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 紅茶をどうぞ
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[お題] 夜中に突然会いたくなる
 呆然とするイギリスの前で、アメリカは笑顔のまま「荷物落ちてるよ」と言いながら足元でひっくり返っているスポーツバッグを拾い上げた。
 はい、と渡され大人しく受け取ったものの、イギリスは眉間に皺を寄せて突然の来訪者を睨み据えた。

「お前な、前から言ってるだろ。人の家を訪れる時はちゃんと前もって言えって」
「だから今さっき電話したじゃないか」
「はぁ? あれがそうだって言うのか?」
「当たり前だぞ。意味もなく君なんかに電話するわけないじゃないか!」

 偉そうに腰に手を当てて胸を反らせるアメリカは、「そんなことよりさっさと行こうよ!」と言って急にイギリスの腕を引いてきた。いきなりの事にバランスを崩しかけながらたたらを踏む。

「な、なんだよ? どこ行くんだ??」
「どこってテニスしに行くんだろう?」
「……まさか、お前も来る気か?」
「壁打ちなんて寂しいじゃないか。ヒーローである俺が特別に相手になってあげるよ」

 やけに上機嫌に宣言するアメリカを見上げて、イギリスは戸惑いながらもじわじわと嬉しいような、楽しいような気持ちが湧き上がってくるのを感じた。
 いつもだったら人を罵倒する言葉ばかり浴びせてくるアメリカが、憎まれ口を叩きながらもこうしてイギリスに付き合ってくれるのだと言う。滅多にない状況に否が応でも期待してしまうのを止められない。
 困惑しながらも嬉しそうに口元を綻ばせて、イギリスはぐいぐいと腕を引っ張るその背中を見つめた。
 
 彼とテニスをするなんて、いつ以来だろう。もしかして純然たるプライベートでは初めてのことじゃないだろうか。
 各国が会議などで集まった時に、ちょっとした息抜きで何度か試合したことはある。アメリカとも数回打ち合いをした記憶はあった。
 だがそれ以外ではお互いなんだかんだで忙しかったし、素直になれない性格ゆえ、気軽に誘いをかけるような間柄でもない。まれにティータイムを過ごす事はあっても、外に遊びに出かけるようなことはこれまでほとんどなかった。
 だからなのだろう、どうしようもなく自然と顔が緩んでしまう。

「お前には負けないからな!」

 そうやって声を掛ければ、首だけ振り向かせたアメリカがにやりと笑った。けれどそれもまたいつものような意地悪なものではなく、子供みたいに無邪気なものだ。

「あとで泣いたって知らないからね!」
「誰が泣くか、ばぁか!」

 ぎゃいぎゃいと騒ぎながら庭を抜けて通りへと向かう。
 妖精たちが『いってらっしゃーい』と声を掛けてくるのに応じながら、イギリスはアメリカと共に自宅をあとにした。




* * * * * * * * * * * * * * *





 地下鉄を利用して約20分。
 ロンドン市内にある某スポーツクラブは、こじんまりとしているものの充実した設備で身体を動かせることの出来る会員制のクラブだった。
 もう何年もここへは来てはおらず、すっかりご無沙汰になってしまっていたが、それでもクラブ側の人間のもてなしは上品かつ最高のものだ。受付で名前を告げればすぐに支配人が顔を覗かせる。丁寧な応対のあと、イギリスとアメリカは落ち着いた雰囲気の廊下を案内され、緑が鮮やかなグラスコートを目の前にした。
 途中アメリカのためにウエアとラケットを借り受け、更衣室にて着替えは済ませてある。
 ゴルフのグリーンと同じく芝を敷き詰めたこのコートは、維持管理が大変なため今では本場イギリスくらいでしかお目にかからなくなってきた。だが伝統ある大学などでは未だに綺麗に整備され、愛されている。
 
「ごゆっくりお楽しみ下さいませ」
「あぁ、ありがとう」 

 好きなだけ利用してもいいという許可を得て、二人は早速コートへと入って行った。芝は美しく揃えられ手入れも完璧に行き届いている。
 アメリカは慣れない感触を確かめるように幾度が足踏みをすると、手にしたボールをポンと弾ませた。

「懐かしいなぁ、この感じ」
「お前のところも前は芝だったのにな」
「そうだね。管理は大変だけど嫌いじゃなかったよ」

 以前はアメリカやオーストラリアでもグランドスラムの試合は芝の上で行われていたが、今ではすっかり姿を消してしまっている。
 イギリスはもうずっと長いことグラスコートを使用しているため、馴染んでいてあまり他でプレイすることを好まなかった。アスファルトなどで作られたハードコートは球のスピードはアップするが、その分選手への負担も大きい。優しく衝撃を吸収してくれる芝の上に比べたら段違いで、靴の底の減りも早かった。
 以前、日本などで普及した人工芝も嫌いではなかったが、水分を含んだ時に滑りやすく足元が安定しないところがあった。なにより使用後は産業廃棄物になってしまうので、使用している国は少ない。

「やっぱり本物がいいな」

 呟きながらイギリスはトントンとその場で軽くジャンプを繰り返し、ウォーミングアップとばかりにラケットを振った。
 長いことプレイしていなかったが、馴染んだ感覚が身体の隅々に戻ってくるような気がする。

「とりあえず軽くラリーでもするか」
「いいよ。サーブは君からどうぞ」

 アメリカがボールを投げて寄越した。メルトンで包まれたそれは鮮やかな黄色をしている。さすがにボールまで白を使用していたら、古臭いと言われてしまうんだろうな、と思いながらイギリスはポンと軽く宙に投げた。
 ふわりとした動作でラケットを振り上げ、打つ。
 コン、といい音が響いてボールは孤を描いてアメリカの方へと吸い込まれるように飛んだ。
 すぐさま打ち返され、また打ち返す。
 身体を慣らすように二人で打ち合いを続けて行くと、だんだん全身に血が巡り始め、温かくなって来た。

「やっぱり身体動かすのはいいなぁ」
「最近君は引きこもりだったからね。そのうち杖でもつくんじゃないかと心配していたんだぞ!」
「うるせぇ! まだお前みたいなガキには負けねーよ!」

 声を荒げながらわざとコーナーギリギリを狙って打ち込んでやる。反射的に腕を伸ばしたアメリカのラケットを掠めて、ボールはラインの危ういところを弾んで背後へ流れた。

「いきなりずるいぞ!」
「ちょっと甘かったけどまぁまぁなコントロールだったな」
「ライン狙いなんて、本当イギリスらしい嫌味たっぷりなプレイだよね」

 転がるボールを追いかけながら、やれやれと肩をすくめてアメリカがぼやく。でもその唇には楽しげな笑みが浮いていた。
 急な訪問で何事かと思ったが、なんだかんだでこうして付き合ってくれるし、楽しんでいるのが分かる。それが素直に嬉しかった。
 イギリスもまた笑いながら腰に手を当てる。ラケットを真っ直ぐ相手に向けるとこれ以上はないくらい偉そうに言ってやった。

「俺から1セットでも取ってみやがれ!」
「は、言ったね。いいよ、あとで泣いたって知らないぞ!」

 背筋を伸ばして受けて立つとこちらを見据えたアメリカに向かって、イギリスはポケットに忍ばせていたコインを一枚取り出し、爪先で弾いた。キン、と乾いた音と共に銀色の光が宙を舞う。
 上手に手の甲で受け止めたアメリカの「サーバーは俺からだ」という声に続いて、久々の昂揚感に意気込みながらラケットを構え直した。
 負けず嫌いが二人、馬鹿みたいに張り合って、さあゲームスタートだ。


 ―――― が、しかし。

「アーサー様、宜しいでしょうか?」

 ふいに声を掛けられ戸口の方を振り向くと、支配人の姿があった。何事かと思ってイギリスは気付かれない程度に舌打ちをすると、アメリカに済まないと手を上げて慌ててそちらに走り寄って行った。

「なんだ?」
「プレイ中申し訳ございません。本田菊様とおっしゃる方からお電話でございます」
「……に、……キクから?」

 日本、と言いかけて慌てて言い直し、イギリスは思わず怪訝そうな表情を浮かべた。
 今日ここへ来る事は誰にも告げていない。アメリカと偶然会わなければ夜まで一人で過ごすつもりだった。
 それなのにどうして日本がこの場所に電話をかけて来るのだろう。スポーツクラブにいることをどうやって知ったのだろうか。
 いぶかしんでいると背後からアメリカの気配が近付いてきた。どうしたんだい?と問いかけてくる。

「菊から電話みたいだ」
「へぇ、彼から? 君連絡したのかい?」
「いや。なんであいつ、俺がここにいるって分かったんだろ。……とりあえず出てくる!」

 言い置いてイギリスは支配人と共に建物の中へと入って行った。
 途中ちらりと振り向くと、つまらなそうにアメリカがラケットをくるくる回している姿が見える。
 機嫌が悪くならなければいいんだけど、と柄にもないことを思ってイギリスは誰に知られる事もなく小さな溜息を漏らした。





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