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 紅茶をどうぞ
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[お題] この思いをなんと呼ぼう
 頭が痛い。
 割れるように痛んで、思わず両目を閉ざしてこめかみに指を当てたが、そんなことで和らぐようなものでもない。
 深くため息をついてとりあえず近くの椅子を引き寄せて座ると、知らず大きな音を立ててしまい眉をひそめる。いつもアメリカに対して口煩くマナーを説いている身としては、こんな失態、見せられたものではなかった。

 何日か前から体調が悪く、脳裏はかすみがかったようにすっきりしなかった。今日はとうとう上司に心配されてしまい、顔色が悪いからと無理やり早く帰された。
 今、国内の経済は安定しているし大きな災害もない。具合が悪くなるような要因は思い当たらなかったが、それは国としてみればの話で、個人レベルで言えば過密スケジュールの上に遠出することが多く、移動時間の長さに疲労が溜まりはじめていた。
 あまり自分では実感していないが、身体は普通の人間と同じ構造を持っているのだ、忙しさゆえに酷いストレスを感じているのだろう。

『イギリス、大丈夫? 頭痛い?』

 妖精たちが心配げに周囲を飛びまわり、気遣わしげに声を掛けて来た。
 採れたての蜂蜜や優しい香りの花々を手に、彼女たちは心地良い歌を囁きながらイギリスを癒そうとしてくれる。

「あー……平気だ。少し休めば治るだろ」
『お仕事まだあるの?』
「いや。帰れって言われた」

 頭上で手を組みぐっと背を反らせて伸びをすると、背骨がぱきんと音を立てた。あぁもう年だなぁと虚しく思いながらも、最近はちっとも外の空気を吸っていないことに気付く。
 スポーツらしいスポーツも行わず、気付いたらもう何年も身体をまともに動かしていなかった。その事実に愕然とする。

 昔は否応なしに戦場に出て泥まみれになって駆け回っていたし、大航海時代は船の上で荒れ狂う過酷な自然に立ち向かった時もある。その後に訪れた平和な時代でも、貴族たちにまじって馬にまたがり、狩りに興じたりクリケットに夢中になったこともあった。
 だが今はどうだろう、毎日デスクワークに忙殺され、たまの休みは書庫に籠って読書三昧。時々庭いじりをするものの昔ほど大庭園を造園する気力もなく、お気に入りの紅茶片手にぼんやり空を見上げる事が多くなった気がする。
 これではまるで、身も心も「老大国」そのものだ。アメリカの皮肉を笑い飛ばせやしない。近代スポーツ発祥の地としてはいささかショックだった。

 思えば身体のだるさも鈍い頭痛も運動不足から来ているに違いない。思いきり外で動けばきっと気分も晴れるだろうし、澱のようにたまった疲れも吹き飛ぶはずだ。さんざん運動した後の疲労ならば眠りも深いし、なにより気分転換にもなる。
 そうと決まれば水泳だろうがテニスだろうが、とにかくなにかスポーツをしたくてたまらなくなった。確か日本では「思い立ったら吉日」という言葉があるんだったよな、と思いながら立ち上がる。

『イギリス、どうしたの?』

 急に明るい表情を浮かべたイギリスに、妖精たちが不思議そうに小首をかしげた。あいかわらず可愛らしい。
 そんな彼女たちにちょっと出掛けてくる!と言い置いて、彼はスポーツウエアを取りに自室に向かった。




* * * * * * * * * * * * * * *





 どの国も、よほどのことがない限り自らの使用するものは、自分の国民が経営しているメーカーのものが多い。自国のブランドを愛用するのは当然のことだ。
 むろん、それはイギリスも例外ではない。むしろ彼はどこよりも伝統と誇りを重んじ、尊敬の念を持ってそれらを大切に身につけ、用いて来た。
 しかし最近ではアメリカやEU諸国に資本を移し、姿を消してしまったブランドも少なくない。自動車メーカーをはじめ、さまざまな会社が海外に拠点を移してしまっていた。寂しく思うがこれもまた自由主義経済の中では仕方がないことであり、グローバル展開していくこともまた誇らしいと思えばそれで良い。
 
 イギリスはクローゼットの中からカールトンのラケットと、フレッドペリーのテニスウエアを引っ張り出して、それを広げてみた。知人に貰ったまま使用せずにしまいこんでいたため綺麗なものだ。
 真っ白なウエアはグラスの上で一番美しく映える。グランドスラムのひとつ、ウィンブルドンでも頑なに白を守り続けてきた英国ゆえに、イギリス個人もこれまで白以外を身につけた事はない。
 カラフルなウエアが流行し出した現在、それは古臭いと言われてしまっているが、それでも伝統と格式を重んじて来た自国の文化を大切にしたい気持ちはいつまでも変わらなかった。
 
 とにかく今日は久しぶりにテニスをしようと決めて、あれこれ支度をしていたところ、上着のポケットに入れていた携帯が着信を知らせる振動を伝えて来た。
 緊急の仕事でも入ったのだろうかと慌てて取り出して見てみると、アメリカからのものだった。間の悪い奴だとむっとしながらも、さすがに無視するのも憚られて仕方なく出る。

「なんの用だ?」
『うわ、唐突だね。友達のいない可哀相なイギ』
「二度とかけてくるな」

 ブチっと通話を切ると忌々しげに携帯をしまう。スポーツバックに荷物を詰め込み、ラケットのガットの張りを確かめていると再び携帯が震え始めた。
 放っておきたいがブルブル震えっぱなしなのも鬱陶しい。しょうがなくもう一度電話に出てやると、アメリカの『君、いきなり切るなんて信じられないよ!』と叫ぶ声が聞こえてきた。

「うっせーな! 手短に用件だけ言え。5秒待ってやる」
『君ねぇ。いい加減その性格直したらどうだい?』
「切るぞ」
『待ってよ。今日仕事早退したんだって? さっきテムズハウスに寄ったら小耳に挟んだんだ』

 イギリスの本気を感じ取ってか、アメリカが咄嗟に静止をかけながら言葉を続けた。
 どうやら意外なことに、彼は今ロンドン市内にいるらしい。

「なんだ、お前こっちに来てるのか」
『うん、急な仕事でね。折角来たんだから寂しがり屋なイギリスの顔でも見て笑ってやろうって思ったんだけど』
「帰れ。このクソガキ」
『あーはいはい。それでどうなの? その分だとさほど深刻そうでもないみたいだけど』

 軽い口調だったが、こちらの体調を聞いてくるアメリカに、珍しいこともあるもんだと思わず感動してしまう。さんざん空気が読めない奴だと思ってきたが、外見だけでなく中身もそれなりに成長を遂げて、知らないうちにこうして他人を気遣うことを覚えてきたのかもしれない。
 親代わりとして子ども扱いする気持ちが抜けきらなかったイギリスとしては、少々忸怩たる思いがあった。
 もちろん、アメリカお得意の憎まれ口は忘れずに添えられていたが。

『てっきり引っくり返って頭でも打って悶絶して大騒ぎしてるんじゃないかと、心配してあげたのに。残念だなぁ』
「残念がるな! ったく、頭痛が三割増しになったじぇねーか!!」
『それはきっとまずい食事ばっかりとっているせいだよ』
「人の食生活いちいちけなしてんじゃねーよ! あーもう、これから出掛けるって時にとんだ災難だ……」
『え? どこへ行くんだい?』
「んー……ちょっとテニスしに」
『テニス?』
「最近運動不足だから気分転換でもしようと思ってな。身体動かせば少しはすっきりするだろ」
『年寄りが無理をするのは良くないと思うぞ』
「年寄りって言うなぁ!!」

 いい加減会話に疲れてどなり声を上げれば、余計に気分が滅入った。アメリカと会話をすると本当に碌なことにならない。
 イギリスは着替えを詰め終わったバッグを肩に掛けると、クローゼットの扉を閉めて自室を後にした。耳に当てている携帯電話からは相変わらずどうでもいいアメリカの声が流れ続けていたが、適当に流しながら据え置きの電話の所へ行き、ラックから電話帳を取り出すと昔に利用していたスポーツクラブの番号を調べ始めた。

『……ねぇ、ちょっと君、聞いてる?』
「あーうんそうだなー」
『なんだいその生返事は。まったくボケちゃったのかい? これだから老大国は……』
「お、あったあった」
『……なにがだい?』
「ちょっと電話するから待ってろ」

 アメリカとの通話をそのままに、携帯を脇に置くとイギリスはアンティークと言っても過言ではない、昔からこの場所にあった古い木製の電話の受話器を取り上げた。
 スポーツクラブの番号に掛ければ、受付の女性の快活な声が聞こえてくる。名前を告げてテニスコートの空きを尋ねると、丁寧な口調ですぐにご用意しますと言われ、30分後に予約を取り付けた。だいぶご無沙汰だったが恐らく特別に取り計らってくれるよう、言い含められているに違いない。
 VIP対応もこういう時には便利だよな、と思いながらイギリスはさっさと出かけようと玄関に向かった。

『イギリス、いいの?』

 途中妖精が心配そうに尋ねて来るので、不思議そうにそちらを見上げると、彼女たちは電話の横に置きっぱなしになっていた携帯電話を指さしていた。

「……忘れてた」

 慌てて戻って耳に押し当てると、ふー……とこれ以上はないくらい呆れ返った溜息が聞こえて来る。

「悪い、アメリカ」
『もういいよ、君の忘れっぽさには慣れてるから』
「あぁもう! 用がないなら切るぞ?」
『せいぜい年寄りの冷や水にならないよう気をつけなね。じゃ』
「うるせー!」

 ぷつんと途切れた通話。あとは規則正しい機械音のみが流れてきた。
 一体なんだったんだと怪訝そうに眉を顰めながらも、イギリスは取り敢えず上着のポケットに携帯をしまうと再び玄関を目指した。
 今度こそ忘れ物はないよな、と一応確認をして、見送りの妖精たちに手を振って外へと出ようとドアを開けた。

 そして。

「やぁ!」

 目の前には澄み渡った空よりも無駄に爽やかな笑顔のアメリカがいて、手にしたバッグがぼとりと落ちる。
 本当に、なんでこいつはアポイトメントを取るという、常識的なことが出来ないんだ……親の顔が見てみてぇ。あ、俺か。
 というお決まりなやりとりを脳内で繰り広げながら、イギリスはこめかみをおさえて今日何度目か分からない溜息を、深々とつくことになった。





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