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 紅茶をどうぞ
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[お題] 住み慣れた私の部屋
 会いたいな、と思った。


 採れたてのクランベリーを近所の婦人に分けて貰った今朝、なんとなくソースにするかジュースにするかを迷いながらそう思った。
 以前、アメリカとカリフォルニアに行った時に、籠一杯に摘んだ事を思い出したからかもしれない。
 小さくて真っ赤な果実で作るジュースを、彼が幼少より好きだったから思い出したのかもしれない。
 理由はどうあれ、イギリスはボールに入れた瑞々しいクランベリーを指先で転がしながら、傍若無人な眼鏡の青年の無邪気な笑顔を脳裏に浮かべていた。

 日常の、ほんのささいな出来事でもこうやってアメリカの存在はイギリスの思考を攫っていく。面白いくらい簡単に。
 たとえば読みかけの本に挟んだ栞がアクレイギアの押し花だったり、壁に掛けた時計の12時のところに小粒の美しいサファイアがはめ込まれていたり。
 食器棚に並んだディズニーキャラクターのマグカップだったり、畳んでおいてあるランチョンマットが星条旗だったり。
 机の上に転がる万年筆やボールペン、果ては窓際に置かれた小さな小瓶さえも、アメリカを思い出すには充分だった。
 細かいものから分かりやすいものまで、家中にいつの間にか彼との想い出が溢れていた。最初からあったものもあれば、あとから追加されたものもある。
 二人の歴史が重なってから数百年。国にしてみれば案外短い、だが人にすれば気の遠くなるような長い年月を共にしてきたのだ。日常も非日常も経験している二人に共通するものは驚くほど多い。
 同じものを見て、同じ音を聞いて、同じ時間を刻んだ。別々の場所で、あるいは隣に並んで共有してきたものばかりだ。

 だからだろうか。
 まるでどんな一瞬にでも彼がいるかのように錯覚してしまう。


 隣国に疲れないのか?と問われても、こればかりは無意識下のことなので自分自身では止めようがない。困るわけでもなければ不愉快なわけでもないので、深く気にしたことがないと言った方が正解だったが。


 アメリカに会いたいな。


 昔はそれこそ交通手段が船のみだったので、時間ばかりがかかって気持ちが急いて仕方がなかった。
 今は飛行機でひとっ飛び。もちろん短縮されただけで一瞬というわけにはいかなかったが、何日もかけて荒波を乗り越えていった頃に比べると格段に早いし安全だ。
 それに、会いたいという気持ちが素直に叶えられる今の時勢が何よりも嬉しい。
 戦時下では様々なしがらみがあり、確執ゆえに互いを隔てる障害は計り知れないほど大きかった。長い歴史上、平和な時間を享受出来る今のような時代は貴重であり、いつまたくるとも知れぬ戦乱の影に怯えながらも、心の底から平和を尊んでもいる。


 あぁ、そうだ。幸せなんだ。


 電話の側まで歩き、受話器を手に取り、耳に当てる。
 ダイヤルをして数秒後には遠い北米にある彼の家の電話が鳴った。
 なんて便利で、なんてありがたいことだろう。
 争いによって生み出された数多くの文明の利器。発明品は時として戦争の道具となってきたが、人々を豊かにもしてきた。
 科学の恩恵は国を良い方にも悪い方にも導いてきたのだ。


 会いたい。


 一言告げて、空飛ぶ翼に飛び乗ろう。
 広い海原を越えて、アメリカに会いに行こう。
 朝摘みのクランベリーで作ったソースとジュースをカバンにつめて、焼き立てのスコーンを持って。


「ハロー」


 明日そっちに行く。
 だからそれまでに仕事を終らせておくように。
 さぼってばかりで溜め込むのは良くないぞ。
 身体に悪いから珈琲は飲みすぎるなよ。
 それから、それから。


 口煩いことは抜きで。


 並んで星空を見上げよう。
 干草の上に寝転んで、広い広い夜空に散らばる星を眺めた、あの頃のように。
 拗ねるのはやめて、昔を懐かしもう。


 どんな瞬間もすべて大切だと今なら言えるから。
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