紅茶をどうぞ
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[お題] ねぇ、今何してる?
なんとなく空いた時間にぼんやりしていたら、ふいに声が聞きたくなって電話をしたのがはじまり。
ロシアが退屈だと知ると、イギリスは即座に「こっちに来いよ」と誘って来た。仕事は全部終わらせているし、急ぎの用事もないので気軽に了承すると、そのまますぐにロンドンへと発つ。
イギリスの家に辿り着けば、家主はキッチンに引きこもってなにやら怪しげな真っ黒のマントをはおり、分厚い革張りの本を片手に真剣な顔で鍋をかき混ぜていた。
漂う異臭に思わず中に入るのをためらいながらもゆっくり近付いていくと、イギリスはロシアの訪問を喜ぶようにぱっと笑顔を浮かべる。
「よぉ。悪いな、今手が離せないんだ。紅茶はあとで淹れてやる」
「……それ、すごいね」
ドロドロに煮込まれた鍋を覗き込んでロシアは一瞬言葉を失った。
色がありえない。
とても食べ物の色をしていなかった。
イギリスの手料理なら大抵何でも食べられると自負するロシアでさえ、ちょっと、いやかなり引いてしまうような異臭を放つそれは、どう考えても生き物が口にしていいものとは思われなかった。
イギリスの手料理で育った味音痴のアメリカをしても、これをたいらげるのは無理なのではなかろうか。
「えーと、もしかしてそれ今日の夕食?」
急速に帰国したい気分に襲われながらも、今来たばかりですぐ帰るわけにもいかず、ロシアは恐る恐る尋ねてみた。
するとイギリスは手にしたレードルで中身をすくい上げると、底に沈んでいた具材を見せながらにこりといい笑顔で首を振る。
「ちげーよ。これは黒魔術に使うんだ」
「黒魔術?」
「あぁ。ちょっと召喚魔法を使おうと思ってさ」
レードルの上に乗っているのは爬虫類の焼け焦げた姿。恐らく黒ヤモリだろう。
なるほど。生きて帰れるだろうかと不安いっぱいだったので、真相を知ったロシアは心の底からほっとして大きく息を吐いた。
「随分本格的なんだね」
「去年はアメリカの奴にしてやられたが、今年は百倍返しにしてやるつもりだ」
「あー……そっか。ハロウィンが近いんだっけ」
そうだ、今月末には万聖節があるのをすっかり忘れてしまっていた。
元はケルト人の収穫祭がキリスト教と混じって定着していった行事なので、アングロサクソン系諸国以外ではなじみが薄い。
東方正教会が中心のロシアでも普及してはおらず、「死のカルト」と言って批判している教会さえあった。また国からもその方針によりハロウィン行事を禁止していることもあってか、ロシアも自ら参加したことはこれまでなかったのだ。
イギリスとアメリカが毎年化かし合いを行っていると言うのは去年はじめて知った話で、仲がいいのか悪いのか分からない兄弟だと苦笑した覚えがある。
「去年はお前のせいで負けたんだからな!」
「ごめんねー。知ってたらアメリカ君なんかに協力しなかったんだけど。日本君も口がうまいからなぁ」
「借りは返してやろうじゃないか。アメリカ! 今年は絶対に泣かせてやるんだからな。ふふふふふ……」
邪悪なオーラを全身にまとって、イギリスは実に楽しそうに低く笑う。そんな彼の横顔を見たら、きっとそれだけでアメリカは泣くんじゃないだろうかと思ったが口にはしなかった。
どんなすごい事態になるのか当事者ではないロシアは純粋に興味もあったし、なんといってもあのアメリカの大泣きする姿を思い浮かべるだけで胸がすく。
「頑張ってね、イギリス君!」
「おう、任せとけ!」
なんだかちょっとハロウィンの主旨が変わってしまっている気がしないでもなかったが、細かいことは気にするはずもなかった。
それから三時間後。
なにやら煮詰まった黒い液体を前に、魔方陣の描かれた地下室でイギリスは魔術書片手に長ったらしい呪文を唱え始めていた。
聞き覚えのない言語はエルフ語だそうだ。エルフなんて漫画やゲームの中でしかお目にかかったことがない。
そういえば自分も以前、こうやって喚び出されたことがあったなぁとロシアは懐かしく思う。その時も確かイギリスは黒いマントをはおって、アメリカに対抗出来るくらい強い魔物を召還するつもりだったと言った。
今回は自分はここにいるし、一体どんなおどろおどろしい異界の生き物を招こうというのだろうか。
ふと、魔法陣の中心から青い影が立ち上る。
え?と思ってイギリスの方を向けば、彼は魔法書に目を落としてブツブツ呪文を唱えていて、前方の様子には気付いていないようだった。
影はゆらりと揺れながらどんどん大きくなり、地下室の天上を舐めるように這い、まるで部屋全体を包み込もうとし始める。
「イギリス君、なんかちょっと様子がおかしいよ?」
声を掛けるが夢中になっているのかイギリスは気付かない。
ロシアが影を追うように視線を上方へ転じれば、不気味なそれはますます広がって、灰色の壁が一面青く発光し始めるくらい広がってしまった。
なんだろう、敵意は……ない?
そう思った瞬間、影はゆっくりと収縮と膨張を繰り返して不気味な動きを見せたのち、一気に一点めがけて移動を開始した。
「イギリス君!」
嫌な予感がして咄嗟にイギリスの方へ駆け出せば、魔法陣から出現してきたその影が覆いかぶさるようにロシアの真上から降りてくる。
そして――――
「わ、わ、わ」
身体がふわりと宙に浮いた。
何かに持ち上げられている、と気が付くよりも先に足が上に引っ張られて逆さまに吊り上げられてしまう。がくんと頭が下になって自分が着ていたコートがばさーと視界を遮るので、慌ててロシアは両手でそれを払った。
ようやく不思議な気配に気付いたのか、イギリスがはっと顔を上げてこちらを振り返り、そして変な格好で持ち上げられてしまっているロシアを見て両目を見開く。
「ロシア!?」
「わーなにこれ、ポルターガイスト?」
ちょうど両足をクレーンで吊られたみたいになって、身体は垂直に下を向いている。どうにも身動きの取りようがなかった。あまり暴れてぽいっと放り出されたらコンクリートに頭を激突してしまうかもしれないし、咄嗟に受身を取る自信はあってもなるべくそれは避けたかった。
イギリスは慌てて走り寄って来ると、ロシアを見上げて「大丈夫か!?」と早速涙目になてしまっている。
「うーん。このままじゃ頭に血がのぼっちゃうね」
「やめろ、コイツを離せ!」
認識出来ずとも何かがロシアを持ち上げているのは分かるのか、見えない存在にイギリスが叫んだ。
そして手にした本を投げつける。ゴンと角が当って鈍い音がすると、青い影は痛かったのかぐらりと大きく揺れた。同時に吊るされたロシアも振り回されてジェットコースターに乗った時以上の気分を味わうことになった。
「あー…あんまり揺らさないで欲しいなぁ」
頭が下なので、視界がぶれるたびスリリングなことになる。今日はあいにく銃は置いてきてしまったので武器になるようなものは手元にはない。応戦するにも素手では少々無理がありそうだ。
唯一運が良かったのは掴まれたのがマフラーではなかったことくらいか。こんな場所で絞殺されたら世界中の笑い者だろう。
「ロシア、大丈夫か!?」
「うん、まぁね。でもいつまでもぶら下がり状態は困るしなぁ。かと言って冬将軍に助けを求めるのも癪だし…」
いたずら好きの妖精とは違い、果たして話し合いで解決できるのかは不明である。このままの状態が続くのなら最悪冬将軍に助けに来てもらうしかないが、それをやったらロンドンはこの時期に猛吹雪になってしまうだろう。
そもそも借りを作るのも嫌だ。なんとしてもここは自力で解決するに限る。
「ねぇ、君は誰? イギリス君に召還された魔物?」
埒が明かないので駄目もとで交渉をはじめることにした。
イギリスも泣きそうな顔のままロシアの傍に佇んで、垂れ下がった手をぎゅっと握りしめてくる。あぁ、肩の骨が外れそうだ。
「姿を見せてくれないかな。僕達は君の敵じゃないよ」
「そうだ。俺達はお前と争いたいわけじゃない……さっきは本をぶつけて、その、すまなかった」
空気を読んでイギリスも謝る。とにかく離してくれなければ先へ進めない。
「あ、じゃあさ。君も一緒にハロウィンのお菓子、食べよう?」
今夜はハロウィンなんだし。とロシアがいい事を思いついたといわんばかりにそう言えば、急にぐらりと視界が揺れて、そのままロシアはふわりと反転させられた。
「え?」
すとん、と床に足がつく。
どうやら思った以上に簡単に離してくれたようだ。特別乱暴に扱われたわけでもないので、足の付け根が少々痛むくらいであとはなんでもない。「大丈夫か!?」と叫んでイギリスが飛びついてきたのを受け止めながら、ロシアは目の前にふいに出現した物体に目を奪われた。
「イギリス君、ねぇ、あれ……」
ぎゅーっと抱きつくイギリスの肩越しに見えるのは。
「なんだよ、お前本当に大丈夫なのか?」
「うん、僕は平気だよ。それよりも」
言いかけたところで、その大きな生き物が動いたせいでこちらに影が差す。翳った視界を不思議に思ってイギリスもまた後ろを振り向いて、あ!と声を上げた。
そこにはなんと、見たこともないほど巨大なかぼちゃの姿がドーンとある。
「うおおおお、なんだお前だったのかよ!」
自分で喚び出したものが何か全く分かっていなかったイギリスは、驚くやら喜ぶやらで途端に騒ぎ始めた。
ロシアも「凄いねー」と目を丸くしてしまう。巨大かぼちゃなんてそう滅多に見られるものではない。顔の形にくりぬかれたそれは、街角で見かけるハロウィン定番のもので、目の部分が内側から金色に光を放っていた。
「すげえな。まさかこいつがきてくれるなんて思わなかった」
「えーと、知り合い?」
「あぁ、紹介する。ジャック・オ・ランタンだ」
名前を呼べばかぼちゃはくるくる回りながらイギリスとロシアの頭上を飛びながら、まるで自己紹介するようなタイミングでピカピカと輝く。
ジャック・オ・ランタン、と言えば元はウィル・オ・ザ・ウィスプというスコットランドの精霊として有名な存在だ。
鬼火の原点ともいうべきその光は、くりぬいたカブで作ったランタンの中に宿るとされている。
「あれ? たしかイギリス君ちだとルタバガじゃなかった?」
「最近はアメリカの影響でかぼちゃが主流になったからな。この姿をとることが多くなったんだ」
「へー。精霊も時代の波に乗るんだね」
思わぬところで面白い存在に会えたので、ロシアも楽しそうにかぼちゃを見上げて笑った。本当にイギリスという国は不思議がいっぱいで飽きない。
「じゃあ今年はこの子と一緒にアメリカ君をめいっぱい驚かせようね」
「あぁ。なんてったってこいつ、元はかなりの極悪人だからな……せいぜい地獄を見せてくれるだろうよ」
によによと笑ってこの上なく楽しそうなイギリス。ジャック・オ・ランタンもまたその邪悪な笑みにつられたようにペカペカと光を強くして不穏な気配を漂わせた。
なんといってもこの精霊、かつてはウィリアムという名の男で、天国からも地獄からもその立ち入りを拒否されたというとんでもない性格の持ち主なのだ。そんな精霊とイギリスが組めば、それはそれは凄い場面が見られそうである。
「アメリカ君、泣いて喜ぶと思うよ♪」
泣き出すその姿を想像するとぞくぞくするくらい気分がいい。
去年の借りを返せたらいいね、と言えば、イギリスはぐっとこぶしを握って決意を固めるように強く頷く。
その後、海を渡った大陸の一角で、筆舌に尽くしがたいほど壮絶な悲鳴が夜空に吸い込まれ消えていった。
ロシアが退屈だと知ると、イギリスは即座に「こっちに来いよ」と誘って来た。仕事は全部終わらせているし、急ぎの用事もないので気軽に了承すると、そのまますぐにロンドンへと発つ。
イギリスの家に辿り着けば、家主はキッチンに引きこもってなにやら怪しげな真っ黒のマントをはおり、分厚い革張りの本を片手に真剣な顔で鍋をかき混ぜていた。
漂う異臭に思わず中に入るのをためらいながらもゆっくり近付いていくと、イギリスはロシアの訪問を喜ぶようにぱっと笑顔を浮かべる。
「よぉ。悪いな、今手が離せないんだ。紅茶はあとで淹れてやる」
「……それ、すごいね」
ドロドロに煮込まれた鍋を覗き込んでロシアは一瞬言葉を失った。
色がありえない。
とても食べ物の色をしていなかった。
イギリスの手料理なら大抵何でも食べられると自負するロシアでさえ、ちょっと、いやかなり引いてしまうような異臭を放つそれは、どう考えても生き物が口にしていいものとは思われなかった。
イギリスの手料理で育った味音痴のアメリカをしても、これをたいらげるのは無理なのではなかろうか。
「えーと、もしかしてそれ今日の夕食?」
急速に帰国したい気分に襲われながらも、今来たばかりですぐ帰るわけにもいかず、ロシアは恐る恐る尋ねてみた。
するとイギリスは手にしたレードルで中身をすくい上げると、底に沈んでいた具材を見せながらにこりといい笑顔で首を振る。
「ちげーよ。これは黒魔術に使うんだ」
「黒魔術?」
「あぁ。ちょっと召喚魔法を使おうと思ってさ」
レードルの上に乗っているのは爬虫類の焼け焦げた姿。恐らく黒ヤモリだろう。
なるほど。生きて帰れるだろうかと不安いっぱいだったので、真相を知ったロシアは心の底からほっとして大きく息を吐いた。
「随分本格的なんだね」
「去年はアメリカの奴にしてやられたが、今年は百倍返しにしてやるつもりだ」
「あー……そっか。ハロウィンが近いんだっけ」
そうだ、今月末には万聖節があるのをすっかり忘れてしまっていた。
元はケルト人の収穫祭がキリスト教と混じって定着していった行事なので、アングロサクソン系諸国以外ではなじみが薄い。
東方正教会が中心のロシアでも普及してはおらず、「死のカルト」と言って批判している教会さえあった。また国からもその方針によりハロウィン行事を禁止していることもあってか、ロシアも自ら参加したことはこれまでなかったのだ。
イギリスとアメリカが毎年化かし合いを行っていると言うのは去年はじめて知った話で、仲がいいのか悪いのか分からない兄弟だと苦笑した覚えがある。
「去年はお前のせいで負けたんだからな!」
「ごめんねー。知ってたらアメリカ君なんかに協力しなかったんだけど。日本君も口がうまいからなぁ」
「借りは返してやろうじゃないか。アメリカ! 今年は絶対に泣かせてやるんだからな。ふふふふふ……」
邪悪なオーラを全身にまとって、イギリスは実に楽しそうに低く笑う。そんな彼の横顔を見たら、きっとそれだけでアメリカは泣くんじゃないだろうかと思ったが口にはしなかった。
どんなすごい事態になるのか当事者ではないロシアは純粋に興味もあったし、なんといってもあのアメリカの大泣きする姿を思い浮かべるだけで胸がすく。
「頑張ってね、イギリス君!」
「おう、任せとけ!」
なんだかちょっとハロウィンの主旨が変わってしまっている気がしないでもなかったが、細かいことは気にするはずもなかった。
それから三時間後。
なにやら煮詰まった黒い液体を前に、魔方陣の描かれた地下室でイギリスは魔術書片手に長ったらしい呪文を唱え始めていた。
聞き覚えのない言語はエルフ語だそうだ。エルフなんて漫画やゲームの中でしかお目にかかったことがない。
そういえば自分も以前、こうやって喚び出されたことがあったなぁとロシアは懐かしく思う。その時も確かイギリスは黒いマントをはおって、アメリカに対抗出来るくらい強い魔物を召還するつもりだったと言った。
今回は自分はここにいるし、一体どんなおどろおどろしい異界の生き物を招こうというのだろうか。
ふと、魔法陣の中心から青い影が立ち上る。
え?と思ってイギリスの方を向けば、彼は魔法書に目を落としてブツブツ呪文を唱えていて、前方の様子には気付いていないようだった。
影はゆらりと揺れながらどんどん大きくなり、地下室の天上を舐めるように這い、まるで部屋全体を包み込もうとし始める。
「イギリス君、なんかちょっと様子がおかしいよ?」
声を掛けるが夢中になっているのかイギリスは気付かない。
ロシアが影を追うように視線を上方へ転じれば、不気味なそれはますます広がって、灰色の壁が一面青く発光し始めるくらい広がってしまった。
なんだろう、敵意は……ない?
そう思った瞬間、影はゆっくりと収縮と膨張を繰り返して不気味な動きを見せたのち、一気に一点めがけて移動を開始した。
「イギリス君!」
嫌な予感がして咄嗟にイギリスの方へ駆け出せば、魔法陣から出現してきたその影が覆いかぶさるようにロシアの真上から降りてくる。
そして――――
「わ、わ、わ」
身体がふわりと宙に浮いた。
何かに持ち上げられている、と気が付くよりも先に足が上に引っ張られて逆さまに吊り上げられてしまう。がくんと頭が下になって自分が着ていたコートがばさーと視界を遮るので、慌ててロシアは両手でそれを払った。
ようやく不思議な気配に気付いたのか、イギリスがはっと顔を上げてこちらを振り返り、そして変な格好で持ち上げられてしまっているロシアを見て両目を見開く。
「ロシア!?」
「わーなにこれ、ポルターガイスト?」
ちょうど両足をクレーンで吊られたみたいになって、身体は垂直に下を向いている。どうにも身動きの取りようがなかった。あまり暴れてぽいっと放り出されたらコンクリートに頭を激突してしまうかもしれないし、咄嗟に受身を取る自信はあってもなるべくそれは避けたかった。
イギリスは慌てて走り寄って来ると、ロシアを見上げて「大丈夫か!?」と早速涙目になてしまっている。
「うーん。このままじゃ頭に血がのぼっちゃうね」
「やめろ、コイツを離せ!」
認識出来ずとも何かがロシアを持ち上げているのは分かるのか、見えない存在にイギリスが叫んだ。
そして手にした本を投げつける。ゴンと角が当って鈍い音がすると、青い影は痛かったのかぐらりと大きく揺れた。同時に吊るされたロシアも振り回されてジェットコースターに乗った時以上の気分を味わうことになった。
「あー…あんまり揺らさないで欲しいなぁ」
頭が下なので、視界がぶれるたびスリリングなことになる。今日はあいにく銃は置いてきてしまったので武器になるようなものは手元にはない。応戦するにも素手では少々無理がありそうだ。
唯一運が良かったのは掴まれたのがマフラーではなかったことくらいか。こんな場所で絞殺されたら世界中の笑い者だろう。
「ロシア、大丈夫か!?」
「うん、まぁね。でもいつまでもぶら下がり状態は困るしなぁ。かと言って冬将軍に助けを求めるのも癪だし…」
いたずら好きの妖精とは違い、果たして話し合いで解決できるのかは不明である。このままの状態が続くのなら最悪冬将軍に助けに来てもらうしかないが、それをやったらロンドンはこの時期に猛吹雪になってしまうだろう。
そもそも借りを作るのも嫌だ。なんとしてもここは自力で解決するに限る。
「ねぇ、君は誰? イギリス君に召還された魔物?」
埒が明かないので駄目もとで交渉をはじめることにした。
イギリスも泣きそうな顔のままロシアの傍に佇んで、垂れ下がった手をぎゅっと握りしめてくる。あぁ、肩の骨が外れそうだ。
「姿を見せてくれないかな。僕達は君の敵じゃないよ」
「そうだ。俺達はお前と争いたいわけじゃない……さっきは本をぶつけて、その、すまなかった」
空気を読んでイギリスも謝る。とにかく離してくれなければ先へ進めない。
「あ、じゃあさ。君も一緒にハロウィンのお菓子、食べよう?」
今夜はハロウィンなんだし。とロシアがいい事を思いついたといわんばかりにそう言えば、急にぐらりと視界が揺れて、そのままロシアはふわりと反転させられた。
「え?」
すとん、と床に足がつく。
どうやら思った以上に簡単に離してくれたようだ。特別乱暴に扱われたわけでもないので、足の付け根が少々痛むくらいであとはなんでもない。「大丈夫か!?」と叫んでイギリスが飛びついてきたのを受け止めながら、ロシアは目の前にふいに出現した物体に目を奪われた。
「イギリス君、ねぇ、あれ……」
ぎゅーっと抱きつくイギリスの肩越しに見えるのは。
「なんだよ、お前本当に大丈夫なのか?」
「うん、僕は平気だよ。それよりも」
言いかけたところで、その大きな生き物が動いたせいでこちらに影が差す。翳った視界を不思議に思ってイギリスもまた後ろを振り向いて、あ!と声を上げた。
そこにはなんと、見たこともないほど巨大なかぼちゃの姿がドーンとある。
「うおおおお、なんだお前だったのかよ!」
自分で喚び出したものが何か全く分かっていなかったイギリスは、驚くやら喜ぶやらで途端に騒ぎ始めた。
ロシアも「凄いねー」と目を丸くしてしまう。巨大かぼちゃなんてそう滅多に見られるものではない。顔の形にくりぬかれたそれは、街角で見かけるハロウィン定番のもので、目の部分が内側から金色に光を放っていた。
「すげえな。まさかこいつがきてくれるなんて思わなかった」
「えーと、知り合い?」
「あぁ、紹介する。ジャック・オ・ランタンだ」
名前を呼べばかぼちゃはくるくる回りながらイギリスとロシアの頭上を飛びながら、まるで自己紹介するようなタイミングでピカピカと輝く。
ジャック・オ・ランタン、と言えば元はウィル・オ・ザ・ウィスプというスコットランドの精霊として有名な存在だ。
鬼火の原点ともいうべきその光は、くりぬいたカブで作ったランタンの中に宿るとされている。
「あれ? たしかイギリス君ちだとルタバガじゃなかった?」
「最近はアメリカの影響でかぼちゃが主流になったからな。この姿をとることが多くなったんだ」
「へー。精霊も時代の波に乗るんだね」
思わぬところで面白い存在に会えたので、ロシアも楽しそうにかぼちゃを見上げて笑った。本当にイギリスという国は不思議がいっぱいで飽きない。
「じゃあ今年はこの子と一緒にアメリカ君をめいっぱい驚かせようね」
「あぁ。なんてったってこいつ、元はかなりの極悪人だからな……せいぜい地獄を見せてくれるだろうよ」
によによと笑ってこの上なく楽しそうなイギリス。ジャック・オ・ランタンもまたその邪悪な笑みにつられたようにペカペカと光を強くして不穏な気配を漂わせた。
なんといってもこの精霊、かつてはウィリアムという名の男で、天国からも地獄からもその立ち入りを拒否されたというとんでもない性格の持ち主なのだ。そんな精霊とイギリスが組めば、それはそれは凄い場面が見られそうである。
「アメリカ君、泣いて喜ぶと思うよ♪」
泣き出すその姿を想像するとぞくぞくするくらい気分がいい。
去年の借りを返せたらいいね、と言えば、イギリスはぐっとこぶしを握って決意を固めるように強く頷く。
その後、海を渡った大陸の一角で、筆舌に尽くしがたいほど壮絶な悲鳴が夜空に吸い込まれ消えていった。
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