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 紅茶をどうぞ
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パラノイア 3
 どうして最初に気付かなかったのだろう、と後になって思うことがある。そういうことは、結構誰にでもあるのではないだろうか。
 でもイギリスは普通の人間ではなかったし、これまでの経験上とくに敏感なはずだった。隠されても分かってしまうような、そういう感覚を昔から持っている。
 それなのに気付かなかった。

 いや、本当はちゃんと分かっていたのだ。
 会議室で彼とすれ違った時から、感じていたはずだった。
 それなのにあまりに普通だったから、自分の第六感を信じ切れなかったのかもしれない。もしかして、で止まってしまっていた。

 決して自分は間違ってはいなかったのに。










* * * * * * * * * * * * * * * * *










 食事を終え、会計を済ませてから二人で外に出た。
 人気スポットというだけあってここからの眺めは最高に綺麗だ。マンハッタンの夜景を見るのならやはりこの場所が一番好きだと思う。
 アルコールを摂取した身体は温かく、潮風が心地良く感じられるほどだった。
 気分よく歩いていると、少し遅れて付いて来たロシアが立ち止まる気配がする。振り返っておい、と呼ぶと、遠くのイルミネーションに視線を投げていた彼は小さく笑ってこちらを向いた。

「そろそろ戻らなくて大丈夫? 明日も会議があるよ?」
「なんだよ、まだ23時だろー。いいじゃんか、付き合えよ」
「でも」
「そうだ、お前のホテルに行こうぜ。どうせウォッカ持って来てるんだろ? 俺にも飲ませろよ」

 酔いに任せて軽口を叩くと、ロシアは小首をかしげてう~んと考え込んだ。案外真剣な面持ちを見せる彼に、そんなにウォッカを取られるのが嫌なのだろうかと少々面白くない気持ちが浮ぶ。
 そもそも可愛い女の子がやれば似合うだろうその仕草も、デカイ男がやったってちっとも嬉しくはない。イギリスは小さく鼻を鳴らしてつまらなそうに視線を外した。

「なんだよ、別に根こそぎ飲もうってわけじゃねーぞ」
「そうじゃなくて。言ったでしょ、明日も会議だよって」
「お前、思った以上に品行方正なんだな」
「別にそういうわけじゃないけど」
「じゃあなんだよ。あ、もしかして」
「もしかして?」
「女連れ込む予定だとか?」

 くるりと旋回して再びロシアの方を向くと、イギリスはにやりと笑ってそんな事を言ってみた。
 からかいの言葉にロシアの目が見開かれる。

「僕に女性を買うような趣味はないよ?」
「ばぁか。ナンパしたとかさ、本国から連れて来てるってこともあるだろ」
「それなら今こうして君と二人でむさくるしいデートなんてしていないよ」
「ははは、それもそうか。つか、デートなんて言うな、気色悪ぃ!」
「えー、いいじゃない。イギリス君はケチだなぁ」
「なんだよ、じゃあウォッカ寄越せ。そしたらデートしてやる」

 笑いながらそう言って、イギリスは彼の宿泊先に向かおうと、促すように何気なくロシアの肩に手を伸ばした。


 酔っていたということもあるが、これまで共にお茶をしたり酒を飲んだり、食事をしたり。少しずつ距離が縮まりはじめていたのは事実だ。
 ロシアの方も今までと比べればだいぶ警戒心が薄らいでいて、少々の接触にも過剰に反応をすることがなくなっていた。もともと彼の国民はスキンシップを好むところがあるし、国であるロシアとて外交の場では普通に肩を抱いて頬にキスをすることも珍しくない。
 だからその時はきっと、お互い完全に気が緩んでいたのだと思う。

 
 イギリスの伸ばした手が、ロシアの左肩を無造作に捉えた。
 その瞬間、言い知れぬ違和感が指先から伝わってきた。えっと思って目を見開き、イギリスは自分が触れたそれが最初なんなのか咄嗟に理解出来なかった。
 ロシアの顔からさぁっと血の気が引く。酒が入ってほんのり染まっていた頬が、一瞬で血の気を失うさまは驚くほどだった。

「ロ、シア……?」
「……っ……」

 それはまるで柔らかい粘土のような感触だった。
 ぐしゃりと潰れたような気味の悪さ。思わず背筋に悪寒が走って、咄嗟に手を離す。そこではじめて嗅ぎ慣れたその匂いに気がついた。



 そうだ、会議室ですれ違ったあの時から、あんなにも確かに感じられていたではないか。
 なのにどうして今まで忘れてしまっていたのだろう。
 気付けばこんなにもはっきりと血の匂いがするというのに。



「お前、なに……」

 触れた肩口、正確には左の二の腕の上部分。そこは明らかにおかしくなっていた。はっきりどうとは言えなかったが、感触から言って酷い怪我をしているだろうことは分かる。
 そう言えば今日の彼は左手をほとんど使っていなかった。もともと右利きだったし、彼はいつも懐に銃を偲ばせる癖があったので、今日も下ろされた左手は何か意味があるのだろうと思っていたのだ。
 思い返せばレストランで十字架を渡した時も、彼はその場ではつけなかった。あれは不器用だからという以前に、もしかして左腕が上らなかったせいではないだろうか。
 普通、これだけの深手を負っていれば誰だって顔に出るはずだ。それがまったく平気な様子で食事をしていたロシアからは、何も窺う事は出来なかった。あまりに動作が自然すぎる。
 イギリスは酔いがいっぺんに醒めた目で、困ったように佇むロシアを見つめた。

「それ、どうしたんだ……?」
「うーん、別になんともないけど」

 この期に及んで本当に誤魔化しきれるとでも思っているのだろうか。
 驚きが苛立ちに変わるのに時間はかからなかった。

「見せてみろ」
「え、やだよ。寒いもん」
「いいから見せろって!」
「セクハラの代償にロンドンくれるならいいよ?」
「ふざけんな!」

 益体もない会話に痺れを切らせてイギリスは怒鳴り声を上げた。道行く人々が何事かと思ってこちらを振り返ったが、今はまったく気にならなかった。
 イギリスは咄嗟にどうすればいいのか素早く頭の中で計算をする。
 病院に連れて行かなければならない。この時間帯にあいているとしたら救急病院になるだろう。だが普通の怪我だとはとうてい思えず、万が一警察でも呼ばれたら厄介だ。大使館に連絡をしてなんとかしてもらう方がいいのだろうか。それともアメリカに直接頼んで極秘に医療機関を利用させてもらうのがいいか……それはロシアが嫌がりそうだ。かと言って本国でもないこのNYに自分の知る医師などいるはずもなく。
 イギリスは途方に暮れたような表情で暫く考え込み、やはりここは勝手知ったるアメリカに頼むしかないと携帯電話を取り出した。

「待ってよ」

 横から手が伸びてロシアがさえぎる。イギリスは顔を上げて思い切り彼を睨みつけた。

「なんだよ!」
「大丈夫。こんなのいつものことだから。国なんだし、放っておいてもそのうち治るよ。君だって知ってるでしょ?」
「人間よりマシってだけで、俺達にだって痛みはあるし、傷口が悪化したらそれだけ治りも遅くなるだろ!」
「ふふふ、おかしいね、イギリス君。もしかして心配してくれてるの? 僕なんかのこと」

 楽しそうに笑ってロシアは激昂するイギリスに背を向けた。そのまますたすたと歩きはじめてしまう。
 唖然とその背を数秒眺めてから、イギリスは慌ててあとを追いかけた。さすがにこのまま帰す気にはならなかった。いくらなんでも放っておけるたぐいの傷ではないと判断した上での結果だ。誓って他意はない。

「待てよ!」

 しかし、ロシアの方はそうは思わなかったらしい。無償の善意など有り得ないとばかりに、ゆっくりと振り返った彼は、これまでと一変した冷ややかな目を向けて来た。
 凍てついた氷のようなそれは、はじめてイギリスがロシアと会った時のことを思い出させる。
 容赦のない残虐性を秘めた硝子の瞳には、欠片ほどの感情も浮いてはいない。まるで北の大地を写し取ったかのような、熱のない眼差し。それはただ吸い込まれそうなほどの透明さを感じさせるだけだった。

「ロシア……」
「弱みを握って外交を有利にしたい、っていうのは分かるけど。さすがにアメリカ君にまで口出しされるのは嫌だな」
「……違う。俺は、」
「二枚舌は君のお得意だものね。でもお生憎様。こんなんじゃカードの一枚にもならないよ。残念だったねぇ、本当に」
「違うっつってんだろ!!」

 思わず張り上げた鋭い叫び声に、ロシアの声が止まる。
 イギリスは歩み寄ると思い切り相手の胸倉を掴み、ぐいっと引き寄せた。肩の傷が気になったが今は仕方がない。

「ちゃんと俺の話を聞け」
「なんで? ロシアにそんなサービスはないよ」
「ガキみたいな駄々こねんじゃねーよ。病院が嫌なら俺が診てやる。ホテルなら簡単な医療セットくらいあるだろ」
「ね、それってなんの冗談なのかな。どうして僕が君に診てもらわなくちゃいけないんだい」
「お前もう黙れ」

 言ってイギリスは、苛立ちに任せて喋り続けるロシアの唇を塞いだ。
 少しだけ背伸びをして、キスをするという形で。

 見開かれたアイスブルーの瞳の奥に、まるで底なし沼のように深い闇を見つけて少しだけぞっとした。


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