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 紅茶をどうぞ
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「昼下がりの教室」続き 『数日後(放課後)』
 昼休みが終わり午後の授業も開始されてしばらく経つ頃。
 ちょうど15時を回ろうかという時だっただろうか。

『今日は急な会議が入ってしまったので、授業はここまでにします』

 その言葉と共に初老の教授は教室を去って行った。いつもより30分も早い切り上げだ。
 生徒達もそれぞれ椅子を引いてテキストを片付けたり、これからの予定をどうしようかと携帯電話の電源を入れていたりしている。
 イギリスもまた開いていたノートを閉じるとケースにペンをしまい、ふぅと軽く一息をついた。そしてちらりと横を見遣る。
 講義を受けていたイギリスの隣りの席では、眼鏡を掛けた青年……この場合は少年と言った方が良いのだろうか……が机に突っ伏して安らかな寝息を立てていた。
 開始直後からうつらうつらと船をこぎ出していたのに気づき、ペンの先で無駄にがっちりとした二の腕をつついて注意を喚起していたのだが、まるで効果がなかった。どんどん傾いでいく肩を叩いたこともある。
 だが、穏やかで単調な教授の声音に誘われるかの如く、瞼が重そうに閉じては慌てて開くを繰り返していたが、ついにたまらず先程崩れ落ちたところだった。
 どうやら完全に熟睡モードになってしまったようだ。―― 珍しい。


 アメリカは普段の国際会議でも居眠りをする事はあるが、基本的にそれはわざとの場合が圧倒的に多かった。
 空気が読めないとは言え仮にも世界最大国である。責任の大きさは他のどの国よりも重くその両肩にのしかかっていることを、彼が分からないはずはなかった。ポジティブシンキングで我儘、自己中心的で傲慢だなんだと言われているが、アメリカは決して馬鹿ではない。むしろ頭の回転も速く処理能力にも優れ、集中力だって人一倍あるのだ。
 だが、超大国であるアメリカの発言はこれまでにも多くの波乱を巻き起こして来た。彼ほどの力があれば小さな国ならば無理やりに力でねじ伏せることだって出来るし、中には一睨みしただけで竦み上がってしまう所だってあるだろう。
 それはつまり、むやみやたらに会場内を見回して発言国にプレッシャーを与えてしまえば、それなりの地位を築いている国以外は何も言えなくなってしまうことにだって成りかねない。
 もちろん参加者は全て『国』だ。自国のことは自分が責任を持たねばならず、アメリカが怖いから何も言えませんでしたなどという甘えが通じるはずもない。
 それでも議論が白熱してどうしようもなくなった時、彼は必ず船をこぎ出すのだ。そしてドイツやイギリス辺りに叩き起こされるまで眠ったふりをする。そうやって場の空気を完全に入れ替えることも一度や二度ではなかった。
 その事に気付いているのはG8と中国くらいのものだろうか。何故ならアメリカは、先進国会議の時には一度たりとも居眠りをしたことがないのだから。


「……アルフレッド」

 交差した自分の腕に顔を乗せてすっかり寝入ってしまっている彼に、イギリスは控えめに声を掛ける。だが当然のごとくいらえはなかった。
 眼鏡のフレームが歪んでしまわないようそっと外してやると、あらわれた素顔はひどく疲れ切っているようで、出来ればすぐにでも自宅に戻って柔らかなベッドの上でぐっすりと眠らせてやりたいと思う。

 昨日もアメリカは明け方までノートパソコンに向かい仕事と格闘していた。いくら一ヶ月の休暇を貰ったと言ってもそんなに長期間『国』として公務を放置するわけにはいかない。当然ロンドンでも出来るデスクワークは遠慮なく回されて来ていた。
 イギリスにしてみれば数日間だけのお遊び滞在だと思っていたので、そんなに急ぎの仕事があるのならさっさと帰ればいいと言ったのだが、どうやら本格的にこちらで過ごすと聞かされ本気で驚いた。
 相変わらず無茶を言って上司を困らせているアメリカに、呆れもしたし苦笑もした。けれど最後には結局「しょうがないなぁ」で済ませてしまう自分がいて、イギリスは痛む頭を押さえながらも込み上げてくる嬉しさにどうしようもないほどの幸せを感じるのだった。
 一ヶ月もアメリカが自分の家にいる。今まで一度だってそんな事はなかった。彼が幼い頃、イギリスが大陸に渡った時にだって1~2週間が限度だったのだ、この状況を喜ばないわけがない。
 昔と比べれば交通手段が格段に発達し飛行機が飛ぶようになって、自分たちの距離はぐんと縮まった。とはいえすぐ目の前にいるわけでない。会いたい時に気軽に会ったり、共に生活が出来るような立場でないことなど百も承知している。
 だからアメリカの突拍子もない行動は困惑こそすれ、どれほどイギリスを喜ばせたことだろう。アメリカの態度は時に目に余るものではあったが、それがこんなサプライズをもたらす事になろうとは思いも寄らなかった。

 それでも、イギリスの運転する車の助手席で必死に課題を仕上げる姿を横目で見ながら、どうしてこの男はここまでして自分と一緒に大学に通いたがるのだろうかと不思議に思った。
 無理をしてまで一緒にいたいと思ってくれていることを喜ぶべきか、それとも身体を気遣うべきなのか。もっとも何を言っても最終的に我を通してしまうアメリカと、そんな彼に滅法弱い自分でははなから勝負は決ってしまっているわけだが。


「アーサー、ちょっといいか?」

 ふいに人の気配が近付いて来て名前を呼ばれる。顔を上げると目の前には、同じカリキュラムを専攻している学生の1人が立っていた。
 確か名前はエリックと言ったか。

「なんだ?」
「今日俺が所属するサークルで集まりがあるんだけど、一緒に行かないか?」
「え……いいのか?」
「あぁ。あんまり話す機会もないし、他の奴らと交流ないのもつまんないだろ? 一ヶ月だけとは言え折角来たんだし、ちょっとは遊んで行けよ」

 冗談めかしてそう言いながら、人好きのする笑顔を向けられてイギリスも自然と口元が綻ぶ。
 特待生ということは予め周囲に知られているため、イギリスもアメリカもどこかのサークルに属するという事はなかった。そもそも寮生活が基本のこのオックスフォードに於いて、授業が終われば自宅へ戻っていく自分達が他の生徒達の目に奇異に映るのも不思議ではない。自然、彼らとの間には目に見えない壁のようなものが立ちはだかり、微妙な距離感を感じずにはいられなかった。
 それが思いもよらずこうして誘われるとは。
 嬉しさを押し隠し、イギリスはつとめて普通の顔を保ちながら頷いた。

「じゃあ参加する」
「よし。アルフレッドも行けそうか? …ってこいつ完全に寝落ちしてるな」
「す、すまない」
「いや、あんたが謝ることじゃないし。まぁ起きたら誘っておいてくれ。17時にカレッジの入口に集合な」
「分かった、ありがとう」

 短く礼を言うと出口に向かうエリックの背を見送り、イギリスは慌ててスケジュール帳を開いた。
 確か急ぎの書類は昨日済ませて秘書に持たせてある。会議の予定もなかったし、来客は今月いっぱい断ることにしているから大丈夫だ。携帯メールも入っていないし、自分の方は問題なしと確認してアメリカの方を向く。
 彼も確か昨夜まとめていた仕事が終わり、今日の夜はのんびり出来るようなことを言っていたからたぶん大丈夫だと思う。
 
 こんなふうに学生達と一緒に待ち合わせをして遊びに行くなんて、初めての経験だ。 
 100年前も200年前も、イギリスは明らかに周囲と浮いていて誰とも交流を持たなかったし、自分から話しかけるような性格でもないので会話らしい会話をした記憶もない。本当は友人の一人や二人、作りたい気持ちもあったのだが、その後の展開を思えばいろいろ面倒や不都合が多かったので、結局は授業を受けるだけの毎日を過ごしていた。
 何度か話しかけられたり誘われたこともあるが、躊躇ううちに一ヶ月が過ぎてしまって、結局一度も遊びに行くような経験はなかった。仕事のためすぐに帰らなければならないことも多かったが、今思えば随分と寂しい上にもったいないことをしたと思う。
 だから今回こそは、誘われたら受けてみようと心に思っていたのだ。何よりアメリカがいる……自分は一人ではないという思いが根底にある。
 こういう時、イギリスはアメリカと一緒の時の自分はかなり解放的だと思った。普段の自分とは違うことを否応なく感じる。
 それがなんともくすぐったい気分にさせて、知らず顔が緩んでいくのを止められなかった。

「……だらしない顔」

 ふいにぽつりと呟かれて慌てて両頬をぱちんと叩く。
 目線をおろせばアメリカが眠そうな目をこちらに向けて来ていた。のろのろと起き上がると手探りでイギリスが置いた眼鏡を取り、一度だけ前髪を整えてからそれをかけた。

「あ、あのさ、今日……」
「聞いてた。17時にカレッジの入口だろ。まさか君がOKするとは思わなかったからちょっと驚いたよ」
「そうか……?」
「うん。君ってば授業が終わるとすぐに帰っちゃうし、てっきり人間と接触を持つのが嫌いなのかと思ってた」
「別に嫌そういうわけじゃねーよ。……行くよな? お前も」
「もちろん!」

 勢いよく立ち上がったアメリカが自分のバックを手にする。そうして夕日が差し込む教室の中で楽しそうな笑顔を見せる彼は、どこから見ても普通の学生に見えた。









 オックスフォードという所はカレッジを中心としたひとつの街を形成している。学生達が気軽に利用出来る店も多く、門限さえ守ればそれなりに自由に過ごすことが出来るのだった。
 イギリスとアメリカが連れてこられたのも、寮に程近いこじんまりとしたパブで、店主とも顔見知りが多く学生達愛用の場所のようだ。
 英国では18歳から飲酒が許可されている。場合によっては(大人が付き添いでいれば)18歳未満でもパブで楽しむことが出来るのだ。だから彼らはなんのためらいもなくエールやサイダーを注文している。もちろんイギリスもギネスを頼んだ。
 一方米国では州によって違うが基本的に21歳からでないと飲酒は不可。だからアメリカも19歳として身分証を作っている手前本当だったら酒を飲むことは出来ない。だが中身は400歳をゆうに越える彼だ。外見年齢に準じるはずもなくいつも気にすることなくアルコールを摂取している。もちろん自国では控えているのだろうが、他国に来れば遠慮なく楽しんでいるので、ここでも普通にビールを注文していた。

「本当に来てくれたんだな。勇気を出して誘ってみて良かったよ」

 乾杯が済みメンバーにイギリス達を紹介すると、エリックが楽しそうにテーブル越しに話しかけて来た。賑やかな雰囲気に目を細めてフィッシュ&チップスをつまんでいたイギリスは、思わず苦笑を浮かべる。
 アメリカは少し離れたところで数名に囲まれて、笑いながらダーツに興じていた。

「ほら、うちの学校ってまだまだ古臭いしきたりとかあってなにかと煩いだろ? あんたらみたいなイレギュラーなケースは珍しいからさ。だから結構みんな気にしてたんだ」
「あぁ……そうだろうな」
「やけに落ち着いた雰囲気だし、時々同世代に見えないような気もしたし」

 エリックの言葉にイギリスは小さく瞬きをした。そんなふうに見られていたとは思わなかったので、少々戸惑う。
 まぁ雰囲気が違うのはいたしかたないというか、どんなに若く見えても自分達は明らかに生きている年数が桁違いである。年頃の若者が自分達とは違う何かを敏感に感じ取るのも不思議ではない。
 しかしこうもはっきりと「老けている」ことを実感させられるような言葉を聞くと、さすがのイギリスも複雑な心境にならざるを得なかった。

「う~ん……俺達、変わってるか?」
「変わってるというか、なんか不思議」
「不思議、か」
「それよりさ、あんたたち兄弟だろ?」
「へ? 兄弟って、俺とアルフレッドが?」
「姓が違うけど見てて分かる。何か事情があって別々なんだろ? あ、大丈夫、その辺は深く聞いたりしないから。ただ俺にも弟がいるからさ、なんか仲いいアーサー達を見てると懐かしくなっちゃって」

 苦笑いをしながらそう言うエリックに、いつの間にか彼の隣りにいた少年がこいつブラコンなんだよなーと割って入って来る。席を立ってイギリスの隣りに移動して来た彼は気安くこちらの肩を叩いた。

「俺はレイ。よろしくな」
「アーサーだ」

 片手に持ったグラスを傾けて軽く挨拶を交わすと、三人は顔を見合わせることになった。

「エリックんところは年の離れた弟だから可愛いんだよなぁ」
「そうなのか?」

 レイの言葉を引き継いでイギリスが問いかけると、エリックは少しだけ照れたような表情を見せた。その顔を見て、イギリスはふと遠い昔の自分を思い出す。小さな小さなアメリカと初めて会った時のことを。

「俺達一回りは違うからさ。何するにもあいつは俺のあとをくっついて歩いて離れなかった。寮に入るって言った時は拗ねてしばらく口をきいてくれなかったりしてさぁ」
「へぇ。そりゃ可愛いだろうな」
「妹じゃなくて良かったな、犯罪者にならなくて」

 まぜっかえすようなレイの言葉に顔を赤らめながらも、エリックはサイダーを一口飲んでから軽い溜息をつく。
 その顔に一抹の寂しさのようなものを見て取って、イギリスもまた小さな笑みを浮かべた。彼の気持ちが手に取るようにわかって、そんな自分に対して少々気恥ずかしい思いを感じる。思わず視線をアメリカに移せば彼は楽しげにダーツを投げていた。

 今でこそほとんど外見年齢の変わらない自分達だが、イギリスとアメリカは千年近い年の差がある。いくら長い年月を生きる『国』と言えども、アメリカは段違いに若い国なので、出会った当初は外見も驚くほど幼かった。
 アメリカ大陸が見付かり、フィンランドやフランスが小さなアメリカを見つけた時は親子にも見えるくらい外見にも差があったのだ。
 イギリスが保護をするようになってからもそれは変わらず、抱き上げた身体は戸惑うほど小さいもので、舌ったらずに「いぎりちゅ」と呼ばれれば馬鹿みたいに嬉しかったことを覚えている。
 可愛くて可愛くてたまらなかった。
 ―― でも。

「あんた達も仲のいい兄弟なんだろ? いっつも一緒にいるもんな」

 そう言われればどこか面映いような気持ちを抱いてしまうが、イギリスはゆっくりと首を振った。
 昔なら喜んだだろう。仲のいい兄弟と言われれば、彼の兄であることを誇りに思い胸を張っただろう。
 だが今は違うのだ。

「いいや。俺達は……兄弟じゃない」
「え? そうなのか?」
「意外だなぁ」

 エリックとレイが口々に不思議そうに言う。イギリスは笑ってぬるくなったエールを呷った。
 それとほぼ同時に、ダーツを終えたアメリカがくるりとこちらを向いて声を上げる。楽しげで明るい笑顔付きだ。

「あー! アーサーずるい、俺にもちょうだい!」
「うるせえ、静かにしろ」

 飛びついてきた身体を押しやりながら新しく取ったコーラの瓶を手渡せば、子供のような無邪気さで一気に喉に流し込む。炭酸が痛くはないのだろうかと思うが、アメリカは気にした風もなく空になった瓶を返して寄越した。

「お前なぁ、自分で片付けろよ」
「いいじゃないか。あ、これももらうよ」
「こら! 手づかみで食うなってあれほど言ってるのにお前は……!」
「もー。アーサーは口煩いんだから」
「ほらこぼすんじゃない、ったくガキなんだから」

 フィッシュ&チップスに齧りついてもごもご口を動かすアメリカに、持ち前のお節介気質でイギリスがハンカチを取り出せば、ぽかんとした表情でこちらを見ていたレイが耐えきれなくなって思い切り吹き出した。隣のエリックも笑いを必死でこらえているのが見える。
 目を丸くするイギリスに彼らは口を揃えて言った。

「確かに兄弟じゃないな」
「何て言うか兄弟というより……」
『お母さん?』

 真っ赤になって固まったイギリスと、これ以上はないほど憮然としたアメリカを前にして、とうとう二人は笑い転げてしまっている。
 咄嗟にイギリスが振り返ってアメリカと顔を見合わせると、ひょいと肩をすくめた彼が口元に笑みを浮かべているのが見えた。
 ふいに楽しげな笑いが伝染するかのごとく何故かこちらまで笑みが零れてくる。苦笑が爆笑に変わるのも直ぐだった。

「ママンはないだろ、ママンは!」
 
 弾けるような笑い声に店内にいる全員の目がこちらを向いた。
 一瞬気恥ずかしさに押し黙りかけたイギリスだったが、アメリカが直ぐに耳元で囁いてきたのを受けて、大きく頷く。

 憧れのスクールライフ。青春のひと時。
 グラスを掲げる自分達は確かにどこから見ても今は学生なのだ。
 という事は。

 めいっぱい羽目を外しても大丈夫!






 翌日、秘書の冷たい視線を浴びながら課題のレポートと仕事の書類を必死に片付ける二人の姿があったとかなかったとか。




このたびは素敵なリクエストをどうもありがとうございました!
本当はもっと沢山、学生同士の会話や日常生活を盛り込んでみたかったのですが、どんどん長くなってしまって……。某英国幻想小説(ハリーポッター/笑)のようにスポーツするところなんかも書いてみたかったんですけど。それはいつかまたチャレンジしてみたいと思います。
少しでもご要望に添えましたでしょうか? 楽しんでいただければ幸いです。
もうひとつのリクエストの方も楽しく書かせて頂いていますv もう少々お待ち下さいませ!

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