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 紅茶をどうぞ
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[お題] 戻らない時間も大切だから
 イギリスの家に行くと、彼は必ずサイドボードの一番端に飾られた写真立てを倒す。
 その癖に気付いたのは実はもうずっと昔で、わざわざ伏せられた写真を特別に見たいだなんて最初の頃は思わなかった。
 けれど毎回毎回、この家を訪れるたびその写真はアメリカの目から隠され続け、ほんのわずかずつではあったが好奇心という名の興味を抱かせるには十分なものと化していた。
 いったい何が映っているのだろう。
 私的なものなのか、それとも公的なものなのか。写真好きな彼はそれこそカメラがこの世に誕生した頃からずっと、切り取られた風景を後生大事にしまいこんでいる。そして休日のふと空いた時間に思い出したように取り出しては、分厚い古びたアルバムを一枚一枚めくるのだ。
 まるで置いていった過去の断片を拾い集めるかのように、風化していくそれらを繋ぎとめるかのように。彼は幾度も同じ行為を繰り返すのだった。




 その日も、アメリカがイギリスの家の居間へ入ると先導していた家主はお決まりのパターンで写真立てを倒す。ふと、音も立てずに見えなくなったその写真の景色を、何故だが突然アメリカは見たくなってしまった。
 気まぐれなんていつものことなので、普段と変わらぬお気楽な調子で紅茶を淹れにキッチンへ移動する背中を呼び止める。イギリスは怪訝そうに振り返って、特徴的な太い眉をくいと吊り上げた。

「なんだよ? コーヒーはないぞ」
「ね、そこの写真。見てもいい?」
「写真?」
「君がいつも倒してしまう写真立てのことだよ」

 そう言えば、一瞬だけ考えるように上目遣いをしたのち、イギリスはあぁと低く声を漏らしてどこか遠くを見るような眼差しをする。それからゆっくりとこちらに向き直って小さく笑った。

「随分遠慮がちだな。お前のことだから許可なんて取らずに勝手に見るもんだと思ってた」
「なんだいそれは。まるで俺がいつも傍若無人に振る舞っているみたいじゃないか」
「違うのか?」

 くすくすと声を立てながら面白そうに笑ったまま、イギリスはサイドボードに近づき、その上に置いてある何個もの写真立ての中からひとつ、彼自身の手によって先ほど伏せられた木枠のそれを持ち上げた。
 飾り気のないオーソドックスな、一番シンプルな形。
 じっとその表面に目線を落とす。その姿を黙ってアメリカはソファに座ったまま見つめた。

「お前は何が映っていると思う?」
「謎かけかい?」

 質問を質問で返すのはマナー違反だぞ、とたしなめる口調の彼に対しアメリカは少しの間沈黙を続ける。
 正直、なにが映っているかをこれまでにも何度か考えたことがあった。こうしてイギリスが人の目を避けつつも、それでも片づけることなくわざわざ出入りの激しいこの居間に飾りっぱなしにするその理由とは。
 考え込んでも答えなど出るはずもない。

「ヒント!」
「そうだな……じゃあひとつだけ。『過去』だ」
「過去?」
「そう。この写真には『過去』が映っている」

 過去、過去ねぇ。古臭い昔のものということだろうか。セピア色の、色褪せた遠い思い出。
 顎に手を当て戦前と戦後、大英帝国時代、大航海時代、それとも……と思い巡らせそのうちはっとアメリカは顔を上げた。ちょっと待て。

「過去って、当たり前じゃないか!」

 写真は過ぎ行く時を写すもの。現在や未来が映らないのは当たり前だ。
 となるとどんなに最近のものでも『過去』であらねばならない。
 騙されたとばかりに眉を吊り上げるアメリカに、案の定イギリスはおかしくてたまらないといった顔で笑いを堪えていた。

「イギリス!」
「お前って本当、でかい図体して案外間抜けっつーか……素直だよな」
「そこ、笑うところじゃないから!」

 放っておいたらいつまでも笑っていそうなイギリスに手を伸ばして、ぐいっとその細腕を握って引き寄せる。
 バランスを崩してこちらに倒れ込む彼の体を易々と抱き止め、アメリカはその手にある写真立てを取り上げた。こうなったら問答無用だ。

「あ、こら! 勝手に見るなよ!」
「君が意地悪するのがいけないんだぞ」
「ったく、しょうがねぇなぁ」

 そう言って肩を竦めるイギリスはアメリカの胸に手をついて伸び上がるように背を反らせた。そのまま彼は何も言わずに、ただこちらを観察するかのように見据える。

「……あ、あれ?」

 手にした写真立てにアメリカは拍子抜けした。
 そこには何もなかった。映る映らない以前に、写真そのものが枠組みの中に嵌め込まれてはいなかったのだ。

「え、フレームだけ?」
「そうだ」
「え、え、だって君、ここには『過去』が映っているって」

 さきほど彼が自分で口にした言葉だ。
 それなのにこの写真立ての中には飾られるべき写真一枚、存在しない。ただの木の薄い板が張られているだけで、特別な何かが描かれているということもなかった。

「どういうことだい」
「さぁな」

 意味深な笑みを浮べ、イギリスがアメリカの手から写真のないそれを取り上げてしまう。前々からおかしな人だと思ったが、今回もまたアメリカの考えには及ばない思惑でもあるのだろうか。
 
 それからイギリスは結局特別なことは一切語らず、コーヒーがいいというリクエストを無碍にして、セカンドフラッシュのダージリンを淹れてくれた。
 もう残り少ない茶葉を缶の底から掬い上げる時、彼は決まって春摘みを心待ちにしながら夏の残り香を存分に味わう。そういう顔は嫌いじゃなかった。
 過去から未来へと時の流れを紡いでいくのはアメリカの大好きな行為なのだ。
 
「ねぇイギリス。あの写真立てに似合う写真、俺が今度持って来てあげるよ」

 なんとなく思い浮かんだそれをいい提案だと言わんばかりに進言すれば、持ち主は目を丸くしたのち「待ってる」とだけ答えた。
 あぁ、どんなのがいいだろう。
 シンプルな温かみのある木のフレームに、きっと一番似合うのは。



 おおきな丘に一本だけ立つ木。
 その青々とした葉の背にはどこまでもどこまでも広がる真っ青な空。
 ひとつに留めては置けない過去の景色は、空白であることをやめて今、しっかりとその場に二人の姿をつなぎとめているように感じられた。
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