忍者ブログ
 紅茶をどうぞ
[PR]
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

パラノイア 2
 誰もいなくなると、イギリスはポケットから先ほど拾った十字架を取り出した。銀色の冷たい感触を確かめるように一度だけ握ってみる。
 それから目線を側面に刻まれた小さな文字へと向けた。案の定、そこにはキリル文字で聖歌の一部が書かれている。
 これで誰のものなのかはっきりしたというものだ。

 記憶の中の声が脳裏に蘇る。祈りの言葉はゆったりと流れるように囁かれ、ささやかな願いが込められた十字架は、大切に彼の首にかけられていた。
 肌身離さず持っているのだと言っていた。決して外す事はないのだとも。でも今夜は特別、と笑ったその顔を思い出すとどうにも心が穏やかではいられない。
 イギリスは静かに両目を閉ざして深呼吸をすると、思い切ったように携帯電話のアドレス帳を開いた。
 上司と秘書、数人の仕事関係者。アメリカや日本やフランスなどの顔馴染み、そして英連邦の面々が並ぶ。
 次々に送って行き、最後に登録してある先日交換したばかりのロシアのナンバーを呼び出した。
 通話ボタンを押すと、かすかなノイズと共にコール音が響く。そして三回の呼び出し音の後に相手が出た。
 
『……イギリス君?』

 いぶかしむようにロシアがこちらの名を呼んだ。着信欄に出た名前に戸惑ったのだろう。それもそうだ。まさかイギリスからロシアに電話をかける日が来ようとは、お互い思いもよらないことだった。

「今夜、どこにいる?」
『今夜? うーんと、外でご飯を済ませてからホテルに直行の予定だよ』
「どのホテルだ」
『リージェンシーだけど』
「そうか、じゃあ22時頃そっちに行く。いいか?」
『え? え? なんで?』

 急な申し出に驚いたようにロシアが声を上げた。
 確かに彼が驚くのも無理はない。これまで公的に集まる期間中に接触を持つような事は一度だってなかった。最近でこそお茶会なんぞを二人で催していたりもするのだが、基本的に自分達はそれほど仲が良い間柄ではない。当然、相手のホテルの部屋を訪ねるような事は一切なかった。
 他国の目のあるところで気軽に世間話をしたり、ましてや食事を共にするなどありえない。あくまでごくごくプライベートな時間にロンドン郊外の自宅でひそやかにお茶を楽しむくらいのものだ。
 考えてみれば、それこそまるで密会じみていてぞっとしないが、当たり障りのない話を人の目を気にせずするくらい、別になんでもないと思い直す。彼との会話は決してつまらないものではなかったし、イギリスにだけ見せる小さな表情の変化(それが演技なのかそうでないかを見抜くにはまだ時間が足りない)が、悪い気分を与えてこないのも事実だった。
 国と国との利害はさておき、イギリスはロシアを心底嫌っているわけではない。そしてロシアの方もそうだと願ってやまなかった。

「十字架を拾ったんだ」
『十字架?』
「この前来た時に見せてくれたやつ。会議室に落ちてたぞ」
『えっ? ちょっと待って…………あっ……』

 ごそごそと探して、首にかかっていたそれがないことに気付いたロシアの慌てた様子が、電話越しにも伝わってくる。
 思わずイギリスは苦笑しながら続けた。

「ないだろ? 俺が持ってるんだ。だから今晩そっちに行く」
『でも……いいよ明日で。どうせ会議でまた会うでしょ?』

 明日も今日と同じメンバーでの会議がある。だから嫌でも顔を合わせることになるのだ。
 確かに今晩会う必要はないと言えばない、むしろ面倒でしかなかった。
 ―――― が、しかし。

「大事なものなんだろう? ずっと身に着けてるって言ってたじゃないか」
『そうだけど、わざわざ届けてもらうほどじゃないし。でも嬉しかった。イギリス君、どうもありがとう』

 素直に礼を言われる。柔らかな口調が耳朶を打ち、心底嬉しいという感情が伝わってくるような気がした。
 イギリスは視線を宙に彷徨わせて考えを巡らせると、数秒後、しょうがないなというふうに肩の力を抜く。そして迷いなく言った。

「じゃあ夕食を一緒に食おう」
『え?』
「外食の予定だったんだろ? 俺もそうだ。だからどっかで一緒に食えばいい。それなら食事も出来るし十字架も渡せる。一石二鳥だ」
『そうだけど。約束しているんじゃないの? アメリカ君たちと』

 いつもイギリスがここNYにいる時は、決まってアメリカや日本、フランスなどと言った馴染みの顔ぶれで飲みに行くことは知られている。
 今夜もそうに違いないとロシアが思うのも無理はなかった。事実そのつもりだったのだから反論の余地はない。
 だがイギリスはやや強引に話を進めた。

「ニュージャージーにHarbor Bar & Brasserieって店がある。これからそこに向かうからお前も来い。そうだな、時間は19時半がいい」
『え、でもイギリス君、』
「じゃあな」

 相手の返事を待たずして、イギリスは無作法だとは思ったが通話を切った。これ以上押し問答するのも面倒くさかったし、我に返って冷静に自分の行動を反芻するのもなんだか嫌だった。
 まさか自分からロシアを食事に誘う日が来るとは。
 とんだ厄日にならなければいいのだが、と思いつつ、イギリスは待たせている二人に断りを入れるため、慌ててエントランスへと走って行った。










* * * * * * * * * * * * * * * * *










 どこへ行くんだい、としつこく聞いてくるアメリカを振り切って、イギリスは地下鉄に乗り込んだ。
 日本には迷惑をかけたな、と窓に映った自分の顔を眺めながら深く溜息をつく。彼がいなければアメリカに何を言われ続けたか分からない。普段はとても大人しいのに、こういう時は機転を利かせていろいろ先回りをして発言をしてくれるのは本当にありがたかった。
 あとで日本にはお詫びに紅茶を贈ろう、と思う。

 途中で切れた十字架の鎖を直すために手近な宝飾店へと寄った。プラチナのそれを新しくしてもらいながらふと、なんで俺はここまでしてやっているんだろうかと疑問が思い浮かんだが、深く考えたら負けなのでさらりと自分の気持ちに無視を決め込む。
 Eラインを途中で乗り換え、エクスチェンジ・プレイス駅で降りて改札を抜けると、外はすっかり日が落ちて暗くなっていた。イルミネーションが輝く街中に出ると、さすがは人種の坩堝。さまざまな国籍の人間が賑やかに行き交うのが見えた。
 この辺はニュージャージー側からマンハッタンスカイラインが一望出来る人気のスポットなので、人通りも多く賑やかだった。
 日本とアメリカが向かったスシバーがどこにあるのかは分からないが、まさか途中で鉢合わせすることはないと思いたい。彼らを含め誰かに見られて陰口を叩かれるのも嫌で、知らずイギリスは足早に指定したレストランへと急いだ。

 Harbor Bar & Brasserieは、ロシアが宿泊するというハイアットリージェンシーから程近いリンカーンハーバーにある、コンテンポラリーアメリカンを得意としている店だった。わりと遅くまで営業しているのが気に入って、たまにアメリカと飲みに来る事がある。
 馴れた店の方がいいと気軽に誘ったものの、ロシアが果たして気に入るかどうかは分からない。彼の好みなど知りはしないし、どこがいいのか聞く前に勝手に決めてしまったので、あとで文句を言われたらどうしよう、と少々苦く思った。
 しかし、そんなことを今更後悔していてももう遅い。さっさと店に入ろうと入口を目指したイギリスは、その手前に見覚えのある長身を認めて思わず足を止めた。なんとなく所在なげに佇んで出入りする客をぼうっと眺めるその男は、木枯らしの吹く中あたたかそうなマフラーを巻いて厚手のコートを羽織っている。
 店の人間が声を掛けると、軽く首を振って何か一言二言話し、それから困ったように微笑んだ。どうやら待ち人がいることを告げている模様だ。
 慌ててイギリスは走り寄っていく。

「悪い、待たせたな」
「あ、イ……アーサー君」

 ロシアがこちらに気付いて小さく手を振った。そして気を利かせてくれていた店の人間に向かって、案内二名よろしくね、と笑う。

「先に入っていれば良かっただろ」
「うん。中で待っててもいいって言われたんだけど、僕あまりこういうお店に一人で入ったことがないから。なんとなく落ち着かなくて」
「そうか。悪いな、呼び出して」
「こっちこそ。わざわざありがとう」

 なんとなく、外でこうやって会うことがないせいか、変にお互い気を使って話してしまう。
 店員に案内されて奥のテーブルに着くと、コートを脱いでお互い向かい合わせに座った。適当にアペタイザーを頼んでから、イギリスは忘れないうちにとポケットにしまったままの十字架を取り出す。

「これ、渡しておくな」
「Благодарю вас」

 大事そうに受け取り、ロシアは口元を弛めながら丁寧に感謝の気持ちを述べた。
 そしてチェーンが新しくなっていることに気付いて目を丸くする。

「わざわざ直して来てくれたの?」
「また落とされたら折角拾ってやったのが無駄になるだろ。お前の為じゃなくて俺の為なんだからな!」
「真っ赤な顔でそんなこと言わないでよ。日本君に見られたらツンデレ萌えされちゃうよ?」
「なんだよそれは!」

 照れ隠しにぶっきら棒な物言いをすると、ロシアはくすくすと笑ってもう一度礼を言い、大切そうに内ポケットにしまいこんだ。
 首にかけないのか?とイギリスが少しだけ怪訝そうな表情をすると、不器用だから自分でつけるのは苦手なのだと返された。そう言えば以前外した時はイギリスがかけてやったのを思い出す。

 ぽんぽんと胸元におさめた十字架を優しく服の上から叩くと、ロシアはやっぱりこれがないとね、と言って嬉しそうに笑った。あからさまにほっとした様子が窺えて、イギリスもまた満足そうな顔をして笑みを浮かべる。
 持って来て正解だと思った。

「今度からは気をつけろよ」
「うん。昨日いろいろあったから、きっと鎖が切れかかっていたんだね」
「いろいろ?」
「ううんなんでもない。こっちの話」

 笑顔でさらりと流すと、ロシアは運ばれてきたシェリー酒を掲げて乾杯を促してきた。なんとなく引っかかるものを感じながらもイギリスは、慌ててグラスを持つと、互いのそれを軽く触れ合わせる。

 乾いた音がチン、と響いた。


PR

 Top
 Text
 Diary
 Offline
 Mail
 Link

 

 Guide
 History
忍者ブログ [PR]