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 紅茶をどうぞ
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はじまりの海 2
 ボストン港をティーポットにする。
 そう言って彼らは笑いながら342箱の紅茶の木箱を水底に沈めていった。
 イギリスはその時、アメリカと並んで、インディアン風にペインティングした50人ほどの人間たちの狼藉を呆然と見つめていた。
 これはお前の指示したことなのかと問えば、まだ眼鏡をかける前の彼は空色の瞳をめいっぱいに見開いて、青褪めた顔で唇を引き結んで何も言わなかった。
 鈍器で殴られたような衝撃に、イギリスの思考はいつになく悪い方向へと傾いた。何かを叫んだ気がしたが、あいにくとアメリカの苦痛に歪んだ表情以外記憶にない。


 会いたかったよイギリス!
 次はいつ来るんだい?
 嫌だ、帰るなんて許さないんだからな!

 そう言っていつもイギリスを求めてくれていた小さな子供は、いつしか銃を手にしていた。
 この海から全てははじまり、この海で終った。
 自分とアメリカの全てをこの海は知っているのだと思うと、こみあげてくる感情が苦しくてたまらない。



「とりあえず昼飯でも済ませるか……」

 なんとなく海を見ているとざわざわと鳥肌が立って仕方がなかった。ちょうど小腹も空いたことだし、気分転換に簡単に食事をしようと周囲を見回す。
 人気のない場所だったが、少し歩けば店があるので困る事はないだろう。荷物を手に歩き出そうとしたイギリスは、突然ぽん、と肩を叩かれて立ち止まった。
 
「ここはね、シーフードが美味しいんだよ」
「へ?」

 聞きなれた声で急に話しかけられ、慌てて後ろを振り向く。
 いつの間にいたのだろうか、そこにはアメリカの姿があった。驚きのあまり固まるイギリスに、彼は爽やかな笑顔を見せる。

「クラムチャウダーとロブスターが絶品!」
「お、お前、なんでここに……?」
「GPSって便利だよね。君がどこにいるのかすぐに分かったよ」
「……お前、軍のシステム使ったな……」
「ここは俺の国。国のものは俺のものなんだし、いいじゃないか、別に」

 GPSはアメリカが打ち上げた27個の衛星からの電波をもとに、自分のいる場所を測位するシステムのこと。最近では携帯電話やカーナビ、山歩きなどに利用されているが、もともとは軍事システムの一環として開発されたものだ。実践における航空機の航法、ミサイルのピンポイント爆撃などに使われているものが、民間にも徐々に広まり始めている。
 先月、イギリスも端末をアメリカから受け取っていた。緊急時に国がどこにいるのか分からなくては困ると言う上司からの進言もあり、友好国間で有事に利用する事になっている。
 無論間違ってもプレイベートでの使用など認められてはいない。

 あっけらかんとしたアメリカの態度に重く溜息をつきながら、イギリスはカバンにしまったままの端末を今すぐ海へと投げ捨てたい気分になった。

「なんの用だ」
「一人寂しい君の休暇に付き合ってあげようと思ってね!」
「結構だ。せっかくの旅行を台無しにされてたまるか」

 呆れた溜息をついてから、イギリスはさっさと背を向けた。今回は一人でゆっくり過ごすと決めている。アメリカの言動に振り回されるなんてまっぴらご免だった。

「イギリス」
「煩い、ついて来るな」
「ねぇ、イギリス」
「いい加減にしろ!」

 怒鳴った拍子にアメリカの腕が伸びてきて、がっしりと首に回された。
 いきなりのホールドに気管が締まって目の前が真っ暗になる。
 一歩間違えれば危うくブラックアウトするところだ。

「お、おま、なにしてんだ! 殺す気か!!!」
「待ってよイギリス」

 ぎゅうっと背後から抱き締められて、身動きが取れない。アメリカが肩に顎を乗せてくるのが重くて身を捩るが、背中に張り付いた青年はますます腕の力を強めた。
 正直、苦しい。

「なにすんだ、てめぇ…っ!」
「イギリス、好きだよ」
「はぁ!?」

 唐突な台詞に抵抗も忘れてイギリスは硬直した。
 もうなにがなんだか分からない。
 真っ白な頭の中に、アメリカの声だけが流れ込んでくる。

「ここからはじまったよね」
「……」
「君は幼い俺を抱き上げて、自分はイングランドだと名乗った」

 ふいの言葉に何も言えず大人しくなったイギリスから、アメリカの両腕が静かに外されていく。そして無言のままのイギリスの背に、今度は優しく触れてきた。こつん、と額が首筋に当てられるのを感じる。

「俺は、朝日を見ては君の訪れを心待ちにし、夕日を見ては会えない寂しさに涙した。いつでもこの港は、君を想う俺の居場所だった」
「……」
「そして、あの日が来た」
「……っ」
「君に背を向けたのもここだったよね。もう君とは一緒にやっていけない、君の支配は受けないと独立を叫んだのも、この港だった」


 はじまりの海、おわりの海。


「だからね、君はもう二度とここには来ないと思っていたんだ。いい思い出も悪い思い出もいっぱいありすぎて、俺もここに来る時はもやもやとしてしまうし」
「……」
「でも君がボストン行きのチケットを買ったと知って、もしかしたらって思ったんだ。もしかして、ここに来るのかな、って」
「職権乱用するなバカ」
「うん。でもこんなチャンス、二度とないと思ったから」

 アメリカが顔を上げる。
 そして肩に手を置くと、やや強引にイギリスを振り向かせた。
 サングラスを取ってまっすぐ正面からこちらの瞳を覗き込む。揺るぎのない強い眼差しははじめて出会った頃から少しも変わっていないと思った。

「君と初めて会って、君を待ち続けて、そして君と別れたここでもう一度出会えたら、俺ははじめようって思ったんだ」
「……なにを?」
「君との時間を。好きだって言ったし、愛してるとも言った。でもここからじゃないとはじまらないしはじめられない。かと言って無理やり君を連れて来たくはなかったし、それじゃ意味がないからね」
「俺が永遠に来なかったら?」
「いつまでも待つつもりでいたよ。だって、ここは俺にとって、最初から君を待つためだけの場所だったから」

 いくらでも待てる。
 そう言って笑うと、アメリカはそっとイギリスの頬に指先を滑らせた。
 
「はじめまして、そしてさようなら。だから次はまた、はじめましてからスタートすればいいかな、って」
「アホか。顔見知り相手に何がはじめましてだ」
「気持ちの問題だよ」
「下らねぇ」

 吐き捨てるように言って、それからイギリスはアメリカの手を振り払うと脱力したように地面にしゃがみこんだ。
 両手で髪の毛を掴んで深く俯く。気持ちがぐちゃぐちゃでどうしようもなかった。
 泣きたいのか笑いたいのか分からない。哀しいのか、切ないのか、苦しいのか……それとも嬉しいのか分からなかった。ただ、感情が高ぶって叫びだしたい気分でいっぱいだった。


「イギリス、泣かないで」
「泣いてねぇよ」
「じゃあ顔を上げてよ」
「……お前はずるい」
「うん」
「俺が、俺がどんな気持ちで小さなお前の手を取ったか」
「うん」
「抱き上げて、その軽さにびっくりして、守ってやらなくちゃって思って、俺に出来る事はなんでもしてやろうって思って、」
「うん」
「それなのに、お前、どんどん俺より大きくなるし。挙句の果てにはもう庇護はいらない、独立するって、勝手なことばっか言いやがって」
「うん」
「なのに、なのに」

 好きだと言われた。愛しているとも。
 そんな言葉を鵜呑みにするほど、イギリスはもうアメリカのことを信じてはいなかった。寄せられる好意を素直に甘受出来るような心は持ち合わせていなかった。
 そしてアメリカを信じられないそんな自分に、深く深く傷ついた。
 あんなに大事に想っていた彼の言葉を、受け止めきれない自分に激しい嫌悪感すら抱いたと言うのに。

 はじめようという。
 もう一度、ここからはじめようと。
 簡単に言ってのける目の前の男に、ひどく腹が立って仕方がなかった。どんなに苦しんだか、悲しんだか、そして痛かったか、知りもしないで誘いをかけてくるアメリカが憎かった。

 それなのに、それなのにどうしようもなく愛しい。


「お前なんか、当てにならない」
「イギリス」
「信じられないのに、こんなこと、おかしいのに」
「大丈夫、俺は君と違って短気じゃないからね! いつまでも待っててあげるよ、君がちゃんと言えるようになるまで」
「……っ!! お前が悪いんだからな!! お前のせいで俺はいっつも、」
「知ってるよ」

 下から掬われるように指先で顎を持ち上げられ、涙をいっぱいに溜め込んだイギリスの瞳が上を向く。
 アメリカの唇が目尻に触れると、じわりとそれは溢れ出た。

「俺は君の"特別"だからね」
「……っ、ちくしょう……」

 頬を伝う涙を拭われて、イギリスは腹立ち紛れにアメリカの胸倉を掴んだ。そして服が皺になるほど強く握り締めたあと、強く引いて顔を寄せる。
 唇を触れ合わせると、一瞬だけアメリカの目に戸惑いが浮かび、続いて心底嬉しそうに細められた。
 後頭部に手を当てられ、そのまま深く口吻けられる。
 昼間っから外で一体何をしているんだろう。周囲に人気がないのをいいことに、こんな馬鹿な真似をしている自分達は相当末期だ、と思った。

「お前、勝手すぎなんだよ…!」
「だって俺はアメリカだからね」
「なんだよそれ!!」
「アメリカは、ここは自由の国だよ」

 イギリスから離れてまで掴み取った自由を、行使しないわけがない。
 世界中でどこよりも強く願ったのだから、今更あとには引けないのだ。
 昔も今も、欲しいものはひとつ。

「イギリス、好きだよ。君は?」
「……っ……」
「ねぇ、言ってよイギリス」

 まるで子供の時のような甘えた声に、こんな時ばかり図々しい態度を取りやがってと、イギリスの拳がアメリカの下顎に思い切り叩き込まれる。
 不意討ちに避けることも出来ず後ろにひっくり返った青年を、勝ち誇ったように見下ろして肩をすくめると、イギリスは実に彼らしい笑顔で堂々と宣言をした。

「これで勘弁してやるよ、アメリカ」












 波音が聞こえる。
 遠い遠い昔に聞いた懐かしい音。
 小さなアメリカと、成長したアメリカと、そして現在のアメリカ。
 はじめましてと、さようならと、はじめまして。
 そんな単純な言葉に騙されるわけではなかったけれど、ここは自由の国発祥の地だから。

 彼も自分も好きに笑っていいのかもしれない。
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