忍者ブログ
 紅茶をどうぞ
[PR]
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

「彼方には僕等の未来」続き 『前哨戦』
 セレブの間でイギリス人が大人気。

 その見出しを見たのは先週のパーティーでのことだった。参加者の一人が持っていた雑誌にでかでかと書かれていたその文句は、否が応でもアメリカの目を惹きつけた。
 普段は「イギリスなんて興味ないよ」という態度をとってはいても、元は母国と仰いだ国だ。無関心を装いながらも興味はつねに強く持ち続けている。
 切っても切れない関係……どころか、否応なしに会う機会は多い。最友好同盟国であり、数少ない友人であり、国際社会におけるパートナー。米国と欧州を結ぶ架け橋。
 けれどそれ以上に、アメリカにとってはもっと特別で表現に困るような存在でもあった。長い間抱え続けて来た誰にも知られてはならない感情が、未だ胸中にくすぶり続けている。


 一通りダンスを楽しんだ後、ボックス席で数人と一緒にコーラ片手に休憩していた時に見掛けた、その雑誌。
 なにげなく手に取りページをめくると、特集記事で手を止めた。

『今、セレブな女性に大人気! 英国人の洗礼されたブリティッシュイングリッシュに、ハリウッド女優をはじめ人気が殺到』

 そんな文章の下に英国出身の有名男優の写真が載せられ、インタビューに答える女性達の弾んだ言葉が並んでいた。
 イギリスの言葉とアメリカの言葉には、発音からちょっとしたアクセントまで相違点がかなりある。その違いがアメリカの女性たちには「カッコ良く」映るのだろうか。似ていても明らかに違う言葉にどんな魅力を感じているというのだろう。

 アメリカがぼんやりと雑誌に目を落としていると、先日知り合ったばかりのキャサリンが、無遠慮に隣に座って手元を覗き込んで来た。
 彼女は面白そうに手を打ってその記事に指先を向ける。

「巷では英国紳士がもてるみたいね。確かにイギリス人の言葉ってかっこいいもの!」
「そうなのかい?」
「ええ。まぁ……珍しいっていうのもあるけれど、やっぱりいいじゃない? あの独特の発音とか音の流れが」

 そんな彼女の言葉を聞きながら思い浮かぶのは当然一人の男の顔。
 英国人……どころではなくユナイテッド・キングダムそのものの彼は、幼い頃からアメリカに多大な影響を与えて来た人物である。
 当然言葉も文化も技術も、ほとんどが彼から与えられたものばかりだ。この国のルーツとも言うべきかの国に、自国民が憧れを抱くのは何も今に始まったことではない。
 支配からの脱却、自由への展望、それらを掲げて独立したものの、根幹に関わる深い深いところでアメリカはイギリスを求め、欲している。
 それは国である自分と、国民たちの感情のいきつく終着点なのかもしれない。
 どんなに長い年月が経とうと、アメリカはイギリスを意識してしまうのだろう。

「イギリス語ってこうだろ?」

 いつの間にか傍に来ていた仲間の一人が、イギリスの発音を口にした。アクセントが強く抑揚のあるその喋り方は、映画で耳にする英国人の語り口調を真似ているものの、やはりどこかが違う。
 それはそうだろ。
 自分は「本物の英語」を常に聞いていたのだ。古き良き時代のクィーンズイングリッシュ。幼いアメリカの前ではイギリスは滅多に言葉遣いに乱れはなく、貴族が用いる完璧で美しい旋律を紡いだ。
 独立後も社交界で、外交の場で、さまざまな場所で彼の英語を耳にしてきた。だからアメリカもそれなりにイギリス語を話していた時期はある。だが自然と流れた年月に比例してそれらは遠のき、今ではまったく口にする事はなくなっていた。恐らく話そうと思えば話せるはずなのだが、そういう気持ちも起こらない。自分は自分、彼は彼なのだ。
 
「結構うまいじゃない」

 キャサリンのそんな台詞に思わず眉を顰めてアメリカはむっと押し黙った。ここでその場のノリにまかせて面白おかしく揶揄すれば良かったのだが、何故かその時はそういう気分にはなれなかった。
 イギリスの英語は違う。もっと……気品があって、なめらかで、耳触りが良くて……

「フレディ、あなた英国人に知り合いでもいるの?」

 思っていたことが知らず口からつい出ていたのだろうか。キャサリンが少し驚いた表情でこちらを見ていた。
 そんな彼女に一瞬面喰いながらも、アメリカはその場を取り繕うために小さく頷いていた。……すぐに「会いたいわ!」と顔を輝かせたキャサリンに、後悔してしまうことになるのだが。





* * * * * * * * * *





 それはひとつの転機かもしれないと思った。

 アメリカはもうずっと長い間、イギリスが好きだった。
 出会ったばかりの頃は大きくて頼り甲斐があって優しい兄、いやそれ以上に自分の世界を形成するすべてだと思い込んでいた時期もあるくらいだ。
 彼からもたらせたものは全てアメリカの身の内に入り込み、目に映るなにもかもがイギリスで埋め尽くされていた。
 彼は比喩でもなんでもなく自分を溺愛し、甘やかし、時には眉を顰めながらもどんなことでも許していた。宗主国と植民地とは思えないほどの優遇措置を取り、それが自らの首を絞めることになるのも気付かないほど、アメリカを愛していた。
 そしてそれは独立戦争を経たのちも変わることはなかった。形こそ違えど、どんなに突き放した態度を取ろうと、イギリスがアメリカを好きなことは周知の事実だったし、アメリカ自身も嫌と言うほど知っていた。
 衝突することも多いが、その根底に潜む彼個人の温かい部分はまったく変わることがなく、どんな時でも最終的にはアメリカを心配し、思いやっている。
 そしてそんなイギリスに甘えていることを自覚しながら、アメリカはここまで来たのだ。今でこそ彼より強く大きくなったが、それでも支えになってくれているということは嫌でも感じる。そしてそれを鬱陶しいと言いながらも密やかに嬉しく思う自分も確かにいるのだった。
 幼い時から、未熟だった頃から、アメリカにとってイギリスは誰より大切で誰より愛すべき存在だったのだから。

 だがそんな純粋な愛情が、思慕から恋心に変化を遂げたのはいつからだっただろう。
 気がついたらアメリカはイギリスばかりを目で追う自分に気付いた。彼が目の前にいなくても思考がそちらに流れるのは容易く、はじめは身内意識から来る何か家族愛的なものでも復活したのかと思った。
 しかし明らかにそれは違うものだという決定的な感情が生まれた。
 そう、自分は彼をもっと即物的な対象として見ており、それを否定しようとしても否定しきれないことに驚きもしたし戸惑いもした。

 親であり兄でもあった人。
 一度は手を振り払い背を向けた人。
 そして誰よりも近くて、遠い人。

 イギリスがアメリカを「年下の我侭で空気の読めない元弟」として見ていることは、自分は勿論のことほとんどの国が知っていることだろう。
 彼がアメリカに口煩いのも、ちょっかいをかけるのも、絡んでくるのも、そして時折心配そうに様子を窺うのも、全部が全部、過去の家族愛から来ているものに違いなかった。
 それは鬱陶しく思って独立を決意して実行したアメリカにとって、何より重く不愉快な感情と言えた。自身の想いに気付いてからは余計に拍車がかかって、ここ最近では本当に酷い言葉ばかり彼にぶつけて来たと思う。それでも相変わらずなイギリスに対して苛立ちを感じずにはいられなかった。

 だからそれはちょっとした思い付きだったのだ。
 キャサリンが「イギリス人に会わせて」と言った時、もしこの女性が自分の彼女だと彼に嘘をついたら、どういう反応を見せるのだろうかと、好奇心と意地悪な気持ちが浮んでくるのを止められなかった。
 イギリスがアメリカを好きなことは分かっている。なにくれとなく構っては邪険に扱われ、怒鳴りながらも再び口や手を出してくる彼に、自分はもう世話を焼かれるような立場ではないことを知らしめたい。
 そして万に一つの希望をもって……彼が少しでも嫉妬してくれればいいと、そんなことを思ったのだ。

 結果は実に見事に予想通りだった。
 イギリスはまるで「親が子供の結婚式に出席した時のような顔」をして、寂しそうに、けれどどこか誇らしげに笑ったのだ。
 大きくなったな、お前ももう立派な大人なんだな、という顔をしたのだ。よりにもよって世界第一の超大国アメリカに向かってだ。
 ガールフレンドを作ったことは今まで何回もある。その点についてはイギリスも知っていたはずだが、恐らく彼は「アメリカに紹介される」というその事実のみが重要だったのだろう。
 あぁそうだ、今思えばそう受け取られても仕方がない。まさにあれでは「自立した息子が嫁を連れてきた」と思われてもまったくもって不思議ではなかった。
 なんと言ってもイギリスは未だにアメリカのことを「子供」だと思っているところがあるのだから。

 こんな笑い話、他にはない。失望と憤り、そのどちらもアメリカは感じなかった。あったのはあぁやっぱり、という諦めにも似た納得だ。
 イギリスの目にはどんなに時間が経とうとも、出会ったばかりの頃のアメリカがずっと映り込んでいる。悔しいくらいに……それこそ過去の幼い自分に嫉妬してしまうほどに、彼はいつだって子供のアメリカの影ばかりを追う。
 これでは駄目だと思った。待っていても何も変わらない。彼の心変わりを待っていてもこの先二人の間に変化は訪れないだろう。

 自分から動かなければ望む未来に手は届かない。
 それは何百年も前からアメリカが身を持って体験してきた教訓だ。
 迷う必要も躊躇うこともない。アメリカは自分の望みの為ならあらゆることを乗り越えるだけの意思と力を手に入れたのだ。
 待つだけの自分など遠い昔に捨ててきた。


『君はどうも色々鈍くて自覚がないようだから、そろそろこっちも本気で攻めないと駄目かもね』


 さぁ、宣戦布告は済んだ。戦いの準備は整っている。
 これからの攻略戦、どう戦っていこうか?




このたびは素敵なリクエストをどうもありがとうございました!
つたない作品で申し訳ありませんが、お気に召していただけましたでしょうか?
頂いたリクストの中に「いっそ前日談でも」とありましたので、その辺をちょっと書いてみた次第ですが、思った以上に短くなってしまいました。本当はもうちょっとアメリカが具体的にイギリスにアプローチを仕掛けていく話が書きたかったのですが、うまくまとめられなくて。その辺の遣り取りはおいおい普通の更新に盛り込んでいこうと思っていますので、お待ち頂けると嬉しく思います。

米英をはじめ露英など当サイトの作品が好きだとおっしゃって頂けて本当に嬉しかったです!
まだまだ書きたいことの十分の一も書いていないので、時間の許す限り沢山彼らの小説を書いて行きたいと思っています。宜しければこれからも遊びに来てやって下さいませ。
少しでもココ子様に萌えていただけるよう頑張ります……!

PR

 Top
 Text
 Diary
 Offline
 Mail
 Link

 

 Guide
 History
忍者ブログ [PR]