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 紅茶をどうぞ
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[お題] 一言一言が宝物
 支配人に連れられて、わざわざ個室にある電話へと案内されたイギリスは、保留を解除して渡された受話器に耳を押し当てた。
 かすかな雑音に混じって小さな「あ」という声が聞こえてくる。それだけだったが相手がすぐに分かって、思わずイギリスは口元をゆるめた。
 遠い東洋の友人とは、このところ仕事も重ならずあまり会えてはいない。懐かしさを感じるほどではなかったが声を聞けるのは素直に嬉しかった。

「日本か? 俺だ」
『お久しぶりですイギリスさん。お出かけのところ急に申し訳ありません』
「いやいい。珍しいな、何かあったのか?」
『それがですね、本当に申し訳ないのですが……今、イギリスさんの家の前にいまして』
「え? それは……意外だな。お前が連絡もなしに来るなんて」

 思ってもみない日本の言葉にイギリスは目を丸くした。
 律儀で名高い日本が、これまで一度たりとも事前連絡を怠ったことがないことは経験済みだ。どんなに親しい相手でも面倒くさがらず、必ず都合を聞いてから来訪する。
 そんな彼がなんの断りもなく人の家に伺うなど、普段では考えられないことだった。
 それに電話に出る前から気になっている事がひとつ。日本はどうやってイギリスがこのスポーツクラブにいることを知ったのだろうか。
 上司はおろか近隣の住人にすら行き先を告げずに来たのだ。まぁスポーツバックからテニスラケットが見えたので通りすがりの何人かは、目的が何かは分かっただろう。だが居場所まで突き止めることはまず不可能だ。

 ――――― ただし、たったひとつの可能性を除いては。

「日本、お前一人じゃないだろ?」
『え? はい、そうなんです。実はロシアさんがご一緒でして』
「なるほどな……」
『ご自宅や携帯にお電話しても出られなかったものですから、今日はやめましょうと言ったのですが……行けばだいたい分かるからと連れて来られまして』

 少々ぼやくように日本は言って、ふぅと小さく息を吐いた。
 イギリスは肩を竦めて苦笑いを浮かべながら、傍若無人に彼を振り回したのであろう北の大国を思い浮かべて言葉を続けた。

「あいつが、俺はここにいるって言ったんだな?」
『ええ……なんでも「彼女たち」が教えてくれたのだとか。私には何のことかさっぱりでしたが、とにかくこの番号にかけろと煩く言うので。済みません、本当に』
「いや、気にするな。それにしても二人で出歩くなんて珍しいな」

 日本がロシアを苦手に思っていることは昔からよく知っている。公的な場で会うのは仕方がないが、プライベートの時間を共有しているとはあまり聞かない。隣国同士なのだからまったくないとは言えないだろうが、出来る事なら避けて通りたい相手だろう。
 無論、あの日本が真正面からそんなことを相手に伝えるとは思っていないが。

『実はフランスさんとの会談があったんです。それで昨日からヨーロッパに来ていたのですが、帰国前にイギリスさんにご挨拶をしようと思いまして。昨夜ご連絡するつもりでしたが……たまたまいらしていたロシアさんに捕まってしまって、そのまま時間が取れずにいました』
「そうか」

 困ったような、呆れたような、それでもほんの少しだけしょうがないな、という気配を交えて日本はそう言った。
 ロシアの強引さにすっかり呑まれているものの、やはり年の功なのだろう、態度に余裕がある。
 
『それで、もしご迷惑でなければ今夜、お夕食でもご一緒いたしませんか? ロシアさんもいらっしゃいますが』

 ちょっと皮肉気に、でも楽しげに続ける日本の後ろからくすくすと笑い声が聞こえて来た。途切れた声に耳を澄ませていると、少し遠くからロシアが話し掛けているのが聞こえる。

『駄目だよ。イギリス君は今、アメリカ君と一緒だもの』
『え、そうなんですか? もしもし? イギリスさん、アメリカさんもそちらにいらっしゃるのですか?』
「あぁ。テニスの相手をしてくれるって言うから、付き合ってもらってる」
『そうなんですか……』

 少々残念そうに日本が呟くので、イギリスは笑って言った。

「ちょっとロシアに代わってくれるか?」
『え? ロシアさんですか? 分かりました、お待ちください』

 戸惑った様子が伝わって来たが、すぐに日本が携帯電話 ―― おそらく彼のものだろう ―― を背後にいるロシアへと手渡すのが感じられた。
 間を置かずしてゆったりとした声が流れてくる。

『もしもしイギリス君?』
「お前、あんまり日本に迷惑掛けるなよ」
『別に迷惑なんて掛けてないよ。大丈夫大丈夫』

 開口一番の毒舌にもどこ吹く風で、ロシアは機嫌良さそうに笑いをにじませて答えた。
 きっと日本は困ったような顔で眉を顰めているんだろうな、と思いながらイギリスは続ける。

「まったく相変わらずだな……それより、今日はどうする?」
『どうするって? アメリカ君が一緒なら僕らと食事は無理でしょ。大丈夫、二人きりの時間を邪魔するような野暮な真似はしないよ』
「ばぁか。お前がいいなら夕飯一緒に食おう。アメリカの事は気にするな」
『……う~ん。僕はアメリカ君と一緒でもぜんぜん構わないけど、アメリカ君はきっとものすごーく嫌がると思うけどな』
「あいつもガキじゃないんだ、いい加減大丈夫だろ。お前さえ大人しくしてりゃな」
『酷いなぁ。僕ばっかり信用ないんだ?』
「お前がどうしても嫌ならアメリカは連れて行かない。お前が決めろ」
『え!? どうして? なんで僕? というかアメリカ君置いて来ちゃ駄目だと思うよ?』

 突拍子もない提案に驚いたようにロシアが声を上げた。
 それもそうだろう、普段だったら迷わずばっさりと一刀両断にする話題だった。
 アメリカとロシアの仲の悪さは全世界に広まるほど有名な話であり、本人たちはいたって何でもない顔をしているものの、周囲の国々を戦々恐々とさせるだけの迫力を持っている。
 イギリスや日本も、何度そのうすら寒い笑みを浮かべる彼らに頭を痛めたことか。
 数十年前に比べればだいぶ落ち着いてきたとはいえ、まだまだ油断は出来ない。ちょっと目を離せばすぐにでも火花が飛び散る。サミットなどのごく少数の国が集まる場などでは、それがより顕著に表れてドイツに呆れられ、イタリアに泣かれている始末だ。
 それがあらかじめ分かっているからこそ、日本はすぐに諦め残念そうに溜息をついたのだ。彼らがともに食事をとるシーンを思い浮かべただけでも、気苦労の絶えない彼は胃痛を覚えたかもしれない。
 それでもイギリスには理由があった。このまま黙ってロシアを本国に帰すわけにはいかない。

「……妖精がお前にここを教えたってことは、お前はあいつらに信用されているってことだ。当然この地の歓迎を受けていることにもなる。それなのに俺が追い返すことは出来ないだろ」
『うーん……でも、彼女たちはアメリカ君のことも大好きだと思うけどなぁ』
「そんなことは知ってる。いいから決めろ。どうする?」
『言ったでしょ。僕は彼が一緒でも全然かまわないって。むしろ日本君の方が大変だと思うけどね』

 くすくすと楽しそうに笑うのは、とうの本人にトラブルメーカーとしての自覚がある証拠だ。まったく分かっているのならもう少しまともな状況を作ればいいものを。忌々しい。
 イギリスは呆れかえったように天井を仰いで咳払いをすると、ふと思いついて問いかけてみた。

「それより、お前ら今暇か?」
『うん。夜まで日本君と一緒に君のお茶を御馳走になろうと思っていたから』
「そっか。ならさ、こっちに来ないか?」
『スポーツクラブに?』
「あぁ。テニスしようぜ。ダブルスだ。お前、出来るだろ?」
『えー……僕、運動苦手なんだけど』
「いいから来い。日本はどうだ?」
『ちょっと待ってて。ね、日本君、イギリス君が一緒にテニスしようだって』
『え? テニスですか? ……わかりました。ここはひとつ、手塚部長も真っ青なくらい頑張りましょう!』
『テヅ……? なんだか知らないけど頑張るって』
「じゃあ待ってる。受付に俺の名前を言えば通して貰えるようにしておくから。ウエアもラケットもこっちで用意する」
『アメリカ君の嫌がる顔が目に浮かぶようだなぁ』
「大人しくしろよ。じゃ、またな」
『うん』

 最後にありがとね、イギリス君。という言葉を残して通話は切れた。




* * * * * * * * * * * * * * *





 テニスコートに戻ると、退屈な様子でアメリカがボールを弾ませていた。
 上手くバランスを取りながら何度も宙に浮かせてはガットで受け止めている。あまりにも暇そうなその様子になんだか申し訳なく思った。

「アメリカ」

 呼びかければ拗ねたような顔で振り向いて、彼は片手で落ちて来たボールを掴んだ。こういうところはまだまだ子供だよなぁと思いながら小走りで寄って行くと、「遅いよ!」と非難がましく言われた。

「待たせて悪かったな」
「日本、なんだって?」
「あいつ今こっちに来てるんだ。夕飯食おうって言うからさ、どうせなら一緒にテニスしないかって誘ってみた」
「へぇ、いいね! 俺も彼と会うのは久しぶりだ」
「で、な」

 楽しげに笑ったアメリカの様子を見ながら、イギリスは言葉を濁した。
 今日は会った時から彼は機嫌がいい。いつも嫌味ばかり言ってこちらを辟易とさせる口調も鳴りを潜め、イライラさせられるようなこともなかった。
 だからイギリスも、このまま一緒にテニスをして、腹が減ったら食事を共にして、アメリカが泊まれるようなら今夜は自宅で秘蔵の酒をあけて、二人でゆっくり飲もうと思っていたのだ。
 こんなふうに落ち着いて過ごす日は珍しい。最初アメリカの顔を見た時こそ口煩く咎めてしまったが、それ以降は楽しくて仕方がなかった。
 きっと今ここでロシアが来ることを告げたらたちまち不機嫌になるに違いない、そう思うと気分が重く沈んでしまいそうになったが、誤魔化せるものでもなし。そもそも約束もなく勝手にやって来たのはアメリカの方なんだし、と無理やり心の中で言い訳を重ねていると、黙りこんだイギリスを不審に思ってアメリカが顔を覗き込んで来た。

「君どうしたの? 急に大人しくなってさ」
「あ……いや、そのな。日本と一緒にロシアも来るんだ」
「え、ロシア?」

 唐突に出た名前にアメリカは眼鏡の奥で瞳をまたたかせた。それからすっと細めて怪訝そうに問い返す。

「彼も一緒なんだ」
「あぁ」
「ふーん。テニスなんて出来るのかな?」
「さぁ……国民は強いけど、あいつ自身はどうなんだか」
「ま、別にどうでもいいけどね。じゃあ夕食も一緒に?」
「そうなるな」
「へぇ。よく君OK出したね」

 言外にロシアのこと嫌ってるんじゃなかったの?とでも言いたげにアメリカは唇の端を釣り上げた。
 嫌な笑い方だ。そう思ってイギリスは小さく溜息をつくと、なるべく落ち着いた声音で問いかける。

「お前はどうする? 良かったら俺達と一緒に……」
「そうだね。せっかくここまで来たんだし、このまま帰るのもつまらない。……いいよ、一緒に行こう。食事は大勢の方が楽しいからね!」
「いいのか?」
「当り前だよ。それに俺、ロシアと会うのも久しぶりだから楽しみだよ」
「へ?」

 思ってもみないことを言われて間抜けな声を出したイギリスに、アメリカは打って変って実に楽しそうに明るい笑顔を見せた。
 言葉通り彼の瞳がこの上なく輝いている。

「彼とは外交以外、プライベートで会う機会もないしね。同じテーブルで食事だなんて、本当、心底楽しみでたまらないよ。きっとロシアもそう思ってるさ」
「……いや、それはどうだろ……」
「それに彼には聞きたいことが山ほどあるしね。まぁその前に話せるほど余裕が残っていたらだけど。彼、慣れないテニスでグラスの上に沈んじゃうかもしれないしね」

 スカイブルーの眼差しが心なしか冷たく光って、イギリスは咄嗟に引き攣った顔で一歩後ろに下がった。なんだか非常に嫌な予感がする。
 これはまずいかもしれない……と思わず心の中でぼやきながら、数少ない貴重な友人の顔を思い浮かべて、彼は最大限の謝罪を込め小さく呟いた。

 済まない日本、と。





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