紅茶をどうぞ
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「彼方には僕等の未来」続き 『攻防戦』
その日イギリスは、ユーロ会議終了後、長年の敵であり腐れ縁でもある隣国と小さな飲み屋を訪れていた。
どちらから誘ったのかは覚えていない。ただ、なんとなく飲みたい気分だったからそうなった、それだけのことだ。
フランスは珍しくバーボンを、自分は飲み慣れたスコッチを頼む。幾度か杯を重ねてそろそろ酔いが回るかという頃、それまで話していた話題をくるりと変えて、フランスは唐突に別の話を振って来た。
「お前さ、アメリカのことどう思っているんだよ」
何の脈絡もなく出て来た名前に、酔眼を向けながらイギリスは要領を得ない顔であぁ?と唸った。手にしたグラスの中身はすでに氷だけになっていたのだが、注文をしようと上げかけていた手をおろす。
「どうって、別に……元植民地、元弟……今は最友好同盟国であり、貿易から軍事までさまざまな面でのパートナー、って感じだろ? なんだよいきなり」
「いや、お前しょっちゅうアメリカに構ってるから。やっぱ家族っつーか身内だから放っておけないのかと思ってさ」
フランスはいつの間にかワインに切り替えており、薄いグラスの淵にそっと唇を触れ合わせながら小さな笑みを見せた。
その顔があまりに穏やかなものだったので、思わずイギリスは反論も忘れて黙り込む。そして促されるまま、ついついその場の雰囲気にのまれるように、普段は決して語らない心中を口に出してしまった。
「いくらなんでも俺だってもう家族だなんて思っちゃいねーよ。そりゃ……ちょっと前まではそんな関係に戻れたらって……思ったこともあった。それは否定しない。でもさすがに今はないな。あれだけでかくなったんだ、一人前どころかたいした奴だよ」
自慢の弟だと言えたらどんなにいいだろう。俺はあいつの兄なんだぞと、胸を張って言えたらいいと、これまで何度も思ったことがある。しかしそのたびに、こんな気持ちはきちんと自力で独立を果たしここまでやってきたアメリカに失礼だとも思ってきたのだ。
今はひとつの国として、世界で一番の国力を持つにいたったアメリカという国を尊敬する面だってある。素直に、正直に認められる余裕だってちゃんと持っているのだ。
ただ、やはり捨て切れないものは多く残り、未だ消えない傷もあった。時折ふとなんでもない時に思い出しては気分がふさぎがちになる日もあるのだが、だからと言って現在のアメリカを否定するような真似は絶対にない。
懐かしくとも過去はあくまで過去だ。愚痴や不満はいくらだって出てくるが、戻りたいとは思わない。
幼いアメリカとの絆や暖かな家族としての記憶に縋りついていることは認めよう。それでも今こうして世界に君臨するあの青年を否定するような発言は、たとえ自分自身といえども許されないことだと自覚している。
「あいつにとっては重荷でしかないしな……」
アメリカが過去を疎んじているのは分かっていた。彼が成長する過程においてそれが邪魔になっていたということも。
イギリスは固執しやすい性質だったし、泣き言をぶつけたのも一度や二度ではない。それでも彼はまっすぐ自分の足で高みに登り詰めたのだ。
己の力でパックスアメリカーナの時代を築いたのだ。
「俺とあいつは今はただの同盟国でしかない。それでいいんだ。俺にとって過去は大切だけど……それを押し付けるのはもうやめたからな」
「へぇ?」
「あいつが忘れても俺は覚えているし、それに今も悪い関係じゃないって思えるし。違った形ではあるけどそれなりに近い場所にいられるからな。避けられていた頃に比べればずっといい」
言い終えると新しくウォッカを頼み、空いたグラスをテーブルに置いた。溶けた氷の欠片がからりと音を鳴らす。
フランスはふうんと曖昧な態度で頷き、優雅に、それこそ一度はイギリスさえも憧れを抱いたことがあるほどの美しい所作で、ワイングラスを傾けた。こういう時ばかりは本当にサマになる奴だよなぁ、とぼんやり思っていると、薄いブルーの瞳がゆっくりと弧を描き、続いて口元に彼特有の嫌な笑いが浮いた。
「じゃあさ、あの坊やがもしも新しい関係を望んでいたとしたら、お前はどうする?」
「新しい関係?」
「そ。まぁ鈍いお前にはちょっと想像もつかないだろうけどな」
「鈍いってなんだ!」
思わず声を荒げながらも、ふっとイギリスは脳裏にフラッシュバックのようにアメリカの声が蘇るのを感じた。
鈍い、確かつい最近もそう言われたことがある。確かあれは……
『君はどうも色々鈍くて自覚がないようだから、そろそろこっちも本気で攻めないと駄目かもね』
一体どういう意味だったのだろう。
自分の何が「鈍い」のかと疑問に思ったが、その時はとくに深く考えずにいた。アメリカは始終機嫌が良かったし、紹介された『彼女』はぜんぜん違ったものの、楽しいひと時を過ごすことが出来たと思う。
だから喫茶店を出る時の彼の言葉にちょっとした引っ掛かりを感じつつも、イギリスはとくに追求することもなくアメリカの背中を追ったのだ。
それは単に、折角の和やかな雰囲気を壊したくはないという気持ちからだったが、あの時感じた不可思議な感情はずっと消えることなく胸中に残っている。
胸の裡から湧き出たようなゆるやかな安堵の気持ち。あれは一体どういう意味だったのだろうかと。
フランスは押し黙ってしまったイギリスの顔を、しばらく探るようにじっと見つめていたが、すぐにニヨニヨと楽しそうに笑った。
そして最後に、「覚悟しとけよ」と嫌みったらしく言ったあと、驚くほど優しい手付きで頭を撫でてきた。
夜の十ニ時を少し回ったところ。
一日の仕事が終わり書斎から居間に移動したイギリスは、淹れたばかりの紅茶を手にテレビをつけた。
チャンネルを深夜のバラエティ番組に切り替えながら、疲れた身体をソファに預けて賑やかな芸能人の遣り取りをBGMに両目を閉ざす。
時折カップに口をつけては一口ずつ紅茶の味を楽しんでいると、テーブルに置いた携帯電話がぶるぶると震えて着信を知らせてきた。
追加の仕事だろうかと少々気分が沈みがちになりながらも、イギリスはソーサーにカップを戻して携帯を手にする。そしてディスプレイに表示された名前を確認すると思わず目を丸くした。珍しい、そう思いながらも慌ててテレビを消して通話ボタンを押す。
「もしもし、アメリカか?」
『あ、やっぱりまだ寝ていなかったみたいだね。今まで仕事?』
電話越しに聴こえて来た明るい声に、イギリスは知らず口元を緩めると嬉しそうに両目を細めて、携帯電話を耳に押し当て直した。それからゆったりとソファの背もたれに寄りかかる。
アメリカからの電話は本当に珍しい。いつもは用があっても短いメールだけなので、こういうことは滅多になかった。
疲れきったところに急にもたらされた思わぬサプライズに、イギリスは自然と声が穏やかに滑り出るのを感じた。
「あぁ、丁度終わって一息ついていたところだ。どうした、何か用か?」
『うん。今さ、君の家の前にいるんだけどさすがにこの時間、ベルを鳴らすのもどうかと思って、とりあえず電話を入れてみたんだけど』
「そうなのか。今俺んちの前なのか。…………って、ええええええ!?」
突拍子もない言葉に一瞬思考が停止しかけたイギリスだったが、すぐに我に返り驚きの声を上げる。
電話の向こうからアメリカが、『君、煩いよ』と言っているが気にならなかった。
冗談かもしれない、そう思いながらも身体はすぐに跳ねるように立ち上がり、そのまま玄関へと移動する。
パタパタというスリッパの音が聞こえるのだろう、続けざまにアメリカの声が聴こえた。
『廊下は走らないんじゃなかったのかい?』
くすくすと滲む笑い声。
イギリスは玄関に辿り着くと鍵を外すのももどかしいような手付きで、勢いよくドアを開けた。
目の前には馴染みのフライトジャケットを着込んだ眼鏡の青年の姿。
その顔には底抜けに明るい笑顔が浮いていた。
「やぁ! こんばんは、イギリス」
「お前っ……なんでこんな時間に、急に」
「どうしても君に会いたくなって海を越えて来たよ」
「……うぇえええ?」
奇妙な声を上げてしまってから、唐突に言われた言葉の意味を理解して、イギリスは一気に全身の血液が顔に集中するのを感じた。
アメリカが中へと入って来る。良かった、君の顔が見たかったからわざわざ来た甲斐があるよ……などと驚くような言葉が続けられてイギリスの心拍数は急上昇してしまう。
こんな嬉しいことを言われたのは何百年ぶりだろう。まだ彼が幼い頃には会いに行くたび言われたことだが、成長と共にそんな言葉は聞き慣れないものになっていった。
それが今になって突然、どうして。
嬉しい。とにかくもう顔が熱くてどうしようもなくて、思わず両手で頬を押さえると彼は羞恥心に負けてじりじりと後退した。
目の前のアメリカを幻か何かと見間違えているのかと自問自答を繰り返すが、しかし遠慮の欠片もない勢いで入り込んでくる彼の勢いに押されて、そのまま薄暗い廊下でたたらを踏む。
「ア、アメリカ……?」
「なんだい?」
「お前どうしたんだ? 何かあったのか? いきなりそんな事言い出すなんて……」
面と向かって言われたことへの恥ずかしさはさて置き、揺れる眼差しにそのまま動揺を浮かべながらイギリスは、持ち前の心配性を前面に押し出して尋ねてみた。
もしかするとアメリカは、平然を装っていながらも何かとても大きな悩みを抱えて来たのかもしれない、とそう思ったのだ。
一人で処理しきれない何か(想像もつかないが)で行き詰って、イギリスを頼って来てくれたのかもしれない。そうでなければわざわざ自分に会いたいなどというはずがないではないか。
あのアメリカが、こんな時間にイギリスを訪ねるには何か大きな理由があってしかるべきだ。
一体何事かという不安と心配、それとは別に昔のように頼りにされているのではないかという、ささやかな期待が込み上げてくるのを感じる。
独立以来彼が自分に会いたいなどと言った事はこれまで一度だってない。だから、たとえそれが仕事絡みであろうと、その言葉はイギリスの心にダイレクトに響いた。
複雑な感情の入り混じった表情で、イギリスは後ろ手にドアを閉めて中へと入って来たアメリカを見上げる。落とされた空色の瞳とまっすぐに目が合った。
「あ……その、俺で良ければ出来るだけ力になるから……相談とか、あるなら遠慮なくしろよな」
「悩みならもうだいぶ前からあるんだけどね」
「そ、そうなのか? お前でも解決出来ない問題があるなんて珍しいな。情報分析なら得意だからデータ見せてくれればアドバイスくらい……」
戸惑いつつもそう言えば、アメリカはにっこりとこれ以上はないくらい、いい顔で笑った。だがガラスの奥の瞳は少しも笑ってはいない。ともすれば暗がりの中で冷たい光を灯しているかのように見えて、イギリスは眉を顰める。
そんなに深刻な問題を抱えているのだろうか?
いくら離れてしまったとはいえ、アメリカは大切な弟だった。今でもその気持ちに変わりはない。たとえ彼の中で自分がどういう位置付けにあろうとも、出来ることならアメリカの為に何かしてやりたいと常に思っている。
そっと手を伸ばしてその頬に触れた。
指先を通して感じる熱は、昔に与えられたぬくもりと少しも変わりがない。―――― かわいいかわいい俺のアメリカ。昔から変わらず愛している。
どんな時でも何があっても絶対に俺がお前を守ってやるからな!と悲壮な決意を固めたところで、アメリカがどこか呆れたように言葉を続けた。
「壊滅的に鈍い君を、俺は結構大人しく待っていたんだけどね」
すっとアメリカの手が上がる。そのまま彼は自分に触れるイギリスの手を握ると、宙で捉えた状態で顔を近づけて来た。
至近距離で見つめ合う瞳の奥に、それまで見たこともないような光がゆらりと揺れている。その色合いに見蕩れるイギリスの唇に、柔らかな感触がゆっくりと押し当てられた。
「…………」
思考が停止する。
両目を見開いたままイギリスは、自身に起きた出来事を理解することもなく壁に背中を打ちつけられていた。
かくんと顎が持ち上がり、反動で口が開く。そのままアメリカの舌が唇を割って入り、無造作に歯列をなぞられるとはじめて自分が何をされているのか気付いた。
絡められた舌から逃れようと頭を揺らすが、アメリカの手ががっちり押さえていて身動きが取れない。
「……っ……」
「……ねぇ、イギリス。俺は昔から我慢をするということが一番嫌いだったんだ。覚えてる?」
合わさった唇が離れる時、透明な唾液が伝った。
それがあまりに生々しくて、イギリスはまばたきも忘れて硬直したまま、茫然と目の前の光景に見入っていた。
一体何が起こっているのだろう。混乱したままの脳裏にアメリカの言葉だけがリアルに入り込んで来る。
「そんな俺がずいぶんと待ったんだよ。我慢して、我慢して。でももう無理。待ってなんかあげないから」
「お前、何言ってんだ……?」
笑顔のまま眼だけは射るようにこちらを見据えるアメリカに、イギリスは眉を寄せて不審そうに小首をかしげた。意味が分からない。
それから数秒思案して、はたと気付いたように瞬きを繰り返すと、脳裏に浮かんだ結論に思わず小さく頷いた。
「その……アメリカ、お前もしかして……」
恐る恐る上目遣いで相手の様子を伺い、言い淀むイギリスに対してアメリカは一瞬片眉を跳ね上げて怪訝そうに唇を引き結んだあと、ふっと吐息を漏らして肩を竦める。
その仕草はやけに大人びたものだった。
「だいたい予想がつくけど、とりあえず何だい?」
「悩みって、つまり、その……性的なことなのか? うまく女性と付き合えないとか……でもお前、今までも彼女いたよな? この間の女の子は違ったみたいだけど……」
「まぁ何て言うか、実に想定の範囲内の台詞をありがとう、イギリス。さすがエロ大使だね。でも、俺はそんな君のためにちゃんと答えを用意して来ているんだよ」
「……答え?」
「そう。あまりはっきり言ってしまうと、きっと君はいっぱいいっぱいになってしばらく困ったことになりそうだから、出来れば言いたくないんだけどね」
まるで年下を相手にするかのような言い草に、反射的にむっとしてイギリスは視線を険しくしたが、そんなものが通じるような相手でもない。
一体何が言いたいんだと顎を引くと、アメリカはなんでもないことのようにイギリスの唇にもう一度キスを落として来た。
そして驚いて目を見開くイギリスの耳元で、甘く囁くように言う。
「俺ね、君のことが欲しいんだ。あ、領土問題じゃないから安心して。ただ単に君個人が欲しいってだけだから。君の事を抱きたい。性的な意味を込めてね」
わざとかすれたような低い声でそう宣言されて、イギリスは咄嗟に首を竦めながらぎゅっと両目を閉ざし、続いてアホかー!!!と叫んでいた。
それはもう見事なほどの大音量で。真夜中だということも忘れて近所迷惑も甚だしく。
だが今のイギリスにはそれらを考慮する余裕など欠片もなかった。
「ふ、ふ、ふざけんな、お、おま、なに」
「あぁもう、やっぱりいっぱいいっぱいみたいだね。しょうがない人だなぁ」
アメリカはどもるこちらの気持ちなど少しも考えることなく、急に両腕を伸ばし脇の下に差し入れて来た。慌てて逃れようとしても遅く、ひょいっと持ちあげられれば軽々と足が宙に浮き、次の瞬間にはもうイギリスは彼の肩に身体を担ぎあげられていた。まるで荷物のように。
「ちょ、待てアメリカ! 何しようって言うんだ!!」
「だからさっきから説明しているじゃないか。俺はもう我慢はしないよって」
「そうじゃなくて! お前、お、俺のこと、その、せ、性て……」
「宣戦布告は済んでいるよ」
「は? 宣戦布告!?」
「そう。負ける気のない戦いのね。君は大人しく白旗を振ればいいんだ」
楽しそうにそう言いながら、歩き出すアメリカが向かう先はイギリスの寝室ではないだろうか。それに気づいてじたばたと暴れるが無駄に力の強いアメリカの腕はびくともしない。それどころかますます腰と膝裏を抱かれて抑え込まれてしまう。
しかも、階段を登る時は視界が逆転しているので落とされたらどうなるだろうと怖くなり、思わずしがみついてしまったことは一生の不覚だ。
「白旗なんてイタリアにでも振らせておけ!」
「今回は俺と君の勝負だよ」
「俺は勝負を受けたつもりはねえ!」
喚いてもアメリカの足は止まらない。彼の手が二階の一番奥にあるドアノブにかかると、鍵などかけられていないそこは簡単に開けられてしまった。
中はカーテンが閉められ真っ暗だ。壁のスイッチを手探りで探すアメリカの肩の上で、なんとか降りようともがきながら、イギリスは実に情けない気持ちに陥っていた。
どうしてこんなことになったのだろう。
自分が何をしたというのだろうか。
いやそうじゃない。アメリカは何がしたいというのだろう。
そう言えば先日飲みの席でフランスが話していたことを思い出した。あの時は相変わらずわけのわからないことを言っているなこのヒゲ、と思っていたのだが、これが彼の言う「新しい関係」というやつなのだろうか。「覚悟をしておけ」ということなのだろうか。
ありえない。あのアメリカがよりにもよって自分なんかとそういうことを……考えるだけで頭がどうにかなりそうだった。
ぱっと電気がついて室内が明るくなる。ベットの上に放り投げられると、スプリングが可哀相な悲鳴を上げ全身が一度だけ弾んだ。
続いて重く沈む身体を上から押さえつけられる。アメリカは実に楽しそうな顔でこちらの瞳を覗き込んでいた。思わず見返すと澄んだスカイブルーがまっすぐに向けられる。
―――― まるで空が降ってきたようだ。
「愛しているよ、イギリス」
その一言は実に見事に決定打だった。
それまで逃げ出そうと暴れていたイギリスは、急に全身の力が抜けてシーツの上に貼りついたように動けなくなってしまった。
へなへなと腰が抜けたようになるとはこのことだろうか。
「……急に大人しくなったね。潔く負けを認めるかい?」
「お、おま、それは……卑怯、だ……」
「なにが? あぁ……愛している?」
「……っ!」
ぐっと息を詰まらせて顔をゆがめると、イギリスはじわりと両目に涙が浮いてくるのを感じた。
その言葉は卑怯だと思った。ずるい、ずるすぎる。
自分にとっては何よりかけがえのない、宝物のように大事な大事だ言葉なのだ。
はるか昔、幼いアメリカと初めて会った時、その子供は幾度となくイギリスに祝福の言葉を届けてくれた。それまで誰一人そんな優しくて温かみのある言葉を掛けてくれる者はいなかったというのに。
掛け値ない慈しみの言葉を、彼は惜しみなくくれたのだ。
アメリカからの言葉は絶対だ。
昔からイギリスの奥底に響く彼の言葉は絶対の力を持っている。
その証拠にもう、身体は少しも動かせなかった。ただアメリカが望むままになんでも受け入れてしまおうとしている。
こんなことは決してあってはならないはずなのに。ちきしょう、と小さな呟きだけしか紡ぐことは出来なかった。
「俺の勝ちだね」
勝利宣言をした男は得意げに笑う。それがまたなんとも憎たらしいくらい素敵なものなのだからどうしようもない。
「お前は……俺の、弟、だったのに……」
「君は俺の願いはなんでも叶えてくれるんだろう? ならいつかその愛情がかげがえのないものに変わる日もそう遠くないと思うよ」
「バッカ、もう……手遅れだ……」
アメリカの求めるものと自分の抱いたものは違うものかもしれない。まるきり正反対のものなのかもしれない。
けれど結論はすでに出ている。自分は彼のことを愛しているし、彼も自分のことを愛しているのだという。
それならば答えはとっくに出てしまっているのだ。
「アメリカ……」
伸ばした手はずっとずっと行き場を失っていたけれど、今ならきっと、届くに違いない。
…………ってやっぱり駄目だろ、常識的に考えて!!
どちらから誘ったのかは覚えていない。ただ、なんとなく飲みたい気分だったからそうなった、それだけのことだ。
フランスは珍しくバーボンを、自分は飲み慣れたスコッチを頼む。幾度か杯を重ねてそろそろ酔いが回るかという頃、それまで話していた話題をくるりと変えて、フランスは唐突に別の話を振って来た。
「お前さ、アメリカのことどう思っているんだよ」
何の脈絡もなく出て来た名前に、酔眼を向けながらイギリスは要領を得ない顔であぁ?と唸った。手にしたグラスの中身はすでに氷だけになっていたのだが、注文をしようと上げかけていた手をおろす。
「どうって、別に……元植民地、元弟……今は最友好同盟国であり、貿易から軍事までさまざまな面でのパートナー、って感じだろ? なんだよいきなり」
「いや、お前しょっちゅうアメリカに構ってるから。やっぱ家族っつーか身内だから放っておけないのかと思ってさ」
フランスはいつの間にかワインに切り替えており、薄いグラスの淵にそっと唇を触れ合わせながら小さな笑みを見せた。
その顔があまりに穏やかなものだったので、思わずイギリスは反論も忘れて黙り込む。そして促されるまま、ついついその場の雰囲気にのまれるように、普段は決して語らない心中を口に出してしまった。
「いくらなんでも俺だってもう家族だなんて思っちゃいねーよ。そりゃ……ちょっと前まではそんな関係に戻れたらって……思ったこともあった。それは否定しない。でもさすがに今はないな。あれだけでかくなったんだ、一人前どころかたいした奴だよ」
自慢の弟だと言えたらどんなにいいだろう。俺はあいつの兄なんだぞと、胸を張って言えたらいいと、これまで何度も思ったことがある。しかしそのたびに、こんな気持ちはきちんと自力で独立を果たしここまでやってきたアメリカに失礼だとも思ってきたのだ。
今はひとつの国として、世界で一番の国力を持つにいたったアメリカという国を尊敬する面だってある。素直に、正直に認められる余裕だってちゃんと持っているのだ。
ただ、やはり捨て切れないものは多く残り、未だ消えない傷もあった。時折ふとなんでもない時に思い出しては気分がふさぎがちになる日もあるのだが、だからと言って現在のアメリカを否定するような真似は絶対にない。
懐かしくとも過去はあくまで過去だ。愚痴や不満はいくらだって出てくるが、戻りたいとは思わない。
幼いアメリカとの絆や暖かな家族としての記憶に縋りついていることは認めよう。それでも今こうして世界に君臨するあの青年を否定するような発言は、たとえ自分自身といえども許されないことだと自覚している。
「あいつにとっては重荷でしかないしな……」
アメリカが過去を疎んじているのは分かっていた。彼が成長する過程においてそれが邪魔になっていたということも。
イギリスは固執しやすい性質だったし、泣き言をぶつけたのも一度や二度ではない。それでも彼はまっすぐ自分の足で高みに登り詰めたのだ。
己の力でパックスアメリカーナの時代を築いたのだ。
「俺とあいつは今はただの同盟国でしかない。それでいいんだ。俺にとって過去は大切だけど……それを押し付けるのはもうやめたからな」
「へぇ?」
「あいつが忘れても俺は覚えているし、それに今も悪い関係じゃないって思えるし。違った形ではあるけどそれなりに近い場所にいられるからな。避けられていた頃に比べればずっといい」
言い終えると新しくウォッカを頼み、空いたグラスをテーブルに置いた。溶けた氷の欠片がからりと音を鳴らす。
フランスはふうんと曖昧な態度で頷き、優雅に、それこそ一度はイギリスさえも憧れを抱いたことがあるほどの美しい所作で、ワイングラスを傾けた。こういう時ばかりは本当にサマになる奴だよなぁ、とぼんやり思っていると、薄いブルーの瞳がゆっくりと弧を描き、続いて口元に彼特有の嫌な笑いが浮いた。
「じゃあさ、あの坊やがもしも新しい関係を望んでいたとしたら、お前はどうする?」
「新しい関係?」
「そ。まぁ鈍いお前にはちょっと想像もつかないだろうけどな」
「鈍いってなんだ!」
思わず声を荒げながらも、ふっとイギリスは脳裏にフラッシュバックのようにアメリカの声が蘇るのを感じた。
鈍い、確かつい最近もそう言われたことがある。確かあれは……
『君はどうも色々鈍くて自覚がないようだから、そろそろこっちも本気で攻めないと駄目かもね』
一体どういう意味だったのだろう。
自分の何が「鈍い」のかと疑問に思ったが、その時はとくに深く考えずにいた。アメリカは始終機嫌が良かったし、紹介された『彼女』はぜんぜん違ったものの、楽しいひと時を過ごすことが出来たと思う。
だから喫茶店を出る時の彼の言葉にちょっとした引っ掛かりを感じつつも、イギリスはとくに追求することもなくアメリカの背中を追ったのだ。
それは単に、折角の和やかな雰囲気を壊したくはないという気持ちからだったが、あの時感じた不可思議な感情はずっと消えることなく胸中に残っている。
胸の裡から湧き出たようなゆるやかな安堵の気持ち。あれは一体どういう意味だったのだろうかと。
フランスは押し黙ってしまったイギリスの顔を、しばらく探るようにじっと見つめていたが、すぐにニヨニヨと楽しそうに笑った。
そして最後に、「覚悟しとけよ」と嫌みったらしく言ったあと、驚くほど優しい手付きで頭を撫でてきた。
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夜の十ニ時を少し回ったところ。
一日の仕事が終わり書斎から居間に移動したイギリスは、淹れたばかりの紅茶を手にテレビをつけた。
チャンネルを深夜のバラエティ番組に切り替えながら、疲れた身体をソファに預けて賑やかな芸能人の遣り取りをBGMに両目を閉ざす。
時折カップに口をつけては一口ずつ紅茶の味を楽しんでいると、テーブルに置いた携帯電話がぶるぶると震えて着信を知らせてきた。
追加の仕事だろうかと少々気分が沈みがちになりながらも、イギリスはソーサーにカップを戻して携帯を手にする。そしてディスプレイに表示された名前を確認すると思わず目を丸くした。珍しい、そう思いながらも慌ててテレビを消して通話ボタンを押す。
「もしもし、アメリカか?」
『あ、やっぱりまだ寝ていなかったみたいだね。今まで仕事?』
電話越しに聴こえて来た明るい声に、イギリスは知らず口元を緩めると嬉しそうに両目を細めて、携帯電話を耳に押し当て直した。それからゆったりとソファの背もたれに寄りかかる。
アメリカからの電話は本当に珍しい。いつもは用があっても短いメールだけなので、こういうことは滅多になかった。
疲れきったところに急にもたらされた思わぬサプライズに、イギリスは自然と声が穏やかに滑り出るのを感じた。
「あぁ、丁度終わって一息ついていたところだ。どうした、何か用か?」
『うん。今さ、君の家の前にいるんだけどさすがにこの時間、ベルを鳴らすのもどうかと思って、とりあえず電話を入れてみたんだけど』
「そうなのか。今俺んちの前なのか。…………って、ええええええ!?」
突拍子もない言葉に一瞬思考が停止しかけたイギリスだったが、すぐに我に返り驚きの声を上げる。
電話の向こうからアメリカが、『君、煩いよ』と言っているが気にならなかった。
冗談かもしれない、そう思いながらも身体はすぐに跳ねるように立ち上がり、そのまま玄関へと移動する。
パタパタというスリッパの音が聞こえるのだろう、続けざまにアメリカの声が聴こえた。
『廊下は走らないんじゃなかったのかい?』
くすくすと滲む笑い声。
イギリスは玄関に辿り着くと鍵を外すのももどかしいような手付きで、勢いよくドアを開けた。
目の前には馴染みのフライトジャケットを着込んだ眼鏡の青年の姿。
その顔には底抜けに明るい笑顔が浮いていた。
「やぁ! こんばんは、イギリス」
「お前っ……なんでこんな時間に、急に」
「どうしても君に会いたくなって海を越えて来たよ」
「……うぇえええ?」
奇妙な声を上げてしまってから、唐突に言われた言葉の意味を理解して、イギリスは一気に全身の血液が顔に集中するのを感じた。
アメリカが中へと入って来る。良かった、君の顔が見たかったからわざわざ来た甲斐があるよ……などと驚くような言葉が続けられてイギリスの心拍数は急上昇してしまう。
こんな嬉しいことを言われたのは何百年ぶりだろう。まだ彼が幼い頃には会いに行くたび言われたことだが、成長と共にそんな言葉は聞き慣れないものになっていった。
それが今になって突然、どうして。
嬉しい。とにかくもう顔が熱くてどうしようもなくて、思わず両手で頬を押さえると彼は羞恥心に負けてじりじりと後退した。
目の前のアメリカを幻か何かと見間違えているのかと自問自答を繰り返すが、しかし遠慮の欠片もない勢いで入り込んでくる彼の勢いに押されて、そのまま薄暗い廊下でたたらを踏む。
「ア、アメリカ……?」
「なんだい?」
「お前どうしたんだ? 何かあったのか? いきなりそんな事言い出すなんて……」
面と向かって言われたことへの恥ずかしさはさて置き、揺れる眼差しにそのまま動揺を浮かべながらイギリスは、持ち前の心配性を前面に押し出して尋ねてみた。
もしかするとアメリカは、平然を装っていながらも何かとても大きな悩みを抱えて来たのかもしれない、とそう思ったのだ。
一人で処理しきれない何か(想像もつかないが)で行き詰って、イギリスを頼って来てくれたのかもしれない。そうでなければわざわざ自分に会いたいなどというはずがないではないか。
あのアメリカが、こんな時間にイギリスを訪ねるには何か大きな理由があってしかるべきだ。
一体何事かという不安と心配、それとは別に昔のように頼りにされているのではないかという、ささやかな期待が込み上げてくるのを感じる。
独立以来彼が自分に会いたいなどと言った事はこれまで一度だってない。だから、たとえそれが仕事絡みであろうと、その言葉はイギリスの心にダイレクトに響いた。
複雑な感情の入り混じった表情で、イギリスは後ろ手にドアを閉めて中へと入って来たアメリカを見上げる。落とされた空色の瞳とまっすぐに目が合った。
「あ……その、俺で良ければ出来るだけ力になるから……相談とか、あるなら遠慮なくしろよな」
「悩みならもうだいぶ前からあるんだけどね」
「そ、そうなのか? お前でも解決出来ない問題があるなんて珍しいな。情報分析なら得意だからデータ見せてくれればアドバイスくらい……」
戸惑いつつもそう言えば、アメリカはにっこりとこれ以上はないくらい、いい顔で笑った。だがガラスの奥の瞳は少しも笑ってはいない。ともすれば暗がりの中で冷たい光を灯しているかのように見えて、イギリスは眉を顰める。
そんなに深刻な問題を抱えているのだろうか?
いくら離れてしまったとはいえ、アメリカは大切な弟だった。今でもその気持ちに変わりはない。たとえ彼の中で自分がどういう位置付けにあろうとも、出来ることならアメリカの為に何かしてやりたいと常に思っている。
そっと手を伸ばしてその頬に触れた。
指先を通して感じる熱は、昔に与えられたぬくもりと少しも変わりがない。―――― かわいいかわいい俺のアメリカ。昔から変わらず愛している。
どんな時でも何があっても絶対に俺がお前を守ってやるからな!と悲壮な決意を固めたところで、アメリカがどこか呆れたように言葉を続けた。
「壊滅的に鈍い君を、俺は結構大人しく待っていたんだけどね」
すっとアメリカの手が上がる。そのまま彼は自分に触れるイギリスの手を握ると、宙で捉えた状態で顔を近づけて来た。
至近距離で見つめ合う瞳の奥に、それまで見たこともないような光がゆらりと揺れている。その色合いに見蕩れるイギリスの唇に、柔らかな感触がゆっくりと押し当てられた。
「…………」
思考が停止する。
両目を見開いたままイギリスは、自身に起きた出来事を理解することもなく壁に背中を打ちつけられていた。
かくんと顎が持ち上がり、反動で口が開く。そのままアメリカの舌が唇を割って入り、無造作に歯列をなぞられるとはじめて自分が何をされているのか気付いた。
絡められた舌から逃れようと頭を揺らすが、アメリカの手ががっちり押さえていて身動きが取れない。
「……っ……」
「……ねぇ、イギリス。俺は昔から我慢をするということが一番嫌いだったんだ。覚えてる?」
合わさった唇が離れる時、透明な唾液が伝った。
それがあまりに生々しくて、イギリスはまばたきも忘れて硬直したまま、茫然と目の前の光景に見入っていた。
一体何が起こっているのだろう。混乱したままの脳裏にアメリカの言葉だけがリアルに入り込んで来る。
「そんな俺がずいぶんと待ったんだよ。我慢して、我慢して。でももう無理。待ってなんかあげないから」
「お前、何言ってんだ……?」
笑顔のまま眼だけは射るようにこちらを見据えるアメリカに、イギリスは眉を寄せて不審そうに小首をかしげた。意味が分からない。
それから数秒思案して、はたと気付いたように瞬きを繰り返すと、脳裏に浮かんだ結論に思わず小さく頷いた。
「その……アメリカ、お前もしかして……」
恐る恐る上目遣いで相手の様子を伺い、言い淀むイギリスに対してアメリカは一瞬片眉を跳ね上げて怪訝そうに唇を引き結んだあと、ふっと吐息を漏らして肩を竦める。
その仕草はやけに大人びたものだった。
「だいたい予想がつくけど、とりあえず何だい?」
「悩みって、つまり、その……性的なことなのか? うまく女性と付き合えないとか……でもお前、今までも彼女いたよな? この間の女の子は違ったみたいだけど……」
「まぁ何て言うか、実に想定の範囲内の台詞をありがとう、イギリス。さすがエロ大使だね。でも、俺はそんな君のためにちゃんと答えを用意して来ているんだよ」
「……答え?」
「そう。あまりはっきり言ってしまうと、きっと君はいっぱいいっぱいになってしばらく困ったことになりそうだから、出来れば言いたくないんだけどね」
まるで年下を相手にするかのような言い草に、反射的にむっとしてイギリスは視線を険しくしたが、そんなものが通じるような相手でもない。
一体何が言いたいんだと顎を引くと、アメリカはなんでもないことのようにイギリスの唇にもう一度キスを落として来た。
そして驚いて目を見開くイギリスの耳元で、甘く囁くように言う。
「俺ね、君のことが欲しいんだ。あ、領土問題じゃないから安心して。ただ単に君個人が欲しいってだけだから。君の事を抱きたい。性的な意味を込めてね」
わざとかすれたような低い声でそう宣言されて、イギリスは咄嗟に首を竦めながらぎゅっと両目を閉ざし、続いてアホかー!!!と叫んでいた。
それはもう見事なほどの大音量で。真夜中だということも忘れて近所迷惑も甚だしく。
だが今のイギリスにはそれらを考慮する余裕など欠片もなかった。
「ふ、ふ、ふざけんな、お、おま、なに」
「あぁもう、やっぱりいっぱいいっぱいみたいだね。しょうがない人だなぁ」
アメリカはどもるこちらの気持ちなど少しも考えることなく、急に両腕を伸ばし脇の下に差し入れて来た。慌てて逃れようとしても遅く、ひょいっと持ちあげられれば軽々と足が宙に浮き、次の瞬間にはもうイギリスは彼の肩に身体を担ぎあげられていた。まるで荷物のように。
「ちょ、待てアメリカ! 何しようって言うんだ!!」
「だからさっきから説明しているじゃないか。俺はもう我慢はしないよって」
「そうじゃなくて! お前、お、俺のこと、その、せ、性て……」
「宣戦布告は済んでいるよ」
「は? 宣戦布告!?」
「そう。負ける気のない戦いのね。君は大人しく白旗を振ればいいんだ」
楽しそうにそう言いながら、歩き出すアメリカが向かう先はイギリスの寝室ではないだろうか。それに気づいてじたばたと暴れるが無駄に力の強いアメリカの腕はびくともしない。それどころかますます腰と膝裏を抱かれて抑え込まれてしまう。
しかも、階段を登る時は視界が逆転しているので落とされたらどうなるだろうと怖くなり、思わずしがみついてしまったことは一生の不覚だ。
「白旗なんてイタリアにでも振らせておけ!」
「今回は俺と君の勝負だよ」
「俺は勝負を受けたつもりはねえ!」
喚いてもアメリカの足は止まらない。彼の手が二階の一番奥にあるドアノブにかかると、鍵などかけられていないそこは簡単に開けられてしまった。
中はカーテンが閉められ真っ暗だ。壁のスイッチを手探りで探すアメリカの肩の上で、なんとか降りようともがきながら、イギリスは実に情けない気持ちに陥っていた。
どうしてこんなことになったのだろう。
自分が何をしたというのだろうか。
いやそうじゃない。アメリカは何がしたいというのだろう。
そう言えば先日飲みの席でフランスが話していたことを思い出した。あの時は相変わらずわけのわからないことを言っているなこのヒゲ、と思っていたのだが、これが彼の言う「新しい関係」というやつなのだろうか。「覚悟をしておけ」ということなのだろうか。
ありえない。あのアメリカがよりにもよって自分なんかとそういうことを……考えるだけで頭がどうにかなりそうだった。
ぱっと電気がついて室内が明るくなる。ベットの上に放り投げられると、スプリングが可哀相な悲鳴を上げ全身が一度だけ弾んだ。
続いて重く沈む身体を上から押さえつけられる。アメリカは実に楽しそうな顔でこちらの瞳を覗き込んでいた。思わず見返すと澄んだスカイブルーがまっすぐに向けられる。
―――― まるで空が降ってきたようだ。
「愛しているよ、イギリス」
その一言は実に見事に決定打だった。
それまで逃げ出そうと暴れていたイギリスは、急に全身の力が抜けてシーツの上に貼りついたように動けなくなってしまった。
へなへなと腰が抜けたようになるとはこのことだろうか。
「……急に大人しくなったね。潔く負けを認めるかい?」
「お、おま、それは……卑怯、だ……」
「なにが? あぁ……愛している?」
「……っ!」
ぐっと息を詰まらせて顔をゆがめると、イギリスはじわりと両目に涙が浮いてくるのを感じた。
その言葉は卑怯だと思った。ずるい、ずるすぎる。
自分にとっては何よりかけがえのない、宝物のように大事な大事だ言葉なのだ。
はるか昔、幼いアメリカと初めて会った時、その子供は幾度となくイギリスに祝福の言葉を届けてくれた。それまで誰一人そんな優しくて温かみのある言葉を掛けてくれる者はいなかったというのに。
掛け値ない慈しみの言葉を、彼は惜しみなくくれたのだ。
アメリカからの言葉は絶対だ。
昔からイギリスの奥底に響く彼の言葉は絶対の力を持っている。
その証拠にもう、身体は少しも動かせなかった。ただアメリカが望むままになんでも受け入れてしまおうとしている。
こんなことは決してあってはならないはずなのに。ちきしょう、と小さな呟きだけしか紡ぐことは出来なかった。
「俺の勝ちだね」
勝利宣言をした男は得意げに笑う。それがまたなんとも憎たらしいくらい素敵なものなのだからどうしようもない。
「お前は……俺の、弟、だったのに……」
「君は俺の願いはなんでも叶えてくれるんだろう? ならいつかその愛情がかげがえのないものに変わる日もそう遠くないと思うよ」
「バッカ、もう……手遅れだ……」
アメリカの求めるものと自分の抱いたものは違うものかもしれない。まるきり正反対のものなのかもしれない。
けれど結論はすでに出ている。自分は彼のことを愛しているし、彼も自分のことを愛しているのだという。
それならば答えはとっくに出てしまっているのだ。
「アメリカ……」
伸ばした手はずっとずっと行き場を失っていたけれど、今ならきっと、届くに違いない。
…………ってやっぱり駄目だろ、常識的に考えて!!
リクエストどうもありがとうございました! 無理やり二つ書かせて頂いたわけですが、とても楽しかったです。少しでもお気に召していただければ何よりですv
まだまだ「アメリカの本気」にはほど遠いかもしれませんが、きっとこの先も延々二人のやり取りは続いて行くのだと思います。流されやすいイギリスがアメリカのお願いを無碍に断るなんてこと、出来ませんしね。
それにすでにベタ惚れ状態なので(本人自覚なし)、そのうち周囲を唖然と言わせるほどのバカっぷるぶりを発揮してくれると思います(笑)
何はともあれ素敵なリクエストを本当にありがとうございました!
唯紗様の作品も日々心待ちにしておりますねv (どさくさにまぎれてねだってみたり……す、済みません図々しくて/笑)
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