紅茶をどうぞ
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[お題] 薔薇
(国花で御題「ヒマワリ」の後日談になります。未読の方は先にそちらをご覧下さい。
また、ロシアが少々病んでいるので、苦手な方はご注意を/笑)
僕はアメリカ君とは違う。ぜんぜん似ていないと君は言う。
それはそうだろうね。
僕は彼のようにはなれない。
イギリス君が愛する薔薇の花みたいに、穏やかなぬくもりと優しい愛情に包まれて育ったアメリカ君が、僕と同じはずないじゃない。
手ずから大切に大切に育て上げた、君が一番好きで大切な存在。
望んでも得られなかった暖かな記憶を持つ彼に、僕はいつだって敵わないんだ。
あの日『彼ら』は言った。そして笑った。
連邦が崩壊して僕はボロボロになって体中痛くて仕方がなくて。
それでもいつもと変わらず『彼ら』と対峙していた。
青褪めた僕の顔はきっと酷いものだったんだろう。昨日まであんなに怖がって震えていた『彼ら』は、背をまっすぐ伸ばして挑むように目を合わせて来たんだ。
これで終わりですよロシアさん。もう僕らは自由だ。あなたに傷つけられることはない、あなたに無理に笑い掛ける必要もない。苦しみから解放されて自由になるんです。
そう言って晴れやかに笑ったその顔を、僕はぼんやりと眺めていた。
楽しそうだなぁと思った。幸せそうだなぁとも。
きっとずっとずっと苦しくて哀しくて仕方がなかったんだろうね。一刻も早くここから出て行くことだけを夢見て、『彼ら』は憎しみを抱えながら僕の前で過ごしていたんだ。
分かってる。最初からそんなことは分かっていた。
僕はただ『彼ら』が好きだったから手放したくなかっただけ。愛していたから離れて行かないように、鎖でつないで殴って犯して、ただ僕だけを見るように命令をした。
『彼ら』は恐怖と苦痛に震えて泣きながら、僕の足もとに跪くと忠誠を誓い愛を口にした。
そんな愛の言葉でさえ、僕にとっては何より嬉しくて何より幸せなものだった。
夜の帳の中、暖かいベッドの上、お互い身を寄せ合ってイギリス君はきっと祝福の言葉をかけながらアメリカ君を寝かしつけたんだろうね。
子守唄に耳を傾け、穏やかな眠りに導かれながら幸せな夢を見るアメリカ君の姿が思い浮かぶようだよ。
僕のように凍えながら震えて、誰かの悲鳴に耳をふさぎながら、夜の闇を怯えて過ごしたことなんてないんだろうね。
それでいいと思うよ。
だって僕とアメリカ君は違う、同じじゃない。
雪に閉ざされたこのどこまでも広くて寂しい大地が僕なんだもの。
僕はアメリカ君が嫌い。そして彼を慈しんだイギリス君が嫌い。
愛されているアメリカ君が嫌い。愛しているイギリス君が嫌い。
愛されない自分が嫌い。
いつか全部がひとつになる日が来たら、僕はきっと……今度こそ安らかな眠りにつけるのかな。
その庭園を埋め尽くすのは美しさと優雅さ、可憐さと大胆さを兼ね備えたこの国の国花、薔薇だった。
ラテン語の「赤」を表す「ROSE」は、その名の示す通りビロードのような光沢のある花弁を広げ、見る者を魅了せずにはおかない。
さらに奥へと進めば色とりどりの色彩に目を奪われる。オールドローズの甘く上品な芳香と、モダンローズの多彩な色合いと豊かな形を兼ね備えた、女王の国の愛すべきイングリッシュローズ達。
鮮やかで艶やかな気品あるそれらの花々は、この屋敷の主であるイギリスが丹精込めて育てた最高級のものばかりだった。
ロシアがアーチをくぐって温室の方へ足を向ければ、どこからともなく妖精たちが飛んできて、きらりと光る羽を広げて肩や髪にそっと止まった。マフラーにしがみつく小さな手を横目で見やりながら、ゆるく微笑みかければ嬉しそうに笑い返される。
彼女たちは何故か自分を怖がらない。ロシアに接する人間や国とは大違いだ。
『ロシア、久し振り』
「うん。イギリス君はL.D.ブレイスウエイトのところ?」
『そうよ。良かった、仲直りしたのね』
ほっとしたように言われて、思わず苦笑してしまった。どうやら自分はイギリスと喧嘩をしていたことになっているらしい。
一方的にこちらから暴言を吐いたというのに、幸いなことに妖精たちからは嫌われずに済んだようだ。
「お土産持って来たけど食べる?」
『ありがとう! イギリスがお茶を淹れた時に一緒にいただくわ』
そう言いながら妖精の一人が温室の扉をくぐった。その先にいるであろうイギリスに来訪を告げに行ったらしい。
入口で佇んでいるとほどなく彼がやって来る。ガーデニング用のラフな格好をしていて、手には見事なほど満開の薔薇を一本携えていた。
「来たのか」
「プリャニキ持って来たよ」
「あぁ……こいつらが喜ぶ」
「うん、喜んでもらえたみたい」
飛びまわる妖精たちを見上げてから、ロシアは手にした包みを差し出す。イギリスは軍手を外すとそれを受け取り、お茶にするかと言ってこちらを促しながら、屋敷の方へと歩き出した。
先日、イギリスが菓子を持参で週末来るように要求してきたから、ロシアはロンドン郊外にある彼の自宅へと足を運んだ。
本当はもうここへは来ないつもりだったのだが、イギリスの強引な行動にすっかり呑まれてしまい、結局は今まで通り普通にお茶会に参加することになってしまっている。
まさか軍用機を乱用してまで共にヒマワリを見たがるとは思わなかった。しかも驚くほど唐突に告白までされてしまえば、さすがに負けを認めないわけにはいかないだろう。
なにより……今思い出しても眩暈がするくらい、本当に嬉しかったのだから。
案内されたのはいつものサンルーム。陽光の降り注ぐ中、白い丸テーブルに白いレースのクロスを広げると、イギリスは用意した一輪挿しに先ほど摘んだばかりのL.D.ブレイスウエイトを活けた。
イングリッシュローズの中で最も明るい深紅色を持つその薔薇は、イギリスが一番可愛がっている品種である。ロシアとのクリームティの時は必ずといって良いほど飾るので、薔薇の種類に疎いロシアでさえ名前を覚えたくらいだ。
どうして毎回この花なのかと問えば、L.D.ブレイスウエイトは他のどの花よりも長く咲き誇り、何度でも見る人を楽しませることが出来るからだそうだ。出来れば客をもてなす時は薔薇を飾りたいと言う、いかにもイギリスらしい言葉を返されて頷いたことがある。
美しく可憐な花びらをゆっくりと撫でると、なんとも言えない柔らかな香りが漂い気持ちが安らぐのを感じた。ここへ来るようになって、ロシアはヒマワリ以外はじめて他の花に興味を持つようになった。
サンルームから見える薔薇園は本当に見事だ。イギリスの自慢の庭には、さまざまな色の薔薇が整然と並んでいて、きちんと開花時期を計算のうえ配置されている。
「約束通り最高のミルクティーを淹れてやる。ジャムはいるか?」
イギリスはテーブルセッティングを終えると、さっそくとばかりに言った。
実に三ヶ月半振りに彼の紅茶が飲めるとあって、ロシアも知らず心待ちにしていたのか、気分が高揚するのを感じる。あれだけ拒絶したと言うのに、我ながら現金なものだ。
「木苺のがあるんでしょ? それが欲しいな」
「分かった。……その前にいいか?」
「うん?」
ふと何事かを確認され、意味も分からず曖昧に返事をしてみれば、イギリスは椅子に腰掛けるロシアの方へ身を屈めて首に両腕を回してきた。
急に縮まる距離に驚く。ぎゅっと抱きつかれると今まで彼が触っていた土の匂いがした。じわりと伝わる温もりに目を丸くして咄嗟に身じろげば、イギリスはすぐに身体を起こして今度は頬に手を添えてくる。
近づく唇。挨拶にしては随分と濃厚なキスだった。舌先がゆるやかに口腔をまさぐり、離れる時は心残りでもあるように小さく唾液を舐めとられる。イギリスお得意のキスのやり方だ。
ぱっと身を起こすと彼は多少照れているのか顔を赤らめて、ふいっと横を向いた。恥ずかしいのならやめればいいのにと思いながらも、嬉しいその行動にロシアの顔も静かにほころぶ。
「急にどうしたの?」
「……したかった。それだけじゃダメか?」
「ううん、別にいいけど」
笑いを滲ませて答えれば、「お前の為じゃなく俺の為なんだからな!」と捨て台詞のように言い捨てて、イギリスは部屋の奥へと入ってしまった。
その背中を見送りながらロシアは彼が触れた唇にそっと指を当ててみる。いつもは冷たいそこがかすかに熱を帯びているように思えて、そっと両目を閉ざして余韻を楽しんだ。
ずっとずっと欲しかったもの。ずっとずっと夢見みたもの。
心の裡からゆるやかに広がる柔らかい温度。
あぁでも、こんな甘ったるい関係はきっと長くは続かない。
イギリスはイギリスらしくないし、自分も自分らしくない。こんなことはすぐに駄目になってしまうだろう。どうせ簡単に壊れてしまうに違いないと、そう思ってロシアは目の前で美しく咲く薔薇の花を見つめた。
どう考えてもこんな関係、自分たちには似つかわしくなかった。まるで恋人のような触れ合い……そんなものは二人の間には必要ないはずだ。
イギリスは自分を好きだと言う。ロシアとしてもそれを素直に嬉しく思った。だがそれ以上でもなければそれ以下でもない。この先を求める気持ちは微塵もなかった。
―― ロシアはアメリカではないのだ。イギリスがかつて愛した小さなアメリカではない。甘やかして、抱きしめて、そうやって愛情を注ぐべき対象だった彼の大事な幼子ではないのだ。
大人が子供に向けるようなその眼差しの中に、空色の瞳の子供がいつだって無邪気に笑っている。彼が欲しいのは冷たい雪などではなく、輝く日の光に満ち溢れたあの青空。
―――― 間違っても僕じゃない。
勘違いをしたら最後、また笑われるに決まっている。
『彼ら』があの日笑ったように。自由を求めて去りゆく背中越しに、僕を憐れむように笑ったあの時のように。
お前など誰が愛するものかと笑った時のように。
『ロシア、どうしたの?』
「なにが?」
『なんだか泣きそうだから……』
お節介な妖精たちが次々に声を掛けてくる。そんな彼女らにイギリス君には内緒ねと口止めをすると、いくつもの慰めの言葉が投げかけられた。
苦笑して大丈夫、と笑顔を見せればキッチンからイギリスが茶器を手に戻ってくる。相変わらずこちらの好みに合わせた華やかなカップを用意してくれていた。
ふわりと漂った紅茶の香りにロシアが目を細めれば、彼は待たせて悪かったなと言って小さく笑う。
イギリスが愛する薔薇の花のように、きれいなきれいな笑みだった。
その笑顔が何故か『彼ら』の笑顔に重なって見え、ロシアは無性に寂しいと感じた。
また、ロシアが少々病んでいるので、苦手な方はご注意を/笑)
僕はアメリカ君とは違う。ぜんぜん似ていないと君は言う。
それはそうだろうね。
僕は彼のようにはなれない。
イギリス君が愛する薔薇の花みたいに、穏やかなぬくもりと優しい愛情に包まれて育ったアメリカ君が、僕と同じはずないじゃない。
手ずから大切に大切に育て上げた、君が一番好きで大切な存在。
望んでも得られなかった暖かな記憶を持つ彼に、僕はいつだって敵わないんだ。
あの日『彼ら』は言った。そして笑った。
連邦が崩壊して僕はボロボロになって体中痛くて仕方がなくて。
それでもいつもと変わらず『彼ら』と対峙していた。
青褪めた僕の顔はきっと酷いものだったんだろう。昨日まであんなに怖がって震えていた『彼ら』は、背をまっすぐ伸ばして挑むように目を合わせて来たんだ。
これで終わりですよロシアさん。もう僕らは自由だ。あなたに傷つけられることはない、あなたに無理に笑い掛ける必要もない。苦しみから解放されて自由になるんです。
そう言って晴れやかに笑ったその顔を、僕はぼんやりと眺めていた。
楽しそうだなぁと思った。幸せそうだなぁとも。
きっとずっとずっと苦しくて哀しくて仕方がなかったんだろうね。一刻も早くここから出て行くことだけを夢見て、『彼ら』は憎しみを抱えながら僕の前で過ごしていたんだ。
分かってる。最初からそんなことは分かっていた。
僕はただ『彼ら』が好きだったから手放したくなかっただけ。愛していたから離れて行かないように、鎖でつないで殴って犯して、ただ僕だけを見るように命令をした。
『彼ら』は恐怖と苦痛に震えて泣きながら、僕の足もとに跪くと忠誠を誓い愛を口にした。
そんな愛の言葉でさえ、僕にとっては何より嬉しくて何より幸せなものだった。
夜の帳の中、暖かいベッドの上、お互い身を寄せ合ってイギリス君はきっと祝福の言葉をかけながらアメリカ君を寝かしつけたんだろうね。
子守唄に耳を傾け、穏やかな眠りに導かれながら幸せな夢を見るアメリカ君の姿が思い浮かぶようだよ。
僕のように凍えながら震えて、誰かの悲鳴に耳をふさぎながら、夜の闇を怯えて過ごしたことなんてないんだろうね。
それでいいと思うよ。
だって僕とアメリカ君は違う、同じじゃない。
雪に閉ざされたこのどこまでも広くて寂しい大地が僕なんだもの。
僕はアメリカ君が嫌い。そして彼を慈しんだイギリス君が嫌い。
愛されているアメリカ君が嫌い。愛しているイギリス君が嫌い。
愛されない自分が嫌い。
いつか全部がひとつになる日が来たら、僕はきっと……今度こそ安らかな眠りにつけるのかな。
* * * * * * * *
その庭園を埋め尽くすのは美しさと優雅さ、可憐さと大胆さを兼ね備えたこの国の国花、薔薇だった。
ラテン語の「赤」を表す「ROSE」は、その名の示す通りビロードのような光沢のある花弁を広げ、見る者を魅了せずにはおかない。
さらに奥へと進めば色とりどりの色彩に目を奪われる。オールドローズの甘く上品な芳香と、モダンローズの多彩な色合いと豊かな形を兼ね備えた、女王の国の愛すべきイングリッシュローズ達。
鮮やかで艶やかな気品あるそれらの花々は、この屋敷の主であるイギリスが丹精込めて育てた最高級のものばかりだった。
ロシアがアーチをくぐって温室の方へ足を向ければ、どこからともなく妖精たちが飛んできて、きらりと光る羽を広げて肩や髪にそっと止まった。マフラーにしがみつく小さな手を横目で見やりながら、ゆるく微笑みかければ嬉しそうに笑い返される。
彼女たちは何故か自分を怖がらない。ロシアに接する人間や国とは大違いだ。
『ロシア、久し振り』
「うん。イギリス君はL.D.ブレイスウエイトのところ?」
『そうよ。良かった、仲直りしたのね』
ほっとしたように言われて、思わず苦笑してしまった。どうやら自分はイギリスと喧嘩をしていたことになっているらしい。
一方的にこちらから暴言を吐いたというのに、幸いなことに妖精たちからは嫌われずに済んだようだ。
「お土産持って来たけど食べる?」
『ありがとう! イギリスがお茶を淹れた時に一緒にいただくわ』
そう言いながら妖精の一人が温室の扉をくぐった。その先にいるであろうイギリスに来訪を告げに行ったらしい。
入口で佇んでいるとほどなく彼がやって来る。ガーデニング用のラフな格好をしていて、手には見事なほど満開の薔薇を一本携えていた。
「来たのか」
「プリャニキ持って来たよ」
「あぁ……こいつらが喜ぶ」
「うん、喜んでもらえたみたい」
飛びまわる妖精たちを見上げてから、ロシアは手にした包みを差し出す。イギリスは軍手を外すとそれを受け取り、お茶にするかと言ってこちらを促しながら、屋敷の方へと歩き出した。
先日、イギリスが菓子を持参で週末来るように要求してきたから、ロシアはロンドン郊外にある彼の自宅へと足を運んだ。
本当はもうここへは来ないつもりだったのだが、イギリスの強引な行動にすっかり呑まれてしまい、結局は今まで通り普通にお茶会に参加することになってしまっている。
まさか軍用機を乱用してまで共にヒマワリを見たがるとは思わなかった。しかも驚くほど唐突に告白までされてしまえば、さすがに負けを認めないわけにはいかないだろう。
なにより……今思い出しても眩暈がするくらい、本当に嬉しかったのだから。
案内されたのはいつものサンルーム。陽光の降り注ぐ中、白い丸テーブルに白いレースのクロスを広げると、イギリスは用意した一輪挿しに先ほど摘んだばかりのL.D.ブレイスウエイトを活けた。
イングリッシュローズの中で最も明るい深紅色を持つその薔薇は、イギリスが一番可愛がっている品種である。ロシアとのクリームティの時は必ずといって良いほど飾るので、薔薇の種類に疎いロシアでさえ名前を覚えたくらいだ。
どうして毎回この花なのかと問えば、L.D.ブレイスウエイトは他のどの花よりも長く咲き誇り、何度でも見る人を楽しませることが出来るからだそうだ。出来れば客をもてなす時は薔薇を飾りたいと言う、いかにもイギリスらしい言葉を返されて頷いたことがある。
美しく可憐な花びらをゆっくりと撫でると、なんとも言えない柔らかな香りが漂い気持ちが安らぐのを感じた。ここへ来るようになって、ロシアはヒマワリ以外はじめて他の花に興味を持つようになった。
サンルームから見える薔薇園は本当に見事だ。イギリスの自慢の庭には、さまざまな色の薔薇が整然と並んでいて、きちんと開花時期を計算のうえ配置されている。
「約束通り最高のミルクティーを淹れてやる。ジャムはいるか?」
イギリスはテーブルセッティングを終えると、さっそくとばかりに言った。
実に三ヶ月半振りに彼の紅茶が飲めるとあって、ロシアも知らず心待ちにしていたのか、気分が高揚するのを感じる。あれだけ拒絶したと言うのに、我ながら現金なものだ。
「木苺のがあるんでしょ? それが欲しいな」
「分かった。……その前にいいか?」
「うん?」
ふと何事かを確認され、意味も分からず曖昧に返事をしてみれば、イギリスは椅子に腰掛けるロシアの方へ身を屈めて首に両腕を回してきた。
急に縮まる距離に驚く。ぎゅっと抱きつかれると今まで彼が触っていた土の匂いがした。じわりと伝わる温もりに目を丸くして咄嗟に身じろげば、イギリスはすぐに身体を起こして今度は頬に手を添えてくる。
近づく唇。挨拶にしては随分と濃厚なキスだった。舌先がゆるやかに口腔をまさぐり、離れる時は心残りでもあるように小さく唾液を舐めとられる。イギリスお得意のキスのやり方だ。
ぱっと身を起こすと彼は多少照れているのか顔を赤らめて、ふいっと横を向いた。恥ずかしいのならやめればいいのにと思いながらも、嬉しいその行動にロシアの顔も静かにほころぶ。
「急にどうしたの?」
「……したかった。それだけじゃダメか?」
「ううん、別にいいけど」
笑いを滲ませて答えれば、「お前の為じゃなく俺の為なんだからな!」と捨て台詞のように言い捨てて、イギリスは部屋の奥へと入ってしまった。
その背中を見送りながらロシアは彼が触れた唇にそっと指を当ててみる。いつもは冷たいそこがかすかに熱を帯びているように思えて、そっと両目を閉ざして余韻を楽しんだ。
ずっとずっと欲しかったもの。ずっとずっと夢見みたもの。
心の裡からゆるやかに広がる柔らかい温度。
あぁでも、こんな甘ったるい関係はきっと長くは続かない。
イギリスはイギリスらしくないし、自分も自分らしくない。こんなことはすぐに駄目になってしまうだろう。どうせ簡単に壊れてしまうに違いないと、そう思ってロシアは目の前で美しく咲く薔薇の花を見つめた。
どう考えてもこんな関係、自分たちには似つかわしくなかった。まるで恋人のような触れ合い……そんなものは二人の間には必要ないはずだ。
イギリスは自分を好きだと言う。ロシアとしてもそれを素直に嬉しく思った。だがそれ以上でもなければそれ以下でもない。この先を求める気持ちは微塵もなかった。
―― ロシアはアメリカではないのだ。イギリスがかつて愛した小さなアメリカではない。甘やかして、抱きしめて、そうやって愛情を注ぐべき対象だった彼の大事な幼子ではないのだ。
大人が子供に向けるようなその眼差しの中に、空色の瞳の子供がいつだって無邪気に笑っている。彼が欲しいのは冷たい雪などではなく、輝く日の光に満ち溢れたあの青空。
―――― 間違っても僕じゃない。
勘違いをしたら最後、また笑われるに決まっている。
『彼ら』があの日笑ったように。自由を求めて去りゆく背中越しに、僕を憐れむように笑ったあの時のように。
お前など誰が愛するものかと笑った時のように。
『ロシア、どうしたの?』
「なにが?」
『なんだか泣きそうだから……』
お節介な妖精たちが次々に声を掛けてくる。そんな彼女らにイギリス君には内緒ねと口止めをすると、いくつもの慰めの言葉が投げかけられた。
苦笑して大丈夫、と笑顔を見せればキッチンからイギリスが茶器を手に戻ってくる。相変わらずこちらの好みに合わせた華やかなカップを用意してくれていた。
ふわりと漂った紅茶の香りにロシアが目を細めれば、彼は待たせて悪かったなと言って小さく笑う。
イギリスが愛する薔薇の花のように、きれいなきれいな笑みだった。
その笑顔が何故か『彼ら』の笑顔に重なって見え、ロシアは無性に寂しいと感じた。
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