紅茶をどうぞ
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[お題] 今日も静かに時を刻む
[ 注意 ]
二人とも病んでいます。
それと英 →|← 露で越えられない壁があります(笑)
苦手な方はくれぐれもご注意下さい。
赤いバラの咲き乱れる庭の片隅に彼はいた。
むせかえるような香りに包まれたまま、剥き出しの土の上で丸くなっている。
白い肌に赤い影が落ちて奇妙なほどに美しい。
身動きせずただ横たわって、そのまま ―――― まるで死体のようだと思った。
歩み寄るとプラチナ色をした少し長めの髪の毛が、妖精たちのたてる涼やかな風にふわりと揺れた。
固く目を閉ざしたその容貌は触れれば冷たさを感じそうなほど、血の気がまるでない。どこか無機質で硬質なビスクドールを思い出させる。うっすらと色を乗せる唇は呼吸すら危うげに、かすかな震えも伝わってはこなかった。
大きなからだに見合った、広い肩幅と長い手足、手のひら。それらを窮屈そうに折り曲げ子供のように丸まって、まるで何かから身を守るようにして眠りに落ちている。
感情をそぎ落としたような気配はしかし、暗闇を怖がる幼子のような頼りなさを感じさせた。
暴力によって打ちのめされたことがある者の寝方だと思った。
無抵抗に殴られ、逆らうことも許されず、ただひたすら耐えなければならなかった者の哀れな眠り方だ。痛みを恐れ、傷つく自身をなんとか庇おうと必死で、流れ出る血をとどめようと泣きながら抱え込んだ身体。
ここにいるのは安らぎとは程遠い、祈りの声も届かない暗闇に浸された眠りしか与えられなかった子供だ。
そっと近づいて地に膝をつき腰を屈める。横たわる顔を覗き込むとイギリスは、彼が胸元で握りしめている小さな瓶と拳銃に気が付いた。
小瓶の方は白い錠剤が半分ほどなくなっている。
こんなものに頼らなければ眠りにつけない可哀相な子供は、人一倍気配に敏感で、臆病で、そして無邪気だった。
手をのばしてさらりとした髪を梳く。穏やかな寝息すら聞こえないほど深い深い眠りの底で、一体彼はどんな夢を見ているのだろうか。
ゆっくりと指先で目元をなぞり柔らかな頬をたどる。こめかみから耳の裏側に髪を流し、そのまま首筋に触れるとかすかにぬくもりが感じられた。
絡んだマフラーをするりとほどき、遠慮なくさらされた白い首を見つめていると、そこにかつては刻まれていたのであろう醜い痣が見えるようだった。
無意識にイギリスも自分の喉を押さえる。
はるか昔、支配者の手によって鎖につながれた記憶が蘇る。思い切り引っ張られると気管が詰まって目の前が真っ赤になるほど苦しかった。もがけばももがくほど食い込み、皮膚が裂け、爪が割れた。
悲鳴すら出ないほどの圧迫感に幾度気を失っただろう。
彼と自分は似ている、そう思ったのは何も今に始まったことじゃない。下らない同情などは持ち得なかったが、何を考え何を求めているのかは嫌と言うほどよく分かる。
だからと言って傷を舐めあうことも癒しあうこともせず、感傷に付き合うような愚かな真似もしなかった。
ただ、時折思うのだ。
どうしようもなく、思うのだ。
両手を彼の首に押し当て、指を回す。
親指で喉仏を押さえてそのまま思いきり体重をかけ、締め上げたら。
この可哀相な子供に、安らかな眠りを与えることが出来るのだろうかと。
あぁでも、それは浅はかなエゴに過ぎない。
自分も彼もそんなことは望んでいない。
望んではいけないはずなのだ。
イギリスは身動きのしない彼の胸に、自分の頭を乗せた。そのまま冷たい土の上に横たわり、なんの温かみもない身体に身を寄せた。
彼からは何も伝わってこないことに気付いたのはいつからだったろう。体温も、香りも、言葉も。
こうして傍に寄り添ってもバラの香りだけが強く二人を包み込み、彼の匂いも気配も少しも感じられなかった。
目を閉ざしてしまえば、まるでたった一人でここにいるようだ。
どんなに近づいても決して交わることはない。いっそ滑稽なくらい不似合いだった。
ぽつぽつと雨が降ってくる。
空が泣いている、それなのに自分たちは涙も流さずにこうやって心を捨てていく。
目覚めれば彼はきっとまた、イギリスをその世界から締め出してしまうだろう。そしてイギリスもまた、変わらず彼を置き去りにするのだ。
それなのに。
愛せるはずもないのに、愛して欲しいわけでもないのに。
「……、しい……」
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ざぁざぁと音がする。
濡れた土の匂いと強いバラの香り、そして頬を打つ雨。
降り注ぐ冷たさにゆるゆると両目を開いていけば、目の前に飛び込んできたのはくすんだ金色の頭だった。
一瞬置かれた状況が判断できず、ぼんやりとそれを眺める。それから徐々に自分が今いる場所はどこなのか、そしてこちらに身を寄せて同じように横たわっているのは誰なのかを理解してゆく。
いつからいたのかは分からなかった。だが髪も服もずぶ濡れているところを見ると、この雨が降り出しはじめた頃だろうと予想がついた。
物好きな。
そう思いながら上半身を起こすと、込み上げてくるのは強烈な吐き気だった。
この一週間大量の睡眠薬以外、胃に何も入れていない。そのためどんなに吐こうとしても何も出ないのは分かっている。それでもえずき、雨と泥に混じって流れる唾液を手の甲で拭うと、苦しさゆえに知らず涙が込み上げて来た。
肩で息をして胸元に手を当てれば、握りしめていた銃の固い感触を思い出す。そっと黒塗りの銃身を頬に当てるとすぅっと気持ちが落ち着いて、強張っていた力が身体から抜けていくのを感じた。
乱れた呼吸が落ち着いてから、もう一度傍らを見遣る。イギリスは雨に打たれたまま目覚める気配もなく泥にまみれていた。
その手が小さな瓶を握り締めているのに気付いてロシアは眉を顰める。そっと手を伸ばして取り上げると、中身は空っぽだった。
まさか残りを全部彼が飲んだのだろうか?
確か自分は半分だけ飲んだはずだ。それだけでも普通の人間ならば十分致死量だったが、薬物に慣れた自分にはたいした効き目もない。ささやかな眠りを誘うだけのものだが、他の国のことは知らなかった。
ましてイギリスが自分と同じ量を飲んで、どうなるかなど。
「……ねぇ、起きて。起きて、イギリス君」
濡れた肩を揺さぶると、弛緩した身体が人形のようにがくがくと前後した。
その様子にロシアの瞳が見開かれる。
「ちょっと、ねぇ、君どうしたの? 起きてよ、イギリス君!」
嫌な予感がして慌てて彼の身体を抱き上げ、激しく揺すった。だがイギリスはぐったりとしたまま何の反応も示さない。
雨足はさきほどから勢いを増し、肌を叩いて痛いくらいだ。
水の音はロシアの声を掻き消すだけで彼に届いているのかどうか、分からなかった。ただ、イギリスは目を覚まさない。それだけだ。
遠くで雷が鳴っていた。
見渡す限り青白い水のカーテン。
灰色の重たい空と、たわんで歪められたバラの花。
まるで喪われたなにかを嘆き悲しんでいるかのように。
「やだなぁ……これじゃ心中みたいじゃない」
二人で睡眠薬を飲んで、さようなら。
それなのに片方は生き残ってしまいましたという、お笑い種な三文芝居。
古いドラマの筋書き通り。
そうだこれは、ロミオとジュリエット?
「馬鹿みたい」
呟いて、ロシアはイギリスの身体を抱きしめ直すともう一度その場に横たわった。泥水に沈みながらゆっくりと両目を閉ざせば、静かに刻まれるイギリスの鼓動が確かに伝わってくる。
冷静に考えてみれば、こんな事ぐらいでどうにかなるような自分達でもあるまいし。
それでも心の内側をひやりと撫でられたような、一瞬の焦燥。
それと共に感じた言いようのない安堵感に、自分は彼の死を願っているのだろうかと疑問に思った。
違う。
願うのは彼の死ではない。
願うのはただ。
深く深く、どこまでも。
誰にも邪魔されず静かで穏やかで、ただ独り。
誰からも傷つけられることなくゆっくりと、怯えることなく、ゆるやかにただ眠りたい。
「そんな日が来ればいいのになぁ」
世界が一つになる日が来たら、きっと孤独も感じずただ安らかな眠りだけが訪れるに違いない。
傷つけるものなどなにもない世界で、目覚めなくても済むような眠り。でもきっと寂しがり屋な彼は泣くだろう。一人は嫌だと、寂しいと、きっと泣くに違いない。
「だって、ほら」
今も雨は強く降り続いている。
この国の空は強がりで臆病な彼の心を映す鏡。だからいつだって雨模様で曇り空なのだ。
そしてそんな彼と共にあれば、自分はきっとこの地に雪を降らせてしまうだろう。凍てついた北の風を呼び寄せ、雨はやがて雪に変わり、一面を白く白く染め上げる。
人も木々も凍りついて溶けることのない氷の世界になってしまうかもしれない。
「……それにどうせ君には、彼がいるしね?」
明るく澄み渡った、空の色の瞳を持つ青年の笑顔が思い出された。
イギリスが誰より愛し誰より求め誰より憧れる彼がいる限り、この国には必ず春が訪れるし、厚い雲の切れ間から青空だってのぞくだろう。
―――― だから。
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