紅茶をどうぞ
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願い、そして希望 3
あれから長い月日が過ぎた。
二つの大きな戦争を経て、二人の関係もまた随分と変わってきたと思う。
世界が変わるのと同時に自分達もまた変わらなければならなかった。
それがいいのか悪いのかは、分からないけれど。
静かな部屋にひとつの影。
ソファに深く腰掛け、腕組みをしたまま俯いているのはイギリスだった。
連日の会議に疲れきっているのか彼は微動だにせずに、両目を閉ざしている。寝ているのだろうかと、足音を立てずに歩み寄ると気配に気付いた彼がはっと顔を上げた。
「……お前か」
乾いた唇からかすれた声が洩れる。
アメリカは疲労の色の濃いその白い頬が、あまりにも冷たそうで戸惑った。
そう言えば空調が効いているといってもこの部屋だけ少し肌寒い。
「もう時間か?」
イギリスはアメリカが呼びに来たものと思ったらしい。午後の会議は米英二カ国で行うことになっていた。
まだ充分時間があることに気付かないまま、立ち上がって上着の裾を払う彼の顔色は決していいとは言えない。毅然とした態度はそのままだが、伏せられた翠の瞳には覇気があまり感じられなかった。
「イギリス、具合でも悪いのかい?」
「いや、別になんともない。それよりもお前の方こそ準備はいいのか?」
「ばっちりだよ」
「そうか。……曲がっているぞ」
なにげなく、自然とイギリスの両手が上がった。
身を引くまもなく彼の手が少しだけ歪んでいたタイを直す。その仕草はかつて幼い時分に身だしなみを注意されていた頃を思い出させる。咄嗟に掛ける言葉が見付からないでいると、イギリスの目線が静かに向けられた。
「差し出がましい真似をして悪かったな」
「ううん、いいけど……」
「なんだ? お前の方こそ元気がないな。何かあったのか?」
いぶかしむように首を傾げるイギリスの眼差しの中には、自分を心配する気配が窺える。
それを認めた瞬間、アメリカは急に目の前の彼に手を伸ばして縋りつきたい衝動に駆られた。小さい頃、彼の姿を見るたびに飛びついていたあの時のように。会いたかったと叫んで、その腕を欲したあの頃のように。
どうしようもなく触れたくてたまらなくて、胸が痛くて苦しくて、呼吸が止まるかと思うほどだった。
何故なのか理由はわからない、ただ無性にそう思う。これではまるで子供のようだ……彼の手を振り払って独立した自分はどこへいってしまったのだろうか。
だが、急速に湧き上がった衝動は抗えないほどの強さでアメリカを突き動かした。止められない。
こちらを見上げるイギリスに腕を伸ばすと、アメリカは躊躇いもなく思い切りその身体を抱きしめるのだった。
「なっ……!」
驚いて目を見開き、息を呑んで強張るイギリスの肩口に、ぐっと額を押し当てる。
鼻腔をくすぐる懐かしい彼の匂いに強い眩暈を感じた。
「アメリカ? おい、離せよ、アメリカ!」
「…………」
「お前……どうしたんだよ、一体」
こうやって彼に触れたのはいつ以来だろう。今こうして抱きしめてみると、記憶の中の彼とは違って驚くほど細い身体だった。
でもぬくもりは変わらない。泣きたくなるくらい暖かかった。
眠れない夜に優しく抱きしめてくれたあの腕の中を思い出す。懐かしくて、そしてこんなにも切ない。
無言でうなだれているアメリカに、イギリスは呆れたように深い溜息をついて身を捩るのをやめた。それからそっと髪を優しく撫でてくる。それがあまりにも昔のままだったので、思わず涙が滲んでしまう。
おかしいくらい馬鹿な自分がいる。こうやってイギリスの体温を感じて、ただそれだけで恋しく思ってしまうなんて。
手離したのは自分だと分かっているのに、今更二人の間に横たわる溝を埋めることなんて出来やしないのに、求めてしまっている。
駄目だと分かっているのに、欲しい。欲しくて欲しくてたまらない。どうすればいいのだろうかと自問自答を繰り返しながら、アメリカはひたすらにイギリスの身体を抱きしめていた。
もう元には戻れない。
イギリスは変わってしまったのだと、いつしか思うようになっていた。もう自分の知る彼はいないのだと。
あの頃のアメリカにとってそれは心の拠り所だったのかも知れない。繰り返し繰り返し自分にそう言い聞かせていなければ、泣いて縋ってしまいそうだったのだ。
本当にイギリスが変わったのかどうかは問題ではなく、ただそう思いたかっただけなのだと、今のアメリカには分かっていた。
それでもいつかイギリスが自分を認めてくれる日がくるのだと、信じて待ち続けてもいたのだ。
それなのに……いつまで経ってもイギリスは今のアメリカを見てはくれなかった。
どんなにアメリカが大きくなっても、強くなっても、越えたとしても、イギリスの目は今の彼を通り越して子供の頃のアメリカしか映さない。
暗くて広い、何もなかった大陸に置き去りにされた昔のように、不安定で不確かな感情を抱えたまま、アメリカは迷い子のように手探りでイギリスを求めていた。
二人で過ごした日々。彼との思い出。
捨てなければ大人になれないと盲目的に信じていた過去の自分。
本当は違うのに。
本当はもっと大事なことがあったのに。
―――― 捨てられるはずなどないのだ、この人を。
どうしてあの時、気がつかなかったのだろう。
こんなにも簡単なことだったのに。
こんなにも愛してやまないというのに。
二つの大きな戦争を経て、二人の関係もまた随分と変わってきたと思う。
世界が変わるのと同時に自分達もまた変わらなければならなかった。
それがいいのか悪いのかは、分からないけれど。
静かな部屋にひとつの影。
ソファに深く腰掛け、腕組みをしたまま俯いているのはイギリスだった。
連日の会議に疲れきっているのか彼は微動だにせずに、両目を閉ざしている。寝ているのだろうかと、足音を立てずに歩み寄ると気配に気付いた彼がはっと顔を上げた。
「……お前か」
乾いた唇からかすれた声が洩れる。
アメリカは疲労の色の濃いその白い頬が、あまりにも冷たそうで戸惑った。
そう言えば空調が効いているといってもこの部屋だけ少し肌寒い。
「もう時間か?」
イギリスはアメリカが呼びに来たものと思ったらしい。午後の会議は米英二カ国で行うことになっていた。
まだ充分時間があることに気付かないまま、立ち上がって上着の裾を払う彼の顔色は決していいとは言えない。毅然とした態度はそのままだが、伏せられた翠の瞳には覇気があまり感じられなかった。
「イギリス、具合でも悪いのかい?」
「いや、別になんともない。それよりもお前の方こそ準備はいいのか?」
「ばっちりだよ」
「そうか。……曲がっているぞ」
なにげなく、自然とイギリスの両手が上がった。
身を引くまもなく彼の手が少しだけ歪んでいたタイを直す。その仕草はかつて幼い時分に身だしなみを注意されていた頃を思い出させる。咄嗟に掛ける言葉が見付からないでいると、イギリスの目線が静かに向けられた。
「差し出がましい真似をして悪かったな」
「ううん、いいけど……」
「なんだ? お前の方こそ元気がないな。何かあったのか?」
いぶかしむように首を傾げるイギリスの眼差しの中には、自分を心配する気配が窺える。
それを認めた瞬間、アメリカは急に目の前の彼に手を伸ばして縋りつきたい衝動に駆られた。小さい頃、彼の姿を見るたびに飛びついていたあの時のように。会いたかったと叫んで、その腕を欲したあの頃のように。
どうしようもなく触れたくてたまらなくて、胸が痛くて苦しくて、呼吸が止まるかと思うほどだった。
何故なのか理由はわからない、ただ無性にそう思う。これではまるで子供のようだ……彼の手を振り払って独立した自分はどこへいってしまったのだろうか。
だが、急速に湧き上がった衝動は抗えないほどの強さでアメリカを突き動かした。止められない。
こちらを見上げるイギリスに腕を伸ばすと、アメリカは躊躇いもなく思い切りその身体を抱きしめるのだった。
「なっ……!」
驚いて目を見開き、息を呑んで強張るイギリスの肩口に、ぐっと額を押し当てる。
鼻腔をくすぐる懐かしい彼の匂いに強い眩暈を感じた。
「アメリカ? おい、離せよ、アメリカ!」
「…………」
「お前……どうしたんだよ、一体」
こうやって彼に触れたのはいつ以来だろう。今こうして抱きしめてみると、記憶の中の彼とは違って驚くほど細い身体だった。
でもぬくもりは変わらない。泣きたくなるくらい暖かかった。
眠れない夜に優しく抱きしめてくれたあの腕の中を思い出す。懐かしくて、そしてこんなにも切ない。
無言でうなだれているアメリカに、イギリスは呆れたように深い溜息をついて身を捩るのをやめた。それからそっと髪を優しく撫でてくる。それがあまりにも昔のままだったので、思わず涙が滲んでしまう。
おかしいくらい馬鹿な自分がいる。こうやってイギリスの体温を感じて、ただそれだけで恋しく思ってしまうなんて。
手離したのは自分だと分かっているのに、今更二人の間に横たわる溝を埋めることなんて出来やしないのに、求めてしまっている。
駄目だと分かっているのに、欲しい。欲しくて欲しくてたまらない。どうすればいいのだろうかと自問自答を繰り返しながら、アメリカはひたすらにイギリスの身体を抱きしめていた。
もう元には戻れない。
イギリスは変わってしまったのだと、いつしか思うようになっていた。もう自分の知る彼はいないのだと。
あの頃のアメリカにとってそれは心の拠り所だったのかも知れない。繰り返し繰り返し自分にそう言い聞かせていなければ、泣いて縋ってしまいそうだったのだ。
本当にイギリスが変わったのかどうかは問題ではなく、ただそう思いたかっただけなのだと、今のアメリカには分かっていた。
それでもいつかイギリスが自分を認めてくれる日がくるのだと、信じて待ち続けてもいたのだ。
それなのに……いつまで経ってもイギリスは今のアメリカを見てはくれなかった。
どんなにアメリカが大きくなっても、強くなっても、越えたとしても、イギリスの目は今の彼を通り越して子供の頃のアメリカしか映さない。
暗くて広い、何もなかった大陸に置き去りにされた昔のように、不安定で不確かな感情を抱えたまま、アメリカは迷い子のように手探りでイギリスを求めていた。
二人で過ごした日々。彼との思い出。
捨てなければ大人になれないと盲目的に信じていた過去の自分。
本当は違うのに。
本当はもっと大事なことがあったのに。
―――― 捨てられるはずなどないのだ、この人を。
どうしてあの時、気がつかなかったのだろう。
こんなにも簡単なことだったのに。
こんなにも愛してやまないというのに。
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