紅茶をどうぞ
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プライスレス
今にも雪が降り出しそうな、そんな寒い日だった。
特別に予定のない、忙しい毎日の間にぽっかりと空いた休日。
イギリスは少し遅めに起床して、いつもより時間をかけてゆっくりと朝食をとった。そのあとは好きな銘柄の紅茶を淹れてソファに座り、タイムスに目を通しながらめいっぱいだらだらと過ごす。
時折妖精たちが話し掛けてくるのに応えつつ、暖かい室内から灰色の空を見上げた。
そう言えば今冬ロンドン市内では、新しいショッピングモールがオープンしたんだっけ。
ふと駅前で女性達が楽しそうに話していたのを思い出し、どうせ暇を持て余しているのだからと、さっそく出掛ける用意をし始めた。
厚手のダウンジャットとラインウールマフラー、ニットキャップにフリースの手袋を身につけ、最近購入したばかりのローカットのウォーキングシューズを履く。
昔のようにカシミアの三点セットに革靴などというスタイルはすっかり流行らなくなっていた。スーツの本場と言われた英国も、老若問わずにカジュアルタイプが定着し始めている。イギリスも最初は少々恥ずかしい気分が拭えなかったが、今では童顔を幸いに気軽に着用するようになっていた。
昔からファッションというものは時代によって変化を遂げて来た。その当時には正装だと思われていた服も、現在は廃れてしまっているものが多い。逆に乗馬用に作られた燕尾服が今ではパーティで着るようになったのだから不思議なものだ。
移り変わる時代に応じて、国自身もまた変わっていくのは当たり前で、イギリスもその時その時に合わせて服装を変えてきた。
「じゃあ、ちょっと出掛けてくるな」
見送りの妖精たちにそう告げて、北風の吹く外へと歩き出す。
うっすらと暗雲立ち込める空からは、まだ白いものは落ちてはこなかった。
バス停に向かおうとやや足早に歩きながらイギリスは、門前に人影があることに気付いて驚いたように足を止める。
今日は来客の予定はなかったはずだ。一体誰だろうと歩みを進めると、見慣れた金髪と眼鏡の青年の姿が見えた。
アメリカは、その場に佇みながら冷たい空気に溶けゆく自らの白い息を見ていた。
灰色の景色の中で、そこだけがまるで極彩色のように鮮やかに切り取られていて、少しだけ眩しく感じられる。思わず目を細めて整った横顔に見蕩れていると、視線に気付いた彼がふわりとこちらを振り返った。
「やぁ、イギリス」
冷たい空気に凛と響く、温かみを持った力強い声。
閑静なこの場が急に華やかになったようだった。
「お前、どうしたんだ? 今日は約束なんてしてなかっただろ?」
「なんとなく来ちゃった」
「なんとなくって……つかこんな所でなにしてたんだよ。寒かっただろ」
「まぁいいじゃないか。出掛けるのかい?」
「あぁ、市内に新しく出来た店を見に行こうと思って」
アメリカはふうんと呟きながら、歩み寄るイギリスの格好をしげしげと眺める。
「そうしているとまるで学生みたいだね」
「う、うるせぇ」
「俺も行くよ。いいだろう?」
そう言って並んで歩くアメリカを見上げ、イギリスは軽く眉を顰めた。
―――― なんとなく、おかしい。
―――― 雰囲気がいつもの彼とは違う気がする。
突然の訪問はいつもの事とは言え、いくらなんでも門前で待ち伏せとは彼らしくもない。そもそもイギリスが今日外出するかどうかも分からないのに、こんな寒空の下、待っていること自体ありえない。
かと言ってアポなしで玄関をくぐるのを躊躇うほど遠慮のあるアメリカでもなし、ましてやここまで来て何もせずに帰るというのも考えられなかった。
恐らく嫌な事があって逃げ出して来たに違いない。もちろん仕事を放り出すようないい加減な真似はせず、鬱屈した思いを溜め込んで溜め込んで、そして全てが片付いたあかつきにようやく飛び出して来たのだろう。息抜きと称して、だが少々冷静さを欠いた態度で。
昔から、頭が冷えないうちはイギリスと顔を合わせるのを良しとしない、そういうところがアメリカにはあった。ある程度冷静さを取り戻しさえすれば、これまでと同じように騒がしい物音と共にイギリスの家へと入り込み、自分勝手に振舞ってさっさと帰っていったはずだ。
だがここでその事を指摘すればきっとこの青年は、拗ねてしまうに違いない。心配すれば鬱陶しいと跳ね除けられ、からかえば三倍になって返される。宥めれば嘲笑され、無視をすれば憤る。まるで子供だ。
そしてそのままお子様扱いをすると臍を曲げられ、機嫌が直るまでさんざん嫌味を言われ続けることになる。厄介な事この上なかった。
だが、イギリスはめげない。それでも彼はアメリカを構い続けるのだ。まるでそれが性分のように。そういうふうに出来ているかのように。
「お前、車は?」
ふと気付いて周囲を見回すが、通りにはなにもない。
いつもアメリカは空港からレンタカーでこちらに来るのが常となっていた。自動車大国である彼が徒歩で移動するのは極めて珍しい。
基本的にイギリスは自家用車を持たず、バスと電車を利用するのにも不便さを感じたことはなかったが、アメリカは非常に便利なものを好み、また大の自動車好きでもあった。彼の自宅のガレージでは車が3台以下になったことはないように思う。
イギリスにも車を持つよう勧めてくるので一度だけミニクーパを買ったことがあるが、ほとんど使わないため埃を被るばかりで可哀相だと、すぐに手放してしまった。
「今日は電車だよ。たまには君の国民を観察しながら来るのもいいかと思って」
「観察すんな!」
「いいじゃない、別に。君の事を見ているわけじゃないんだから」
「屁理屈言うな。ったく」
本当に口の減らない……それはイギリス自身も同じなのであまり強くは言えないが。
こういうのを似たもの同士と言うのだろうか。
まぁ、悪くはないと思う。
「そういや昼食はカフェで済ませるつもりだけど、いいか?」
「うん、紅茶より珈琲がいいぞ!」
「またキャラメルやメイプルのやつか? 太るぞ」
「生クリームは美味しいんだぞ。それにその分運動すれば大丈夫さ。君、今晩付き合ってくれるだろ?」
「…………っ」
街路樹の立ち並んだ通りであっけらかんとなされた発言に、一瞬思考回路を止めたイギリスだったが、言葉が脳に達すると、音がしそうなくらい凄い勢いでみるみる白い肌を紅潮させた。
めいっぱい見開いた目でアメリカを見てから、羞恥の滲む色で睨みつける。
「ふざけんなバカー!!!」
「大声はみっともないよ、イギリス」
「みっともないのはお前の頭の中身だ!」
「誰が育てたんだろうねぇ」
「どうせ俺だよ! 悪かったな!!」
本当に育て方間違えた……!と思いながらイギリスは先に立って足早に歩き出した。まったく、並んで歩くのも恥ずかしい。
デリカシーのなさは一体誰に似たんだろう。やはりこれは貞操観念の緩い隣国の悪影響だろうか。そうぶつぶつと呟いていると、後ろからどん、とアメリカに突撃された。思わぬ衝撃によろめくと、明るい笑い声が降って来る。
「あいかわらず君は貧弱だな!」
「あぁもうお前マジで重い重い重い!」
両腕で首に抱きつかれて体重を預けられると、本気で沈みそうになってしまう。イギリスは真っ赤になりながら背中に張り付いた"お子様"を引きはがそうとして潰されかけていた。
いつまで経っても素直に甘えられないアメリカに、ほんの少しだけ寂しいような気分を感じながらも、最近では対等であることに価値を見出すのもまた悪くないなと思えるようになって来た。これも心境の変化というやつなのだろうか。
だが。
季節が変わり、街が変わり、人が変わり、ファッションが変わり、見えるものも見えないものも、移りゆく時間の中でいろんなものが変化を遂げてきたけれど。
かけがえのないものは、未来永劫、変わることはない。
じゃれつく大型犬のようなアメリカに、年甲斐もなく怒鳴りながらイギリスは、平日のこの時間帯にほとんど人通りがないことを、ありがたいと本気で思った。
特別に予定のない、忙しい毎日の間にぽっかりと空いた休日。
イギリスは少し遅めに起床して、いつもより時間をかけてゆっくりと朝食をとった。そのあとは好きな銘柄の紅茶を淹れてソファに座り、タイムスに目を通しながらめいっぱいだらだらと過ごす。
時折妖精たちが話し掛けてくるのに応えつつ、暖かい室内から灰色の空を見上げた。
そう言えば今冬ロンドン市内では、新しいショッピングモールがオープンしたんだっけ。
ふと駅前で女性達が楽しそうに話していたのを思い出し、どうせ暇を持て余しているのだからと、さっそく出掛ける用意をし始めた。
厚手のダウンジャットとラインウールマフラー、ニットキャップにフリースの手袋を身につけ、最近購入したばかりのローカットのウォーキングシューズを履く。
昔のようにカシミアの三点セットに革靴などというスタイルはすっかり流行らなくなっていた。スーツの本場と言われた英国も、老若問わずにカジュアルタイプが定着し始めている。イギリスも最初は少々恥ずかしい気分が拭えなかったが、今では童顔を幸いに気軽に着用するようになっていた。
昔からファッションというものは時代によって変化を遂げて来た。その当時には正装だと思われていた服も、現在は廃れてしまっているものが多い。逆に乗馬用に作られた燕尾服が今ではパーティで着るようになったのだから不思議なものだ。
移り変わる時代に応じて、国自身もまた変わっていくのは当たり前で、イギリスもその時その時に合わせて服装を変えてきた。
「じゃあ、ちょっと出掛けてくるな」
見送りの妖精たちにそう告げて、北風の吹く外へと歩き出す。
うっすらと暗雲立ち込める空からは、まだ白いものは落ちてはこなかった。
バス停に向かおうとやや足早に歩きながらイギリスは、門前に人影があることに気付いて驚いたように足を止める。
今日は来客の予定はなかったはずだ。一体誰だろうと歩みを進めると、見慣れた金髪と眼鏡の青年の姿が見えた。
アメリカは、その場に佇みながら冷たい空気に溶けゆく自らの白い息を見ていた。
灰色の景色の中で、そこだけがまるで極彩色のように鮮やかに切り取られていて、少しだけ眩しく感じられる。思わず目を細めて整った横顔に見蕩れていると、視線に気付いた彼がふわりとこちらを振り返った。
「やぁ、イギリス」
冷たい空気に凛と響く、温かみを持った力強い声。
閑静なこの場が急に華やかになったようだった。
「お前、どうしたんだ? 今日は約束なんてしてなかっただろ?」
「なんとなく来ちゃった」
「なんとなくって……つかこんな所でなにしてたんだよ。寒かっただろ」
「まぁいいじゃないか。出掛けるのかい?」
「あぁ、市内に新しく出来た店を見に行こうと思って」
アメリカはふうんと呟きながら、歩み寄るイギリスの格好をしげしげと眺める。
「そうしているとまるで学生みたいだね」
「う、うるせぇ」
「俺も行くよ。いいだろう?」
そう言って並んで歩くアメリカを見上げ、イギリスは軽く眉を顰めた。
―――― なんとなく、おかしい。
―――― 雰囲気がいつもの彼とは違う気がする。
突然の訪問はいつもの事とは言え、いくらなんでも門前で待ち伏せとは彼らしくもない。そもそもイギリスが今日外出するかどうかも分からないのに、こんな寒空の下、待っていること自体ありえない。
かと言ってアポなしで玄関をくぐるのを躊躇うほど遠慮のあるアメリカでもなし、ましてやここまで来て何もせずに帰るというのも考えられなかった。
恐らく嫌な事があって逃げ出して来たに違いない。もちろん仕事を放り出すようないい加減な真似はせず、鬱屈した思いを溜め込んで溜め込んで、そして全てが片付いたあかつきにようやく飛び出して来たのだろう。息抜きと称して、だが少々冷静さを欠いた態度で。
昔から、頭が冷えないうちはイギリスと顔を合わせるのを良しとしない、そういうところがアメリカにはあった。ある程度冷静さを取り戻しさえすれば、これまでと同じように騒がしい物音と共にイギリスの家へと入り込み、自分勝手に振舞ってさっさと帰っていったはずだ。
だがここでその事を指摘すればきっとこの青年は、拗ねてしまうに違いない。心配すれば鬱陶しいと跳ね除けられ、からかえば三倍になって返される。宥めれば嘲笑され、無視をすれば憤る。まるで子供だ。
そしてそのままお子様扱いをすると臍を曲げられ、機嫌が直るまでさんざん嫌味を言われ続けることになる。厄介な事この上なかった。
だが、イギリスはめげない。それでも彼はアメリカを構い続けるのだ。まるでそれが性分のように。そういうふうに出来ているかのように。
「お前、車は?」
ふと気付いて周囲を見回すが、通りにはなにもない。
いつもアメリカは空港からレンタカーでこちらに来るのが常となっていた。自動車大国である彼が徒歩で移動するのは極めて珍しい。
基本的にイギリスは自家用車を持たず、バスと電車を利用するのにも不便さを感じたことはなかったが、アメリカは非常に便利なものを好み、また大の自動車好きでもあった。彼の自宅のガレージでは車が3台以下になったことはないように思う。
イギリスにも車を持つよう勧めてくるので一度だけミニクーパを買ったことがあるが、ほとんど使わないため埃を被るばかりで可哀相だと、すぐに手放してしまった。
「今日は電車だよ。たまには君の国民を観察しながら来るのもいいかと思って」
「観察すんな!」
「いいじゃない、別に。君の事を見ているわけじゃないんだから」
「屁理屈言うな。ったく」
本当に口の減らない……それはイギリス自身も同じなのであまり強くは言えないが。
こういうのを似たもの同士と言うのだろうか。
まぁ、悪くはないと思う。
「そういや昼食はカフェで済ませるつもりだけど、いいか?」
「うん、紅茶より珈琲がいいぞ!」
「またキャラメルやメイプルのやつか? 太るぞ」
「生クリームは美味しいんだぞ。それにその分運動すれば大丈夫さ。君、今晩付き合ってくれるだろ?」
「…………っ」
街路樹の立ち並んだ通りであっけらかんとなされた発言に、一瞬思考回路を止めたイギリスだったが、言葉が脳に達すると、音がしそうなくらい凄い勢いでみるみる白い肌を紅潮させた。
めいっぱい見開いた目でアメリカを見てから、羞恥の滲む色で睨みつける。
「ふざけんなバカー!!!」
「大声はみっともないよ、イギリス」
「みっともないのはお前の頭の中身だ!」
「誰が育てたんだろうねぇ」
「どうせ俺だよ! 悪かったな!!」
本当に育て方間違えた……!と思いながらイギリスは先に立って足早に歩き出した。まったく、並んで歩くのも恥ずかしい。
デリカシーのなさは一体誰に似たんだろう。やはりこれは貞操観念の緩い隣国の悪影響だろうか。そうぶつぶつと呟いていると、後ろからどん、とアメリカに突撃された。思わぬ衝撃によろめくと、明るい笑い声が降って来る。
「あいかわらず君は貧弱だな!」
「あぁもうお前マジで重い重い重い!」
両腕で首に抱きつかれて体重を預けられると、本気で沈みそうになってしまう。イギリスは真っ赤になりながら背中に張り付いた"お子様"を引きはがそうとして潰されかけていた。
いつまで経っても素直に甘えられないアメリカに、ほんの少しだけ寂しいような気分を感じながらも、最近では対等であることに価値を見出すのもまた悪くないなと思えるようになって来た。これも心境の変化というやつなのだろうか。
だが。
季節が変わり、街が変わり、人が変わり、ファッションが変わり、見えるものも見えないものも、移りゆく時間の中でいろんなものが変化を遂げてきたけれど。
かけがえのないものは、未来永劫、変わることはない。
じゃれつく大型犬のようなアメリカに、年甲斐もなく怒鳴りながらイギリスは、平日のこの時間帯にほとんど人通りがないことを、ありがたいと本気で思った。
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