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 紅茶をどうぞ
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[お題] 彼方には僕等の未来
 木立の美しいこじんまりとした公園だった。
 ニューヨーク郊外の閑静な住宅街。入り組んだ路地を抜けたところのちょっとした空き地が綺麗に整備されており、いつからか近隣の住人の憩いの場となっている。
 旅行者の知らない、地元の人間だけが愛用するそこが、最近の二人の待ち合わせ場所となっていた。


 いつも通り、約束の時間まで時計台の前の小さなベンチに腰掛け、単行本片手にのんびり暇を潰していたイギリスは、後方からの足音に気付いて顔を上げた。

「イギリス、待ったかい!?」

 息せき切って走り寄って来たアメリカが、そのままの勢いでイギリスの首に両腕を回してきた。力いっぱい抱きつかれて、危うくベンチごと後ろにひっくり返りそうになってしまう。
 慌てて目の前の身体にしがみつけば、信じられないことにその原因たるアメリカに思い切り笑い飛ばされてしまったのだからありえない。
 情けないという自覚はあるものの、憮然とした表情を隠しもしないで、思わずイギリスは怒鳴り声を上げた。

「お、おまえ、馬鹿野郎……っ!!」
「相変わらず貧弱だね!」
「いいから離れろ!」

 周囲の目を気にしてぐいぐいと押しのけると、アメリカは素直に従いながらもずっと笑い続けている。
 気味が悪いほど機嫌が良かった。

「なんだよ……なんかあったのか?」
「別に」
「きめぇ」
「なんだいそれ。ほんと口が悪いね君は」
「うっせ」

 言いながら本を鞄にしまい、ベンチから立ち上がるとイギリスは相変わらずラフなアメリカの格好を見て、お節介は自重!と思いながらも皺の寄ったトレーナーの裾を直してやる。
 一瞬嫌そうに眉を顰めたアメリカだったが、今日は本当に機嫌がいいのか抗議の言葉一つなく俯いたイギリスの頭を見下ろしていた。

「この後は夜まで俺に付き合ってくれるんだよね?」

 確認を取るように言われてしょうがなく頷く。
 実は三日前のメールでアメリカからこの日の午後はあけておくように打診されていた。イギリスとしては仕事も片付かない週の中日に、フラフラと自国を出てくるのは快く思わなかったが、昔からこの自分勝手で自己中心的な青年の「お願い」にはとにかく弱かった。駄目だ駄目だと思いながらも手は勝手に了解のメッセージを送信していたのだから、さすがに呆れ返ってしまう。

「平日に何の用だ? 週末じゃ駄目だったのか?」
「うん。彼女が今日じゃないと時間が取れないって言うからさ!」
「……彼女?」
「あれ? 言ってなかったっけ。先週からようやく付き合うことになった人だよ」

 さらりと言ってのけたアメリカの言葉に、一瞬イギリスは動きを止めた。それから何度かまばたきを繰り返して、目の前のやけににやけた顔をした青年を見上げる。
 あぁ、なるほど。楽しげに笑顔を浮かべていつも以上に上機嫌なその様子が腑に落ち、思わず驚いた表情のまま納得してしまう。
 そうか、恋人が出来たのか。

「良かったな」

 目を細めて祝福すると、イギリスは複雑な心境のまま穏やかに笑った。かつては自分の膝丈くらいしかなかった子供が、弟のように大切にしてきた彼が、恋人を自分に紹介してくれるのだと言う。
 育ての親としてこれ以上はない幸せな出来事だろう。
 素直に嬉しい。だが同時に、まだまだ子供だと思っていたアメリカが、急に大人びて見えた気がして少し寂しく思った。
 娘を嫁にやる父親の心境……? さすがにそれはないかと思い、イギリスは手にした鞄を抱えなおした。

「どんな子なんだ?」
「明るくて元気ないい子だよ。大学の二年生なんだ。すごく歌が上手くて、今はダンスの勉強もしてる。目指すはブロードウェイなんだって」
「へぇ。将来の目標があるっていうのはいいな。大変だろうけど応援してやらないとだ」
「君の国じゃ女性が定職に就くのは当たり前だもんね」
「あぁ」

 頷きながら、イギリスはアメリカに促されて公園をそのまま横切るように歩いて行った。
 大通りに出て少し行ったところにあるカフェで待ち合わせをしているのだと言う。
 どんな女性なのだろうか。これまでアメリカが付き合ったことがある女性はほとんど芸能界やらモデル業界やらの綺麗どころばかりで、素人には手を出さないところがあった。
 もちろんイギリスは彼の交友関係を全部把握しているはずもないので、中には普通の女子大生との付き合いもあったかもしれない。だが少なくとも噂になるような深い関係ではないはずだ。そういうものは自然と耳に入って来るものだし、フランス辺りは目敏いから気づけばすぐに余計な報告をしてくるに違いない。だから今回はかなり珍しいと言えるだろう。
 ―― なにより、わざわざこうして紹介してくれるのだし。

「お前からか?」
「うん。付き合おうって言ったらその場で即OKさ」
「相手もお前に気が合ったって事か。知り合ってどれくらい経つんだ?」
「一ヶ月。上司の娘さんがミュージカルのタダ券をくれてね。大学の演劇サークルが主催だったんだけど、彼女はその主役で。打ち上げに参加させてもらって、そのまま意気投合したんだ」

 アメリカは楽しそうに彼女とのいきさつを話しながら、普段よりも少しだけ早い歩調で歩みを進めている。まるで待ち合わせ場所までの短い距離すらももどかしいと感じさせるようで、イギリスは微笑ましく思いながらもやっぱり寂しいものなんだなぁ、と思った。
 これではすっかり父親(いや母親?)の気分だ。

 分かっている。もう親でも兄でも何でもないと言うことは。
 でも、自分と彼とを繋ぐ糸は過去にしかない……だから文句を言われようと拗ねられようと、こだわり続けてしまうのだ。どうしても無くしたくないと思ってしまうのだ。
 「元」がついていても、兄だった自分と弟だったアメリカがいて、今の自分達がいるんだと信じていたい。そうでなければ唯一の絆すら残されないことになってしまう。
 ただの同盟国、ただの友好国。そんな淡白な関係を築けるほど心に余裕がない。
 きっとこんな自分だからこそ、いつまで経ってもアメリカに鬱陶しいと言われてしまうのだ。けれどこの先も改善の余地はないだろう、とイギリスは思った。
 









「ハイ、キャシー!」

 カフェのテラスで雑誌をめくっていた若い女性が、手を振るアメリカに気付いてこちらを向く。
 一目見て可愛いと思った。美人ではなく、可愛い。目が大きくて、濃い目のブラウンの髪を長く伸ばし、すっきりと襟足でまとめている姿が好印象だった。
 立ち上がると身体にフィットしたシンプルなデザインのパンツ姿で、すらりとした均整のとれたプロポーションの持ち主だ。ダンスをしているだけあってメタボ大国の国民とは思えないスマートさだった。

「待ったかい?」
「いいえ、私もついさっき来たところ。……ね、フレディ。そちらが例の彼ね? はじめまして、キャサリン・ハーバーです」

 アメリカと軽くハグをして頬にキスをした彼女は、すぐにイギリスに向き直って実に愛らしい爽やかな笑顔でシェイクハンドを求めて来た。
 その礼儀正しさに感動しながら、イギリスもまた英国紳士としてのプライドを賭けてばっちりとキまるように、丁寧に差し出された手を取った。

「お会い出来て光栄です、ミス・キャサリン。アーサー・カークランドです」

 名乗りながら社交界で培われた所作で、すっと彼女の手を持ち上げてその甲に唇を落とした。
 するとキャサリンの顔がみるみる輝き、頬をバラ色に染めながら彼女はアメリカを見上げる。すぐさま期待に満ちた眼差しをイギリスに向け直し、こぼれるような笑顔を見せた。

「なんて綺麗なキングス・イングリッシュなのかしら!」
「ね、言っただろ? 彼ほど完璧な発音はないって」
「ええ、本当だわ。BBCのアナウンサーだってこれほど美しい発音はしないもの。貴族……いえ、王族だって顔負けよきっと!」
「良かったよ、ご期待に添えて。ちなみに彼はコックニーをはじめ方言だって得意だよ。なんでも聞くといい」
「ええ、ありがとうフレディ。最高だわ! さぁ、アーサー。もっと沢山お話しましょう。あなたの英語を是非聞かせて欲しいの」

 目の前で展開される二人のやりとりに、茫然としていたイギリスは、キャサリンの声にはっとなって瞬きを繰り返す。
 一体これはなんなんだろう……今日は驚かされてばかりだ。

「あー……アメ、アルフレッド。これは……」
「アーサー、ほら、もっといろいろ話しなよ。こんなに可愛い女性と話す機会なんて、潤いのない君の人生には珍しいことだろう? 遠慮せずにどんどん話して、さぁ!」
「お、おま、何気に失礼なこと言っんじゃねーよ!」

 アメリカの言葉についついいつもの癖で暴言が飛び出す。するとキャサリンが予期せぬ歓声を上げた。

「わぁ……今のがロンドン訛りっていうの? 凄いわ!」
「………………」
「ねえアーサー、貴方シェイクスピアはお好き? 良かったら一章節くらい朗読してくれないかしら。本はここに用意してあるわ」
「……え、えーと…………」
「リア王? それともハムレット? あぁ、それよりもロミオとジュリエットがいいかしら!」
「………………」

 こんな調子で三時間。
 素敵なカフェでのひとときはゆっくりと過ぎ去っていくのだった。













「楽しかったわ! 今日はありがとう、アーサー。貴方のような素敵な人に口説いてもらえないのが残念なくらいよ」

 さんざん話し込んだあと、リップサービスともども実に爽やかな笑顔を残してキャサリンは颯爽と席を立って行ってしまった。そしてそれを見送りながらアメリカもにこやかに手を振っている。
 去り行く背中をぼんやり見つめ、イギリスは戸惑いながらもアメリカに、追いかけなくていいのかと聞いた。

「え? なんで?」
「俺の事はいいから、このあとも彼女と一緒に過ごせばいいだろ? 遠慮すんなよ」
「遠慮、ねぇ……」

 アメリカはくすくす笑ってしばらくその場を動かずにいたが、イギリスがあまりにそわそわしているのに気付いて呆れたような顔になった。
 ふーっと深い溜息をついて肩をすくめる。そのまま彼は冷め切った珈琲を口にして盛大に眉をしかめた。すぐさまウエイトレスを呼んで長居を詫びつつチップを弾みながら、新しい飲み物を二人分注文して、向き直る。
 イギリスの方も折角今日は一日彼の機嫌が上向きなので、このまま下降してしまうのは嫌だと思い、慌てて言葉を続けた。

「いや、お互い予定あるもんな。俺が口を挟む事じゃなかった。悪い」
「いいよ別に」
「ところで今日のは一体なんだったんだ? 彼女、ブリティッシュイングリッシュに興味があるのか?」

 先ほどまでの遣り取りを思い出しながら疑問を口にすると、アメリカは再びおかしそうに笑いを浮かべた。
 運ばれてくる新しい珈琲と紅茶を待ってから、彼はようやく事情を説明してくれる気になったらしい。気を取り直したように足を組み替えて話し始めた。

「今、セレブの間で大流行なんだよ」
「なにが?」
「美しいイギリスの英語が。だからうちでは最近イギリス人が大人気なのさ。この前飲みながら俺にもイギリス人の知り合いがいるって話したら、会いたいって言われちゃって」

 まぁイギリス人って言うよりUKそのものだけどね、と言いながらアメリカはピッチャーのミルクを数滴たらして、カップをゆるく揺らした。
 その様子を眺めやりながらイギリスは、思わず頭痛を覚えてこめかみを押さえ、がくりと深くうなだれる。まったく一体どんな理由があったのかと聞いてみれば、これだ。
 それでも実にアメリカらしいと言えばアメリカらしい行動に、だんだんと苦笑が込み上げて来るのを止められない。きっと恋人の可愛い我侭を叶えてやりたかったんだろうなと思えば、相変わらず甘いと言われようとも、なんだかんだで結局彼を許してしまうのがイギリスだった。

「君の英語は天然記念物ものだからね」
「な……っ! うるせぇ!」
「でも綺麗だ。彼女も褒めていただろ?」

 さらりと零れた褒め言葉に、ぴたりとイギリスは動きを止めてみるみる顔を赤くした。言われなれていない言葉をまともに受けると、どうにも動悸が激しくなって困る。

「お前の恋人に褒められたってしょうがないだろ!」

 照れ隠しにぶっきら棒に言えば、アメリカは眼鏡の奥の瞳を丸くして、それからふっと意味深な笑みを浮かべた。
 戸惑うイギリスの顔をじっと見つめて、彼は両目を眇める。

「俺、恋人だなんて一言も言ってないけどね」
「……え?」
「勝手に邪推して勝手に妄想して。君って本当にエロいな!」
「な、な、な」

 突然の事に真っ赤な状態で言葉を詰まらせるイギリスを見据えて、さもしょうがなさげに両手を上げるアメリカは、それでもどこか楽しそうに見えた。
 険の混じらない瞳には悪戯が成功した子供のような表情が浮んでいる。わざとそれらしい発言を繰り返してイギリスを騙していたものの、こうもきれいに引っかかるとは思いも寄らなかった。そういう顔をしていた。
 まったく心底腹立たしいし、なにより悔しくて仕方がない。

「お前なぁ……人をからかうのもいい加減にしろよ! 俺は折角お前に彼女が出来たと思って祝福してやろうと思ったのに……」
「また保護者面かい? まったく……君こそいい加減にして欲しいよ。うんざりだ」
「……うっ……」
「それに……」
「……それに?」

 急に言葉尻を濁してトーンを落としたアメリカを不審に思って、イギリスは逸らされた視線を追うように腰を浮かせた。
 アメリカの目がもう一度こちらを向く。その眼差しが思いの他真面目なものだったので一瞬二の句が告げなくなった。鼓動が跳ね上がるのを感じながら知らず息を飲んで見つめてしまえば。
 ゆっくりと目の前の薄い唇が動いた。


 君はどうも色々鈍くて自覚がないようだから、そろそろこっちも本気で攻めないと駄目かもね。


「……え……?」

 小さく呟いてアメリカは席を立った。そしてきょとんとしているイギリスの前に置かれた伝票を手に取ると、さっさとレジに向かって歩き出してしまう。
 茫然としたまま無駄に広くなった背中に目を向け、慌てて立ち上がって後を追いかければ、ふと感じるのはなんとも言えないほっとした気持ち。
 イギリスは怪訝に思って自分の胸に手を当てた。
 言葉には出来ない小さな安堵感のようなものを感じている。何故だろう、そう思うが答えは出ないままだった。
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