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 紅茶をどうぞ
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[お題] 君の夢でも見ようかな
 ―――― in Moscow.

 背後に馴染みの気配を感じて、ロシアは書類に落としていた目線を上げた。
 どこからともなく呼ばれた声に、眉を顰めて窓の外を見る。暖めた室内から硝子の露を指先で払って眺めたのは灰色の空。ちらちらと白いものが落ちてくるのに気付いた。
 今朝は昨日よりもずっと冷え込んでいたからもしかして、と思っていたら案の定。まだ秋だ秋だと思っていたけれど、冬はこうして否応なしにやって来るのだ。
 北の大陸はやがて一面が白く染まるのだろう。

 冬将軍の到来だった。

 ロシアはしばらく降り始めた雪を見つめていたが、忌々しく舌打ちをすると子供のように拗ねた表情で顔を逸らす。そして書きかけの書類の上に手をついて再びペンを取り上げると、なんとも不満そうに唇を噛んでしばらく自分の指先を睨みつけていた。
 冬は嫌いだ。とくに白い雪は見るのも嫌になるくらい大嫌いだった。
 寒くて冷たい北の大地。人も動物も植物もみんなみんな凍りついてしまう。痛くて寂しくて暗い冬の訪れは、いつだってロシアの心に暗澹たる翳りを落としてきた。
 避けられない現実に苛立ってペンに歯を立てると、歪んだ歯形がついた。何をしても冬将軍は来るし、雪は降る。不機嫌な感情はそう容易く鎮まらないのはいつものことだった。

 一人でいるのは寂しくて、幼い頃は冬将軍が傍にいるのでさえ嬉しかった時がある。
 そのうち彼が運んでくる冬の気配を厭うようになったが、結局どんなに拒んでも抗っても冬の訪れを避けることは出来ないのだと知った。それはもう仕方がないことなのだと諦めるようになった。
 望んでも手に入らないものがあることに気付いたのは、いつからだったろう。世界がロシアになったとしても、冬将軍はいつだって自分の元に来るに違いない。たった一人で、彼と背中合わせで過ごすことに変わりはないのだ。
 

 こんな時はイギリスが淹れてくれた紅茶が飲みたい。
 口煩くていつだって人の邪魔ばかりをする西の島国。尊大で傲慢な彼は、日差しのように柔らかな金の髪と、森のように深い緑の瞳を持っている。悔しいくらい暖かな色はいつだってロシアの羨むべきものに違いはなかった。
 そんな彼が淹れてくれた紅茶は他の誰のものとも違う。時々どうしようもなく飲みたくなる、不思議なほど美味しい飲み物。
 ロシアが今、一番好きなものだった。

 あぁそうだ。この仕事が終ったらブリテン島に行こう。
 そして紅茶を淹れてもらって、スコーンを焼いてもらって、手作りジャムと一緒に楽しみたい。
 寒くて冷たくて真っ白な世界から抜け出して、横暴で口の悪い自称紳士の小言をBGMに、暖炉の前でオレンジ色の光に照らされながら夜が明けるまで一緒にいるのだ。
 そうしたら、きっと少しは気が晴れるに違いない。

 お土産は以前彼が美味しいと言っていたプリャーニキとスーシキがいいだろう。食事のまずさに定評のあるイギリスのことだから、ボルシチとストロガノフも持っていってあげれば喜ぶはずだ。ピロシキとブリヌイ、ペリメニでもいいかもしれない。
 一緒にご飯を食べて一緒にお茶をして、一緒にお酒を飲んで。そうすればきっととても暖かいだろう。
 そう思いながら、ロシアは少しだけ口元を緩めて両目を閉ざした。気分が上向きになってくるのを感じながら、仕事を再開し始める。

 これが終ったら、彼に会いに行こう。









* * * * * * * * * * * * *









 ―――― in London.

 今日の分の仕事を終らせたイギリスは、お気に入りの紅茶を淹れながら一息つこうとソファに腰掛けた。
 窓の外はだいぶ日が落ちて暗くなってきている。最近とみに寒くなって来たせいか、木枯らしがいっそう寒々しく感じられた。
 静かな室内に音が欲しいと思いテレビをつける。BBCニュースを入れるとちょうど東経エリアのウェザーニュースが流れていた。
 明日の天気はローマは曇り、バルセロナは曇りのち雨、イスタンブールは曇り、ケープタウンは晴れ、ニューデリーは晴れ、そしてモスクワは曇りのち雪。
 なんとはなしにそれらを聞きながら、イギリスはとうとう北の方では降り始めたのか、と思った。
 ロンドンではまだ雪の気配はなかったが、ロシアの方ではすでに初雪が降り始めているらしい。これから長い長い冬が来るのだろう。辟易とした表情で「雪はもううんざりだよ」と零していた北の大国の顔が思い出された。
 イギリスも寒いのは好きではなかった。かと言ってロシアほど冬が嫌いと言うわけでもない。季節の移り変わりは確かに厳しさも与えてくるが、その時その時にしか見られない花や景色は、充分美しく町を彩る。
 だが、なにもかもが凍り付いてしまうかの国では、そんな暢気な事も言っていられないのだろう。

 きっと拗ねているんだろうな。
 雪を見るたびに不機嫌そうに表情を曇らせる、身体ばかりは大きい子供のような彼を思って自然と苦笑が漏れた。
 寒いのは嫌い、冷たいのは嫌い。冬なんて来なければいいのに。そう言ってイギリスの淹れた紅茶のカップで両手を暖めるその姿は、普段の彼からは想像も出来ないほど大人しかった。どこか退廃的な暗い眼差しで琥珀色の紅茶を見つめながら、色のない唇に浮かべた笑みは諦めにも似たもので、ロシアらしくないと思ったものだ。
 いつもは頭に来るくらい自分勝手で自己中心的なくせに、借りてきた猫のように大人しいだなんて気持ちが悪くて仕方がない。きっと今も、降り始めた雪を眺めながら暗い顔をしているんだろうな、と想像すると思わず溜息をついてしまった。

 淹れたての紅茶を一口飲む。
 立ち上る良い香りに両目を閉ざすと、なんとはなしに思い出される言葉の数々。

 イギリス君のお茶は美味しいねぇ。とくに雪が降っている時に飲むと、あったかくて大好きだよ。
 いいなぁ、いつも美味しい紅茶が飲めて。
 ね、僕にももっともっと頂戴。

 そうやって飽くまで幾度もねだられたことが思い出されてならない。元弟や隣国と違って、彼は素直に自分の紅茶を誉めてくれる。そしてそういう時は掛け値ない笑顔をくれるのだった。
 誰だって素直に好意を示されれば悪い気はしない。だからついつい甘やかしてしまうのも、きっと仕方がないことなのだ。


「しょうがねーな…」

 呟いて立ち上がると、着替えのために自室へ向かう。
 今から行けばきっと最終便に間に合うはずだ。
 彼が好きだと言った茶葉を持って、手作りのジャムも用意して、そして焼きたてのスコーンも持って行ってあげよう。
 きっと喜ぶに違いない。
 泣きそうな顔で雪を見つめる彼が、子供のような笑顔で迎えてくれるはずだ。
 そして朝まで暖炉の前に並んで座って、揺れる炎を見ながら下らない話をして朝を迎えればいい。
 そうすれば、冬の到来に落ち込む彼も少しは気が晴れることだろう。
 そう思いながらイギリスは、コートとマフラーをクローゼットから取り出して、トランクに荷物を詰め始めた。

 さぁ、寂しがりやな彼に会いに行ってあげようか。
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