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 紅茶をどうぞ
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Angel's child
 美しく輝く金色の髪と、抜けるように白い肌、そして色素の薄い透き通る宝石のような瞳を持つ民族。

 アングロ・サクソン。
 
 かつてヨーロッパ大陸からブリテン島に渡ったアングル人やサクソン人は、のちにイングランド地方に七つの小さな国り、やがてそれらが融合してひとつの国を形成していった。
 それが今のイギリスと呼ばれる国のはじまり。

 アングロ人が住む地、アングリア(イングランド)。
 アングロとはギリシャ語で天のみ使いエンジェルをさす言葉。
 彼らはそのあまりの美しさから「天使」のようだと称され、「天国で天使とその相続人になるにふさわしい」とも言われた。
 

 イングランド。
 そこはエンジェルの国。











「そりゃあイギリスの小さい頃は天使みたいに可愛くてなぁ。今じゃどんなクリーチャーも裸足で逃げ出す変た、」
「死ね」

 フランスが話し終えるのを待たずして、怒りをあらわにしたイギリスが彼の座る椅子を蹴り上げ、ひっくり返ったところを思い切り足蹴にしていた。足を振り下ろすたびにフランスが潰れた悲鳴を上げているが知ったことではない。
 アメリカはぬるくなってしまった紅茶に口をつけながら、相変わらずだなぁとその光景を見下ろした。

「だからブリタニアエンジェルなんだ?」
「うるせー! お前も変なことに興味を持つな!」
「だってイギリス。君が年甲斐もなく天使の格好でうろつき回るからさ」
「悪かったな!!」

 顔を真っ赤にして怒鳴りながら、イギリスは最後にフランスの後頭部を蹴りつけるとティーポット片手に奥へと引っ込んでしまった。
 勿論アメリカはその背に、遠慮なく「おかわりよろしくー」と声を掛けるのを忘れない。
 フランスはさっさと起き上がって倒れた椅子を戻すと、素早く身嗜みを整え何ごともなかったかのような顔をして元通りに座った。慣れきっている様がいっそ哀愁を誘う気がする。

「天使ねぇ」

 ぽつりと呟くアメリカを、フランスはによによと笑いながら見遣った。

「さしづめお前は "Angel's child" ってやつだな」
「ははは。……幼い頃さんざんイギリスに言われたよ、それ」

 苦笑いを浮かべながら思わずテーブルに両肘をついて、頬を乗せた。こんな姿を見られたらきっとまたイギリスに、行儀が悪いと言われてしまうに違いない。
 小さい頃はつとめて品行方正に振舞っていたので滅多に怒られることがなかったが、今では嘘のように逆転してしまっている。それに合わせてイギリスの対応も雲泥の差だ。
 もう親子でも兄弟でもないのだから放って置いて欲しい、というのが正直なところだが、きっと無視をされればそれはそれで苛立つんだろうな、というのも分っている。

 アメリカは、自分とイギリスの関係をあまり深く考えたくはなかった。独立戦争以降、彼とはきっぱり決別をした。それでもあちこちに残る母国の影は、振り切ろうと思ったって決して振り切れるものではない。自分の根幹に関わることなのだから当たり前だ。
 だが、最近少しずつそれらが薄まっているような気がしている。
 あんなにも願い、そして望んだ変化……それがいざ目の前に立ち出でてくると、言葉に出来ないほど強い不安を感じてしまう。





 かつて、イギリスが七つの海を支配した時代に、アングロ・サクソンは新しい国を作るためそれぞれ各地に旅立っていった。
 アメリカ、カナダ、オーストラリア、ニュージーランド。これらの国々はイギリスの正当なる血縁者。
 彼らは世界の中心であり、自分達の考え方が「標準」であり「常識」だと考えていた。そしてそれを助長するかのように、世界で最も強い影響力を持つ言語もまた、彼らの言葉であった。

 ルール・ブリタニア。

 支配せよ、我らが女神。
 ユニオンジャックが描かれた盾を持ち、海原を統べるトライデントをかかげた強く美しい女神よ。
 世界をアングロ・サクソンのものに。
 ―――― そんなことが当たり前のように叫ばれていた時代があった。

 だが、絶大な力を持っていると思われたイギリスが力を失い、その後を継いだアメリカは大量の移民を受け入れて久しい。
 これまで「正当なるアメリカ人」はイギリスから来た清教徒のWASPで、それ以外では上流社会に入ることは出来ないとされてきた。だがアメリカの中にはもう、純粋なアングロ・サクソン人などいないに等しい。「AS」という枠組みはなくなってしまっていた。
 アメリカ建国にあたって中心的存在だった彼らが、現在のアメリカ合衆国の支配的な地位を占め続けているのは事実だ。
 しかし、すでにそれも崩壊しつつある。
 近い将来かならず、WASPとは全く関係のない支配者層が生れる日が来るだろう。事実すでに大統領の何人かは非WASPとなっている。

 果たしてそれは、長い間待ち望んでいた「真のイギリスからの脱却」になるのだろうか。アメリカと彼との間にある、断ち切れずにいた「絆」の終わりを告げるものになるのだろうか。

 アメリカは、イギリスからの独立は望んだが、過去を消し去りたいと願ったことなど一度だってない。
 束縛が鬱陶しくて、子ども扱いされるのが悔しくて、自由を求めた。戦って傷ついて、お互い身も心もボロボロになって。でもそうやって乗り越えてきた。
 決して捨てたわけじゃない。あの楽園のような日々をなかったことにしたいわけじゃない。

 それでも全てが消えてしまう、そんな日が訪れてしまうのだろうか。


 

 


「それはないな」

 冷えた紅茶を飲みながら、フランスはあっさりと首を振った。
 アメリカの質問などまるで無意味だとでも言うように。

「どうしてだい?」
「だってお前、歴史は誰にも変える事が出来ないからな」
「歴史?」
「アメリカ大陸がイタリアによって発見され、俺やドイツんとこの人間が移り住み、最終的にイギリスが国を形作ったという、その歴史は変えようがないだろ?」

 だからどんなに時が経とうとも、「絆」は決して消えたりしない。
 これまで培われてきたさまざまな記憶、積み上げてきた時間は意志など関係なくこの先も連綿と続いていく。
 歴史はつねに途絶えることのない道なのだ。
 
「お前が滅びない限り」

 嫌でもな、とそう言ってフランスは手土産で持参した焼き菓子を、自ら口に放り込みながら、満面の笑みを浮かべた。
 アメリカは一瞬だけ複雑そうな表情をしてから、ふ、っと息をついて肩をすくめた。まるでしょうがないとでも言うように。

「老後の面倒は見なきゃ駄目なのかい?」
「ははは、そりゃいい。イギリスが泣いて喜ぶぜ?」

 揶揄するフランスに苦笑しながら、アメリカはキッチンから出てこちらに戻って来るイギリスに視線を移した。
 ポットが温かな湯気を立てているのが見える。ちゃんと三人分、淹れて来てくれているのが本当に彼らしい。

 口煩くてお節介。海賊紳士で二枚舌。しかも酒乱で喧嘩早い。
 でも、とてもとても強くて、脆くて、優しい人。

「ブリタニアエンジェルはただの変態だと思うけどね」
「なんだと!?」

 イギリスの怒鳴り声に楽しそうに笑いながら、アメリカは大きく伸びをした。













 天使の住む国から生まれた希望の光。
 神に祝福された、Angel's child。

 そう言って笑うイギリスに、小さなアメリカは優しく抱き上げられた。
 金色の髪と真っ白な肌、そして深い森の色の瞳を持つ彼に。

 そうして見上げた空は高く広く、どこまでもどこまでも綺麗な世界だった。
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