紅茶をどうぞ
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パラノイア 5
アラームの電子音で目が覚めた。
枕元に置いてある携帯電話を手に取ると、鳴り響く音を切って時間を確認する。
午前6時半。
今日の会議は10時からなので、着替えや書類を取りに一度ホテルに戻っても充分間に合うだろう。
ゆっくりと目線を横へ向けると、自分より一回り大きな男が小さく丸まって寝ているのが見えた。広いダブルベットの片隅でじっと動かず、呼吸さえも静かに深く眠っている姿は、微笑ましいというよりむしろ息苦しささえ感じさせる。
イギリスが寝やすいようにとベットの片側を多めに空けてくれているのだろうが、こちらとしては彼の方が落ちてしまいそうで見ていて怖い。
そっと手を伸ばして、身動きしないロシアの目元にかかる髪をかきあげた。肌に触れるとかなり高い体温が感じられる。
彼が使用していた解熱剤があまりに強力なものだったので、さすがに連続で投与させる気にもならず痛み止めだけに抑えていた。その為かなり高く発熱しているようだ。
「本当は入院でもして点滴するのが一番いいんだけどな……」
本人が病院に行く事を頑なに拒んでいるのだから、どうしようも出来ない。この分では本国に戻ってもろくな治療をしないだろう。
昨夜はあのあと、タクシーで自分の宿泊先に向かおうとしたイギリスを引き止めたのはロシアだった。
そしてダブルベッドで一緒に寝たいと言ったのも彼だった。もちろんイギリスは、怪我人なんだからゆっくり一人で寝ればいいと断ったが、彼はどうしてもと譲らず、仕舞いには手を繋いで欲しいだの隣に来てくれないなら寝ないだの、呆れ返るほどの我侭を言い出した。
それはあまりにも執拗で強引な態度だったが、今思えば上りはじめていた熱に浮かされていたせいに違いない。朦朧としながらも口だけは達者なロシアを見て、傷の悪化を恐れたイギリスは仕方なしに彼の言う通りその隣に横たわった。
さりげなく絡められた指先に、言いようのない気恥ずかしさと戸惑いを感じながらも、すぐに眠りに落ちた彼の寝顔に思わず見惚れてしまったのも事実だった。
いいのだろうか、と自問自答を繰り返しながら、結局自分もすっかり朝まで寝てしまったのだから文句の付けようもない。
あぁもう、本当に最悪だ。
こともあろうにあのロシアと一緒に夜を明かしてしまったのだ。しかも同じベットの上で。
これは一体なんの冗談なのかと思わず現実逃避をしたくなったが、全て自分自身が選び取ったことなのだときちんと理解もしていた。
彼に会おうと連絡を取ったのも、プラチナの鎖を買ったのも、一緒に食事をしたのも、そしてこの部屋に来たのも。傷の手当をしたのも、最終的に同じベットに並んで横になったのも、どれもがみんなイギリスが自発的に取った行動だった。
思い返すと本当に呆れ返るほど馬鹿な自分がいる。
でも、そのどれもが決して不快なものではないのも確かで。
後悔はしていなかった。やっぱり来て良かったと今でも思っている。
こういうのを絆されている、とでも言うのだろうか。
「……イ、ギリス、くん……?」
「悪い、起こしたか」
無意識に髪を撫でていると、舌足らずな声で名前を呼ばれた。重たそうに瞼が開き、とろんと熱にうるんだ瞳がこちらに向けられる。ぼんやりとした眼差しは焦点が合っていないようで、さすがに無駄に頑丈に出来ているロシアと言えども、少しは参っている様子が窺えた。
「もう少し寝ていろ。俺はちょっと着替えを取りに行ってくるから。すぐ戻ってくる」
「……も、大丈、夫……」
起き上がろうとして、体の重さに負けたかのように崩れ落ちる。衝撃に走ったのであろう左肩の激痛に、ううう、と情けない声を上げた。
「大人しくしてろ、馬鹿」
「薬、取って……欲しい、な……」
「駄目だ。ドラッグばっか持ち込みやがって……いい加減にしないとラリるぞマジで」
「……だって、痛いんだもん……」
昨夜ロシアが取り出した「痛み止めの薬」の数々に、イギリスは驚愕した末にそれらを全部綺麗に没収してしまった。一体どうやってアメリカに持ち込んだのだろうかと考え、ロシアンマフィアの存在を思い出して頭痛を覚える。これはもう深く考えるだけ無駄だ。
とりあえず粉末状のものはさっさとトイレに流しておいたが、錠剤はあとで砕いて捨てなければならない。まったく、麻薬や覚せい剤で痛みをまぎらわせるなんて、どこのキチガイかと本気で思った。
「ウォッカも駄目だぞ。傷が膿む」
「ええええ……」
あらかじめ釘を刺して置くと、ロシアはこの世の終わりのような情けない声を上げて枕につっぷした。
どうせ何を言っても、帰国すれば酒も薬も浴びるように飲むに違いない。それでも、偽善だと分かっていたがせめて自分がここにいる間だけでもやめさたかった。こればかりは性分なのだから仕方がない。
「とにかく一旦ホテルに行って来るから。俺が戻るまでお前は大人しく寝ていろ、いいな?」
簡単に身繕いをしてコートを羽織り、イギリスは髪を整えながら声を掛ける。
「……イギリス君……」
「なんだ?」
ベットにうつ伏せたまま、ロシアがゆるゆるとこちらを見上げた。歩み寄り、首をかしげて片足だけサイドに乗り上げると、イギリスは彼の顔を覗き込む。
薄暗い室内で、色素の薄い水色の瞳がゆらりと揺れながら不思議な色を灯していた。
「ロシア?」
「……ううん、なんでもない。気をつけてね……」
「あぁ」
笑ってくしゃりと前髪を撫でてやると、ロシアもまた苦笑いを浮かべて見せる。子ども扱いしないでよ、と言われる前に身体を起こしてイギリスは軽々と背を向けた。
まだ明け切らない空の先、ほんのり浮かび上がるマンハッタンを眺めながら、足早に通りを横切って行く。車も人もまだ少なかった。
静けさがひどく心地よく感じられる。
戻ったらあったかい紅茶を淹れてやろう、ミルクをたっぷり入れて、蜂蜜も落として。焼きたてのパンと一緒に出せば、きっと彼は喜ぶに違いない。
イギリスはそう思いながら、白い息を吐いてひとり楽しそうに目を細めた。
夢を見たんだ。
暗い暗い、闇色の夢。
僕は水の中にいた。
水底から見上げた空は真っ暗で、水泡だけがぷかりぷかりと浮いていた。
息が出来なくて苦しくて、体が重くて痛くて辛くてたまらなかった。
そんな時、手を伸ばしてくれたのはイギリス君だった。一生懸命身を乗り出して、僕の事を助けようとしている。
おかしいよね、本当に。なんでそんなことをするんだろうって、すごく不思議に思った。
でも僕は、触れたイギリス君の手があんまりにもあったかかったから、あぁいいなぁ欲しいなぁって思って、ぎゅっと握って、それから。
それから、大事な事に気がついて、慌てて、
手を離したんだ。
昔から、僕の好きなものはみんなみんな壊れてばかりいた。きっとそれは、僕が好きになったから壊れちゃったに違いない。
だって、ぜんぶぜんぶ、僕の好きなものは壊れてしまうんだ。例外なんてひとつもなかった。いつだって僕には何も残らなかった。
あぁそうだよ、僕は何でも壊してしまう。好きで、欲しくて、手に入れようとすると、必ずみんな壊してしまうんだ。
それしか知らないし、それしか教えてもらえなかった。
僕はイギリス君にはずっとずっと、薔薇の花に囲まれてあったかい紅茶を淹れて笑っていて欲しいなぁって思うんだ。
だから好きになんてならないよ。絶対に好きにならない。好きになったら彼まで壊れてしまう。壊してしまう。
そんなの嫌だもの。
溺れた僕がもしもイギリス君の腕を掴んだら、きっと一緒に水の底に沈んでしまうに違いない。
だから、僕は。
―― 彼の事は誰よりも嫌いになろうって心に誓った。
枕元に置いてある携帯電話を手に取ると、鳴り響く音を切って時間を確認する。
午前6時半。
今日の会議は10時からなので、着替えや書類を取りに一度ホテルに戻っても充分間に合うだろう。
ゆっくりと目線を横へ向けると、自分より一回り大きな男が小さく丸まって寝ているのが見えた。広いダブルベットの片隅でじっと動かず、呼吸さえも静かに深く眠っている姿は、微笑ましいというよりむしろ息苦しささえ感じさせる。
イギリスが寝やすいようにとベットの片側を多めに空けてくれているのだろうが、こちらとしては彼の方が落ちてしまいそうで見ていて怖い。
そっと手を伸ばして、身動きしないロシアの目元にかかる髪をかきあげた。肌に触れるとかなり高い体温が感じられる。
彼が使用していた解熱剤があまりに強力なものだったので、さすがに連続で投与させる気にもならず痛み止めだけに抑えていた。その為かなり高く発熱しているようだ。
「本当は入院でもして点滴するのが一番いいんだけどな……」
本人が病院に行く事を頑なに拒んでいるのだから、どうしようも出来ない。この分では本国に戻ってもろくな治療をしないだろう。
昨夜はあのあと、タクシーで自分の宿泊先に向かおうとしたイギリスを引き止めたのはロシアだった。
そしてダブルベッドで一緒に寝たいと言ったのも彼だった。もちろんイギリスは、怪我人なんだからゆっくり一人で寝ればいいと断ったが、彼はどうしてもと譲らず、仕舞いには手を繋いで欲しいだの隣に来てくれないなら寝ないだの、呆れ返るほどの我侭を言い出した。
それはあまりにも執拗で強引な態度だったが、今思えば上りはじめていた熱に浮かされていたせいに違いない。朦朧としながらも口だけは達者なロシアを見て、傷の悪化を恐れたイギリスは仕方なしに彼の言う通りその隣に横たわった。
さりげなく絡められた指先に、言いようのない気恥ずかしさと戸惑いを感じながらも、すぐに眠りに落ちた彼の寝顔に思わず見惚れてしまったのも事実だった。
いいのだろうか、と自問自答を繰り返しながら、結局自分もすっかり朝まで寝てしまったのだから文句の付けようもない。
あぁもう、本当に最悪だ。
こともあろうにあのロシアと一緒に夜を明かしてしまったのだ。しかも同じベットの上で。
これは一体なんの冗談なのかと思わず現実逃避をしたくなったが、全て自分自身が選び取ったことなのだときちんと理解もしていた。
彼に会おうと連絡を取ったのも、プラチナの鎖を買ったのも、一緒に食事をしたのも、そしてこの部屋に来たのも。傷の手当をしたのも、最終的に同じベットに並んで横になったのも、どれもがみんなイギリスが自発的に取った行動だった。
思い返すと本当に呆れ返るほど馬鹿な自分がいる。
でも、そのどれもが決して不快なものではないのも確かで。
後悔はしていなかった。やっぱり来て良かったと今でも思っている。
こういうのを絆されている、とでも言うのだろうか。
「……イ、ギリス、くん……?」
「悪い、起こしたか」
無意識に髪を撫でていると、舌足らずな声で名前を呼ばれた。重たそうに瞼が開き、とろんと熱にうるんだ瞳がこちらに向けられる。ぼんやりとした眼差しは焦点が合っていないようで、さすがに無駄に頑丈に出来ているロシアと言えども、少しは参っている様子が窺えた。
「もう少し寝ていろ。俺はちょっと着替えを取りに行ってくるから。すぐ戻ってくる」
「……も、大丈、夫……」
起き上がろうとして、体の重さに負けたかのように崩れ落ちる。衝撃に走ったのであろう左肩の激痛に、ううう、と情けない声を上げた。
「大人しくしてろ、馬鹿」
「薬、取って……欲しい、な……」
「駄目だ。ドラッグばっか持ち込みやがって……いい加減にしないとラリるぞマジで」
「……だって、痛いんだもん……」
昨夜ロシアが取り出した「痛み止めの薬」の数々に、イギリスは驚愕した末にそれらを全部綺麗に没収してしまった。一体どうやってアメリカに持ち込んだのだろうかと考え、ロシアンマフィアの存在を思い出して頭痛を覚える。これはもう深く考えるだけ無駄だ。
とりあえず粉末状のものはさっさとトイレに流しておいたが、錠剤はあとで砕いて捨てなければならない。まったく、麻薬や覚せい剤で痛みをまぎらわせるなんて、どこのキチガイかと本気で思った。
「ウォッカも駄目だぞ。傷が膿む」
「ええええ……」
あらかじめ釘を刺して置くと、ロシアはこの世の終わりのような情けない声を上げて枕につっぷした。
どうせ何を言っても、帰国すれば酒も薬も浴びるように飲むに違いない。それでも、偽善だと分かっていたがせめて自分がここにいる間だけでもやめさたかった。こればかりは性分なのだから仕方がない。
「とにかく一旦ホテルに行って来るから。俺が戻るまでお前は大人しく寝ていろ、いいな?」
簡単に身繕いをしてコートを羽織り、イギリスは髪を整えながら声を掛ける。
「……イギリス君……」
「なんだ?」
ベットにうつ伏せたまま、ロシアがゆるゆるとこちらを見上げた。歩み寄り、首をかしげて片足だけサイドに乗り上げると、イギリスは彼の顔を覗き込む。
薄暗い室内で、色素の薄い水色の瞳がゆらりと揺れながら不思議な色を灯していた。
「ロシア?」
「……ううん、なんでもない。気をつけてね……」
「あぁ」
笑ってくしゃりと前髪を撫でてやると、ロシアもまた苦笑いを浮かべて見せる。子ども扱いしないでよ、と言われる前に身体を起こしてイギリスは軽々と背を向けた。
まだ明け切らない空の先、ほんのり浮かび上がるマンハッタンを眺めながら、足早に通りを横切って行く。車も人もまだ少なかった。
静けさがひどく心地よく感じられる。
戻ったらあったかい紅茶を淹れてやろう、ミルクをたっぷり入れて、蜂蜜も落として。焼きたてのパンと一緒に出せば、きっと彼は喜ぶに違いない。
イギリスはそう思いながら、白い息を吐いてひとり楽しそうに目を細めた。
* * * * * * * * * * * * * * * * *
夢を見たんだ。
暗い暗い、闇色の夢。
僕は水の中にいた。
水底から見上げた空は真っ暗で、水泡だけがぷかりぷかりと浮いていた。
息が出来なくて苦しくて、体が重くて痛くて辛くてたまらなかった。
そんな時、手を伸ばしてくれたのはイギリス君だった。一生懸命身を乗り出して、僕の事を助けようとしている。
おかしいよね、本当に。なんでそんなことをするんだろうって、すごく不思議に思った。
でも僕は、触れたイギリス君の手があんまりにもあったかかったから、あぁいいなぁ欲しいなぁって思って、ぎゅっと握って、それから。
それから、大事な事に気がついて、慌てて、
手を離したんだ。
昔から、僕の好きなものはみんなみんな壊れてばかりいた。きっとそれは、僕が好きになったから壊れちゃったに違いない。
だって、ぜんぶぜんぶ、僕の好きなものは壊れてしまうんだ。例外なんてひとつもなかった。いつだって僕には何も残らなかった。
あぁそうだよ、僕は何でも壊してしまう。好きで、欲しくて、手に入れようとすると、必ずみんな壊してしまうんだ。
それしか知らないし、それしか教えてもらえなかった。
僕はイギリス君にはずっとずっと、薔薇の花に囲まれてあったかい紅茶を淹れて笑っていて欲しいなぁって思うんだ。
だから好きになんてならないよ。絶対に好きにならない。好きになったら彼まで壊れてしまう。壊してしまう。
そんなの嫌だもの。
溺れた僕がもしもイギリス君の腕を掴んだら、きっと一緒に水の底に沈んでしまうに違いない。
だから、僕は。
―― 彼の事は誰よりも嫌いになろうって心に誓った。
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