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 紅茶をどうぞ
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[お題] 眠れない夜
 自宅にはじめて彼を招き入れてから大分日が経つ。
 最初の頃は物珍しそうに周囲を見回し、どことなく居心地悪そうにしながらも出された紅茶をおいしそうに飲むその姿が、案外素直ででかい図体に似合わず可愛かった覚えがある。
 そのうち少しずつ慣れてきて、ソファに座りながらスコーンを頬張って、差し込む陽光をめいっぱい浴びて幸せそうにしている姿に、気付けばこちらまで和んでしまっていた。
 徐々に溶け込んでくる雰囲気は、普段の警戒心の強い彼からは思いも寄らないほど無防備だ。隣に座ると遠慮がちに身体を寄せてくるところは、甘え方を知らない距離感が感じられて、自然と過去の自分に重ねてしまう。そういう時は少しだけ寂しいと思った。

 ロシアは口数があまり多くはない。
 国際会議の時でも、水を向けられなければ必要以上に自分から発言するような事はなかった。
 まぜっかえすような言葉をたまに差し挟むものの、基本的にはにこにこと笑ってイギリスやアメリカの意見を聞いているだけの方が多い。(ただし賛同することは稀だ)
 それはプライベートの時間ではなおさらそうで、こうやって二人で紅茶を飲んでいても会話はいつも短い単語だけ、お互いの過去や現在、未来について何か語り合うようなことはほとんどなかった。
 話したくもないし、聞きたくもないからかもしれない。
 イギリスもまた仕事以外ではいたって無口で、黙々と本を読んだり刺繍をしたり、ガーデニングをすることが多いので、ロシアと過ごす時間に不快感や気まずさ、物足りなさを覚えることはあまりなかった。

 ―――― ただひとつを除いては。




 

「イギリス君、そろそろ寝ようか」

 酒のグラスを空けて、夜も更けた頃ロシアが声を掛けてきた。
 イギリスはほんのり赤く染まった顔で彼を見上げ、それからゆっくりと頷いた。酔いは程好く、眠気もそれなりにある。明日の事を考えるとこの辺で休むのが妥当だろう。

 二ヶ月に一度ほどの割合で、ロシアはロンドン郊外のイギリスの家を訪れるし、イギリスもまたモスクワ郊外のロシアの家へ邪魔をするようになっていた。
 特別に用事があるわけではない。頻繁な行き来があるわけでもない。ただ、ふらりと空いた時間に短く携帯にメールをするだけで、事前に約束など交わすことも無かった。
 明日、空いているか? うん、空いているよ。 じゃあ行く。 気を付けてね。
 こんなようなやりとりだけだ。
 駄目なら駄目。いいならいい。一言だけしか交わされない。
 それでも家を出る時は心が浮き立つものだし、相手を迎え入れる時もまた、不思議と胸中が凪ぐ。
 あぁ、楽しみなんだな、と自分でも実感するほどだった。

 そして今日、イギリスはロシアの家に泊り掛けで来ていた。相変わらず事前連絡は前日の夕方の携帯メール数回のみ。
 何度か訪れたことのあるロシアの家は、相変わらず広くて暖かくて、外の身を切るような寒さを一時忘れてしまうほどだった。
 食事をして、お茶をして。酒を傾けるのもいつもの通り。そうやってのんびりと過ごしてお互い、会話らしい会話もなかった。その沈黙が心地良い。

「寝るか」

 立ち上がってグラスを流しに下げる。そして歯を磨いて用意された寝室へと向かう途中、ロシアを振り返ってイギリスはその顔を見上げた。
 不思議そうに首を傾げる彼に問い掛ける。

「今日は一緒に寝ないのか?」
「え? あぁ……うん。大丈夫」
「そうか」

 ロシアはごくごくたまにだったが、イギリスと同じベッドで寝たがることがあった。
 はじめそれを願われた時、イギリスは持ち前の思考回路をフルに発揮して、まぁ有態に言えば"誘われている"と思ったものだ。
 自分達は世間一般に言うような「恋人同士」ではなかったが、ロシアが好きだと告白してきた時に、自分も嫌いじゃない、と答えたことがあった。だから、寝よう、と言われれば誘われていると受け止めても不思議ではない。決して自分がエロいわけではないと思っている。
 ロシアの事は本当に嫌いではなかったし、さすがに恋人と呼ぶにはあまりにも寒すぎて勘弁してくれとは思うが、求められて拒絶するほど嫌悪感を抱く相手ではなかった。それに貞操観念の緩い過去を持つイギリスとしてみれば、この程度は火遊びのうちにも入らない。男と寝た経験くらいあるし、どうしても嫌な相手ならどんな手段を用いてでも退けてきた。
 だからロシアが寝たいというのなら構わないと思い、逡巡しながらも頷いたのだった。
 だがどうだろう。結果はお笑い種とも言うべきもので、並んでベットインしたものの、ロシアはイギリスの隣で大人しく目を閉じ、そのまま普通に寝入ってしまったのだ。
 文字通り「一緒に寝よう」とはまさにこのことで、イギリスは目を丸くして驚いた末に天井を仰いで、深い溜息をつくこととなった。
 期待していたわけではなかったが、いくらなんでもこれはないだろう。そう思いながら呆れ果てて眠りに落ちたことを覚えている。
 あれから数回。やはりロシアは同じベットに入ることを望んだが、イギリスに触れようとはしなかった。大人しく隣で寝息を立てるのみだ。
 別にどうしても彼としたいわけではない。だがなんとなく釈然としない気持ちを抱えているのも事実だ。元来イギリスは色事を好む性質だったし、ロシアとそうすることにも純粋に興味を感じていた。普段飄々とした彼がどんな顔をするのか見てみたいという欲望もある。
 だが相手にその気もないのに自分から誘うほどイギリスも、自尊心が低いわけではなかった。

 ―――― たとえどんなに物足りなく感じていても。


「じゃあ俺は寝る。おやすみ」
「うん、おやすみなさい。…………あ、」

 背を向けてさっさと寝てしまおうとゲストルームのドアに手を掛けたイギリスは、ロシアの躊躇いがちな声に気付いて振り返る。
 珍しく物言いたげな視線にぶつかり、一瞬戸惑う。だがすぐに怪訝そうに眉を顰めた。

「なんだよ?」
「うん……あの、ね。やっぱり今日も一緒に寝てもらって、いい?」
「……あぁ」
「で、もうひとつお願いがあるんだけど」

 そう言われて、イギリスはこれまでの経験上さらりと受け流そうと思いつつも、心のどこかで期待する気持ちを拭いきれずにいた。
 まるで待ち望んでいるかのようで非常に不本意だったが、そろそろ一線を越えてもいいのではないかと思うのだ。
 ただのお友達ごっこをするには自分達を取り巻く環境は決して平穏ではい。平凡な友人関係を築きたいのであれば、何も相手はロシアでなくともいいし、国同士の国際交流という理由だけならば、こうやって互いの家を行き来する必要などなかった。わざわざプライベートな領域に入って距離を縮めるような愚行は、自分もロシアも犯さないだろう。
 その先に、別の感情があるからに違いない。


「なんだ? 聞いてやるから言ってみろよ」

 尊大な態度を取りながらも、少しだけ楽しみにしながらイギリスは言った。ロシアの言葉を待ちながら、今日こそはもしかして、と思っていたのだ。
 が。

「あのね、手を、握ってもいいかな? 寝てる時」
「手……?」
「うん。ぎゅっとしててもいい?」
「ぎゅっ…………」

 ほんの少し頬を染めて、見上げるほど身長の高い男にそんなことを言われてみろ。自分でなくとも混乱するだろう。
 イギリスはそう思いながら、今まで味わった事のないほどの脱力感に支配されつつ、がくりと首を落とした。
 自分はエロいのだろうか。確かに世間では「エロ大使」という不名誉な称号を押し付けられてはいる。だが、思考回路がそちらの方向に直結してしまうのは自分が悪いからなのだろうか。
 いや違う。絶対に違う。大の大人の男が並んでベットに寝るという構図の方が、もっとずっとおかしいだろう、常識的に考えて!


「ロシア」
「な、なに?」

 底冷えのする声音で呼びかけられて、ロシアが困惑したような表情でこちらを見下ろす。イギリスはその顔を見上げながら、据わった眼差しで両手を伸ばした。
 そして高い位置にあるロシアの頬を掴んで引き寄せ、下から思い切り口吻けた。

「んー…っ!」

 びっくりした表情のまま固まるロシアの口腔を、時間をかけて思いっきり舌先で蹂躙してやる。何度も何度も息継ぎの間を与えないくらいたっぷり弄り、充分味わってから満足気にゆっくりと離した。
 唇を濡らす唾液を舐めとると、はっとしたように肩を揺らしてロシアは一歩退いた。上気した顔で口元を押さえ、彼は何かくぐもった声を上げてから廊下にしゃがみこむ。

「世界一のキスはどうだった?」

 にやりと笑って意地悪く尋ねると、珍しい涙目で睨みつけられた。
 思わずその反応におかしくなって吹き出してしまう。

「酷いなぁ、イギリス君。笑うことないじゃない」
「だってお前、可愛すぎるだろ、その反応! ファーストキスでもあるまいし。ハグとキスはロシア人お得意じゃねーか」
「本当にびっくりしたんだからね。からかって遊ばないでよ」

 拗ねたように唇を尖らせるロシアに、イギリスは側に寄ると膝をついて、今度は柔らかく額にキスをした。宥めるように、そっと。

「なぁ、ロシア」
「なに」
「お前、俺のこと好きだって言ったよな?」
「うん。大好きだよ、君のこと」
「なら」
「だから一緒にいるとすっごくほっとするし、眠れない夜も安心して寝られるんだ。君がいない夜はウォトカがないと朝が来るまですごく長く感じられるけど、君となら熟睡出来て嬉しいなぁ」

 そうしてにっこりと笑いながらこちらの手をぎゅっと握る。気を取り直したように勢いよく立ち上がると、ロシアはイギリスを自室の方へと引っ張っていった。
 言うべき言葉が何ひとつ見付けられないまま、イギリスは聞こえないように溜息をつきつつ、しょうがなく大人しく従う。これはもう何を言っても無駄だろう。
 このままでいけば近い将来、抱き枕くらいまでには昇格出来るかもしれない。……そう考えてあまりにも情けなくて涙が出そうだった。

 子供だ子供だとは思っていたが、ここまでとは。

 それでもまぁ、しばらくは眠れない夜の安眠剤代わりにされるのも悪くはない、とイギリスは諦めにも似た笑みを浮かべた。感じるくすぐったさがどこか懐かしい。
 ロシアのベットに潜り込みながら、そろそろと握られた手に指先を絡める。伝わる体温に彼が少しでも安心するように。
 その昔、幼子を抱き締めて眠った夜の数々を思い出した。何より幸せで大切な記憶。だから彼にもその暖かさを分けてあげられればいいと思った。

 北の凍える大地で寒さに震える、大きな子供のために。

「おやすみ」

 おやすみ、良い夢を。
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