではなく、こうしてちゃんと彼も大事にしてくれている。
こんな嬉しいことは他にないだろう。
「……アメリカ、ありがとう」
小さく礼を述べれば、少しだけ身体を離した彼が不思議そうな顔でこちらを覗き込んできた。どうして?という眼差しを向けられて思わず苦笑する。
応える代りにそっとその頬に唇を寄せて、触れるだけのキスを贈った。
今はアメリカから恋人という特別な称号を貰っているイギリスだったが、これは ―――― 育ての親冥利に尽きるというか。
普段から自己中で無神経で空気の読めないアメリカからの、思わぬサプライズに頭が沸騰しそうな勢いで恥ずかしく思いながらも、幸せで幸せでたまらない。
あぁもう、愛しすぎる。
交わしたいくつもの口吻けよりも、どんな愛の言葉よりも。
伝えたい思いはただひとつ。
どんなに時が流れても、どんなに二人が変わっても。
たったひとつ、あればいい。
『うまれてきてくれて、であってくれて、ほんとうにありがとう』
ちょっと変わった形状で、本国では見たことがない。確かフランスあたりで見かけたことがあったかもしれないが、大陸の花は島国で育てるにはかなりの手間隙がかかるため、今まで持ち帰ることはなかった。
鳩のような?
それともカラスの足?
なんとも言えない個性的なその花の名を、思い出せないままイギリスはそっと地に膝をついてひとつだけ摘んだ。
鮮やかな青紫と白のグラデーションがとても美しい。花の一番大きな青い部分が萼であり、花弁は内側の筒状の白い部分を指し、基部からは角状の距が伸びて萼の間から突き出ている。
初めて見た時はその姿がとても物珍しくて持って帰ろうと何度も思った。可愛いと言えば可愛いけれど、変わっていると言えば変わっている。
あぁそうだ、まるであの子のような。
ふと思い浮かんだこの大陸の移し身に、思わず笑いが込み上げてきて止まらなかった。
あの子供は変わっている。可愛くて、純粋で、美しい。それなのにこんな自分を一番好きだと言ってくれたのだ。空色の輝いた瞳で慕うように自分を見つめるのだ。まるでそれこそが奇跡のように。
本当に変わった子供だ。
そう思いながらすぐに立ち上がって歩き出す。こんなところで時間を無駄にする事もあるまい。
愛しいあの子に、早く会いに行こう。
* * * * * * * * * * *
食卓に活けられた青い花を眺めながら、イギリスは口元にティーカップを運びつつ向かいに座ったアメリカに視線を投げた。
話があるからと急に呼び出されるのはいつものこと。呆れながらもこうして来てしまう自分の悲しい性に少々うんざりしてしまう。
「で? なんだよ今日は」
手土産に持って来たハンドメイドケーキの包みを開けながら、アメリカはどことなく拗ねたような顔つきで中身を取り出していく。
バラマーケットで買って来たケーキを受け取った時の彼の反応は予想通り。君の手作りじゃなくて本当に嬉しいよ!という、なんとも腹立たしいものだったが、いざそれを食べようとなるとつまらなそうな顔をするのだから困り者だ。
店で一番人気のケーキをわざわざ持って来てやったというのに、一体何が気に食わないのだろうか。相変わらず分からない。
「そう言えば君のところのさ、薔薇って国花だっけ?」
「なんだよ藪から棒に。確かにそうだけど……それがどうかしたか?」
「うん。俺のところも制定しようかなぁって思ってさ」
ナイフでケーキを切り分けながら、アメリカは片手で皿を引き寄せた。クリームの蓋を開けてやりながらイギリスの目が不思議そうにまたたく。
「へぇ……そうなのか。で? 何にするんだ?」
「うん、この花がいいかなって思ってる」
「この花?」
イギリスは視線を移すと、テーブルの上に飾られた花弁をそっとつついた。ゆらゆらと優しく揺れる青い花は、差し込む太陽の光を浴びて艶やかに光っている。
「理由を聞いてもいいか?」
アメリカのことだから、なんとなく目に付いたからだとか色がきれいだからとか、どうせそんなことだろうと思いながらも問い掛けてみる。すると彼は一瞬両目を眇めてから、どこか懐かしむような眼差しをして眼前の花を見つめた。
珍しいな、と思っていると切り分けたケーキが真っ白い皿の上に置かれる。それに続いてスプーンで付け合わせのクリームを乗せ、先ほど買ったばかりのブルーベリーを添えれば本日のお茶請けの完成だ。
淹れたての紅茶を前に二人、向かい合わせで落ち着くと、さっきの続きとばかりにアメリカが口を開いた。
「ね、君が俺にはじめてくれたものって何か、覚えてる?」
「俺がお前にはじめてやったもの?」
「そう。……幼い俺に、君が一番最初にプレゼントしてくれたものだよ」
あまり過去の話をしたがらないアメリカの意外な言葉に、イギリスは手にしたフォークを置いてまじまじとその顔を見る。それから軽く上目遣いになって問われた内容を脳裏に思い浮かべた。
はじめてのプレゼント…………はじめての?
あの頃は新大陸へ来るたびに、本国からなにがしかの土産を携えていたので、正直どれが一番最初に渡したものなのかは覚えていない。文明の発達していない北米大陸には圧倒的に日常品が不足していたし、木材は豊富にあっても衣類に仕立てられるような織物はなかった。
だから初期の頃はとにかく身の回りの品を大量に運び入れていたはずだ。毛織物から最高級のリネン、レース、それにラシャもあった。
細工の入った箱や木製の皿やフォークやスプーン、農作業具なども運び入れ、生活用具が揃ってからようやく本や刺繍などをあげるようになっていった。
ありとあらゆるものを与えて来たし、そのどれもが喜んで受け取られた。そういう記憶の中では最早なにが最初のものだったのかなど、覚えているはずもない。
イギリスにとってアメリカに物を渡すということは、喜びであり必然であり、出来ることはなんでもやってやりたいという愛情の形でもあった。どれも等しく心がこもり、アメリカの為だけにイギリスが用意したものばかりだ。
「覚えていないのかい?」
こちらもまたケーキに手をつけないままのアメリカに重ねて問いかけられて、イギリスは首をひねる。いろいろ思い浮かべるがこれという決定打がなかった。
というよりも、むしろぜんぜん記憶にない。
「なんだっけなぁ……着るものだったか?」
「違うよ」
「じゃあ食器?」
「違うね」
「う~ん……まさか言語や文化とか、そういうものか?」
「確かにそれも君から受け継いだものだろうけど、そうじゃなくて、もっと個人的なものだよ。君という一人の存在が、俺という存在にはじめてくれたものだ。……忘れちゃったのかい?」
ほんの少しだけ、アメリカには不似合いな切ない表情で尋ねられれば、プライドに賭けても思い出さなければという気持ちになってくる。
イギリスは眉を寄せて難しい顔をした。
「うう~ん。あ、もしかして……名前?」
「まぁ、それもそうだね。アルフレッドという名前をくれたのは確かに君だ。でもそれは一番最初のプレゼントじゃない。やっぱり思い出せないんだね……まぁ君にとっては本当に、どうでもいいことだったんだろうし」
拗ねたような顔でそんなことを言われてしまえば、イギリスは焦って腰を浮かしかけた。
何を言われても構わないが、アメリカとの思い出に関してだけは絶対に譲れない。あのころの自分にとって小さなアメリカと過ごした日々は、どんなささいな出来事でも宝物のように大切だったのだ。
忘れるなんて、そんなことはたとえ自分自身でも許せない。
「ちょっと待て! 思い出す……絶対に思い出すから。俺がお前に対して『どうでもいい』だなんて気持ちを持つはずないだろ!」
「……イギリス……」
一番最初、はじめてのプレゼントということはアメリカがまだ相当小さかった時の話だ。イギリスのことを舌っ足らずに「イギリちゅ」と呼んでいた頃だろうか。
出会った時のことは覚えている。フィンランドやフランス達と新大陸に行き、なんだかんだと小突き合いをしていた時に、木陰からこちらの様子をうかがう幼児を見付けた。怯えて一歩も近寄っては来ないのに、好奇心いっぱいの目でずっと自分たちの姿を見つめていた。
そのうちだんだんと警戒心が薄れて傍に寄って来るようになり、フランスと争奪戦を繰り広げた時には落ち込むイギリスを慰めるまでになっていた。
あの時はまだ支配権の獲得に至らずアメリカにも北米大陸にも、イギリス本国から何かを持ち込んだことはなかったはずだ。
それでも近寄って来る小さな小さな、まだ『国』にもなっていなかったあの子供の暖かな気配に、イギリスは生まれて初めて愛しさを込めて贈り物をしたのではなかっただろうか。
そうあれは。足元に咲いた不思議な形の花。
途中で見つけたその青紫の花をひとつだけ摘み取り、アメリカの小さな手に差し出せば、彼はまるでこの世の光を集めたかのような表情で、笑ったのではなかっただろうか。
「……アクレイギア」
ぽつりと呟いてテーブルの上の花を見つめる。みるみる蘇る記憶に面映ゆい気持ちが重なり、イギリスは苦笑にも似た笑みを浮かべた。
それと同時にぱっとアメリカの顔が上がる。
「そうだよ! さすがは執念深さ世界一のイギリスだね!! やっぱり覚えていたんだ!!」
「ちょ、おまっ……」
テーブルを回った彼に突然がばっと抱きしめられ、驚きの余り言葉を失う。
アメリカはイギリスの肩口に顔をうずめて、優しい力でめいっぱい腕を絡めてきた。
その抱擁はかつてイギリスが幼子を抱きしめた時と同じものであることに、二人は恐らく気付いていない。
「この花は君が初めて俺にくれたものだよ。まるでお前みたいだなって言ったんだよね」
「よく覚えていたなぁ……」
「だからさ、俺は決めたんだ。この花をアメリカ合衆国の国花にしようって。もっと大きくてもっと鮮やかな方がいいとか色々悩んだけど、俺には君との最初の思い出のアクレイギアが、一番ふさわしいと思ったんだよ」
なにかひとつだけ選ばなければならないと言うのなら、迷うことなくアメリカはあの日の記憶を呼び覚ましていた。
どんな花でもいいわけじゃない。この国を代表する花になると言うのなら、それは彼との思い出の証がいい。
イギリスがはじめてアメリカにくれた、形あるもの。
小さくてささやかなそれは、けれどアメリカにとっては何より大きな希望の光となっていつまでも彼を支え続けた。
「お前は……」
イギリスは突然の告白に面食らいながらも、しがみつくように自分を抱く青年の手触りの良い金色の髪をそっと撫でてから、広い背中に両腕を回した。
本当に大きくなった、そう思って両目を閉ざせば、はじめて抱き上げたぬくもりと少しも変わらない柔らかな体温が感じられる。
一度は失ってしまったその温かさ。
アメリカとの別離はイギリスをこれ以上はないほどに打ちのめし、ずっと長いあいだ消えぬ傷となって奥深くに残っていた。
だが時間の流れと共にそれらは違う形に変貌を遂げ、今ではこうして再び彼の体温を直に感じられるようにまでなったのだ。
しかも……アメリカはちゃんとイギリスとの思い出を忘れずに抱えてきてくれている。自分だけが過去を懐かしむばかりではなく、こうしてちゃんと彼も大事にしてくれている。
こんな嬉しいことは他にないだろう。
「……アメリカ、ありがとう」
小さく礼を述べれば、少しだけ身体を離した彼が不思議そうな顔でこちらを覗き込んできた。どうして?という眼差しを向けられて思わず苦笑する。
応える代りにそっとその頬に唇を寄せて、触れるだけのキスを贈った。
今はアメリカから恋人という特別な称号を貰っているイギリスだったが、これは ―――― 育ての親冥利に尽きるというか。
普段から自己中で無神経で空気の読めないアメリカからの、思わぬサプライズに頭が沸騰しそうな勢いで恥ずかしく思いながらも、幸せで幸せでたまらない。
あぁもう、愛しすぎる。
* * * * * * * * * * *
交わしたいくつもの口吻けよりも、どんな愛の言葉よりも。
伝えたい思いはただひとつ。
どんなに時が流れても、どんなに二人が変わっても。
たったひとつ、あればいい。
『うまれてきてくれて、であってくれて、ほんとうにありがとう』
PR