紅茶をどうぞ
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[お題] 風の吹くオフィス街
ニューヨークのマンハッタンにあるセントラルパーク。
世界的にも有名なこの公園は、都会のオアシスとして近隣で働く人達の憩いの場となっている。
ここは、アメリカにおいて自然を考慮してつくられた最初の公園であり、わざわざ景観を崩さないために道路はダイナマイトで破壊した窪地に作られていた。
ちいさな湖がいくつかあり、スケートリンクがあり、スポーツが楽しめるように芝生が敷き詰められ、またジョギングやサイクリング用に9.7kmにも及ぶ外周も丁寧に舗装されている。自然保護区域もあり、毎年渡り鳥も訪れるためバードウォッチングをする人々にも愛されていた。
古臭いと言われても愛用し続けている懐中時計の蓋を開けて見れば、待ち合わせの時間までまだ30分以上ある。
イギリスは適当にその辺りを散歩しようと、丁寧に磨かれた革靴を進めた。オフィス街付近なので堅苦しいスーツ姿の彼がいても違和感はない。気ままに時間を潰せるだろう。
ロンドンのハイドパークやパリのブローニュの森のように、自然の中でゆったり過ごす場所として作られた公園だが、設立当時は様々な問題を抱え、なによりこの場所に元から住んでいた1600名もの住人を立ち退かせなければならなかった経緯を持つ。しかも当初はアップタウンにあったため、実際ここを利用したいと望んでいた住民はその恩恵には預かれないでいた。
今でこそハリウッド映画の影響もあってか世界中に知られ、訪れる旅行者も後を絶たないが、出来た当初は実に長閑でゆったりとした場所だったと聞いた事がある。
当時のイギリスはクリミア戦争の只中で、フランスと共にロシアとの戦役に明け暮れていた頃だ。独立後のアメリカとの関係もぎくしゃくしたままだったので、そう頻繁にこの地を訪れる事はなかった。
高い空、浮かび上がるマンハッタンの摩天楼。高層ビル群にぐるりと囲まれた人工の自然公園は、どこか不自然さを内包してはいるが、いかにもアメリカ合衆国らしかった。何もかも作り出してしまうそのバイタリティに、若さと力強さを感じてしまう。
ヨーロッパとはまた違った文化が目の前には広がっているのだった。
ふと、見慣れた彫象の前で足を止めた。
大きなキノコに座った少女。動物達に囲まれて微笑むのは不思議の国のアリスだった。
セントラルパークにはさまざまな彫刻がある。オベリスクやアンデルセン、ベルベデール城から天使や女神の像まであり、メトロポリタン美術館とも隣接するため美術鑑賞には飽き足らない。時間さえあればゆっくり丸一日を費やしてもいいくらいだ。
イギリスは自国の数学者が生み出した少女像の前で、しばらく立ち止まってその笑顔を眺めていた。時計を持った兎と、山高帽の男、鼠もいる。あどけない表情が本当に良く表現されていて、思った以上に精巧な作りだと思う。何度か目にしてはいるが、こうやってじっくり観察をしたのは初めてではないだろうか。
そのうちどこからともなく子供達の声が聞こえ、数人が走り寄って来る気配を感じた。慌てて場所を譲ると、彼らはあっという間にアリスの上に上ったり、下をくぐったりと大騒ぎをし始める。
あまりにも楽しそうで思わず口元を緩めて見ていると、小さな女の子が足元に近づいて来た。ふんわりと柔らかそうな金色の長い髪が風に揺れている。
見上げてくる瞳は目の覚めるような青で、日の光を反射してきらきらと輝いていた。柔らかそうな白い頬にふっくらとした小さな唇はピンク色で、まるで物語のアリスの挿絵ように可愛らしい。
「おにーちゃんはアリス、好き?」
人懐っこい笑顔でそう尋ねられ、イギリスは小さく頷いて肯定した。最近でこそあまり目にする事はなくなったが、出版された当時は愛読したし、妖精たちに読んで聞かせたこともある。
「私も、アリス大好き!」
「そうか」
「うん!」
ぱっと跳ねるように旋回して、少女は他の子供達と同じようにアリス像へと駆けて行った。楽しそうな様は見ている大人を和ませるもので、つくづく子供はどの国でも明るく元気なのが一番だと思う。
その場を離れようとしたところで、胸元の携帯電話が着信を告げた。液晶ディスプレイにはアメリカの名前。振動する端末を取り出して通話ボタンを押すと、聞き慣れた声が耳に飛び込んできた。
『イギリス! 今どこにいるんだい?』
「セントラルパーク内だ。お前は?」
『俺も今、入口に着いたところだよ。どの辺に行けばいい?』
「あー……アリスの所にいる」
『アリス? 君、どれだけ自分の国が好きなんだい』
「う、うるせぇ。たまたまだ、たまたま。……それにアリスはお前の国民にも大人気だぞ?」
『あたりまえだよ。だって俺も大好きだからね!』
「え?」
『そこにいてくれよ、今行くから!!』
騒々しい声が問答無用でぶちりと切れる。相変わらず自分勝手な奴だと思いながら、イギリスは溜息交じりに苦笑した。携帯をしまうとアリス像が見える位置にあるベンチへと向かう。
子供たちに囲まれた彼女を見ていると、なんとなく自国民がこの国の民に愛されているような気がして素直に嬉しい。昔も今も、イギリスから生まれたものが好まれているのは喜ばしい事に違いなかった。
かつてはアメリカも、イギリスが海を越えて運んできたもの全てに、心の底から喜んでくれていた。何もないこの大陸に、小さなものから大きなものまで、見えるものから見えないものまで、全てを与えていた頃が懐かしい。
今では独自の文化を築けるようになったこの国だったが、それでもこうやってイギリスから伝わったものが、受け入れられ、残され、愛されている。それがたまらなく嬉しく感じられた。
捨てられてしまったものも多い。けれど残されたものも多いのだ。
「そう言えば……」
ふと思い出してイギリスは思わず、小さな笑みを浮かべてしまった。思い出し笑いなどはしたないと思いつつも、自然とこみ上げてきてしまうのを止められない。
久々に会ったアメリカが、はじめて「Alice's Adventures in Wonderland」の本を手にして自分に言った言葉が蘇る。
それがあまりにもおかしくて、ついつい吹き出してしまった事を思い出した。
あの時、あいつは ―――― 。
「不思議の国って、君の事だよね」
ふいに声を掛けられて顔を向ければ、ラフな格好でアメリカが立っていた。GパンにTシャツという典型的アメリカ人スタイルに、思わず眉を顰めそうになってしまう。確か直前まで会議だったはずなのだが、まさかこの姿で出席していたわけでもあるまい……そう思いたい。
アメリカは気にしたふうもなくイギリスの隣に腰掛けた。そしてアリスと動物達のオブジェを見遣る。
「俺が小さい頃に思い描いていたブリテン島に、そっくりだと思ったんだ。トランプ王国だったり、ネバーランドだったり。君の家には絶対あるんだと思っていたよ」
アメリカが懐かしむように両目を細めて、澄み切った空を見上げた。
その横顔は子供の頃のように無邪気さをたたえていて、一瞬イギリスに過去の彼を思い出させる。
そう、あの時。
アリスの本を片手にアメリカは言ったのだ。この穴、君の家の庭にあるのかい?と。こんな楽しい場所があるなら、俺も行きたいんだぞ、と続けられて耐え切れず笑い出してしまったのだ。
普段は妖精を否定して妄想扱いするくせに、突然アリスの穴は本物なのかと聞いてくる。おかしな奴だと思いつつも、まだまだ子供だなぁと思ったりもした。
「ま、君も君の国民も夢想家だって事はよくわかったけどね!」
「黙れ」
まったく、なんて可愛げなく育ったのだろう。
無駄にでかくなりやがって、と横を睨むと、爽やかな笑顔を返される。
まっすぐ向けられる青い瞳を見つめ返せば、白い秀でた額の上で、風に煽られた金色の髪が踊った。
アリスの色だ、と思う。
実は物語の主人公のモデルとなった女の子は、黒髪のオリエンタルな顔立ちをしていた。だから金髪碧眼の挿絵を描かれた時、作者は不快に思ったそうだ。
でも。
今では金色の髪に青い瞳で定着してしまったアリスだが、それはそれでいいのではないかと思う。
「こんなところでも俺って親馬鹿なのな……」
自嘲めいた呟きを漏らせば、アメリカは分かった風な顔をして一瞬だけ柔らかな笑みを見せる。
その顔があまりにも大人の男のものだったので、イギリスは苦笑いをして、降参したように両目を閉ざした。
世界的にも有名なこの公園は、都会のオアシスとして近隣で働く人達の憩いの場となっている。
ここは、アメリカにおいて自然を考慮してつくられた最初の公園であり、わざわざ景観を崩さないために道路はダイナマイトで破壊した窪地に作られていた。
ちいさな湖がいくつかあり、スケートリンクがあり、スポーツが楽しめるように芝生が敷き詰められ、またジョギングやサイクリング用に9.7kmにも及ぶ外周も丁寧に舗装されている。自然保護区域もあり、毎年渡り鳥も訪れるためバードウォッチングをする人々にも愛されていた。
古臭いと言われても愛用し続けている懐中時計の蓋を開けて見れば、待ち合わせの時間までまだ30分以上ある。
イギリスは適当にその辺りを散歩しようと、丁寧に磨かれた革靴を進めた。オフィス街付近なので堅苦しいスーツ姿の彼がいても違和感はない。気ままに時間を潰せるだろう。
ロンドンのハイドパークやパリのブローニュの森のように、自然の中でゆったり過ごす場所として作られた公園だが、設立当時は様々な問題を抱え、なによりこの場所に元から住んでいた1600名もの住人を立ち退かせなければならなかった経緯を持つ。しかも当初はアップタウンにあったため、実際ここを利用したいと望んでいた住民はその恩恵には預かれないでいた。
今でこそハリウッド映画の影響もあってか世界中に知られ、訪れる旅行者も後を絶たないが、出来た当初は実に長閑でゆったりとした場所だったと聞いた事がある。
当時のイギリスはクリミア戦争の只中で、フランスと共にロシアとの戦役に明け暮れていた頃だ。独立後のアメリカとの関係もぎくしゃくしたままだったので、そう頻繁にこの地を訪れる事はなかった。
高い空、浮かび上がるマンハッタンの摩天楼。高層ビル群にぐるりと囲まれた人工の自然公園は、どこか不自然さを内包してはいるが、いかにもアメリカ合衆国らしかった。何もかも作り出してしまうそのバイタリティに、若さと力強さを感じてしまう。
ヨーロッパとはまた違った文化が目の前には広がっているのだった。
ふと、見慣れた彫象の前で足を止めた。
大きなキノコに座った少女。動物達に囲まれて微笑むのは不思議の国のアリスだった。
セントラルパークにはさまざまな彫刻がある。オベリスクやアンデルセン、ベルベデール城から天使や女神の像まであり、メトロポリタン美術館とも隣接するため美術鑑賞には飽き足らない。時間さえあればゆっくり丸一日を費やしてもいいくらいだ。
イギリスは自国の数学者が生み出した少女像の前で、しばらく立ち止まってその笑顔を眺めていた。時計を持った兎と、山高帽の男、鼠もいる。あどけない表情が本当に良く表現されていて、思った以上に精巧な作りだと思う。何度か目にしてはいるが、こうやってじっくり観察をしたのは初めてではないだろうか。
そのうちどこからともなく子供達の声が聞こえ、数人が走り寄って来る気配を感じた。慌てて場所を譲ると、彼らはあっという間にアリスの上に上ったり、下をくぐったりと大騒ぎをし始める。
あまりにも楽しそうで思わず口元を緩めて見ていると、小さな女の子が足元に近づいて来た。ふんわりと柔らかそうな金色の長い髪が風に揺れている。
見上げてくる瞳は目の覚めるような青で、日の光を反射してきらきらと輝いていた。柔らかそうな白い頬にふっくらとした小さな唇はピンク色で、まるで物語のアリスの挿絵ように可愛らしい。
「おにーちゃんはアリス、好き?」
人懐っこい笑顔でそう尋ねられ、イギリスは小さく頷いて肯定した。最近でこそあまり目にする事はなくなったが、出版された当時は愛読したし、妖精たちに読んで聞かせたこともある。
「私も、アリス大好き!」
「そうか」
「うん!」
ぱっと跳ねるように旋回して、少女は他の子供達と同じようにアリス像へと駆けて行った。楽しそうな様は見ている大人を和ませるもので、つくづく子供はどの国でも明るく元気なのが一番だと思う。
その場を離れようとしたところで、胸元の携帯電話が着信を告げた。液晶ディスプレイにはアメリカの名前。振動する端末を取り出して通話ボタンを押すと、聞き慣れた声が耳に飛び込んできた。
『イギリス! 今どこにいるんだい?』
「セントラルパーク内だ。お前は?」
『俺も今、入口に着いたところだよ。どの辺に行けばいい?』
「あー……アリスの所にいる」
『アリス? 君、どれだけ自分の国が好きなんだい』
「う、うるせぇ。たまたまだ、たまたま。……それにアリスはお前の国民にも大人気だぞ?」
『あたりまえだよ。だって俺も大好きだからね!』
「え?」
『そこにいてくれよ、今行くから!!』
騒々しい声が問答無用でぶちりと切れる。相変わらず自分勝手な奴だと思いながら、イギリスは溜息交じりに苦笑した。携帯をしまうとアリス像が見える位置にあるベンチへと向かう。
子供たちに囲まれた彼女を見ていると、なんとなく自国民がこの国の民に愛されているような気がして素直に嬉しい。昔も今も、イギリスから生まれたものが好まれているのは喜ばしい事に違いなかった。
かつてはアメリカも、イギリスが海を越えて運んできたもの全てに、心の底から喜んでくれていた。何もないこの大陸に、小さなものから大きなものまで、見えるものから見えないものまで、全てを与えていた頃が懐かしい。
今では独自の文化を築けるようになったこの国だったが、それでもこうやってイギリスから伝わったものが、受け入れられ、残され、愛されている。それがたまらなく嬉しく感じられた。
捨てられてしまったものも多い。けれど残されたものも多いのだ。
「そう言えば……」
ふと思い出してイギリスは思わず、小さな笑みを浮かべてしまった。思い出し笑いなどはしたないと思いつつも、自然とこみ上げてきてしまうのを止められない。
久々に会ったアメリカが、はじめて「Alice's Adventures in Wonderland」の本を手にして自分に言った言葉が蘇る。
それがあまりにもおかしくて、ついつい吹き出してしまった事を思い出した。
あの時、あいつは ―――― 。
「不思議の国って、君の事だよね」
ふいに声を掛けられて顔を向ければ、ラフな格好でアメリカが立っていた。GパンにTシャツという典型的アメリカ人スタイルに、思わず眉を顰めそうになってしまう。確か直前まで会議だったはずなのだが、まさかこの姿で出席していたわけでもあるまい……そう思いたい。
アメリカは気にしたふうもなくイギリスの隣に腰掛けた。そしてアリスと動物達のオブジェを見遣る。
「俺が小さい頃に思い描いていたブリテン島に、そっくりだと思ったんだ。トランプ王国だったり、ネバーランドだったり。君の家には絶対あるんだと思っていたよ」
アメリカが懐かしむように両目を細めて、澄み切った空を見上げた。
その横顔は子供の頃のように無邪気さをたたえていて、一瞬イギリスに過去の彼を思い出させる。
そう、あの時。
アリスの本を片手にアメリカは言ったのだ。この穴、君の家の庭にあるのかい?と。こんな楽しい場所があるなら、俺も行きたいんだぞ、と続けられて耐え切れず笑い出してしまったのだ。
普段は妖精を否定して妄想扱いするくせに、突然アリスの穴は本物なのかと聞いてくる。おかしな奴だと思いつつも、まだまだ子供だなぁと思ったりもした。
「ま、君も君の国民も夢想家だって事はよくわかったけどね!」
「黙れ」
まったく、なんて可愛げなく育ったのだろう。
無駄にでかくなりやがって、と横を睨むと、爽やかな笑顔を返される。
まっすぐ向けられる青い瞳を見つめ返せば、白い秀でた額の上で、風に煽られた金色の髪が踊った。
アリスの色だ、と思う。
実は物語の主人公のモデルとなった女の子は、黒髪のオリエンタルな顔立ちをしていた。だから金髪碧眼の挿絵を描かれた時、作者は不快に思ったそうだ。
でも。
今では金色の髪に青い瞳で定着してしまったアリスだが、それはそれでいいのではないかと思う。
「こんなところでも俺って親馬鹿なのな……」
自嘲めいた呟きを漏らせば、アメリカは分かった風な顔をして一瞬だけ柔らかな笑みを見せる。
その顔があまりにも大人の男のものだったので、イギリスは苦笑いをして、降参したように両目を閉ざした。
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