紅茶をどうぞ
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[お題] 待ち合わせ場所の時計台
ロンドンにある一番有名な時計塔の下で、待ち合わせをした。
たまたまこちらであった仕事を片付けた夜に、駄目もとで送ったメールの返事は簡潔な指示。
寒空の下で見上げた空は、相変わらず灰色だった。
薄暗い店内には耳障りにはならない程度に絞られた音楽が流れ、ハイスツールに腰掛けたイギリスの前にはギムレットのグラスが置かれた。
彼がショートカクテルを頼むのは珍しい。隣で相変わらずウォッカをストレートで飲んでいるロシアとは対照的だった。
待ち合わせ後、移動したのは路地裏でひっそりと店を構えている一軒のバー。古いたたずまいは落ち着きと確かな味わいを提供する。
何度訪れても変わらぬその雰囲気に、自然と気持ちが穏やかになるのを感じた。
「ギムレットと言えば、"長いお別れ"だよね」
「そうだな」
ロシアがあげた小説のタイトルに、イギリスはふっと表情を消してどこか遠くを見つめる眼差しをした。
作中、主人公たちが最後に別れるシーンで効果的に使われたカクテル。もう二度と会わない、永遠の別れの場面。それはまるで自分とアメリカのようだと思った。
だからだろうか、このカクテルを飲む時、イギリスはアメリカの背中ばかりを思い出してしまう。別れを告げて自分の元を去っていった弟を。
「『サヨナラは、悲しくて、さびしくて、切実なひびきを持っている』……か」
「イギリス君はアメリカ君の事が本当に大好きなんだね」
「好きというか、まぁ愛していたんだろうな」
かわいくて、大切で、なんでもしてやりたくなるくらい愛していた。
初めて出来た家族。虐げる兄とは違う、暖かくて柔らかな光だった。
それももう、今はただ懐かしい、遠い遠い昔のお話。二度と戻らない安寧の記憶だ。
「いいなぁ、アメリカ君ばっかり」
「なにがだ」
「僕もイギリス君に愛されたいなぁ」
「連合王国の末席になら加えてやらんこともないぞ」
「え? 君がロシアになるんでしょ?」
「ばーか、言ってろ」
カウンターを挟んでシェイカーを振るバーテンダーの滑らかな動きを見つめながら、イギリスは細い足を指先で持ち上げ薄い硝子に唇をつけた。
一口含むとライムの爽やかな香りが広がり、続いてジンのほのかな苦味が舌先を刺激した。甘みが強いため今のイギリスの好みではなかったが、昔ながらのこの味に懐かしさの方が勝る。
「ハーフ&ハーフなんて、今じゃもう珍しいよね」
ロシアの長い指が、薄緑の液体を満たすグラスをそっとなぞった。まるでイギリスが触れた部分を確かめるかのように。
照明の落ちた中で柔らかく浮かび上がるそれは、ひどく淫靡な印象を与えてくるように感じた。
「最近はドライ志向だからな」
「甘い?」
「あぁ、甘い。でもこの味だ」
ジンとライムジュースを半分ずつ。ただそれだけがこのカクテルの本当の味だと言ったのは誰だったろう。
かつてイギリス海軍の軍医だったギムレット卿が、船員の深酒をたしなめる目的で作ったというカクテル。海軍は長い船旅のために起こる脚気に備えて大量のライムを積む。生は保存がきかないので加糖したジュースを代用していたが、それゆえに生まれた味だった。
辛口を好む風潮にあわせて現代ではライムジュースの割合をかなり減らしてしまっているが、当時はラムをはじめとする甘めの酒が好まれる時代だったし、ギムレットに使用されていたジンもオールド・トム・ジンと言って砂糖を加えた甘口のものだった。
「最近は生のライムを使うようになったからなぁ」
「コーディアルライムとはやっぱり違う?」
「色がぜんぜん違う」
絞りたての果汁を使うとどうしても水の色が白くにごってしまう。「神秘的」と称された美しい透明感は出ないのだ。
それに生の果汁は酸味が強すぎる。現在の方が確かに洗練されたものなのだろうが、イギリスにしてみればそれはギムレットとは呼ばない。
飲んでみるか?と珍しく傾けられ、ロシアは一瞬目を丸くし、それからゆっくりと相好を崩した。
イギリスの頬には赤みが差していて彼が酔っている事を告げている。もちろん乱れる素振りは見せてはいないが、だいぶタガが緩んでいるに違いない。それが自分達の距離を安易に縮めているようで少々嬉しく思う。
ありがとね、と囁いてロシアは素直に好意を受け取った。
「甘いね」
「お前はストレートが好きだもんな」
「うん、でもたまには割るよ。グレープフルーツを絞ったり」
「ソルティ・ドッグ?」
「ううん、テールレスドック。塩辛いのは余り好きじゃないんだ」
言いながらロシアは再び自分のグラスを手に取った。揺らすと透明なウォッカがゆらりと波打ち、淡い光を反射する。
「ソルティ・ドッグ・コリンズ、って言ったんだけどな」
「そっちはジンベースだよね」
「でもウォッカも悪くはない」
そう言ってこぼれる笑みは普段の仏頂面とは雲泥の差だ。イギリスは今、相当機嫌が良いのだろう。いつもはロシアに対して苦笑以外、笑顔のない彼だったが、こうやってほどよく酔った時だけ極上のそれを見せてくれる。
「かわいいなぁ」
「あ?」
「柄は悪いけどかわいいよね、君って」
「ばっかじゃねーの?」
「ほんと口の悪さは世界一だね」
「うっせ」
ふん、と鼻白んでイギリスはロシアの手からウォッカのグラスを取り上げた。そして甘さのないそれを一気に煽る。
焼けつくような熱さが喉を焼き、それがまた何とも言えず心地良かった。猫のようにすぅっと両目を細める彼に、ロシアもまたにこりと笑う。
「飼いたいなぁ」
「一億年はえーよ」
「せめて千年にまけてくれない?」
「やなこった」
「じゃ、三千年」
「待てるのか?」
ほんのりピンク色に染まった手のひらが、ロシアの頬を挑発的に撫でる。思い切り子ども扱いされていると分かっていても、彼の元弟のように反発はしない。そっと取って手の甲に唇を落として見せれば、気位の高い女王の国は、フランスの物真似なんてそれこそ一億年はえーよ、と笑った。
そうして二人、気が向いたまま馴染みの酒を注文しては時間をかけてゆっくりとグラスを空けていく。
きっと外は濃霧に違いない。
明け方の乳白色の空を思い浮かべて、次はホワイト・ルシアンでも頼もうかと思った。
たまたまこちらであった仕事を片付けた夜に、駄目もとで送ったメールの返事は簡潔な指示。
寒空の下で見上げた空は、相変わらず灰色だった。
薄暗い店内には耳障りにはならない程度に絞られた音楽が流れ、ハイスツールに腰掛けたイギリスの前にはギムレットのグラスが置かれた。
彼がショートカクテルを頼むのは珍しい。隣で相変わらずウォッカをストレートで飲んでいるロシアとは対照的だった。
待ち合わせ後、移動したのは路地裏でひっそりと店を構えている一軒のバー。古いたたずまいは落ち着きと確かな味わいを提供する。
何度訪れても変わらぬその雰囲気に、自然と気持ちが穏やかになるのを感じた。
「ギムレットと言えば、"長いお別れ"だよね」
「そうだな」
ロシアがあげた小説のタイトルに、イギリスはふっと表情を消してどこか遠くを見つめる眼差しをした。
作中、主人公たちが最後に別れるシーンで効果的に使われたカクテル。もう二度と会わない、永遠の別れの場面。それはまるで自分とアメリカのようだと思った。
だからだろうか、このカクテルを飲む時、イギリスはアメリカの背中ばかりを思い出してしまう。別れを告げて自分の元を去っていった弟を。
「『サヨナラは、悲しくて、さびしくて、切実なひびきを持っている』……か」
「イギリス君はアメリカ君の事が本当に大好きなんだね」
「好きというか、まぁ愛していたんだろうな」
かわいくて、大切で、なんでもしてやりたくなるくらい愛していた。
初めて出来た家族。虐げる兄とは違う、暖かくて柔らかな光だった。
それももう、今はただ懐かしい、遠い遠い昔のお話。二度と戻らない安寧の記憶だ。
「いいなぁ、アメリカ君ばっかり」
「なにがだ」
「僕もイギリス君に愛されたいなぁ」
「連合王国の末席になら加えてやらんこともないぞ」
「え? 君がロシアになるんでしょ?」
「ばーか、言ってろ」
カウンターを挟んでシェイカーを振るバーテンダーの滑らかな動きを見つめながら、イギリスは細い足を指先で持ち上げ薄い硝子に唇をつけた。
一口含むとライムの爽やかな香りが広がり、続いてジンのほのかな苦味が舌先を刺激した。甘みが強いため今のイギリスの好みではなかったが、昔ながらのこの味に懐かしさの方が勝る。
「ハーフ&ハーフなんて、今じゃもう珍しいよね」
ロシアの長い指が、薄緑の液体を満たすグラスをそっとなぞった。まるでイギリスが触れた部分を確かめるかのように。
照明の落ちた中で柔らかく浮かび上がるそれは、ひどく淫靡な印象を与えてくるように感じた。
「最近はドライ志向だからな」
「甘い?」
「あぁ、甘い。でもこの味だ」
ジンとライムジュースを半分ずつ。ただそれだけがこのカクテルの本当の味だと言ったのは誰だったろう。
かつてイギリス海軍の軍医だったギムレット卿が、船員の深酒をたしなめる目的で作ったというカクテル。海軍は長い船旅のために起こる脚気に備えて大量のライムを積む。生は保存がきかないので加糖したジュースを代用していたが、それゆえに生まれた味だった。
辛口を好む風潮にあわせて現代ではライムジュースの割合をかなり減らしてしまっているが、当時はラムをはじめとする甘めの酒が好まれる時代だったし、ギムレットに使用されていたジンもオールド・トム・ジンと言って砂糖を加えた甘口のものだった。
「最近は生のライムを使うようになったからなぁ」
「コーディアルライムとはやっぱり違う?」
「色がぜんぜん違う」
絞りたての果汁を使うとどうしても水の色が白くにごってしまう。「神秘的」と称された美しい透明感は出ないのだ。
それに生の果汁は酸味が強すぎる。現在の方が確かに洗練されたものなのだろうが、イギリスにしてみればそれはギムレットとは呼ばない。
飲んでみるか?と珍しく傾けられ、ロシアは一瞬目を丸くし、それからゆっくりと相好を崩した。
イギリスの頬には赤みが差していて彼が酔っている事を告げている。もちろん乱れる素振りは見せてはいないが、だいぶタガが緩んでいるに違いない。それが自分達の距離を安易に縮めているようで少々嬉しく思う。
ありがとね、と囁いてロシアは素直に好意を受け取った。
「甘いね」
「お前はストレートが好きだもんな」
「うん、でもたまには割るよ。グレープフルーツを絞ったり」
「ソルティ・ドッグ?」
「ううん、テールレスドック。塩辛いのは余り好きじゃないんだ」
言いながらロシアは再び自分のグラスを手に取った。揺らすと透明なウォッカがゆらりと波打ち、淡い光を反射する。
「ソルティ・ドッグ・コリンズ、って言ったんだけどな」
「そっちはジンベースだよね」
「でもウォッカも悪くはない」
そう言ってこぼれる笑みは普段の仏頂面とは雲泥の差だ。イギリスは今、相当機嫌が良いのだろう。いつもはロシアに対して苦笑以外、笑顔のない彼だったが、こうやってほどよく酔った時だけ極上のそれを見せてくれる。
「かわいいなぁ」
「あ?」
「柄は悪いけどかわいいよね、君って」
「ばっかじゃねーの?」
「ほんと口の悪さは世界一だね」
「うっせ」
ふん、と鼻白んでイギリスはロシアの手からウォッカのグラスを取り上げた。そして甘さのないそれを一気に煽る。
焼けつくような熱さが喉を焼き、それがまた何とも言えず心地良かった。猫のようにすぅっと両目を細める彼に、ロシアもまたにこりと笑う。
「飼いたいなぁ」
「一億年はえーよ」
「せめて千年にまけてくれない?」
「やなこった」
「じゃ、三千年」
「待てるのか?」
ほんのりピンク色に染まった手のひらが、ロシアの頬を挑発的に撫でる。思い切り子ども扱いされていると分かっていても、彼の元弟のように反発はしない。そっと取って手の甲に唇を落として見せれば、気位の高い女王の国は、フランスの物真似なんてそれこそ一億年はえーよ、と笑った。
そうして二人、気が向いたまま馴染みの酒を注文しては時間をかけてゆっくりとグラスを空けていく。
きっと外は濃霧に違いない。
明け方の乳白色の空を思い浮かべて、次はホワイト・ルシアンでも頼もうかと思った。
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