紅茶をどうぞ
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[お題] 昼下がりの教室
堅い木の椅子と横長の机。
階段教室の一番後ろの席に腰を下ろして、彼らは新しく開かれた講義に参加していた。
教壇に立つ教師の姿と、大きなスクリーンに映し出されるパワーポイントの資料とを交互に見遣る。
時々メモを取りながら真剣にイギリスが講義に聞き入っていると、隣の席からアメリカがコツコツとペン先でこちらの注意を引いてきた。
煩そうに眉を顰めながら静かにしろと睨みをきかせるが、そんなことでこのアメリカが怯むわけがない。彼はまったく気にした風のない顔でペン先をスクリーンに向けた。
「ね、あのデータ、AB逆だよね」
「あぁ? あー……そうだな」
示された個所を注視してみると、確かにリストAとリストBのデータが逆になってしまっている。単純な入れ替えミスだが、気がつかない人間にとっては大きな過ちとなるだろう。
ポインタで光を当てながら説明を続けている教師はそのままその部分の説明を終え、次に行こうとパソコンに手を伸ばした。
あ、と思う間もなく隣のアメリカが勢いよく立ち上がる。
「先生!」
突然の大声に教師はもちろんのこと受講生たちも驚いた表情で後ろを振り返った。
唖然とするイギリスの横で彼は注目されることなどどうでもいい顔で、にこやかに良く通る声で言う。
「そのリスト、ABの結果が逆になっていると思うんですが、どうでしょう?」
「ん……? あぁ! そうだな、ここが逆になってしまっている。ありがとう、ジョーンズ君」
「いいえ!」
立った時と同じくらい勢いよく再び席に着くと、アメリカは呆れ顔のイギリスにいかにもなウインクを投げて寄越した。
―――― 頭が痛い。
先週より一ヶ月間、アメリカとイギリスは特別な許可をもらってここ、「夢見る尖塔都市」オックスフォードの39あるカレッジのうちのひとつに来ていた。
しばらく勉強からは遠ざかっていたイギリスが、たまたま空いた時間を利用して少しでも現代学問に触れてみたいという希望からはじまったものなのだが、何故かアメリカまで参加したいと言い出してついて来たのだ。
数学と物理、化学を中心に考古学や文学にも親しみながら、興味の赴くまま自由に聴講出来るよう、学校側に申し込んである。
ここでは個人レッスンが主体で、教師も生徒も同じ寄宿舎で暮らし、職員も含めすべての人間がどこかのカレッジに必ず所属していなければならない。だから基本的には外部の人間が数日間だけ入って来るということはないのだが、今回は特別枠として学校側に招かれたという形を取って参加を許されていた。
イギリスは、この世界的にも有名な、英語圏で一番古い歴史を持つ大学の設立当時からの生徒であった。
元来、新知識を吸収するのが好きな彼は、自国に出来たこの学び舎において、さまざまな本を読み、人々の話に耳を傾け、そして次の世代へと繋がるあらゆる学問を納めて来ていた。
今でこそアメリカのハーヴァード大学に世界第一の大学の地位を譲ることになってしまっているが、それでもどの国のどの大学よりも誇れるものを持っていると信じている。
実のところイギリスは過去においてすでにたいていの学位は取得しており、博士号も幾つか持っていた。『国』が学位を取ること自体意味はないのだが、もちろんこれは完全なる趣味の領域だ。恐らくこんな酔狂な真似、他国では誰もやってはいないのではないだろうか。
それでも彼は100年に一度くらいの割合で、時間が取れればこうして学生としての生活を送るのを楽しみにしていた。事情が事情なだけに親しい友人を作るようなことは許されなかったが、それでも将来有望な若者たちの間に交じってその空気に触れるのは楽しくて仕方がなかった。
―――― それにしても。
アメリカは何故ここにいるのだろうか。
そんなにも勉強がしたいのであれば自国の最高教育機関に足を運べば、いくらでも最先端の論文や技術を目にすることが出来るはずだ。何もわざわざ他国の大学に身分を偽って潜入する必要などないだろうに。
幸い彼も人間の年齢で言ったら丁度大学生の頃だ。まぁ、大学というところは幾つになっても学問の出来る場所なので、年齢についてとやかく言われるようなことはないのだが、余計な詮索をされないに越したことはない。
米国からの留学生と言えば、世界最古のフェローシップ「ローズ奨学制度」による32名の割り当てが中心だが、さすがにその適応は避け一般学生という形を取っている。だから注目されるようなことはほとんどなかった。
少々古臭いしきたりに戸惑いながらも、アメリカもそれなりに学生として周囲に溶け込んでいる。こういう時の要領の良さはたいしたものだと思った。
ともあれ。相変わらず分からない奴だとため息をつきながら、イギリスは再開された授業に再び耳を傾けた。
「アーサー! 昼食の時間だね!」
講義が終わり生徒達がそれぞれ目的の場所へ散って行くと、アメリカは嬉々とした表情でイギリスに話し掛けて来る。
大声を出すなとたしなめるのも飽きて、渋い顔で頷いてみせると、彼は早く早くと急かすように腕を引っ張って来た。
「相変わらずテンション高いなお前」
「そりゃあね! 憧れの学生生活なんだぞ!」
「そんなに学校に来たかったなら、自分とこの大学行きゃいーだろ」
「確かにこんな黴臭いところより、ハーヴァードの開放的なキャンパスの方がずっといいと思うよ」
「黴臭いって言うな!」
あまりな言い草に思わず激昂して叫ぶと、アメリカはふと穏やかな顔で微笑を浮かべた。
「でも、それじゃ意味ないからね。俺は君と一緒に学生をやってみたかったんだ。教室で二人肩を並べてさ。いいと思わない?」
「まーなー。俺だってお前がまさか一緒に来るとは思わなかったし」
「こんなチャンスなかなかないからね。……ねぇイギリス」
アメリカが席を立ったイギリスの顔を覗き込むようにして身を乗り出して来た。机に手をついて、じっとこちらの目を見つめる。
窓から差し込む昼下がりの日射しに、空色の瞳が好奇心に溢れた輝きを反射していた。
「スクールライフって言ったら、教室での秘密のデート、だと思わないかい?」
「アホか。そういうのはもうはやんねーんだよ」
「いいじゃないか、俺は初体験なんだから。何事も体験してみるに限るって言うしね」
そうやって勝手なことを言いながら、アメリカは机越しにイギリスの胸元に手を伸ばし、奇麗に結んであるタイを指先でほどこうとした。
すぐにぱしりと手を打って叩き落してやる。
「神聖な場所で不埒な真似をするな」
「とてもエロ大使とは思えない発言だね」
「な……! お前マジで国に帰れ! 仕事たまってんだろ?」
「一ヶ月の休暇はちゃんと貰って来てるよ」
「はぁ? 嘘だろ?」
「嘘なもんか。学校に行きたいって言ったらすぐ許可してくれたんだ。まぁ俺にだってそれくらいの権利あるしね」
アメリカは飄々と言ってのけ、諦めずにイギリスに顔を寄せて来る。いい加減にしろと口を開きかければ、あっさりと唇を奪われた。
こんなところでこいつは……!
かっとなって真っ赤になりながらイギリスは相手の胸を押して離れようとしたが、びくともしなかった。悔しいが力では本当に敵わない。
さんざん口腔を好き勝手に弄られ、呼吸が上がり乱れて来たころ、くすっと笑いながらアメリカが鼻先に口吻けを落として顔を離した。その余裕な態度に心底腹が立つ。
思わずばちんと額を手のひらで叩くと、大袈裟に痛がってアメリカは楽しそうに笑い声を上げた。
「この野郎……っ」
「ストップ。この続きは昼食後にしよう、お腹すいたよ」
「午後も講義があるだろ!」
口元を拭いながらイギリスはテキストとノートをまとめて鞄に突っ込んだ。本当に碌でもないガキに育ちやがったと、胸中にて口の悪さ全開で罵る。
アメリカは思いっきり空気を読まない顔で「ハンバーガーとコーラがいいぞ!」と言って、機嫌良さそうに口笛を吹く。
その能天気さに、呆れた顔でイギリスは深く息をついた。
階段教室の一番後ろの席に腰を下ろして、彼らは新しく開かれた講義に参加していた。
教壇に立つ教師の姿と、大きなスクリーンに映し出されるパワーポイントの資料とを交互に見遣る。
時々メモを取りながら真剣にイギリスが講義に聞き入っていると、隣の席からアメリカがコツコツとペン先でこちらの注意を引いてきた。
煩そうに眉を顰めながら静かにしろと睨みをきかせるが、そんなことでこのアメリカが怯むわけがない。彼はまったく気にした風のない顔でペン先をスクリーンに向けた。
「ね、あのデータ、AB逆だよね」
「あぁ? あー……そうだな」
示された個所を注視してみると、確かにリストAとリストBのデータが逆になってしまっている。単純な入れ替えミスだが、気がつかない人間にとっては大きな過ちとなるだろう。
ポインタで光を当てながら説明を続けている教師はそのままその部分の説明を終え、次に行こうとパソコンに手を伸ばした。
あ、と思う間もなく隣のアメリカが勢いよく立ち上がる。
「先生!」
突然の大声に教師はもちろんのこと受講生たちも驚いた表情で後ろを振り返った。
唖然とするイギリスの横で彼は注目されることなどどうでもいい顔で、にこやかに良く通る声で言う。
「そのリスト、ABの結果が逆になっていると思うんですが、どうでしょう?」
「ん……? あぁ! そうだな、ここが逆になってしまっている。ありがとう、ジョーンズ君」
「いいえ!」
立った時と同じくらい勢いよく再び席に着くと、アメリカは呆れ顔のイギリスにいかにもなウインクを投げて寄越した。
―――― 頭が痛い。
先週より一ヶ月間、アメリカとイギリスは特別な許可をもらってここ、「夢見る尖塔都市」オックスフォードの39あるカレッジのうちのひとつに来ていた。
しばらく勉強からは遠ざかっていたイギリスが、たまたま空いた時間を利用して少しでも現代学問に触れてみたいという希望からはじまったものなのだが、何故かアメリカまで参加したいと言い出してついて来たのだ。
数学と物理、化学を中心に考古学や文学にも親しみながら、興味の赴くまま自由に聴講出来るよう、学校側に申し込んである。
ここでは個人レッスンが主体で、教師も生徒も同じ寄宿舎で暮らし、職員も含めすべての人間がどこかのカレッジに必ず所属していなければならない。だから基本的には外部の人間が数日間だけ入って来るということはないのだが、今回は特別枠として学校側に招かれたという形を取って参加を許されていた。
イギリスは、この世界的にも有名な、英語圏で一番古い歴史を持つ大学の設立当時からの生徒であった。
元来、新知識を吸収するのが好きな彼は、自国に出来たこの学び舎において、さまざまな本を読み、人々の話に耳を傾け、そして次の世代へと繋がるあらゆる学問を納めて来ていた。
今でこそアメリカのハーヴァード大学に世界第一の大学の地位を譲ることになってしまっているが、それでもどの国のどの大学よりも誇れるものを持っていると信じている。
実のところイギリスは過去においてすでにたいていの学位は取得しており、博士号も幾つか持っていた。『国』が学位を取ること自体意味はないのだが、もちろんこれは完全なる趣味の領域だ。恐らくこんな酔狂な真似、他国では誰もやってはいないのではないだろうか。
それでも彼は100年に一度くらいの割合で、時間が取れればこうして学生としての生活を送るのを楽しみにしていた。事情が事情なだけに親しい友人を作るようなことは許されなかったが、それでも将来有望な若者たちの間に交じってその空気に触れるのは楽しくて仕方がなかった。
―――― それにしても。
アメリカは何故ここにいるのだろうか。
そんなにも勉強がしたいのであれば自国の最高教育機関に足を運べば、いくらでも最先端の論文や技術を目にすることが出来るはずだ。何もわざわざ他国の大学に身分を偽って潜入する必要などないだろうに。
幸い彼も人間の年齢で言ったら丁度大学生の頃だ。まぁ、大学というところは幾つになっても学問の出来る場所なので、年齢についてとやかく言われるようなことはないのだが、余計な詮索をされないに越したことはない。
米国からの留学生と言えば、世界最古のフェローシップ「ローズ奨学制度」による32名の割り当てが中心だが、さすがにその適応は避け一般学生という形を取っている。だから注目されるようなことはほとんどなかった。
少々古臭いしきたりに戸惑いながらも、アメリカもそれなりに学生として周囲に溶け込んでいる。こういう時の要領の良さはたいしたものだと思った。
ともあれ。相変わらず分からない奴だとため息をつきながら、イギリスは再開された授業に再び耳を傾けた。
「アーサー! 昼食の時間だね!」
講義が終わり生徒達がそれぞれ目的の場所へ散って行くと、アメリカは嬉々とした表情でイギリスに話し掛けて来る。
大声を出すなとたしなめるのも飽きて、渋い顔で頷いてみせると、彼は早く早くと急かすように腕を引っ張って来た。
「相変わらずテンション高いなお前」
「そりゃあね! 憧れの学生生活なんだぞ!」
「そんなに学校に来たかったなら、自分とこの大学行きゃいーだろ」
「確かにこんな黴臭いところより、ハーヴァードの開放的なキャンパスの方がずっといいと思うよ」
「黴臭いって言うな!」
あまりな言い草に思わず激昂して叫ぶと、アメリカはふと穏やかな顔で微笑を浮かべた。
「でも、それじゃ意味ないからね。俺は君と一緒に学生をやってみたかったんだ。教室で二人肩を並べてさ。いいと思わない?」
「まーなー。俺だってお前がまさか一緒に来るとは思わなかったし」
「こんなチャンスなかなかないからね。……ねぇイギリス」
アメリカが席を立ったイギリスの顔を覗き込むようにして身を乗り出して来た。机に手をついて、じっとこちらの目を見つめる。
窓から差し込む昼下がりの日射しに、空色の瞳が好奇心に溢れた輝きを反射していた。
「スクールライフって言ったら、教室での秘密のデート、だと思わないかい?」
「アホか。そういうのはもうはやんねーんだよ」
「いいじゃないか、俺は初体験なんだから。何事も体験してみるに限るって言うしね」
そうやって勝手なことを言いながら、アメリカは机越しにイギリスの胸元に手を伸ばし、奇麗に結んであるタイを指先でほどこうとした。
すぐにぱしりと手を打って叩き落してやる。
「神聖な場所で不埒な真似をするな」
「とてもエロ大使とは思えない発言だね」
「な……! お前マジで国に帰れ! 仕事たまってんだろ?」
「一ヶ月の休暇はちゃんと貰って来てるよ」
「はぁ? 嘘だろ?」
「嘘なもんか。学校に行きたいって言ったらすぐ許可してくれたんだ。まぁ俺にだってそれくらいの権利あるしね」
アメリカは飄々と言ってのけ、諦めずにイギリスに顔を寄せて来る。いい加減にしろと口を開きかければ、あっさりと唇を奪われた。
こんなところでこいつは……!
かっとなって真っ赤になりながらイギリスは相手の胸を押して離れようとしたが、びくともしなかった。悔しいが力では本当に敵わない。
さんざん口腔を好き勝手に弄られ、呼吸が上がり乱れて来たころ、くすっと笑いながらアメリカが鼻先に口吻けを落として顔を離した。その余裕な態度に心底腹が立つ。
思わずばちんと額を手のひらで叩くと、大袈裟に痛がってアメリカは楽しそうに笑い声を上げた。
「この野郎……っ」
「ストップ。この続きは昼食後にしよう、お腹すいたよ」
「午後も講義があるだろ!」
口元を拭いながらイギリスはテキストとノートをまとめて鞄に突っ込んだ。本当に碌でもないガキに育ちやがったと、胸中にて口の悪さ全開で罵る。
アメリカは思いっきり空気を読まない顔で「ハンバーガーとコーラがいいぞ!」と言って、機嫌良さそうに口笛を吹く。
その能天気さに、呆れた顔でイギリスは深く息をついた。
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