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 紅茶をどうぞ
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Freedom -2-
 派手な音と共に床に落ちた皿が粉々に砕け散った。
 跳ね上がる欠片と共に、更に落ち続ける食器の雨が容赦なく襲い掛かってくる。
 熱い痛みが走った。
 露出している部分に破片が飛び、細かな傷を幾つも作っていく。後頭部や背中が衝撃によって軋んだ。
 しばらく収まるまで待って、俯いたままイギリスは唇を噛んで痛みに耐えた。


「……イギリス?」

 静まり返ったあと、ふいにくぐもった声が聞こえる。
 抱きこんだ腕を緩めるとアメリカが一瞬、何が起きたのか分からない表情でこちらを見上げていた。突然の事に自分の置かれた状況がよく理解出来ていなかったのかもしれない。

「大丈夫か?」

 声を掛けると小さく頷いて、続いて室内の惨状に目を見開く。
 それから自分の上に覆いかぶさるようにしていたイギリスを見つめて、途端に今にも泣きそうなほど顔を歪めた。

「イギリス、血が!」
「これくらい何でもない」

 頬や首筋、手首にちりちりとした熱を感じる。皮の手袋は裂けていて、もう使い物になりそうになかった。滲んだ血の赤が黒い布地に染みを広げている。
 陶器の重みを受けた背中や頭がじんと痺れてはいたが、戦場での体験に比べればどうということはなかった。イギリスは立ち上がってアメリカから離れると、周囲を見回して割れた皿の片付けをどうしようかと溜息をつく。
 アメリカは途方に暮れたように座り込んだままイギリスを見上げていたが、ハッと気付いたように慌てて身体を起こした。急いでイギリスに近付くと、傷の具合を確かめるように顔を寄せる。

「こんな事をしちゃ駄目じゃないか!」

 突然の怒鳴り声に、不機嫌な表情のままイギリスは片眉を上げて相手を睨み付けた。

「あぁ? ……あーそーだよな。お前みたいな大国、俺が守る必要なんてもうなかったよな」
「そうじゃない!」
「あぁもう煩い、頭に響く。国が身を挺して他国を庇うなんて馬鹿らしい真似しちまったよ。ったく、今日は禄でもない日だ」

 ぶつぶつと文句を言いながらイギリスは未だ痛む頭に手を当てた。髪の中に指先を入れるとぬるりとした感触が伝わる。
 こんなところまで切っていたのかと思い、随分と馬鹿なことをしたものだと我ながら呆れ返った。
 アメリカなどどうなろうと知ったことではなかったはずだ。何故、こんなどうしようもない真似をしてしまったのだろう。最悪だ。
 そう思いながらイギリスは真っ白なハンカチを取り出して傷口に当てようとした。その手を、強引にアメリカに取られる。

「近寄るな」
「いいから黙って。そんなに深く切ってはいないみたいだね。……良かった」

 頭上に落とされた溜息。
 アメリカの手がゆっくりと優しく金の髪を掻き分ける。出血の割りに傷が浅いのは何よりだが、頭を打っていることに変わりはない。心配そうに確かめてハンカチを当てがいながら、アメリカは思わず安堵の吐息をこぼした。
 そしてそのまま、両腕をイギリスの身体に回すと静かにそっと抱き寄せる。

「なっ……何するんだこのボケ!」
「イギリス」
「離、れろ!」
「イギリス、ご免ね。ご免、イギリス」

 広い胸に押しつけるようにアメリカはイギリスを抱き締めた。
 伝わるぬくもりは懐かしいもので。あの日失って以来、はじめて感じる体温。
 目を見開いて硬直したままのイギリスの首筋に、アメリカは鼻先を摺り寄せるようにして顔を埋める。かすかに血の匂いがした。

「君を守ると誓ったのに。俺は君を傷つけてばかりいるね」

 小さな声で告げられて、イギリスはしばらく呆けた顔をしたが、みるみるうちに眉間に深い皺を刻む。
 誰が誰を守るって? 随分な言い草じゃないか。
 押しのけようともがいた手はしかし、アメリカによって柔らかく押さえ込まれた。

「俺はお前に守ってもらわなきゃならないほど、弱い国に見えるのか」
「違うよ。イギリスは強い。いつだって俺の憧れだ」
「なら……!」
「でも、守られてばかりいるのは嫌だよ。俺だって充分力をつけた。イギリスと対等になった。もう子供じゃない」
「…………」
「ちゃんと見てよ。ねぇ、イギリス。ちゃんと今の俺を見て。イギリスが認めてくれなかったら、俺は何のために君と戦ってまで独立したのか分からない」

 イギリスと同じ場所で、同じ目線で世界を見るために戦った。
 こんなにも嫌われてしまうとは思わなかったけれど、それでも自由を求めたことをアメリカは悔やんではいない。
 まだ大丈夫。この先、必ず分かり合えるとそう信じているから。





「イギリス。好きだよ」

 じわりと染み込むような声。

「君が好きだ」

 脳内がゆるくかき混ぜられるような、不思議な感覚。

「愛してる」

 鼻の奥がつんとして、泣きそうになった。
 だがこんなところで泣くなんて冗談じゃない。イギリスはますます眉を顰めて唇を噛みしめた。
 アメリカの目を見据える。まっすぐ揺らぐことのない綺麗で澄んだ空色の瞳だった。
 硝子の隔たりのないそれを見たのはいったい何年ぶりだろう。

「俺はお前が嫌いだ」
「……イギリス……」

 言い放った言葉にアメリカが傷ついた表情を浮かべる。
 あぁ、そんな捨てられた子犬みたいな目で見るな。
 お前は誰よりも強くて大きくて輝いていて、世界のヒーローを自任しているんだろう?
 イギリスは手袋を外すと素手でアメリカの頬に触れた。指先でゆっくりと静かに、確かめるように柔らかな肌をなぞる。
 こうやって宥めるのも懐かしい。最後に触れたのはいつだっただろうか。もう随分昔のように感じた。

「でも、お前の言葉にいちいち喜んだり悲しんだりする自分は、もっと嫌いだ」

 結局、いつだってアメリカは簡単にイギリスを支配する。
 今も昔もイギリスは、アメリカにだけは弱い。誰より甘くて弱いのだ。
 どんな時でも何をされても許してしまえることを知っている。そして彼のその傲慢な性格もひどい我侭も、自分勝手な遣り口も、思えばイギリスから受け継いだようなものだ。そう思うと自嘲せずにはいられない。


「アメリカ」

 表情を弛めて名前を呼ぶと、アメリカは澄み切った朝の空気ように爽やかで底抜けに明るい笑顔を浮かべた。
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