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 紅茶をどうぞ
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Wish 2
 食後、すぐに帰るというロシアを引き止めたのは、どういう理由だったのか自分でも正直なところ分からない。
 だが珍しく1週間の休みが取れたと言う彼の言葉を受けて、ついゲストルームの用意をしてしまったのはもう、どうかしていると思われても仕方がないだろう。
 イギリスも実は今日を含め三日間、仕事はなかった。このところ休日返上でずっと働き詰めだったため、上司が気を利かせて連休を取ってくれたのだ。
 そうでなければこんなふうにロシアを自宅に招きいれる余裕などない。お互い時間があるからこその茶会だった。


 夕食は外で済ませ、家に戻るとすぐにシャワーを浴びて二人で居間に移動する。BBCニュースを流しながらなんとはなしに酒のグラスを傾けた。
 たわいないお喋りに興じ、取り寄せたつまみを並べて次々に瓶を空けていく。
 ―――― まるで親しい友人のようだと思った。
 絶対にそんな関係にはなれないというのに。どう考えてもありえないというのに、何故かそんな下らない妄想を脳裏に思い浮かべながら、イギリスはソファにもたれて天井を仰いだ。

「酔った?」

 心地良いテノールが酔いの欠片も見せずに尋ねてくる。相変わらずアルコールに対しては底なしのようだ。

「んー…ちょっと、な」
「そう。もう寝る?」
「いや……まだ飲みたい気分だ」
「潰れちゃうよ。あぁでも、君が裸になるところが見たいからそれでもいいかな」

 くすくすと機嫌良さそうにロシアが笑った。
 なんのことだと身を起こしてそちらを見据えると、彼はだって、と続ける。

「酔っ払うとイギリス君、全裸になるんでしょ?」
「それは俺の国民であって俺は断じて違うぞ」
「えー? そうなの? フランス君はいつも見てるって言ってたよ」
「あのワイン野郎……余計な事をベラベラと。今度ドーバーに沈めてやる」

 昼間の紳士然とした態度はどこへやら、思わずついた悪態にロシアの目が面白そうに細められた。
 イギリスの傍にじりじりと近寄ってくると、酔眼を覗き込むように身を乗り出してくる。そんな彼の洗い立ての髪からは自分と同じシャンプーの香りが漂っていて、今更ゲスト用は別にすべきだと思っても後の祭りだった。
 相当焼きが回っているな、と思いつつも、近づく人肌を厭うことなくイギリスは、パーソナルスペースへの立ち入りを許してしまう。危険なのは分かっていたが、それを敢えて見ない振りをしてしまうほど、ロシア自身の警戒心も今はかなり薄れている。

「フランス君ばかりいいな、僕も見たい」
「バッカじゃねーの。男の裸なんか見たって面白くも何ともないだろうが」
「確かにアメリカ君のぽっちゃり体系を見ても面白くはないだろうね」
「ぽっちゃりって……お前、それすげー笑える!」

 あまりな言い草に思わず笑いがこみ上げて来て、耐え切れずイギリスは噴き出した。
 最近肥満を気にしているアメリカの、筋肉質だがどことなく脂肪も感じさせる無駄にがっちりした体型を思い浮かべながら、どうしようもなく笑えて仕方がない。
 ロシアが楽しそうに続けた。

「だってそうじゃない?」
「お前、それアメリカに言ったら戦争勃発だぞ」
「イギリス君だって笑っているから同罪だよ」
「俺は知らねー。冷戦のあおりを喰うのはもうやなこった」
「つまらないの。今度は一緒にアメリカ君をいじめたかったのにな」
「お生憎様」

 そう言ってイギリスはテーブルの脇に置いてあるスコッチの瓶に手を伸ばした。そして空になった自分のグラスになみなみと注ぎ、ついでにロシアの分もついでやった。

 その時、ふと目にとまったのは銀色の光。
 客用のガウンに身を包んだロシアは、とうぜんマフラーは身に着けてはおらず、それどころか鎖骨のあたりまでが外気にさらされていた。そのため、彼が身を屈めるとちょうど胸元あたりに揺れるペンダントが見える。
 なんとはなしに目線を向けると、気付いたロシアが不思議そうに首をかしげた。

「なに?」
「いや、それ……」

 手を伸ばして、無遠慮にイギリスはロシアの首元から下がる銀のチェーンに触れようとした。
 瞬間、乾いた音が響く。

「あ、悪い」

 思わず叩かれた手の甲がじんと痺れて赤くなった。それでも不用意に手を伸ばした自分が悪いという自覚はある。なのですぐに謝罪した。
 ロシアの目が明らかに揺れ、自分自身の条件反射の攻撃に対してどこか戸惑う様子を見せた。彼はイギリスの手を叩いた自分の手をぎゅっと握りしめて小さく俯く。

「……僕の方こそ」
「いや、今のは俺が完全に悪い。だいぶ酔ってるみたいだ。もう寝た方がいいな、これは」
「待って。僕と飲むのはつまらない?」

 問われた言葉にイギリスは舌打ちをしたくなった。
 つまらないかだと? いいやその反対だから困るんだ。
 本当に不味い事に、イギリスはロシアとのこういう時間がちっとも苦に感じられなかった。外交問題が絡まなければロシア自身は別にイギリスを怒らせるようなことを言うわけでもない。まして昔の事を持ち出してはことさら傷つけるような発言を繰り返す元弟や隣人に比べれば、断然マシな飲み相手だと言えた。
 決して心休まるような関係ではない。だが胸中で強く警鐘が鳴らされているにも拘らず、イギリスはロシアと過ごす時間を楽しいと感じてしまっているのだ。
 
 ―――― それに。

「……なんで泣くんだよ……」

 立ち上がりかけたイギリスのガウンの裾を掴んで、眉を顰めてこちらを見上げたロシアは静かに涙を零していた。
 まるで捨てられまいとした子供のようだ。
 追い縋って力でねじ伏せるというものではなく、ただ懇願するかのように躊躇いがちに伸ばされた手。指先の白さが薄暗い中でやけに際立って見えた。
 彼らしくない、だが、ひどく彼らしい態度だった。

「お前、泣き顔は綺麗なんだな」

 今度は叩き落されないように、慎重に手を伸ばして冷たく濡れた頬に触れれば、ロシアは困惑した表情のまま恐る恐る顔を寄せてきた。細い柔らかな前髪がさらりと額を流れ、イギリスの手のひらに落ちる。くすぐったかった。

「触られるの、好きじゃないんだ」
「知ってる」
「身体に触れる手は、いつでも僕に痛みしか与えてこないから。嫌い」

 そう言いながらロシアは伸ばされた腕を抱き締めるように引き寄せた。そのまま膝をつくイギリスの肩にこつんと頭を乗せる。
 小さく苦笑して、イギリスもまたそのプラチナブロンドの頭をそっと優しく撫でた。

「お茶、呼んでくれて嬉しかった。誘われたのはじめてだから」
「お前が飲みたいって言ったんだろ」
「うん。ありがとう。泊って行けって言われた時は、暗殺する気なのかなぁってちょっと驚いたけど。でもやっぱり嬉しかったよ」
「暗殺って……いくらなんでもそれはないだろ」
「うん、そうみたいだね」

 あまりな言いように呆れて溜息をついてしまう。
 だがロシアならばそう思っても仕方がないのだろう、と諦めてもいた。なんといっても自分達はこれまで、幾度となく剣を交えてきているのだ。警戒されるのが当たり前の関係を築いてきている。
 だが現在、不必要な戦争を仕掛けるほどイギリスもロシアも馬鹿ではない。いつまでこの平和が続くかは分からないが、現状維持はお互い望むべきことだった。
 ……そう願いたい。



「ほら、いい加減離れろ。まだまだ夜は長い。飲むんだろ?」
「イギリス君が裸になったら僕、襲っちゃうかもね」
「そん時は天国を見せてやるよ」

 挑発的ににやりと笑って見上げてくるロシアの額を小突くと、彼は一瞬目を丸くしてから、ふいにどこか寂しそうに笑った。
 それがあまりにも意外なものだったので思わず掛ける言葉をなくしていると、すぐにいつもの飄々とした顔に戻ってロシアは身を引く。少し皺になってしまったこちらのガウンの裾を整えるように撫で、それから思い出したように顔を上げる。

「そうだ、これが見たかったんでしょ?」

 ロシアは首の後ろに手を回すと、下げていたペンダントを外した。どうぞ、と言われて思わず差し出した手に乗せられたのは、小ぶりの十字架だった。
 しかし、西欧諸国のものとは形状が違う。イギリスはほとんど目にしたことがなかったが、それは東欧に伝わる八端十字架と呼ばれるものだった。
 カトリックで使われる十字の形ではなく、縦に一本と横に三本で出来ている。しかも一番下のものは少し斜めに付けられていた。これはイエスと共に処刑された二人の盗賊を表していると聞く。

「正教会か」
「ロシアの人はね、死後の世界よりも今の幸せを願うんだ。だから誰もが皆、これを肌身離さず身につけている。明日晴れますように、笑顔がありますように、幸せになれますように、ってね」
「……お前は何を願うんだ?」
「あったかい所でひまわりにかこまれて暮らせますように、かな」

 そう言って笑うと、彼は足元に置いたままのグラスを手に取った。

「за нашу встречу」

 掲げたグラスを傾けて、ロシアはスコッチを一気に飲み干した。
 その横顔を見つめ、イギリスもまたグラスを手にする。
 
「Mud in your eye」

 返した言葉に、ロシアの笑顔が重なった。








 渡された銀色の十字架。
 そっと握ると固く冷たい感触が伝わってくる。まるでそれは北の果てを埋め尽くす氷のように感じられた。ずっと彼の首に下げられていたと言うのに、ぬくもりの欠片すら伝わってこない。

 まるでロシアの願いなど叶うはずないとでもいうかのように。

 ひまわりはうちの庭でも咲くのだろうかと、ぼんやり思いながらイギリスは静かに両目を閉ざした。
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