紅茶をどうぞ
[PR]
×
[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。
[お題] 向日葵 2
あれから一ヶ月以上経つが一度もロシアとは会っていない。
もともと親密な国交があったわけでもないので頻繁に会うような理由もなかった。EUに属していないロシアはヨーロッパの会議に参加することもなければ、英連邦やその他の連合にも加盟していないため、イギリスとの接点はほとんどないと言ってもいい。
ただ国連とG8にのみ顔を合わせる機会はあるのだが、『国』が出席するような大規模な集まりは滅多になく、次の日程は2か月も先のことだった。
考えてみれば共通点などなにもない二国だ。これまでも、そしてこれからも両国の間には埋めがたい溝があるだろうし、想定される未来の中には再び敵対することも濃厚な可能性として常に提示され続けて来た。
どの国からも関係は悪化することはあっても良くなることはないと思われている。個人的に会うなどそれこそお笑い草なのだろう。
イギリスは自宅のソファに身体を預けて、ぼんやりと淹れたての紅茶片手に視線をさまよわせた。
覇気のないその様子に妖精たちが心配そうにこちらを覗き込んでいる。
『イギリスどうしたの? 元気ないけど』
「あー……別に。ちょっと疲れてるのかもな」
『そう言えば最近あの人の姿を見ないわね』
「あの人?」
『いつもマフラーをしている雪の人よ。プリャニキ持って来てくれないかしら。あれ、とっても美味しくて大好き』
「…………」
なんでもない妖精の声を聞きながら、イギリスはカップの中で揺れる琥珀色の液体を見つめた。
何が悪かったのだろう。
以前もそう思った時があった。あれはアメリカの独立の時だっただろうか。
突然別れを告げられた。自分はいつも彼の事を思い彼の為に愛情を出来る限り傾けて来た。それなのにアメリカは去っていってしまったのだ。
ロシアに対してあの子供に向けたような愛情など抱きようもなかったが、それでも外交の場以外では穏やかに過ごして来たし、お互い楽しんでいたものと思っていた。
なによりロシアは素直にイギリスの淹れた紅茶を欲しがり、手作りのスコーンを文句も言わず食べてくれていたのだ。来る時はいつも自国の菓子を手土産にくれるし、なにより今まで見たこともないような笑顔を向けられれば、どんなに鈍い性格をしていても嫌われていない……むしろ好かれていると思ってしまうだろう。
素直に好意を示されれば嬉しくないはずがなかった。たとえそれが隠し持った裏の顔であろうと、気まぐれゆえに騙しているものであろうと、イギリスはプライベートな時間であればそれは構わないと思っていた。
いくら親しくなったからと言って国家機密事項を漏らすほど馬鹿ではないし、昔から欺き欺かれることは日常茶飯事である。政治の場では甘い顔など見せないし、ロシアだってそれはよく分かっていたはずだ。
だから二人での茶会の席に政治の話を持ち込むこともなければ、過去を問いただすこともなかった。
あくまで個人的な付き合いの範囲であれば、嘘に塗り固められたものでも良かったのだ。
あぁそうだ。自分は彼と過ごす時間を厭ったことなど一度もない。
むしろ楽しみにしていたんだと気付いた時には、相変わらず笑いたくなるほど手遅れだった。
理由も分からない。いつだってそうだ、自分はいつもどこかで間違える。気付かないところでこうやって何度も置いて行かれるのだ。
フランスの時も、アメリカの時も、日本の時も。他にもたくさんそういうことがあった。いつの間にか気づいたら彼らと戦争をしていた。変わらずにいられるはずがないことなど、いつだって最初から分かっていたのに、そのたびどうしてこんな気持ちを抱かなければならないのだろう。
「……あいつはもう来ない。待っても無駄だ、忘れろ」
『喧嘩したの? ちゃんと謝りなさいよ?』
「知るか」
謝る? いったい何に対して? そもそも彼は怒っているのだろうか。
イギリス個人に対して何か怒っているのならば謝りようもある。
だが電話で聞いたロシアの声はそういったたぐいのものではなかったと思う。怒りは感じなかった。伝わって来たのはそれとはまったく別のものだ。
「なんだろう……?」
冷たい物言いの中に含まれていたのは、どこかで感じたようなものだった。それが何かは分からない。
あぁ、分からない。分からない。分からないことだらけだ。
苛立ちにまかせて煽った紅茶はひどく渋くなっていた。
主要国首脳会議。
アメリカ・イギリス・フランス・ドイツ・イタリア・カナダ・日本・ロシアの8か国は年に一回、一同に会し政治経済について公式に話し合うことになっている。もとは6か国からはじまった会議であったが、世界情勢に合わせて今現在はこのメンバーで固定されていた。
よほどの事情がなければ欠席は許されない。もうじき否が応でも全員が揃うことになる。
イギリスは会議場に続くレッドカーペットを踏みしめながら、いつもより早い時間にその部屋の前まで来た。警備員が敬礼をして重そうな樫の扉を開けてくれる。
まだ誰もいない静まり返った室内は、開け放たれた窓から入り込んだ風で淀んだ空気が払拭されている。
円形のテーブルをぐるりと回って窓際に立つと、美しい木立の庭を横切り公用車が次々と出入りする様子が見えた。
しばらく眺めていると後方に人の気配を感じてゆっくりと振り向く。入口には時間に几帳面な日本がいて、こちらに気づくと会釈をして寄越した。
足音をカーペットに吸い込ませながら、彼は穏やかな笑みを浮かべたまま歩み寄って来る。
「お早いですね、イギリスさん」
「お前こそ。いつもこんな時間に来るのか?」
「ええ。余裕を持って行動、が我が国の信条ですから」
くすくす笑いながらイギリスの隣りに立ち、東洋の友人は同じように窓の外を眺めた。
「いいお天気ですね」
「ああ」
「アメリカさんが来たらまた、会議なんてさっさと終わらせて外で遊ぼう!だなんて言い出しそうですよね」
「目に浮ぶようだな」
苦笑いとともにお互い顔を見合わせる。
いつも強引で我侭なアメリカの行動に振り回されてばかりいる日本の苦労が偲ばれた。イギリスは溜息をつきつつしょうがない奴だよなぁとぼやく。
ふいに外から風が吹きつけてきた。ふわりと舞い上がるカーテン。優しいクリーム色のそれが翻るのをなんとはなしに目の端で追いかけると、日本がそうそうと言って話しかけて来た。
「そう言えばイギリスさんはもうご覧になりました?」
「なにをだ?」
唐突な質問に首を傾げると、彼は口元に控えめな笑みを浮かべ目元を緩めた。穏やかな表情に注視していると、風にさらわれた黒い髪を指先でそっとかき上げながら日本は続ける。
「ロシアさんの所のヒマワリですよ」
窓枠に乗せていた手がぴくりと動くのを感じた。イギリスは気付かれないようにきゅっと指先を握りこむと、視線をゆっくりと外した。
「この間お誘いを受けて行って来たんです。うちにもヒマワリ畑はありますが、ロシアさんほど大規模ではありませんから……本当にあれは凄かったです。見事としか言いようがありませんよね」
「そう、なのか?」
「え? あ……済みません、てっきりもうご覧になっているものと……」
日本がはっと口元に手を当てて言葉を切った。申し訳なさそうに眉がひそまる。思わず慌てて首を振ると、数秒じっとこちらを見つめていた彼の目が困惑の色を浮かべてから、静かに伏せられた。
滅多に自分と日本との間には流れない気まずい空気を感じる。何か言わなければと思って口を開きかけると、日本が再び顔を上げてこちらに黒い瞳を向けて来た。まっすぐ覗き込むような仕草は常の彼らしくない。
「ロシアさん、最近よく笑うようになりましたよね」
「あいつは昔からヘラヘラしてたじゃないか」
「そうではなくて。イギリスさんはご存知でしょう? 時々私の前でもふっとあの表情をするんですよ。まぁそれは決まって貴方のお話をする時なのですけど」
含みのある言い方に引っかかるものを感じて、イギリスは咄嗟に返答に窮する。それでも日本の落ち着いた眼差しを受け止めていると、自然に胸中が穏やかになっていくのを感じた。
―― 聞いたら教えてくれるだろうか。
―― 敏い彼ならば自分が分からなかった答えを引き出してくれるだろうか。
「日本、ロシアは……」
「何かあったんですか?」
「俺、あいつに何をしたか全然分からないんだ。あいつだって怒っているわけじゃない。怒りじゃないのは分かるんだ。でも、じゃあ何がいけなかったんだろう」
こんなことを突然言われたって日本も困るだけだろう。そうは思うがイギリスは両目を伏せて静かにぽつりと呟いた。
「分からないんだ……」
ロシアが何を考えて居るのか、自分がどうすればいいのか、イギリスには分からなかった。
いや、本当は分かっている。このままお互い何もなかった時のように忘れてしまうのが一番いいのだろう。そうに違いない。表面上は友好的に、ただの『国』と『国』の付き合いに戻るのが一番ふさわしいのだ。
それなのに、あの日からざわざわとした、耳障りで不快な感情が身体中を支配している。どうしようもなくイライラしてたまらない。
たいして深い付き合いをしていたわけでもない相手に対して、どうしてこんな気持ちを抱くのかが理解出来ない。いつまでも出ない答えにこんなにも焦燥感を掻きたてられるというのに。
日本は黙ってこちらを見つめていたが、ふっと表情を柔らかくして小柄な手を伸ばしてきた。
すっと髪を撫でられる。
「あの人は天の邪鬼なんですよ。いわゆるお子様ってやつですね」
「日本……」
「何を言われたのかは分かりませんが真に受けちゃ駄目ですよ。ちゃんと彼の目を見て話してみて下さい。たぶんイギリスさんなら分かると思いますから」
「でも俺は」
「ねぇイギリスさん。ひとつだけ伺っても宜しいですか?」
「なんだ?」
真摯な問い掛けに小首をかしげる。
そんなイギリスの白い頬を、細い指が静かに辿った。
「ロシアさんのこと、お好きですか? お嫌いですか?」
「……嫌いじゃ、ない、と思う」
「曖昧な物言いは私の専売特許ですよ」
「好き、なのだろうか……それは分からない」
「そうですか? 私にはとてもはっきりと答えが見えていますが」
「…………」
見透かしたように優しい笑顔を向けられた。
イギリスはきゅっと眉間に皺を寄せ、それから固く両目を閉ざして俯いた。そのまま乾いた唇からは驚くほど情けない声が滑り出る。
「ただ、俺は。あいつが好きだって言うヒマワリ畑を一緒に見てみたかったんだ…………だって、笑うから」
子供みたいに無邪気に。
まるで他には何もいらないとでも言うような、そんな顔で笑うから。
だから。
「ただ、それだけなんだ……」
貴方も強情な方ですよね、そう言って日本は困ったように苦笑した。
もともと親密な国交があったわけでもないので頻繁に会うような理由もなかった。EUに属していないロシアはヨーロッパの会議に参加することもなければ、英連邦やその他の連合にも加盟していないため、イギリスとの接点はほとんどないと言ってもいい。
ただ国連とG8にのみ顔を合わせる機会はあるのだが、『国』が出席するような大規模な集まりは滅多になく、次の日程は2か月も先のことだった。
考えてみれば共通点などなにもない二国だ。これまでも、そしてこれからも両国の間には埋めがたい溝があるだろうし、想定される未来の中には再び敵対することも濃厚な可能性として常に提示され続けて来た。
どの国からも関係は悪化することはあっても良くなることはないと思われている。個人的に会うなどそれこそお笑い草なのだろう。
イギリスは自宅のソファに身体を預けて、ぼんやりと淹れたての紅茶片手に視線をさまよわせた。
覇気のないその様子に妖精たちが心配そうにこちらを覗き込んでいる。
『イギリスどうしたの? 元気ないけど』
「あー……別に。ちょっと疲れてるのかもな」
『そう言えば最近あの人の姿を見ないわね』
「あの人?」
『いつもマフラーをしている雪の人よ。プリャニキ持って来てくれないかしら。あれ、とっても美味しくて大好き』
「…………」
なんでもない妖精の声を聞きながら、イギリスはカップの中で揺れる琥珀色の液体を見つめた。
何が悪かったのだろう。
以前もそう思った時があった。あれはアメリカの独立の時だっただろうか。
突然別れを告げられた。自分はいつも彼の事を思い彼の為に愛情を出来る限り傾けて来た。それなのにアメリカは去っていってしまったのだ。
ロシアに対してあの子供に向けたような愛情など抱きようもなかったが、それでも外交の場以外では穏やかに過ごして来たし、お互い楽しんでいたものと思っていた。
なによりロシアは素直にイギリスの淹れた紅茶を欲しがり、手作りのスコーンを文句も言わず食べてくれていたのだ。来る時はいつも自国の菓子を手土産にくれるし、なにより今まで見たこともないような笑顔を向けられれば、どんなに鈍い性格をしていても嫌われていない……むしろ好かれていると思ってしまうだろう。
素直に好意を示されれば嬉しくないはずがなかった。たとえそれが隠し持った裏の顔であろうと、気まぐれゆえに騙しているものであろうと、イギリスはプライベートな時間であればそれは構わないと思っていた。
いくら親しくなったからと言って国家機密事項を漏らすほど馬鹿ではないし、昔から欺き欺かれることは日常茶飯事である。政治の場では甘い顔など見せないし、ロシアだってそれはよく分かっていたはずだ。
だから二人での茶会の席に政治の話を持ち込むこともなければ、過去を問いただすこともなかった。
あくまで個人的な付き合いの範囲であれば、嘘に塗り固められたものでも良かったのだ。
あぁそうだ。自分は彼と過ごす時間を厭ったことなど一度もない。
むしろ楽しみにしていたんだと気付いた時には、相変わらず笑いたくなるほど手遅れだった。
理由も分からない。いつだってそうだ、自分はいつもどこかで間違える。気付かないところでこうやって何度も置いて行かれるのだ。
フランスの時も、アメリカの時も、日本の時も。他にもたくさんそういうことがあった。いつの間にか気づいたら彼らと戦争をしていた。変わらずにいられるはずがないことなど、いつだって最初から分かっていたのに、そのたびどうしてこんな気持ちを抱かなければならないのだろう。
「……あいつはもう来ない。待っても無駄だ、忘れろ」
『喧嘩したの? ちゃんと謝りなさいよ?』
「知るか」
謝る? いったい何に対して? そもそも彼は怒っているのだろうか。
イギリス個人に対して何か怒っているのならば謝りようもある。
だが電話で聞いたロシアの声はそういったたぐいのものではなかったと思う。怒りは感じなかった。伝わって来たのはそれとはまったく別のものだ。
「なんだろう……?」
冷たい物言いの中に含まれていたのは、どこかで感じたようなものだった。それが何かは分からない。
あぁ、分からない。分からない。分からないことだらけだ。
苛立ちにまかせて煽った紅茶はひどく渋くなっていた。
* * * * * * * *
主要国首脳会議。
アメリカ・イギリス・フランス・ドイツ・イタリア・カナダ・日本・ロシアの8か国は年に一回、一同に会し政治経済について公式に話し合うことになっている。もとは6か国からはじまった会議であったが、世界情勢に合わせて今現在はこのメンバーで固定されていた。
よほどの事情がなければ欠席は許されない。もうじき否が応でも全員が揃うことになる。
イギリスは会議場に続くレッドカーペットを踏みしめながら、いつもより早い時間にその部屋の前まで来た。警備員が敬礼をして重そうな樫の扉を開けてくれる。
まだ誰もいない静まり返った室内は、開け放たれた窓から入り込んだ風で淀んだ空気が払拭されている。
円形のテーブルをぐるりと回って窓際に立つと、美しい木立の庭を横切り公用車が次々と出入りする様子が見えた。
しばらく眺めていると後方に人の気配を感じてゆっくりと振り向く。入口には時間に几帳面な日本がいて、こちらに気づくと会釈をして寄越した。
足音をカーペットに吸い込ませながら、彼は穏やかな笑みを浮かべたまま歩み寄って来る。
「お早いですね、イギリスさん」
「お前こそ。いつもこんな時間に来るのか?」
「ええ。余裕を持って行動、が我が国の信条ですから」
くすくす笑いながらイギリスの隣りに立ち、東洋の友人は同じように窓の外を眺めた。
「いいお天気ですね」
「ああ」
「アメリカさんが来たらまた、会議なんてさっさと終わらせて外で遊ぼう!だなんて言い出しそうですよね」
「目に浮ぶようだな」
苦笑いとともにお互い顔を見合わせる。
いつも強引で我侭なアメリカの行動に振り回されてばかりいる日本の苦労が偲ばれた。イギリスは溜息をつきつつしょうがない奴だよなぁとぼやく。
ふいに外から風が吹きつけてきた。ふわりと舞い上がるカーテン。優しいクリーム色のそれが翻るのをなんとはなしに目の端で追いかけると、日本がそうそうと言って話しかけて来た。
「そう言えばイギリスさんはもうご覧になりました?」
「なにをだ?」
唐突な質問に首を傾げると、彼は口元に控えめな笑みを浮かべ目元を緩めた。穏やかな表情に注視していると、風にさらわれた黒い髪を指先でそっとかき上げながら日本は続ける。
「ロシアさんの所のヒマワリですよ」
窓枠に乗せていた手がぴくりと動くのを感じた。イギリスは気付かれないようにきゅっと指先を握りこむと、視線をゆっくりと外した。
「この間お誘いを受けて行って来たんです。うちにもヒマワリ畑はありますが、ロシアさんほど大規模ではありませんから……本当にあれは凄かったです。見事としか言いようがありませんよね」
「そう、なのか?」
「え? あ……済みません、てっきりもうご覧になっているものと……」
日本がはっと口元に手を当てて言葉を切った。申し訳なさそうに眉がひそまる。思わず慌てて首を振ると、数秒じっとこちらを見つめていた彼の目が困惑の色を浮かべてから、静かに伏せられた。
滅多に自分と日本との間には流れない気まずい空気を感じる。何か言わなければと思って口を開きかけると、日本が再び顔を上げてこちらに黒い瞳を向けて来た。まっすぐ覗き込むような仕草は常の彼らしくない。
「ロシアさん、最近よく笑うようになりましたよね」
「あいつは昔からヘラヘラしてたじゃないか」
「そうではなくて。イギリスさんはご存知でしょう? 時々私の前でもふっとあの表情をするんですよ。まぁそれは決まって貴方のお話をする時なのですけど」
含みのある言い方に引っかかるものを感じて、イギリスは咄嗟に返答に窮する。それでも日本の落ち着いた眼差しを受け止めていると、自然に胸中が穏やかになっていくのを感じた。
―― 聞いたら教えてくれるだろうか。
―― 敏い彼ならば自分が分からなかった答えを引き出してくれるだろうか。
「日本、ロシアは……」
「何かあったんですか?」
「俺、あいつに何をしたか全然分からないんだ。あいつだって怒っているわけじゃない。怒りじゃないのは分かるんだ。でも、じゃあ何がいけなかったんだろう」
こんなことを突然言われたって日本も困るだけだろう。そうは思うがイギリスは両目を伏せて静かにぽつりと呟いた。
「分からないんだ……」
ロシアが何を考えて居るのか、自分がどうすればいいのか、イギリスには分からなかった。
いや、本当は分かっている。このままお互い何もなかった時のように忘れてしまうのが一番いいのだろう。そうに違いない。表面上は友好的に、ただの『国』と『国』の付き合いに戻るのが一番ふさわしいのだ。
それなのに、あの日からざわざわとした、耳障りで不快な感情が身体中を支配している。どうしようもなくイライラしてたまらない。
たいして深い付き合いをしていたわけでもない相手に対して、どうしてこんな気持ちを抱くのかが理解出来ない。いつまでも出ない答えにこんなにも焦燥感を掻きたてられるというのに。
日本は黙ってこちらを見つめていたが、ふっと表情を柔らかくして小柄な手を伸ばしてきた。
すっと髪を撫でられる。
「あの人は天の邪鬼なんですよ。いわゆるお子様ってやつですね」
「日本……」
「何を言われたのかは分かりませんが真に受けちゃ駄目ですよ。ちゃんと彼の目を見て話してみて下さい。たぶんイギリスさんなら分かると思いますから」
「でも俺は」
「ねぇイギリスさん。ひとつだけ伺っても宜しいですか?」
「なんだ?」
真摯な問い掛けに小首をかしげる。
そんなイギリスの白い頬を、細い指が静かに辿った。
「ロシアさんのこと、お好きですか? お嫌いですか?」
「……嫌いじゃ、ない、と思う」
「曖昧な物言いは私の専売特許ですよ」
「好き、なのだろうか……それは分からない」
「そうですか? 私にはとてもはっきりと答えが見えていますが」
「…………」
見透かしたように優しい笑顔を向けられた。
イギリスはきゅっと眉間に皺を寄せ、それから固く両目を閉ざして俯いた。そのまま乾いた唇からは驚くほど情けない声が滑り出る。
「ただ、俺は。あいつが好きだって言うヒマワリ畑を一緒に見てみたかったんだ…………だって、笑うから」
子供みたいに無邪気に。
まるで他には何もいらないとでも言うような、そんな顔で笑うから。
だから。
「ただ、それだけなんだ……」
貴方も強情な方ですよね、そう言って日本は困ったように苦笑した。
PR