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 紅茶をどうぞ
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Before-After
 俯いた時に前髪が目元にかかる。
 眼鏡のレンズに当るのが邪魔で、ペンを持つ方とは逆の手でかきあげると、そのまま押さえた状態で書類にサインを書き連ねていった。

「お前、邪魔なら切れよ」

 デスク前の応接セットに腰を下ろして、持参した単行本に目を通していたイギリスが、気付いてこちらに視線を投げて寄こす。
 アメリカはそうなんだけどね、と呟いて指先で自らの髪をもてあそぶ。
 最近忙しさにかまけて放っておいた結果がこれだ。ちょっと長い方がかっこいいかもとは思っていたが、さすがに伸ばしすぎだという事は指摘されるまでもなく自分でも分かっていた。

「まぁそのうちね。とりあえずこれが終らない限り君とお茶をする時間も取れやしない」
「そんなに無理するくらいなら別に今日じゃなくたって良かったんだぞ?」
「でも来週は君が駄目なんだろう?」
「だからって……」

 呆れたように溜息交じりで呟きながらも、イギリスはそれ以上邪魔をしないようにと押し黙り、再び膝の上の本に目を落とした。
 アメリカもとくに何も言わず黙々とペンを走らせた。
 なるべく苛立ちが表に出ないよう、軽く唇を噛み、小さく舌打ちしながら。 





 イギリスと今日会う予定は、先週末にようやく取り付けた約束だった。
 お互い責任ある立場なので好きな時に休みを取ることもままならず、国土も離れているため気軽に会うことも出来ない毎日。無論、それは今にはじまった事ではない。
 アメリカが幼い頃はもっとずっとイギリスとの距離は開いていて、電話もなければパソコンもなく、いつも心細くて寂しい思いをしてきた。
 その点今は便利な世の中になり、声を聞きたくなれば電話をすればいいし、顔が見たければウェブカメラを使えばいい。はじめはスカイプの使い方ひとつで混乱していたイギリスも、すっかり今では慣れ親しんでいる。
 だが、そうやって海を越えた相手と簡単にやり取りが出来るようになったとはいえ、やはり会いたいものは会いたい。会って直接目を見て言葉を交わし、頬を撫でて思い切りその身体を抱き締めて、めいっぱいキスがしたいと思うのは普通のことだろう。ましてや好きな相手ともなればその思いはいっそう強くなる。
 だからアメリカは先週、休暇に入るというイギリスにあわせて週末はフリーになるよう、きついスケジュールで仕事をこなしてきた。苦手な書類整理を中心に、たまると後で厄介なものを優先的に片付け、対外的な仕事にも積極的に顔を出した。
 そうしてやっと上司から土日の休みをもぎ取ったのだ。
 
 それなのに。
 どうして今、イギリスを待たせながらこうやって仕事に向かっているかと言うと、立ち上げたばかりのプロジェクトに重大な欠陥があり、その調整作業にかかりきりになってしまった為だった。責任者を含め担当者全員が研究所に詰める事態に陥り、今もまだあちらに残っている人物もいる。
 アメリカは少々強引に我侭を通して、家で出来る仕事だけを持って帰宅させてもらった。そして必要書類のサインや申請書の作成に追われているうちに一晩明かし、とうとう約束の時間も過ぎてしまう。
 イギリスがはるばる海を越えて来てくれても、仕事は一向終らず、簡単な昼食を共にしただけで会話らしい会話もしていない。こうやってすっかり彼を待たせてしまっている。
 さすがにイギリスも状況を読んでアメリカを責めるようなことはせず、逆に気遣いながらいつもは淹れることのない珈琲を用意してくれた。豆が切れていたのでわざわざスーパーまで買いに走ってくれ、その彼らしい優しさにアメリカは素直に感謝をした。
 もともと休日出勤などほとんどないこの国において、国そのものであるアメリカが机にかじりつく羽目になるのは納得がいかない。サボっていたのならまだしも、あんなにも頑張って仕事を終らせたというのに。
 不満は募るばかりだが、文句を言っても解決にはならない。今はさっさと終らせて、一秒でも早くイギリスとの時間をゆっくり過ごしたかった。





 パチ、と音がして急に部屋が明るくなり、手許に光が射す。
 立ち上がったイギリスが電気のスイッチを入れたところだった。そこではじめて室内が薄暗かった事にアメリカは気付いた。
 窓の外を見遣るとすでに日が落ち、空は赤く夕暮れ時を迎えている。いつのまにか暗くなっていた室内に電気が灯ると急に眩しく感じられた。

「スタンドもつけろ」

 イギリスが窓辺に歩み寄り全開だったカーテンを閉めていく。室温は丁度良く保たれているので寒さは感じなかったが、酷い目の疲れに思わず溜息をつくと、眼鏡を外して両目を閉ざし、瞼をおさえた。眉間を何度か押して再び目を開くと、パソコンのモニタがちかちかして眩暈すら感じる。

「少し休憩しよう。何が飲みたい? 珈琲はさすがにもう飽きただろ」

 気遣うようにイギリスの手が髪に触れてくる。
 柔らかい指先の動きにじわりとぬくもりが広がり、アメリカは思わず傍に立った彼の腰に腕を回すと、思い切りその身体を引き寄せ抱き締めた。

「こら……なにすんだ!」
「イギリス」
「なんだよ」
「イギリス、イギリス」

 名前を呼んで薄い胸に額を押し当てる。
 彼の少しだけ早い鼓動と暖かな体温、そして香りがダイレクトに伝わってくるのを感じた。それだけで蓄積された疲労が吹き飛ぶようだった。
 背後に回した腕に力を込めると、仕方がないな、という風にイギリスの両手もこちらの首をそっと抱いてくる。

「腹減っただろ? 好きなもの買って来てやるから。ピザにするか?」
「いらない」
「ハンバーガーは?」
「いらない。……ねぇイギリス。スコーンが食べたいな」
「スコーン?」
「もちろん君の手作りで。ブルーベリージャムを添えて、ミルクたっぷりの紅茶も欲しい。駄目かい?」
「……珍しいリクエストだな」

 驚いたように言いながらも、イギリスが心底嬉しそうな表情を浮かべる。下から見上げると彼は赤らんだ頬に極上の笑みを乗せて、アメリカのこめかみにキスをしてくれた。
 いつもなら子ども扱いしないでくれと言うような、もどかしいそれさえも、今は伝わってくる熱に安心感を覚える。
 苛立ちと疲れによってどろどろに濁った脳裏が、クリアになっていくのを感じた。

「イギリス」
「ん?」
「……ごめんね。折角来てくれたのに」
「はぁ? らしくねーこと言ってんなよ」

 少しだけ乱暴に髪を梳かれ、笑われた。たまに素直になってみればこれだからなぁと思っていると、イギリスの声が明るく続く。

「お前は大変かもしれないけどな、俺はすっげー楽しい」
「楽しい?」
「仕事してる時のお前、見惚れるくらいいい顔してる。悔しいけどこいつほんとかっこいいなって、いつも思うんだ」
「へ…………?」
「なんだよ、変な声出して。思っちゃわりーのかよ。いいだろ、年下でもかっこいいもんはかっこいいんだから」

 言いながらイギリスは機嫌良くアメリカの額や頬に口吻けを落としていく。それは子供の頃にしてもらったような軽いものではなく、明らかに別の愛情が込められた深いものだった。それが直に分かってしまうくらい、アメリカも大人になっている。
 普段は平気で子ども扱いをしてくるイギリスだったが、こういう時にはエロ大使の名に恥じない艶を帯びた表情を見せた。伏せた眼差しの奥、透明な緑の色が熱を帯びて潤んでいる。
 アメリカのことが好きで好きでたまらない、とでも語るように。
 そしてそんな眼差しを好きな相手に向けられて、黙っていられる男などいない。ましてやたった今、ありえないほど熱烈な告白を受けたのだ、アメリカの理性が揺らぐのも無理はないだろう。

「君ねぇ……頼むから自重してくれないかい」
「あ、あぁ悪い」

 てっきりキスをしたことを責められていると思ったのか、イギリスがぱっと顔を上げる。そして距離を置くように一歩後ろに退こうとした。
 咄嗟にアメリカの手が彼の腰を抱いたまま、それをがっちりと封じ込める。

「なんだよ、離せよ」
「ね、イギリス。俺のこと好き?」
「……なっ……」
「どうしてそこでうろたえるのか理解出来ないよ。まったく、それ以上に凄い誘い文句を言っておいて」
「誘い文句って」

 真っ赤になって動揺するイギリスの頬に、両手を添えるとアメリカは椅子から伸び上がって唇を重ね合わせた。
 舌を差し入れると熱い口腔を思う存分味わう。何度も角度を変えては繋がり、舌先を触れ合わせては吸い上げる。
 イギリスの溶けたような眼差しが降ってきて、見上げるアメリカの背筋にぞくりとした震えが走った。このところストイックな生活をしていたせいか、身体は酷く反応しやすい状態になっている。しかも目の前にイギリスがいれば尚のこと、歯止めが利かなくなるのも時間の問題だった。
 ―――― これはまずい。

「……っ、お前、仕事まだ……」
「欲しい……今すぐ欲しいよ、イギリス……」
「っ駄目だ!」

 雰囲気に流されないところがさすがというか何というか。
 こういう時のイギリスは理性を取り戻すのも早い。仕事を途中で放り出すような無責任な真似は絶対に許さなかった。
 アメリカの胸を押して唇を外すと、上気した顔を背けながら彼は明確に拒絶を示す。濡れた唇が扇情的だった。

「もう充分だとは思わないかい。ずっとだよ? 君が来てからずっとずっと仕事をしたじゃないか。いい加減我慢の限界だよ!」
「アメリカ。今お前がこなしている仕事は誰のためのものだ?」
「…………」
「お前の国民のためだろう? そしてそれはお前自身のためでもある。こんなこと、俺に言われなくたってお前は理解しているはずだ」
「もちろん」
「ならラストスパートだ、頑張れ。俺はスコーンを焼いてジャムを煮て待っているから。終わったらミルクティーを淹れてゆっくり休もう」

 言っただろ、仕事しているお前が好きだと。
 そうして笑顔を見せるイギリスに、アメリカは敵わないなぁと思った。本当にこの人には敵わない。
 無茶苦茶で時々どうしようもなくなるのに、こんな時ばかり大人の顔を見せる。
 あぁ、そうだ。彼の方こそ何倍もかっこいいのだ。

「分かったよ」

 名残惜しかったが振り切るように頷いて両手を離した。
 途端に熱が失われてひやりとしたが、気を取り直すには充分と言える。
 イギリスは満足げに唇の端を吊り上げて、それからこつんと額を小突いてきた。むっとして思わず唇を尖らせながらもアメリカはパソコンに向き直る。背筋を伸ばして仕事を再開すると、イギリスもまたキッチンへ向けて静かに歩み去って行った。
 イギリスのこういう態度には昔から憧れる。本当に彼は公私の区別がはっきりしていて、国としても男としても見習いたいと思う。……酒癖の悪さとコスプレ、幻覚に関しては勘弁して欲しいものだが。





 これが終わったらキッチンへ行こう。
 焼きたてのスコーンを作りたてのジャムで食べて、飛び切り美味しい紅茶を淹れてもらうんだ。
 懐かしい匂いのする彼と並んで座って、たまには昔話に花を咲かせてもいい。新しく見つけたカフェのことを話してもいいし、隣の家が飼っているレトリバーの話でもいい。とにかくたくさんたくさん話をして。
 そして思い切りわがままを言って、思い切り抱き合って、誰にはばかることもなく愛し合えばいいんだ。

 ひとつの「国」がひとりの「人」となって、一番好きな彼と一緒に。
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