紅茶をどうぞ
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Freedom -1-
「好きだよ」
驚くほどあっさりと簡単に言われた。
それまでの出来事などまるで関係ないとでも言うかのように、互いに横たわった溝の深さなど軽がると飛び越えてしまったかのように、アメリカはそう言った。
あまりにまっすぐで躊躇いのないその言葉にイギリスは一瞬、思考が止まる。少しだけ高い位置にあるアメリカの目を見上げると、逆光にたたずむその色は翳って見えなかった。
別に珍しい台詞じゃない。誰しもが一度は口にした事があるであろう、ありふれた言葉だ。アメリカが幼い頃はイギリスだって彼に囁いた事があるし、彼からも会うたびに言われたことがある単語に過ぎない。
可愛いアメリカ。広い大地ですくすくと育った、宝物のように大切だったアメリカ。
ねぇ、イギリス大好きだよ、大好き、大好き。イギリスが一番だよ。
それは何度となく耳にしてきた言葉だ。
それなのに、愛しんだ子供は簡単に自分を裏切った。
振り払われた手が傷を負って血を流し、逃すまいと押さえつけ尽き立てた爪はアメリカの身体を傷つけた。
結局、自分が傷つくのもアメリカを痛めつけるのも嫌で、イギリスはアメリカの手を離し彼を自由にするしかなかった。
戦争をし続けて、互いにとめどなく憎みあうのはご免だった。裏切られても背を向けられても、それでもどうしたってイギリスはアメリカと過ごした日々を忘れられない。忘れたくはない。
それに、みっともなく執着し続けるのも己の忸怩が許さなかったし、またその選択を後悔したことは一度としてなかった。
――――― けれど。
あっという間に飛び去ってしまったその背を、離れていく光を成す術もなく見送るだけしか出来なかったあの時の、砂を噛むような苦い思いは二度と味わいたくはない。
あの雨の日以来、酷く冷たくて寒い夜が続いた。それまで負った事がない哀しみと痛みを得た。
辛さのあまり、暖かな過去を振り返るのを恐れるほどにそれはイギリスを苛んだ。
だからだろうか。今更、何を言われても感情が動かない。
凪いだ脳裏にアメリカの声が流れ込んできたけれど、イギリスはただ色のない眼差しで相手を見つめるだけだった。
何を言っているのだろう、この男はと。
「君を愛しているよ、イギリス」
そう言ってこの上なく晴れやかに笑うアメリカの顔は、かつて見た幼い子供の面影を色濃く残していた。
だが伸びた手足、高くなった背、低い声音、そして硝子の隔たり。
何もかもがもう、自分が愛したあの子供のものではない。
あの時失ったぬくもりは二度とイギリスの手には返らないのだ。
「気持ち悪いこと、言ってんじゃねーよ」
背筋を這い上がる悪寒。鳩尾を疼かせる嫌悪感。
ぐるぐると渦巻くそれらがあまりにも不愉快で、吐き捨てるようにそう言うと、アメリカの目が驚いたように見開かれる。
ふいに翳りの中で濡れたように光る空色が見えた。
あぁ、明日は晴れるだろうか。
そんな事を思いながらイギリスは、立ち尽くすアメリカの横をすり抜けてその場を後にしようとした。
「待ってよ」
呼び止める声を無視してドアに向うイギリスの腕を、無遠慮に容赦なくアメリカが掴んだ。
ほぼ条件反射的にイギリスの手が懐に滑り込む。見惚れるくらい素早い動きで拳銃を取り出すと、彼はガチリと金属音を響かせて撃鉄を起こした。
「気安く触るな」
アメリカの眉間に銃口を押し当てながら、イギリスはこれ以上はないほど冷たい声で拒絶する。明るい金色の髪が大きく揺れて黒塗りの先端に散らばった。
「イギリス」
「離せ。風穴を開けられたいのか、バーガー野郎」
「嫌だよ。ねぇ、何で? どうして怒ってるの? 分からないよ」
「お前は俺を裏切った」
「あの戦争が裏切りだと言われればそうなのかもしれない。でも、君が言ったんじゃないか」
「…………」
「もしかして忘れてしまったのかい?」
アメリカは大げさに首を振って空いた片手を上向きにひょいと持ち上げた。
押し当てられている銃のことなどちっとも気にしていない様子で、イギリスの目を覗き込んでくる。
あまりに無邪気なその仕草がたまらなく不快だった。べらべらと並べられた薄っぺらい言葉など聞きたくもない。
いっそ、本当に撃ってやろうかとそう思ったが、こんなところで国際問題を引き起こしても良いことなどひとつもない。イギリスは威嚇にもならなかった銃を仕方なしに胸元に仕舞うと、未だ掴まれたままの腕を大きく捩って振りほどいた。
しかし諦めの悪いアメリカが今度は両手で肩を掴んでくる。強い力だった。
「てめ、いい加減にしやがれ!」
「好きだよ、愛してる。イギリス」
「気持ち悪いっつってんだろ!!」
自分から背を向けたくせに。
簡単に見限ったくせに。
抱きしめた腕を切り捨てていったくせに。
裏切って逆らって平気で苦しめたくせに。
あんなにあんなに好きだったのに。
大切にしたのに。可愛がっていたのに。
愛していたのに。
「触るなっ!!!」
蹴り上げた足が綺麗に決まって、アメリカの身体が吹っ飛んだ。
背後の家具に激突した彼は、ぶつかった反動で一瞬だけ跳ねてそのまま床に崩れ落ちる。衝撃に細身のフレームの眼鏡が弾かれ、がしゃんという音がした。
打ち所が悪かったのか、小さくうぅ、と呻いたきりアメリカは動かない。そんな彼の上に、激しく揺れた棚から陶器製の皿が何枚も降ってきた。
驚愕に目を見開くイギリスには、それはまるでスローモーションのように映る。危ない、そう思った瞬間、咄嗟に身体が動き手を伸ばしていた。
無意識にアメリカの頭を庇うように抱きしめる。
砕け散る音と共に、朱に染まる視界。
『君が言ったんじゃないか。忘れてしまったのかい?』
無理だよイギリス、こんな無茶な要求は飲めない。……従えないよ。
そうか。ならば今日からお前は俺の敵だ。覚悟はいいな?
俺は君とは戦いたくない!
アメリカ。自由を求めるなら武器を取れ。
――――― 真の自由は、独立によってのみ得られるものだ。
そう、教えたのは確かに自分だった。
あぁそうだ。
あの時、最初に手を離したのは自分の方だったのだ。
驚くほどあっさりと簡単に言われた。
それまでの出来事などまるで関係ないとでも言うかのように、互いに横たわった溝の深さなど軽がると飛び越えてしまったかのように、アメリカはそう言った。
あまりにまっすぐで躊躇いのないその言葉にイギリスは一瞬、思考が止まる。少しだけ高い位置にあるアメリカの目を見上げると、逆光にたたずむその色は翳って見えなかった。
別に珍しい台詞じゃない。誰しもが一度は口にした事があるであろう、ありふれた言葉だ。アメリカが幼い頃はイギリスだって彼に囁いた事があるし、彼からも会うたびに言われたことがある単語に過ぎない。
可愛いアメリカ。広い大地ですくすくと育った、宝物のように大切だったアメリカ。
ねぇ、イギリス大好きだよ、大好き、大好き。イギリスが一番だよ。
それは何度となく耳にしてきた言葉だ。
それなのに、愛しんだ子供は簡単に自分を裏切った。
振り払われた手が傷を負って血を流し、逃すまいと押さえつけ尽き立てた爪はアメリカの身体を傷つけた。
結局、自分が傷つくのもアメリカを痛めつけるのも嫌で、イギリスはアメリカの手を離し彼を自由にするしかなかった。
戦争をし続けて、互いにとめどなく憎みあうのはご免だった。裏切られても背を向けられても、それでもどうしたってイギリスはアメリカと過ごした日々を忘れられない。忘れたくはない。
それに、みっともなく執着し続けるのも己の忸怩が許さなかったし、またその選択を後悔したことは一度としてなかった。
――――― けれど。
あっという間に飛び去ってしまったその背を、離れていく光を成す術もなく見送るだけしか出来なかったあの時の、砂を噛むような苦い思いは二度と味わいたくはない。
あの雨の日以来、酷く冷たくて寒い夜が続いた。それまで負った事がない哀しみと痛みを得た。
辛さのあまり、暖かな過去を振り返るのを恐れるほどにそれはイギリスを苛んだ。
だからだろうか。今更、何を言われても感情が動かない。
凪いだ脳裏にアメリカの声が流れ込んできたけれど、イギリスはただ色のない眼差しで相手を見つめるだけだった。
何を言っているのだろう、この男はと。
「君を愛しているよ、イギリス」
そう言ってこの上なく晴れやかに笑うアメリカの顔は、かつて見た幼い子供の面影を色濃く残していた。
だが伸びた手足、高くなった背、低い声音、そして硝子の隔たり。
何もかもがもう、自分が愛したあの子供のものではない。
あの時失ったぬくもりは二度とイギリスの手には返らないのだ。
「気持ち悪いこと、言ってんじゃねーよ」
背筋を這い上がる悪寒。鳩尾を疼かせる嫌悪感。
ぐるぐると渦巻くそれらがあまりにも不愉快で、吐き捨てるようにそう言うと、アメリカの目が驚いたように見開かれる。
ふいに翳りの中で濡れたように光る空色が見えた。
あぁ、明日は晴れるだろうか。
そんな事を思いながらイギリスは、立ち尽くすアメリカの横をすり抜けてその場を後にしようとした。
「待ってよ」
呼び止める声を無視してドアに向うイギリスの腕を、無遠慮に容赦なくアメリカが掴んだ。
ほぼ条件反射的にイギリスの手が懐に滑り込む。見惚れるくらい素早い動きで拳銃を取り出すと、彼はガチリと金属音を響かせて撃鉄を起こした。
「気安く触るな」
アメリカの眉間に銃口を押し当てながら、イギリスはこれ以上はないほど冷たい声で拒絶する。明るい金色の髪が大きく揺れて黒塗りの先端に散らばった。
「イギリス」
「離せ。風穴を開けられたいのか、バーガー野郎」
「嫌だよ。ねぇ、何で? どうして怒ってるの? 分からないよ」
「お前は俺を裏切った」
「あの戦争が裏切りだと言われればそうなのかもしれない。でも、君が言ったんじゃないか」
「…………」
「もしかして忘れてしまったのかい?」
アメリカは大げさに首を振って空いた片手を上向きにひょいと持ち上げた。
押し当てられている銃のことなどちっとも気にしていない様子で、イギリスの目を覗き込んでくる。
あまりに無邪気なその仕草がたまらなく不快だった。べらべらと並べられた薄っぺらい言葉など聞きたくもない。
いっそ、本当に撃ってやろうかとそう思ったが、こんなところで国際問題を引き起こしても良いことなどひとつもない。イギリスは威嚇にもならなかった銃を仕方なしに胸元に仕舞うと、未だ掴まれたままの腕を大きく捩って振りほどいた。
しかし諦めの悪いアメリカが今度は両手で肩を掴んでくる。強い力だった。
「てめ、いい加減にしやがれ!」
「好きだよ、愛してる。イギリス」
「気持ち悪いっつってんだろ!!」
自分から背を向けたくせに。
簡単に見限ったくせに。
抱きしめた腕を切り捨てていったくせに。
裏切って逆らって平気で苦しめたくせに。
あんなにあんなに好きだったのに。
大切にしたのに。可愛がっていたのに。
愛していたのに。
「触るなっ!!!」
蹴り上げた足が綺麗に決まって、アメリカの身体が吹っ飛んだ。
背後の家具に激突した彼は、ぶつかった反動で一瞬だけ跳ねてそのまま床に崩れ落ちる。衝撃に細身のフレームの眼鏡が弾かれ、がしゃんという音がした。
打ち所が悪かったのか、小さくうぅ、と呻いたきりアメリカは動かない。そんな彼の上に、激しく揺れた棚から陶器製の皿が何枚も降ってきた。
驚愕に目を見開くイギリスには、それはまるでスローモーションのように映る。危ない、そう思った瞬間、咄嗟に身体が動き手を伸ばしていた。
無意識にアメリカの頭を庇うように抱きしめる。
砕け散る音と共に、朱に染まる視界。
『君が言ったんじゃないか。忘れてしまったのかい?』
無理だよイギリス、こんな無茶な要求は飲めない。……従えないよ。
そうか。ならば今日からお前は俺の敵だ。覚悟はいいな?
俺は君とは戦いたくない!
アメリカ。自由を求めるなら武器を取れ。
――――― 真の自由は、独立によってのみ得られるものだ。
そう、教えたのは確かに自分だった。
あぁそうだ。
あの時、最初に手を離したのは自分の方だったのだ。
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