紅茶をどうぞ
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今日は土曜日
「ここは寒いね」
ぽつりと呟かれたその言葉に、驚いたようにイギリスは片眉を跳ね上げた。
新緑の色を写した瞳がティーカップを両手で包み込んだロシアを向く。
「お前のところの方が寒いだろ?」
「気温はね、僕の方が低い。でもここの寒さは身体にまとわりつくみたいで、なんだか余計に冷たく感じるんだよ」
乾燥したロシアの寒さの方が過ごしやすい、と彼は言う。
ここはじめじめしていて、その水気の多い空気に触れていると更に体温を奪われる気になってくるとも。
そんなものなのかと眉間に皺を刻んだまま、イギリスは本日一番美味しく淹れられたと自負するアールグレイをゆっくりと口に含んだ。
「ねぇ、イギリスくん」
「なんだ」
「ジャムはないの?」
「ある」
「欲しいな」
「駄目だ。この葉はストレートで飲むのが一番いいからな」
「えーでもー」
「煩い。文句を言うならさっさと帰れ」
いい加減鬱陶しくなって黒塗りの手袋を嵌めた手を軽く振ると、ロシアは眉尻を下げて哀しそうな顔をした。
イギリスの方を向いて、彼は子供のように拗ねて唇を尖らせる。
「慰めてよ。自慢の船が沈められちゃったからショックなんだ。日本くんもなかなか手ごわいし」
「…………」
「まぁ、あれだけ苛められたら、さすがにうちの艦隊も負けちゃうよね」
ちらりと投げて寄越したロシアの昏い眼差しに、積年の恨みと血の匂いを嗅ぎ取ってイギリスはわずかに頬を引きつらせた。暖めた室内の温度が一気に下がった気がする。
だがこんなことで迫力負けをするようなイギリスでもない。かつては七つの海を支配した、世界に名だたる帝国としてのプライドの高さは並ではない。
にやりと口の端を吊り上げて笑うと、ロシアの薄氷の瞳をまっすぐ見返して言った。
「敵に容赦をしないのは、お前も同じだろ?」
バルチック艦隊が航海した沿岸の多くはイギリスの植民地がほとんどだった。当然、日英同盟を結んだイギリスは容赦なくロシアの艦隊を攻撃した。無論それは武力行使とは限らない。補給を断つというやり方で相手を苦しめたのだった。
ロシアにしてみれば頼みの綱はフランスだけで、マダガスカル島以東は、友好国であるフランスの植民地による物資補給を期待していた。だが、イギリスとの全面戦争を恐れたフランスは、イギリス商人の妨害もあって冷淡な態度を取り続け、動こうとはしなかった。
結果、日本へと辿りつく前にロシアの艦隊は疲労困憊状態で、碌な戦力を維持してはいなかったのだ。
「分かってはいたけれど。君って紳士面して随分悪どいものね」
「お前ほどじゃねーよ。無邪気に笑って殺戮を繰り返すくせに」
「言ってくれるじゃない」
にこり、と明るい表情でロシアは笑った。
こういう時、不思議と彼は邪気のない、非常に幼い純粋さを感じさせる。
だがその笑顔がどんなに冷酷で残虐なものかをイギリスは知っていた。
「君といいアメリカくんといい、僕の邪魔ばっかりするんだから。本当、いなくなっちゃえばいいのに」
「そうそう都合良くいくかよ」
「あ、でも君は傍にいて欲しいかも。美味しい紅茶が飲めなくなるのは嫌だなぁ」
そりゃどーも。
目線を逸らせながら適当に礼を言えば、ロシアは楽しそうに笑顔のまま続けた。
今日の彼は、いつもより饒舌だ。
「君は嫌いだけど君の淹れた紅茶は好きだよ。とっても美味しいもの」
「当たり前だ」
「ふふ。ねぇ、イギリスくん。また飲みに来てもいいかな?」
「……勝手にしろ」
ありがとね、と言ってロシアは立ち上がった。
その大きな身体がゆらりと揺れる。イギリスは椅子に座ったまま彼を見上げた。くすんだ白熱電球の明かりの下で、ロシアの顔はいつも以上に青褪めて見える。白金の髪がさらさらと額の上を流れ、目元に深い翳りが射す。
あたたかそうなコートに包まれてゆく身体は、以前見たときよりもずっと細くなっていた。
「今度はダージリンのファーストフラッシュが良いなぁ」
「なら、春に来い」
「そうだね、暖かい日にサンルームでゆっくり飲みたいよ」
じゃあね、ご馳走さま。
そう言って背を向けるロシアに向って、イギリスは立ち上がると腕を伸ばした。
気配に気付いて振り返る恐ろしいほど冷ややかな眼差しを無視して、彼はその先にあるドアノブを掴んだ。
咄嗟に身を引こうとしていたロシアは、殺気がないことに気付いて一瞬張り巡らせた警戒を弛める。氷の色の瞳が再び穏やかになった。
「開けてくれるんだ。さすが紳士だね」
「ロシア」
「なぁに?」
イギリスの目が真っ直ぐ向けられた。
「殺しすぎるな」
「どうして?」
「流される血は、お前自身のものだぞ」
「そうだね」
やはり、先ほどと同じようにロシアは子供のように無邪気な笑みを浮かべた。綺麗な顔に驚くほど冷たくそれは映える。
ロシアはきつく結ばれたイギリスの唇に小さくキスをすると、白い息を吐き出した。
「でも、悪い子はいらないから」
そう言って雪の降るロンドンの町並みへと消えてゆくその姿を、イギリスは歪んだ眼差しで見送った。
明日は日曜日。
「血の日曜日」をロシアは迎えることになる。
ぽつりと呟かれたその言葉に、驚いたようにイギリスは片眉を跳ね上げた。
新緑の色を写した瞳がティーカップを両手で包み込んだロシアを向く。
「お前のところの方が寒いだろ?」
「気温はね、僕の方が低い。でもここの寒さは身体にまとわりつくみたいで、なんだか余計に冷たく感じるんだよ」
乾燥したロシアの寒さの方が過ごしやすい、と彼は言う。
ここはじめじめしていて、その水気の多い空気に触れていると更に体温を奪われる気になってくるとも。
そんなものなのかと眉間に皺を刻んだまま、イギリスは本日一番美味しく淹れられたと自負するアールグレイをゆっくりと口に含んだ。
「ねぇ、イギリスくん」
「なんだ」
「ジャムはないの?」
「ある」
「欲しいな」
「駄目だ。この葉はストレートで飲むのが一番いいからな」
「えーでもー」
「煩い。文句を言うならさっさと帰れ」
いい加減鬱陶しくなって黒塗りの手袋を嵌めた手を軽く振ると、ロシアは眉尻を下げて哀しそうな顔をした。
イギリスの方を向いて、彼は子供のように拗ねて唇を尖らせる。
「慰めてよ。自慢の船が沈められちゃったからショックなんだ。日本くんもなかなか手ごわいし」
「…………」
「まぁ、あれだけ苛められたら、さすがにうちの艦隊も負けちゃうよね」
ちらりと投げて寄越したロシアの昏い眼差しに、積年の恨みと血の匂いを嗅ぎ取ってイギリスはわずかに頬を引きつらせた。暖めた室内の温度が一気に下がった気がする。
だがこんなことで迫力負けをするようなイギリスでもない。かつては七つの海を支配した、世界に名だたる帝国としてのプライドの高さは並ではない。
にやりと口の端を吊り上げて笑うと、ロシアの薄氷の瞳をまっすぐ見返して言った。
「敵に容赦をしないのは、お前も同じだろ?」
バルチック艦隊が航海した沿岸の多くはイギリスの植民地がほとんどだった。当然、日英同盟を結んだイギリスは容赦なくロシアの艦隊を攻撃した。無論それは武力行使とは限らない。補給を断つというやり方で相手を苦しめたのだった。
ロシアにしてみれば頼みの綱はフランスだけで、マダガスカル島以東は、友好国であるフランスの植民地による物資補給を期待していた。だが、イギリスとの全面戦争を恐れたフランスは、イギリス商人の妨害もあって冷淡な態度を取り続け、動こうとはしなかった。
結果、日本へと辿りつく前にロシアの艦隊は疲労困憊状態で、碌な戦力を維持してはいなかったのだ。
「分かってはいたけれど。君って紳士面して随分悪どいものね」
「お前ほどじゃねーよ。無邪気に笑って殺戮を繰り返すくせに」
「言ってくれるじゃない」
にこり、と明るい表情でロシアは笑った。
こういう時、不思議と彼は邪気のない、非常に幼い純粋さを感じさせる。
だがその笑顔がどんなに冷酷で残虐なものかをイギリスは知っていた。
「君といいアメリカくんといい、僕の邪魔ばっかりするんだから。本当、いなくなっちゃえばいいのに」
「そうそう都合良くいくかよ」
「あ、でも君は傍にいて欲しいかも。美味しい紅茶が飲めなくなるのは嫌だなぁ」
そりゃどーも。
目線を逸らせながら適当に礼を言えば、ロシアは楽しそうに笑顔のまま続けた。
今日の彼は、いつもより饒舌だ。
「君は嫌いだけど君の淹れた紅茶は好きだよ。とっても美味しいもの」
「当たり前だ」
「ふふ。ねぇ、イギリスくん。また飲みに来てもいいかな?」
「……勝手にしろ」
ありがとね、と言ってロシアは立ち上がった。
その大きな身体がゆらりと揺れる。イギリスは椅子に座ったまま彼を見上げた。くすんだ白熱電球の明かりの下で、ロシアの顔はいつも以上に青褪めて見える。白金の髪がさらさらと額の上を流れ、目元に深い翳りが射す。
あたたかそうなコートに包まれてゆく身体は、以前見たときよりもずっと細くなっていた。
「今度はダージリンのファーストフラッシュが良いなぁ」
「なら、春に来い」
「そうだね、暖かい日にサンルームでゆっくり飲みたいよ」
じゃあね、ご馳走さま。
そう言って背を向けるロシアに向って、イギリスは立ち上がると腕を伸ばした。
気配に気付いて振り返る恐ろしいほど冷ややかな眼差しを無視して、彼はその先にあるドアノブを掴んだ。
咄嗟に身を引こうとしていたロシアは、殺気がないことに気付いて一瞬張り巡らせた警戒を弛める。氷の色の瞳が再び穏やかになった。
「開けてくれるんだ。さすが紳士だね」
「ロシア」
「なぁに?」
イギリスの目が真っ直ぐ向けられた。
「殺しすぎるな」
「どうして?」
「流される血は、お前自身のものだぞ」
「そうだね」
やはり、先ほどと同じようにロシアは子供のように無邪気な笑みを浮かべた。綺麗な顔に驚くほど冷たくそれは映える。
ロシアはきつく結ばれたイギリスの唇に小さくキスをすると、白い息を吐き出した。
「でも、悪い子はいらないから」
そう言って雪の降るロンドンの町並みへと消えてゆくその姿を、イギリスは歪んだ眼差しで見送った。
明日は日曜日。
「血の日曜日」をロシアは迎えることになる。
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