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 紅茶をどうぞ
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[お題] 夢と現実の境界線
 うたをうたってよ。
 こもりうたでもなんでもいいから、うたがききたい。
 イギリスのうた。
 イギリスのこえ。
 きいてるととってもあんしんするんだよ。

 いいゆめが、みられるんだよ。






 差し込む月明かりに照らされて、室内が薄ぼんやりと見える。
 淡い光の中で、横たわる彼の身体は黒く輪郭を浮かび上がらせていた。
 眠っているイギリスの白い頬に指先を触れさせれば、彼はぴくりと太い眉を顰めわずかに身じろぐ。それでも閉じられた瞼は開くことなく、穏やかな呼吸はそのまま深い眠りに落ちていく事を告げていた。
 気配に聡い彼がこんなふうに無防備になるのは自分の前だけだ、とアメリカは知っている。生来平穏な時勢の中で過ごした事のあまりないイギリスは、安穏とした眠りを貪れるほど鈍感ではない。
 アメリカ以外がこの部屋に入れば(もしくはこの家に入れば)、彼はきっと目覚めるだろう。

 無条件に信じられている。
 アメリカが危害を加えることがないと勝手に信じているのか、それともアメリカになら何をされてもいいと思っているのか。それは分らない。
 ただ、彼がこうしてなんの警戒心も無く無防備に眠っているという事実が、ここにはあるだけだ。
 一国と認められていないのだろうか。未だ弟だと思っているのだろうか。
 どんなに手塩にかけて育てて可愛がっても、簡単に敵になってしまうという事を、彼は身をもって体験したのではなかったか。
 それなのに、イギリスはアメリカに対してだけは無類の信頼を置いている。


 いや、それは最早信頼と呼べるものではないのかもしれない。


 かつて、アメリカは夢想した。
 もしイギリスとの出会いが、自分の幼い頃でなかったのなら。
 出会ったのがもう少し後であったのなら。
 英連邦に属する他の国々のように、ただの弟や同盟国でいられたのだろうか。
 それとも日本のように親しい友人になれたのだろうか。
 無論フランスのように長い歴史を持っているわけではないので、激しい対立や長い戦争を経た末の好敵手、と呼ぶような関係にはなれないだろう。
 それでも今のような中途半端な状態に置かれるような事はなかったに違いない。

 自分は彼のなんなのか。
 アメリカはいつも思っていた。
 息子ではない。でも弟だった。いわゆる人間で言うところの身内というやつだ。
 それでも人のように同じ屋根の下で安穏と暮らしたわけではない。
 あくまで植民地として、本国からの勅命や命令を大人しく聞かなければならなかったし、何よりアメリカという国を統治するのは彼らイギリス人の仕事だった。決してアメリカ人が上に立つことはない。それがどれほどの不満を内包してきたことか。
 どうしたって自分達は『国』なのだ。国民がいてはじめて国がある。
 その国が、国民よりも他国を優先することなどありえない。いくら自我があるといっても、アメリカにとって真っ先に想わなければならないのは、イギリスではなく自国の民だ。
 彼らが望むものが自然とアメリカを動かす。それは『国』であればどこでも同じで、イギリスだってフランスだって日本だって、みんなみんな、どの国も変わらないことなのだ。

 それなのに、いつまでもいつまでも執着し続けている。
 



 そう、自分達は歪んでいる。

 歪んでいるんだ。



 この先もずっとずっと過去が二人を蝕み続けて、どんなに変えたいと願ってもそれは歪みにしかならないのだ。
 弟、植民地。兄、宗主国。
 あの頃はそれで良かった。それだけで満足だった。彼がいて自分がいて、暖かい紅茶があって、笑顔があって。
 それだけで満足だった時も確かにあったというのに。





「ねぇ、イギリス」

 眠り続ける白い頬に指先を触れさせると、かすかなぬくもりが伝わって来る。ひんやりとした夜の空気の中でそれは、ほんのり暖かで優しい何かを与えてくるような気がした。
 イギリスは昔も今も、いつも先に寝てしまう。だからアメリカにとって彼の寝顔は安らぎの象徴でありまた、憧憬や愛情の象徴でもある。
 手離したくなくて、いつでも傍にいたくて、欲しくて欲しくてたまらない宝物のような存在だった。

「君はきっと信じていないだろうけど、俺は一時だって忘れたことなんてなかったよ」

 さまざまな夜の記憶の中で、いつだってアメリカはイギリスを想った。
 一人の時も、二人の時も、それは変わらずにアメリカの中にあり続けた。

「君が俺にくれたものは、君が思うよりもずっと大きくて重くて、そして尊いものだった。俺は片時もその事を忘れたりなんかしていない。今も昔もそれは俺の中にちゃんとあって、少しも色褪せてはいないんだよ」

 短く切られた金色の髪を梳く。するとイギリスはぴくんと瞼を震わせて眉を顰めた。それからゆるゆるとその綺麗な深い翠の瞳をゆっくりと開いてゆく。
 ぼんやりと焦点の定まらない眠気を帯びた眼差しが、覗き込むアメリカの顔を硝子のような透明感をもって映し出す。
 茫洋としたその顔に向かって思いつきでにこりと笑い掛けてみると、イギリスは不思議そうな顔をしたまま力なく微笑み返して寄越した。

「……あめ、りか」

 舌っ足らずに名前を呼ばれる。年齢不相応の童顔が、まるで本物の子供のようなあどけなさを感じさせてやや倒錯的な思いが胸をよぎった。

「イギリス」
「……眠れ、ないのか……?」
「そうだね。……ね、歌を歌ってよ」
「あぁ……わかった……」

 うたってあげるよ、可愛いアメリカ。


 掠れた声が、細く小さく乾いた唇から流れ出る。
 イギリスの歌声は静まり返った室内に震えながら漂い、月明かりに溶けるように吸い込まれていった。
 ものすごく上手いわけでもない、誰もが聞き惚れるほど美しい声でもない。けれどアメリカにとっては他の誰のものより最上のもの。幼い頃いく度となく聞かされた彼が自分のためだけに歌う声だ。

 仰向けに歌い続ける彼は少々息苦しそうだったけれど、アメリカは両目を細めて聞き入るように耳を傾ける。白い喉仏が上下するのを指先で辿ると、乾燥した咳が混じりはじめて歌が乱れた。

 それでも彼の声はどこまでもどこまでも心地よい。





 もっとうたをきかせてよ。
 もっともっと、たえることなくいつまでもいつまでも。
 うたいつづけてよ。

 おれのためだけにうたいつづけて。

 ほかのだれにもきかせないで。
 ほかのだれにもあげたりなんかしないで。

 きみは。


「俺のものだよ」

 楽しそうに笑ってアメリカは彼の両手首に嵌めた手錠を持ち上げ、恭しく口吻けを落とした。
 とろりとイギリスの瞳も孤を描く。






 あぁ、幸せだなぁ。

 ここは二人だけの楽園、二人だけのネバーランド。

 ―――― 天上のうたごえ。
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