紅茶をどうぞ
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[祭] さよなら日常 (後編)
明るい日差しを遮るほどの、欝蒼とした森の中。
その奥にある湖のほとりに建つ丸太小屋がイギリスの現在の住まいだった。
アメリカと二人、冒険と冒険の合間に寝泊まり出来ればそれでいいという小さなもので、必要最低限の物しか置いていない。こういった住処が世界のいくつかに点在していて、その都度旅をする地域によって使い分けていた。
無論、中央都市には邸宅と呼べるくらいのたいそう立派な屋敷があるのだが、もう何年も留守にしてしまっている。執事の嘆きが今にも聞こえてきそうだ。
「で、何の用だ」
フランスの店を追い出された三人は、とりあえず落ち着いて話が出来る場所と言うことでここまで移動してきていた。本当はロシアと行動を共になどしたくはなかったが、意味もなくわざわざ彼がこんなところにまで会いに来るわけもなく、その用件次第によっては今後の自分たちの命運が左右されてしまうかもしれない。そう思っての応急措置だ。
これまでの経緯からロシアの持つ情報の価値は高いと予測した結果に過ぎない。
案の定、出された紅茶を前に彼は室内でも決して外さないマフラーをちょいちょいと指先で整えながら、退屈そうなアメリカを横目にゆっくりと切り出す。
「ねぇ、イギリス君。僕ね、とっても面白いものを見付けたんだ」
「なんだよ、もったいぶらずにさっさと言え」
「せっかちだなぁ。ま、いっか。『魔王の卵』って知ってる?」
「『魔王の卵』? いや、聞いたことないな」
たいていのことに精通しているイギリスだったが、そんな代物、これまで耳にした覚えがない。なにかの暗喩なのだろうかと首を傾げれば、床に座って銃の手入れをしていたアメリカが「まさか卵から魔王が孵るなんて言わないよね?」と茶化してきた。
「なんだそりゃ。んなわけあるか」
「うん、その通り。アメリカ君、冴えてるね」
ほぼ同時にイギリスとロシアの声が唱和し、アメリカがきょとんと眼を丸くする。そして意味が分からない者同士、揃って『はぁ?』と疑問の声を上げた。
二対の目がまっすぐロシアへと向けられる。
「卵って……マジで卵なのか!?」
「孵化するにはまだもうちょっとかかるみたいだけど。ほら、これだよ」
「って持ってんのかよ!」
ごそごそと胸元を漁ってロシアがなんとも怪しげな色合いの卵を取り出した。紫と黒と赤と黄のマーブル模様だなんて、いかにも『魔王の卵』です!と言った感じだ。こんなに禍々しくも分かり易いアイテム、今どきどの漫画やゲームを探してもないんじゃないかと思わせるようなものだ。
「僕も最初は信じていなかったんだけど、でもほら、実物がここにあるしね」
「偽物ってことはないのかい?」
「んー……じゃあ確認の為に割ってみる?」
アメリカの一言にロシアは小首を傾げながら物騒なことを言う。相変わらず手段を選ばない性格らしい。
「待て待て早まるな! こんな色だけどもしかしたら可愛い妖精の卵かもしれないじゃないか!」
「こんなに毒々しい色合いなのに? ね、それってどんな不吉な妖精なのさ」
「醜いアヒルの子ってパターンもある。見た目で判断するのはよくないぞ」
慌てて今にも握り潰されてしまいそうな可哀相な卵をロシアの手から強奪すると、イギリスはちょっぴり生温かなそれを手の平でそっと包み込んでみた。
「中身がなんであれ卵に罪はないからな!」
「本当にイギリス君って人間以外にはデレ度が高いね」
「なんだよそのデレ度って! わけわかんねぇ」
肩を竦めながら溜息をつきつつ、手中の卵をゆっくりと指先で撫でれば、心なしか内側から動きが感じられた。どうやら偽物ではなくちゃんと本物の、中身の入った卵で間違いがないらしい。
いったいどんな生物が生まれて来るのだろう。ロシアの言うように『魔王』なのか、はたまたまったく違ったクリーチャーなのだろうか。実に気になるところである。
「で、ロシア。用件はこの卵を見せるだけなのか?」
「うん。ほら、以前アメリカ君が言ってたじゃない。『そろそろ魔王退治に出掛けたい』って。でもこの世界にそんな都合のいい悪役なんていないし、いろいろと別次元に行って探して来たんだよね」
「ちょっと待て! 今何か聞き捨てならない言葉が聞こえたんだが」
「え? なにが?」
大柄な体躯でこてんと首をかしげるロシアと、好奇心いっぱいの目を向けてきたアメリカのことはさせておき。
イギリスはこめかみをおさえながら先程のロシアの会話を反芻した。
「別次元がなんだって?」
「え? こことは別の世界のことだよ」
「いや、だからなんでそんなことをサラっと言ってんだ?」
「駄目なの?」
「駄目っつーか……簡単に別次元とか言うな! そんなこと普通出来るわけないだろ!!」
「だって出来ちゃったんだもん。なんでもいいから『魔王』がいるところに行きたいなぁって。そしたらぱって違う世界に行っちゃって」
「お前どんだけ規格外なんだよ!」
呆れた声で怒鳴れば、アメリカが手入れの済んだ銃を腰のホルスターに差して立ち上がった。そしてイギリスの後ろからひょいと覗き込む形で卵に手を伸ばす。
「じゃあこの中には本当に、『魔王』が入ってるってことなんだね!」
ものすごく楽しそうな声音にますますイギリスの眉間に皺が寄る。
ロシアはのほほんとした顔で紅茶に口を付けていた。
「まぁそういうことだから、卵が孵ったら魔王退治頑張ってね」
「待ってくれよ。そんな雛の時期に退治しちゃうなんて勿体ないじゃないか。もっと大きく、強く、邪悪になってくれないと倒し甲斐がないぞ!」
「それもそうだね」
にこ、と笑ってロシアとアメリカは揃ってイギリスを見遣った。嫌な予感を感じて思わず逃げようとするが、アメリカの両腕が首に回されて動きを完全に封じられてしまう。
「じゃあイギリス。この卵は君が責任を持って温めてあげなよ!」
「はぁ? 何馬鹿なこと言ってんだ!」
「イギリス君ならきっといいお母さんになれると思うなぁ」
「なんねーよ!」
「じゃあ俺がお父さんになってあげるぞ!」
「…………は?」
ぎゅっと首に回ったアメリカの腕がさらに狭まる。堂々と抱きつかれてイギリスが目を丸くすれば、彼は機嫌よく鼻歌を歌い始めた。
けれどそんなアメリカに水を差すようにロシアが声を挟む。
「それじゃあアメリカ君、自分の子供を倒すことになっちゃうね」
「ん? そうかぁ、俺が父親になったらこの卵は俺達の息子になるのかぁ……」
「まぁアメリカ君のことだからきっと、マーマを取り合って結局親子喧嘩しちゃうと思うけど」
あは、と笑ってロシアがくるりと空のカップを指先で回せば、アメリカもまたイギリスの頭に顎を乗せてむっとした空気をまとった。追い討ちをかけるようにブツブツと「折角の夫婦計画が……」という呟きが聞こえてくるのは気のせいだろうか。
―――― こいつら絶対馬鹿だ。
イギリスは溜息を吐きつつ無駄に重いアメリカにのしかかられながら、ふと手の平で大事に包んでいた卵に目を落とす。色合いの悪いそれは先ほどからカタカタと音がしていて、驚いたことに今まさに生まれようとしているではないか。
「おいロシア。なんかこれ、さっきから動いてるぞ」
「もう生まれそうなのかい!? 頑張れイギリス!」
「わーおめでとうイギリス君」
「ちっげーだろ!」
お前らもう喋るな!と牽制すれば、二人は口を閉ざしながらも好奇心いっぱいの瞳で小刻みに振動を繰り返す卵に眼を奪われているようだった。
イギリスは手近のナプキンを手にすると四つ折にして、その上に卵を乗せた。もう温めなくても充分孵化するだろう。
指先でつついて「お前はなんだろうなぁ」と呟けば、ロシアは「魔王」と言いアメリカは「君と俺の子供」と言った。問答無用で遠慮なく拳を叩き込んでおく。
「勝手に持ってきちまって……こいつの親、今頃怒り狂ってるんじゃないか?」
「うん、そうだね。でも卵は山ほどあったしなぁ」
「…………え?」
何気なく言われたその言葉にイギリスは怪訝そうにロシアを見た。アメリカは両目をぱちぱちしてから、気付いたように「じゃあ、魔王っていっぱいいるってことなのかい?」と疑問を口にする。
するとロシアはふいに人の悪い笑みを浮かべて薄い唇の端を持ち上げた。けれど彼が何かを言いかけたところでパキンという音がしたため、意識が下方に逸らされる。
あ。と思った時にはもう、卵の殻にはひびが入っていた。
イギリスもアメリカもロシアも、じっとその光景に見入っていた。怪しげな色合いのマーブル模様の表面が、徐々に亀裂を走らせあけられた穴が広がっていく。
そして中から顔を覗かせたのは ――――
結論から言おう。
この卵は『魔王の卵』なんかじゃなかった。
そうだ、そもそもよく考えてみれば魔王が卵から生まれるわけがない。悪魔は木の股から生まれるものと相場が決まっている。
だからこの卵から魔王が出てくるだなんてそんなこと、あるはずがないのだった。
では今この目の前で孵化したものの正体は一体なんだというのだろうか。一件無害そうに見えるふっくらとした塊は。
「……餅?」
殻を破って出てきたのは、なにやら白くもちもちとした生物だった。
これまでいろんな妖精や魔物を見てきたが、どの種族にも属さない一風変わった姿の持ち主。まるでつきたての餅のようだ。
恐る恐る未知なる物体に指を伸ばせばそれは、丸々として柔らかく、けれどもちっとした触感のわりにべたつかない。
「なんだこれ?」
イギリスがひょいと持ち上げてみれば、なんとその不思議な生き物は眼鏡をかけているではないか。よくよく見ればきらきらと輝く美しいスカイブルーには何故かとても見覚えがある。
そしてきゅっと口角の上がった口がなんとも言えない愛嬌をたたえていて、思わずこちらまでほんわりとした気分に陥ってしまいそうだった。
「えーと、これ、食べ物かい?」
アメリカの台詞にぎょっとしてイギリスはその餅をかばうように手の平で包み込んだ。せっかく生まれたばかりの、なんだかよく分からないがとにかく可愛らしいこの妖精みたいなものを、そう簡単に食べられてしまうわけにはいかない。
湧き上がる庇護欲に思わずかられていると、ロシアがつまらなそうに唇を尖らせて、「ねぇ、それアメリカ君みたい。可愛くないなぁ」と文句を言った。
「俺に似てるって、それはちょっと異論ありだぞ!」
「えー。だってなんか丸いし、ぷよぷよしてるしー」
「君、人のこと言えないじゃないか!」
「たぷんたぷんなのは君のお腹でしょ」
ほら、こんな感じ。
そう言ってロシアがイギリスの手の中にいた餅を引っ張れば、その謎の物体Xは、まるで痛がるように輝くブルーの目をぎゅっと閉じて切なげな悲鳴を上げた。
「ロシア! 乱暴はよせ!」
すかさずイギリスが庇えば、餅は嬉しそうに再び笑顔を浮かべてぴょこんぴょこんと飛び跳ねた。手足がないのにジャンプするなんて、いったい中身はどうなっているのかと生物学的な疑問が湧いてくる。
「ねぇ、それ、どうするんだい?」
「捨てるわけにもいかないだろ。ロシア、こいつが元いた世界、どこだか分かるな?」
「分かるけどさ、その前に」
「その前に?」
「実は他にもいっぱいいるんだよね」
そうして振り向くロシアと、つられて窓を見遣るイギリスと、反射的に外に飛び出したアメリカが見たものは。
無数にうごめく餅たちの集団だった。
「うわああああなんだあの可愛いのいっぱい!」
「落ち着いてよイギリス君」
「イギリス、これで当分食費が浮くね!」
「食わねーよ! つか食うな!!」
なんだかもうボケとツッコミが追いつかなくなりながら、イギリスはそれでも生まれたばかりの餅を手に外へと出て行く。
丸太小屋の周りには恐らく百匹近い餅達がいて、ちょっと気持ち悪いと思わないでもなかったが、それでも可愛さにつられて歩み寄ってしまう。アメリカもその後ろをついて歩きながら、わらわらとよじ登ってくるのを楽しんでいるような感じだ。
「お前、これ全部連れてきちまったのか?」
イギリスが振り返りながら聞けば、ロシアは「だってレアアイテムだと思ったんだもん」と自分勝手な言い分を募らせる。
「しばらく適当に置いておいたら次々孵化しちゃうし困ってたんだ。だから全部君に押し付けちゃうことにするね」
「え、ちょっと待て、どういう意味だロシア!」
「そのままの意味だよ。この子たち、全部君にあげる。好きにしてよ。じゃあね!」
言いたいだけ言って、こちらが止める暇もなくロシアは軽く呪文を唱えるとさっさと消え去ってしまった。一瞬の出来事である。
あとには餅の集団と茫然とするイギリス、そしてどんな時でも無駄に元気で明るいアメリカだけが取り残されるのだった。
そうしてイギリスとアメリカの二人は、たくさんの餅たちに囲まれて幸せに暮らしました。おしまい。
って、これのどこがファンタジーなんだい?
剣と魔法とドラゴンがいるような、そんなファンタジックな世界へようこそ。って感じに話が進むんじゃなかったのかい?
まったく寝ぼけた神様ほどあてにならないものはないよね。
でもまぁ、冒険はいつだって出来るし、俺は俺の手でその先を目指して欲しいものを掴んで見せるんだ。
だからまぁ、まずはあれだよ。ハリウッドに行って新作映画の作成を頑張らなくちゃね!
タイトルは『ヒーローと召還師と餅の大冒険』、これに決定。
……あれ、餅ってなんか関係あったっけ?
▼ 私信
その奥にある湖のほとりに建つ丸太小屋がイギリスの現在の住まいだった。
アメリカと二人、冒険と冒険の合間に寝泊まり出来ればそれでいいという小さなもので、必要最低限の物しか置いていない。こういった住処が世界のいくつかに点在していて、その都度旅をする地域によって使い分けていた。
無論、中央都市には邸宅と呼べるくらいのたいそう立派な屋敷があるのだが、もう何年も留守にしてしまっている。執事の嘆きが今にも聞こえてきそうだ。
「で、何の用だ」
フランスの店を追い出された三人は、とりあえず落ち着いて話が出来る場所と言うことでここまで移動してきていた。本当はロシアと行動を共になどしたくはなかったが、意味もなくわざわざ彼がこんなところにまで会いに来るわけもなく、その用件次第によっては今後の自分たちの命運が左右されてしまうかもしれない。そう思っての応急措置だ。
これまでの経緯からロシアの持つ情報の価値は高いと予測した結果に過ぎない。
案の定、出された紅茶を前に彼は室内でも決して外さないマフラーをちょいちょいと指先で整えながら、退屈そうなアメリカを横目にゆっくりと切り出す。
「ねぇ、イギリス君。僕ね、とっても面白いものを見付けたんだ」
「なんだよ、もったいぶらずにさっさと言え」
「せっかちだなぁ。ま、いっか。『魔王の卵』って知ってる?」
「『魔王の卵』? いや、聞いたことないな」
たいていのことに精通しているイギリスだったが、そんな代物、これまで耳にした覚えがない。なにかの暗喩なのだろうかと首を傾げれば、床に座って銃の手入れをしていたアメリカが「まさか卵から魔王が孵るなんて言わないよね?」と茶化してきた。
「なんだそりゃ。んなわけあるか」
「うん、その通り。アメリカ君、冴えてるね」
ほぼ同時にイギリスとロシアの声が唱和し、アメリカがきょとんと眼を丸くする。そして意味が分からない者同士、揃って『はぁ?』と疑問の声を上げた。
二対の目がまっすぐロシアへと向けられる。
「卵って……マジで卵なのか!?」
「孵化するにはまだもうちょっとかかるみたいだけど。ほら、これだよ」
「って持ってんのかよ!」
ごそごそと胸元を漁ってロシアがなんとも怪しげな色合いの卵を取り出した。紫と黒と赤と黄のマーブル模様だなんて、いかにも『魔王の卵』です!と言った感じだ。こんなに禍々しくも分かり易いアイテム、今どきどの漫画やゲームを探してもないんじゃないかと思わせるようなものだ。
「僕も最初は信じていなかったんだけど、でもほら、実物がここにあるしね」
「偽物ってことはないのかい?」
「んー……じゃあ確認の為に割ってみる?」
アメリカの一言にロシアは小首を傾げながら物騒なことを言う。相変わらず手段を選ばない性格らしい。
「待て待て早まるな! こんな色だけどもしかしたら可愛い妖精の卵かもしれないじゃないか!」
「こんなに毒々しい色合いなのに? ね、それってどんな不吉な妖精なのさ」
「醜いアヒルの子ってパターンもある。見た目で判断するのはよくないぞ」
慌てて今にも握り潰されてしまいそうな可哀相な卵をロシアの手から強奪すると、イギリスはちょっぴり生温かなそれを手の平でそっと包み込んでみた。
「中身がなんであれ卵に罪はないからな!」
「本当にイギリス君って人間以外にはデレ度が高いね」
「なんだよそのデレ度って! わけわかんねぇ」
肩を竦めながら溜息をつきつつ、手中の卵をゆっくりと指先で撫でれば、心なしか内側から動きが感じられた。どうやら偽物ではなくちゃんと本物の、中身の入った卵で間違いがないらしい。
いったいどんな生物が生まれて来るのだろう。ロシアの言うように『魔王』なのか、はたまたまったく違ったクリーチャーなのだろうか。実に気になるところである。
「で、ロシア。用件はこの卵を見せるだけなのか?」
「うん。ほら、以前アメリカ君が言ってたじゃない。『そろそろ魔王退治に出掛けたい』って。でもこの世界にそんな都合のいい悪役なんていないし、いろいろと別次元に行って探して来たんだよね」
「ちょっと待て! 今何か聞き捨てならない言葉が聞こえたんだが」
「え? なにが?」
大柄な体躯でこてんと首をかしげるロシアと、好奇心いっぱいの目を向けてきたアメリカのことはさせておき。
イギリスはこめかみをおさえながら先程のロシアの会話を反芻した。
「別次元がなんだって?」
「え? こことは別の世界のことだよ」
「いや、だからなんでそんなことをサラっと言ってんだ?」
「駄目なの?」
「駄目っつーか……簡単に別次元とか言うな! そんなこと普通出来るわけないだろ!!」
「だって出来ちゃったんだもん。なんでもいいから『魔王』がいるところに行きたいなぁって。そしたらぱって違う世界に行っちゃって」
「お前どんだけ規格外なんだよ!」
呆れた声で怒鳴れば、アメリカが手入れの済んだ銃を腰のホルスターに差して立ち上がった。そしてイギリスの後ろからひょいと覗き込む形で卵に手を伸ばす。
「じゃあこの中には本当に、『魔王』が入ってるってことなんだね!」
ものすごく楽しそうな声音にますますイギリスの眉間に皺が寄る。
ロシアはのほほんとした顔で紅茶に口を付けていた。
「まぁそういうことだから、卵が孵ったら魔王退治頑張ってね」
「待ってくれよ。そんな雛の時期に退治しちゃうなんて勿体ないじゃないか。もっと大きく、強く、邪悪になってくれないと倒し甲斐がないぞ!」
「それもそうだね」
にこ、と笑ってロシアとアメリカは揃ってイギリスを見遣った。嫌な予感を感じて思わず逃げようとするが、アメリカの両腕が首に回されて動きを完全に封じられてしまう。
「じゃあイギリス。この卵は君が責任を持って温めてあげなよ!」
「はぁ? 何馬鹿なこと言ってんだ!」
「イギリス君ならきっといいお母さんになれると思うなぁ」
「なんねーよ!」
「じゃあ俺がお父さんになってあげるぞ!」
「…………は?」
ぎゅっと首に回ったアメリカの腕がさらに狭まる。堂々と抱きつかれてイギリスが目を丸くすれば、彼は機嫌よく鼻歌を歌い始めた。
けれどそんなアメリカに水を差すようにロシアが声を挟む。
「それじゃあアメリカ君、自分の子供を倒すことになっちゃうね」
「ん? そうかぁ、俺が父親になったらこの卵は俺達の息子になるのかぁ……」
「まぁアメリカ君のことだからきっと、マーマを取り合って結局親子喧嘩しちゃうと思うけど」
あは、と笑ってロシアがくるりと空のカップを指先で回せば、アメリカもまたイギリスの頭に顎を乗せてむっとした空気をまとった。追い討ちをかけるようにブツブツと「折角の夫婦計画が……」という呟きが聞こえてくるのは気のせいだろうか。
―――― こいつら絶対馬鹿だ。
イギリスは溜息を吐きつつ無駄に重いアメリカにのしかかられながら、ふと手の平で大事に包んでいた卵に目を落とす。色合いの悪いそれは先ほどからカタカタと音がしていて、驚いたことに今まさに生まれようとしているではないか。
「おいロシア。なんかこれ、さっきから動いてるぞ」
「もう生まれそうなのかい!? 頑張れイギリス!」
「わーおめでとうイギリス君」
「ちっげーだろ!」
お前らもう喋るな!と牽制すれば、二人は口を閉ざしながらも好奇心いっぱいの瞳で小刻みに振動を繰り返す卵に眼を奪われているようだった。
イギリスは手近のナプキンを手にすると四つ折にして、その上に卵を乗せた。もう温めなくても充分孵化するだろう。
指先でつついて「お前はなんだろうなぁ」と呟けば、ロシアは「魔王」と言いアメリカは「君と俺の子供」と言った。問答無用で遠慮なく拳を叩き込んでおく。
「勝手に持ってきちまって……こいつの親、今頃怒り狂ってるんじゃないか?」
「うん、そうだね。でも卵は山ほどあったしなぁ」
「…………え?」
何気なく言われたその言葉にイギリスは怪訝そうにロシアを見た。アメリカは両目をぱちぱちしてから、気付いたように「じゃあ、魔王っていっぱいいるってことなのかい?」と疑問を口にする。
するとロシアはふいに人の悪い笑みを浮かべて薄い唇の端を持ち上げた。けれど彼が何かを言いかけたところでパキンという音がしたため、意識が下方に逸らされる。
あ。と思った時にはもう、卵の殻にはひびが入っていた。
イギリスもアメリカもロシアも、じっとその光景に見入っていた。怪しげな色合いのマーブル模様の表面が、徐々に亀裂を走らせあけられた穴が広がっていく。
そして中から顔を覗かせたのは ――――
結論から言おう。
この卵は『魔王の卵』なんかじゃなかった。
そうだ、そもそもよく考えてみれば魔王が卵から生まれるわけがない。悪魔は木の股から生まれるものと相場が決まっている。
だからこの卵から魔王が出てくるだなんてそんなこと、あるはずがないのだった。
では今この目の前で孵化したものの正体は一体なんだというのだろうか。一件無害そうに見えるふっくらとした塊は。
「……餅?」
殻を破って出てきたのは、なにやら白くもちもちとした生物だった。
これまでいろんな妖精や魔物を見てきたが、どの種族にも属さない一風変わった姿の持ち主。まるでつきたての餅のようだ。
恐る恐る未知なる物体に指を伸ばせばそれは、丸々として柔らかく、けれどもちっとした触感のわりにべたつかない。
「なんだこれ?」
イギリスがひょいと持ち上げてみれば、なんとその不思議な生き物は眼鏡をかけているではないか。よくよく見ればきらきらと輝く美しいスカイブルーには何故かとても見覚えがある。
そしてきゅっと口角の上がった口がなんとも言えない愛嬌をたたえていて、思わずこちらまでほんわりとした気分に陥ってしまいそうだった。
「えーと、これ、食べ物かい?」
アメリカの台詞にぎょっとしてイギリスはその餅をかばうように手の平で包み込んだ。せっかく生まれたばかりの、なんだかよく分からないがとにかく可愛らしいこの妖精みたいなものを、そう簡単に食べられてしまうわけにはいかない。
湧き上がる庇護欲に思わずかられていると、ロシアがつまらなそうに唇を尖らせて、「ねぇ、それアメリカ君みたい。可愛くないなぁ」と文句を言った。
「俺に似てるって、それはちょっと異論ありだぞ!」
「えー。だってなんか丸いし、ぷよぷよしてるしー」
「君、人のこと言えないじゃないか!」
「たぷんたぷんなのは君のお腹でしょ」
ほら、こんな感じ。
そう言ってロシアがイギリスの手の中にいた餅を引っ張れば、その謎の物体Xは、まるで痛がるように輝くブルーの目をぎゅっと閉じて切なげな悲鳴を上げた。
「ロシア! 乱暴はよせ!」
すかさずイギリスが庇えば、餅は嬉しそうに再び笑顔を浮かべてぴょこんぴょこんと飛び跳ねた。手足がないのにジャンプするなんて、いったい中身はどうなっているのかと生物学的な疑問が湧いてくる。
「ねぇ、それ、どうするんだい?」
「捨てるわけにもいかないだろ。ロシア、こいつが元いた世界、どこだか分かるな?」
「分かるけどさ、その前に」
「その前に?」
「実は他にもいっぱいいるんだよね」
そうして振り向くロシアと、つられて窓を見遣るイギリスと、反射的に外に飛び出したアメリカが見たものは。
無数にうごめく餅たちの集団だった。
「うわああああなんだあの可愛いのいっぱい!」
「落ち着いてよイギリス君」
「イギリス、これで当分食費が浮くね!」
「食わねーよ! つか食うな!!」
なんだかもうボケとツッコミが追いつかなくなりながら、イギリスはそれでも生まれたばかりの餅を手に外へと出て行く。
丸太小屋の周りには恐らく百匹近い餅達がいて、ちょっと気持ち悪いと思わないでもなかったが、それでも可愛さにつられて歩み寄ってしまう。アメリカもその後ろをついて歩きながら、わらわらとよじ登ってくるのを楽しんでいるような感じだ。
「お前、これ全部連れてきちまったのか?」
イギリスが振り返りながら聞けば、ロシアは「だってレアアイテムだと思ったんだもん」と自分勝手な言い分を募らせる。
「しばらく適当に置いておいたら次々孵化しちゃうし困ってたんだ。だから全部君に押し付けちゃうことにするね」
「え、ちょっと待て、どういう意味だロシア!」
「そのままの意味だよ。この子たち、全部君にあげる。好きにしてよ。じゃあね!」
言いたいだけ言って、こちらが止める暇もなくロシアは軽く呪文を唱えるとさっさと消え去ってしまった。一瞬の出来事である。
あとには餅の集団と茫然とするイギリス、そしてどんな時でも無駄に元気で明るいアメリカだけが取り残されるのだった。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
そうしてイギリスとアメリカの二人は、たくさんの餅たちに囲まれて幸せに暮らしました。おしまい。
って、これのどこがファンタジーなんだい?
剣と魔法とドラゴンがいるような、そんなファンタジックな世界へようこそ。って感じに話が進むんじゃなかったのかい?
まったく寝ぼけた神様ほどあてにならないものはないよね。
でもまぁ、冒険はいつだって出来るし、俺は俺の手でその先を目指して欲しいものを掴んで見せるんだ。
だからまぁ、まずはあれだよ。ハリウッドに行って新作映画の作成を頑張らなくちゃね!
タイトルは『ヒーローと召還師と餅の大冒険』、これに決定。
……あれ、餅ってなんか関係あったっけ?
▼ 私信
このたびは素敵なリクエストをどうもありがとうございました!
RPG設定で、と言われて「ヘタリア2巻」の付録のことを思い出したのですが、ssを書く前に「ヘタリアファンタジア」が出てしまってどうしようかと思いました。
いっそのことドラマCDネタとしてみんなでゲームをするっていうのも楽しそうで興味惹かれましたが、まぁ今回はそれとは別にリクエストを頂いていたので、勝手にオリジナル設定で書いてしまいました。(職業だけご本家設定を拝借)
でも全然RPGっぽくなくて済みません。もっと普通にパーティ組んで悪者を倒しに行く話にしたかったのですが、ロシアがメンバーに入ると「ボスキャラ一人で倒しかねないし」と思ってやめました(笑)
チート級のガンナーと稀代の召還師と無敵の魔法使いじゃ、どんな敵でもやっつけちゃいますよね~。それじゃRPGになりません(苦笑)
まぁそんなこんなで少しでも楽しんでいただければ幸いです。
upが遅くなってしまいましたが、米誕祭へのご参加、本当にどうもありがとうございましたv
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