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 紅茶をどうぞ
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パラノイア 4
(注:怪我の描写がありますので、苦手な方はご注意ください)



 ハイアットホテルアンドリゾーツは、シカゴの資産家が買収した一軒のホテルからはじまった、大型ホテルチェーンである。
 その中でもリージェンシーは創業以来の基軸ブランドとして地方都市にも展開し、5つ星ホテルとしてロンドンやパリ、東京にも支店があった。
 その最大の特徴は巨大なアトリウムであり、高い天井と広々とした空間、シャンデリアの放つきらめきは第一級のホテルとしての威厳を感じさせるものである。
 今回ロシアが宿泊先に選んだジャージーシティは、ハドソン川沿いに建ち、マンハッタンを一望出来る素晴らしいロケーションを誇っていた。主要三空港からのアクセスも便利で設備も充実、各国はもちろん要人が利用するに最適なホテルだ。
 もちろんイギリスも過去に利用したことがある。


 予約してあるスイートルームに案内されると、イギリスはここに来る途中で用意してもらった医療箱をテーブルの上に置いて、さっそくその蓋を開いた。
 そしてこれ以上はないほど不機嫌な顔で戸口に佇むロシアを振り返り、思い切り深い溜息をつく。

「上半身裸になってそこのソファに座れ」
「……エロいなぁ、イギリス君は」
「いいから脱げっつってんだろ。ふざけんな、こんな時くらい」
「もう……なんで放っておいてくれないかなぁ。口煩いオバサンみたいだね」

 ぶつぶつ言いながらとりあえずコートを脱ぎ、ロシアはソファに腰を下ろした。
 イギリスは消毒液と鋏と包帯とテープを取り出し、フロント脇の売店で購入したみやげ物のチョコレートの包みを開けた。ひっくり返して中身を全部出すと、厚紙の部分だけ手にしてロシアの傍へと寄る。

「早く脱げ」
「嫌」
「子供かお前は」
「ウォトカならあげるからさ、もう帰りなよ」
「……ロシア」

 底冷えのする声で名前を呼ぶと、ぴくりと身体を揺らして大人しくなった。そろそろと顔を上げてこちらの様子を窺うロシアに、イギリスはにっこりといい笑顔を向ける。

「紅茶、もう淹れてやらないぞ」
「え! それは嫌、だなぁ……」
「じゃあ脱げ。それとも脱がせてもらいたいのか?」
「……横暴海賊紳士なんだから……」

 はぁ、と息をついてロシアは上着を脱いでシャツのボタンに指をかけた。左手をうまく動かせない彼が、根負けしてこちらに助けを求めてくるのを待ってみたが、驚くほどすんなりとボタンを外してゆく。
 もしかすると騒ぐような傷ではなかったのだろうかと思わせるほどだった。

 だが徐々にあらわれてくる左肩に、さしものイギリスも言葉を失う。シャツの下には乱雑に巻きつけた包帯が幾重も見えた。それをほどくと変色した肌に刻まれた大きな傷口が開き、何よりそこからは白い骨さえもが見えていた。

「……っ」

 息を呑む。腐食しているのではないかと思うほど紫色に変化した皮膚には、無数の注射針の痕がある。ひどい血の匂いに混ざって、痛み止め用のモルヒネと血液凝固剤の匂いも感じ取れた。
 強引に血止めをしたためか内側では内出血を起こしていて、表面が変に膨らんでしまっている。それが先ほどイギリスが触れた時に感じた違和感の正体だろう。
 さすがに目を逸らすことはしなかったが、思わず唇を噛み締めるイギリスの顔からは血の気が引いている。戦場ではこれ以上酷い怪我や、醜い死体も見て来た。それでも、やはり眉を顰めてしまうのは仕方がなかった。

「これは、銃創だな」

 問いかけると言うよりは確かめる言葉。
 ロシアは頷いて、現状に不似合いな笑みを小さく浮かべる。

「当たり。さすがだね」
「誰にやられた? ……まさかアメリカで……」
「違うよ」

 イギリスの震えた声に彼の最大の心配を読み取って、ロシアは首を振った。もしもロシアの身に危害が加えられたのがこの国であれば、当然会議の主催国であるアメリカに責任がある。ましてや首謀者として見られるようなことがあればただでは済まないだろう。
 顔色を変えたイギリスに、ロシアは苦笑しながらその考えを否定する。

「責任転嫁してもいいけど、調べればすぐ分かることだしね。アメリカ君のせいじゃないよ。だってこれは僕がやったんだもの」
「…………え?」

 さらりとなされた発言に、イギリスは思考をストップさせた。何度かまばたきをして眼前の彼を見つめる。

「何、言って」
「自分で撃ったんだ。誰のせいでもないから安心していいよ」
「な……んで」
「さぁ、それは君には関係ないことだね。ほら、早くしてよ。寒いじゃない」

 ロシアは手持ち無沙汰に脱いだシャツを振り回して、催促する。イギリスははっと我に返って治療に集中した。
 とにかく今は疑問や質問は後回しだ。


 傷口を仔細に調べると、確かにかなりの至近距離から撃たれたものだとわかった。前から撃ちこんだ弾丸は綺麗に背後に抜けている。激しい衝撃に肌は裂かれ、酷いところは抉れて骨が見えていたが、動かせると言うことは神経までは切断されていないということであり、それだけが幸いと言えば幸いだった。
 しかしこれはもう素人の手に負えるようなものではない。縫い合わせなければならなかったが、ここにはサービスでついているソーイングセットくらいしかない。そんなものではどうしようもなかった。
 これではロシアの言う通り、大人しく国自身の再生能力に任せるしかない。時間をかければこの傷もほとんどわからなくなるくらいには回復するだろう。だが、現状、痛みは相当伴うに違いなかった。

 とりあえず今は応急処置だけどもしなければと、イギリスは消毒液を浸したガーゼをそっとあてがった。その上に菓子箱の厚紙を乗せてテープで固定させると、包帯を巻きつけていく。場所が場所なだけに安定感を欠くがこの際贅沢は言っていられない。止血用の薬剤が投与されているので流血は免れているが、このまま傷が膿んでいけば一度切開が必要になるかもしれないだろう。
 それより先に自己回復してくれるのを願うしかなかった。


「……お前に自傷癖があるなんて知らなかった」

 なるべく傷に障らないよう慎重に包帯をくぐらせながら、イギリスはロシアの目を見ずにぽつりと言った。
 すでに関係ない、と一蹴されているので返答は望んでいない。だがどうしても言葉が口をついて出るのを止められなかった。
 ロシアが笑う気配がする。本当にこの男の痛覚は一体どうなっているのだろう。いくらモルヒネを打っているからと言って何も感じなくなるわけではないだろうに、何故こうも平気な顔でいられるのか。
 外交面でのポーカーフェイスは自分も得意だが、彼のはすでにそういうレベルのものではない。一種異様な感じがした。

「理由、知りたい?」

 面白そうに問い掛けてくるのを、イギリスはちらりと見遣って、それから手許に集中しつつ小さく頷いて見せた。
 話す気がなければ何を言ったって無駄だが、もし聞かせてくれると言うのなら断るつもりはない。別に彼がどういう理念で動いているのか詮索する気はなかったが、好奇心と興味はそれなりにあった。そう、あくまでこれは興味本位に他ならない。

「簡単なことだよ。嫌いなんだ」
「嫌い?」
「そう。だいっ嫌い。寒い大地も冷たい風も灰色の空も黒い海も。大嫌い」

 だから時々全部壊したくなるんだよ。
 そう言ってロシアは自由な右手でソファに放り投げてあったコートを手に取る。そして内ポケットから常備している愛用の拳銃を取り出した。
 黒光りするそれはイギリスも見慣れたもので、旧ソ連の傑作トカレフだった。
 初速が早いため、弾丸の貫通力が驚くほど強い。そのため当たりどころさえ良ければ致命傷にはならなかった。傷口がそれほど広がらず綺麗なのも特徴で、うまく抜ければ治りも早い。
 ロシアの肩の傷も間違いなくこのトカレフによってつけられたものだった。ただし至近距離過ぎて皮膚が飛ばされてしまっているのだが。

「お前の破壊衝動は自分にも向けられるんだな」

 思わず呆れたように呟くと、くすくすと笑われる。
 それがまたなんとも人を居心地悪くさせるもので、たまらなく不愉快だった。冷戦以前からロシアのこういう暗い笑いは嫌になるほど見てきたが、いつまで経っても慣れない。本当に気分が悪くなる。

「いいじゃない。誰にも迷惑かからないんだしさ。最近は君たちのお陰ですっかり世論も煩くなったからね」
「…………」
「銃を持つと安心するんだよ。こういうのって、PTSDとも違うと思うし、なんなんだろうね? まぁ別にどうでもいいけど」

 言いながらロシアの右手が銃をもてあそんだ。
 何度かくるりと回しながら時々手のひらで確かめるように握る。それから何を思ったのか急にきちんと構え直すと、屈んで包帯を巻いているイギリスのこめかみにぴたりと銃口を押し当てて来た。しかもわざわざトリガーに指までかけている。
 相変わらずたちの悪いまねをすると思った。
 
「怖い?」
「別に」

 無機質な声で尋ねられ、イギリスは短く答えた。
 視線は手許から外さない。無邪気に押し当てられた銃になど興味はなかった。
 あぁでも、と思う。ロシアは殺気もなく引き金を引くことが出来るのだ。無垢な顔で平気で人を殺すのを何度も見てきた。だから今も彼が気まぐれを起こせば自分は頭を撃ち抜かれてしまうに違いない。

「撃つかもよ? だって撃ちたいんだもの」
「そうか」
「今ならイギリス君、逃げられないし」
「そうだな」
「きっと君の血は綺麗なんだろうね。そう言えば僕達、クリミア戦争から一度も戦っていなかったっけ。久々に見てみたいな、君の真っ赤な姿」
「ロシア」
「なぁに?」

 名前を呼ぶと素直に返事が返る。
 イギリスは包帯の先端を金具で止めると、よし、と呟いて満足気に身体を起こした。激しく動かさなければ少しは痛みも和らぐだろう。応急処置にしかならなかったが、それでもやらないよりかはマシなはずだ。

「寝る時はアスピリンを飲んでおけ。モルヒネは依存性も高いし精神的にも良くない。お前自身の不安定さを助長させるだけだ。それと、銃が撃ちたいなら今度南方の射撃場に連れて行ってやる。俺が所有する島だからいくらでも機関銃だろうがライフルだろうが撃ちまくればいい。なんならロケットランチャーや対戦車砲だっていい。撃ちたいだけ撃たせてやるから、二度と自分に銃は向けるな」

 そう言ってイギリスは余った医療道具を片付けると、最後にこちらに照準を合わせたままの銃を無造作に掴んだ。そしてロシアの目をまっすぐ見つめてにやりと笑う。

「撃つなら頭より頚動脈のある首の方が綺麗に血が噴き出す。そんなことも忘れたのか?」
「……やだなぁ、イギリス君。冗談に決まっているじゃない」
「どうだか」
「だって言ったでしょ」

 ロシアはトカレフをぽいと投げ捨てると、目の前に立つイギリスにそっと右手を伸ばして来た。そのまま抱き寄せられ額を押し当てられると、ちょうど腹部に当ってくすぐったい。

「君の紅茶が飲めなくなるは、嫌だよ」

 子供のようにそう言って俯いたロシアの、白金色の髪にそっと指を通すと、あまりに触り心地が良くて思わず笑みが漏れた。
 触れた箇所から素直にあたたかな体温が伝わってくる。あぁそうだ、どんなに寒い北の国だって、彼は生きているのだ。あたたかくて当たり前なのだ。
 そんな簡単なことを、本人だけが分かっていない。

 抱きついてくるロシアの頭を優しく抱き締めると、イギリスはその白い頬になだめるような口吻けを落とした。


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