紅茶をどうぞ
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[祭] さよなら日常 (前編)
ある日、何の因果か知らないけれど寝ぼけた神様が夢の中で言ったんだ。
もっと楽しい世界はいらないかい?って。
だから俺は答えたさ。あぁ、刺激的でかっこいい、今よりもっともっとスリリングな楽しい世界が欲しいってね。
そうしたらどうだい。
目が覚めたらそこは俺が知るいつもの世界じゃなくなっていた。
剣と魔法とドラゴンがいるような、そんなファンタジックな世界へようこそ。
―――― ってことなのかい?
町外れにあるギルドはいつも妙な熱気に包まれている。
冒険大好き、魔物退治は荒稼ぎには持ってこいといった猛者揃いのせいか、いつも煩いくらいの賑やかさに包まれていた。
荒くれ共に混ざって目を引くような美女や可愛い女の子がいてもよさそうなものだが、そんな都合の良い話はゲームや漫画の中だけである。現実はムキムキの男が何やら物騒な装備で円卓を囲んで血気盛んに気焔を吐いているものだ。
集会所兼酒場の店主フランスは、今日も潤いの足りない光景を前にグラスを磨きながら嘆きの溜息をつくばかりであった。
「よぉ、しけたツラしてんな」
カウンター越しに投げかけられた声に顔を上げれば、印象的な緑の目が二つ、意地の悪い光を灯しながら向けられていた。顔は可愛いが性格は最悪の召喚師イギリスである。
この男、見目はそれなりに良いので目の保養にはそこそこ効果があるのだが、色目を使おうものなら宇宙の果てまで飛ばされてしまいかねないほど凶悪な術を繰り出す。尻を触ったが最後、何度花畑を見せられたか分かったものではなかった。
思い出したくない過去の一つや二つ、誰にだってあるとは思うが、あの日の夜のことは記憶喪失にでもなった方がマシなレベルだ、とフランスは思っている。
それでもまぁ、このむさくるしい場所には必要な人物であることに間違いはない。彼が稼ぐ金の量は他の冒険者の数倍はあるので、それだけでも逃すのは惜しい逸材だった。
「なんだよ、今日は一人か?」
普段から弟分のガンナーと一緒にいるのが常なので、イギリスが一人でここに来ることは珍しい。
問いかければ彼は腕を組んで首をかしげた。
「アメリカの奴、ここに来てないのか?」
「いや、見てないな」
「そうか。なんか昨日珍しいものを見付けたとか言っていたから、一人で行っちまったのかなぁ」
「まーた置いていかれたか」
傍目で分かるほど拗ねた横顔が不機嫌そうにますます歪む。
召喚師とガンナーという組み合わせはある意味バランスが取れていてなかなか良いパーティだが、いかんせんアメリカは一人で暴走し易い性格をしている。いつぞやも最危険地帯へ一人で勝手に潜り込んでは、レアアイテムを手に意気揚々と戻ってイギリスに怒鳴られていた。
確かにアメリカはここらでも最強の部類に入るだろう。だが銃の腕前だけでは太刀打ち出来ない魔物だっているというのに、持前のハイパワーでごり押ししまくるのは危険と言えば危険であった。
「あの馬鹿! どうなっても知らないからな!」
「まぁもうガキじゃねーんだし、引き際くらい見極めてんだろ。過保護がすぎるとまた独立されるぞ」
「うるせぇ! 余計なこと言ってないでさっさと酒出せ、酒!」
「昼間から飲む気か~?」
呆れながらも琥珀色の液体がつまった瓶を取り出せば、ひったくるような勢いで持って行かれる。酔うと厄介なんだよなぁと溜息をつきつつ、上客を逃すわけにも行かずグラスを手渡せば彼はコルク栓を歯でこじ開けているところだった。
童顔のわりに随分と豪快なものである。
「そう言えばお前、知ってるか?」
「あ?」
手酌でなみなみとグラスに酒を注ぎながら、イギリスが胡乱気に見返してくる。提供されようとしている情報の価値を値踏みするかのような視線に、フランスはにっと笑って手のひらを振って見せた。
眉間に皺をよせ、すぐにその意味するところを悟って渋い顔をしたのち、イギリスは腰から金貨5枚を取り出してカウンターの上に置く。相変わらず察しが良くて何よりだ。
「この間、仕入れの為に隣村に行ったら、ロシアがいたぞ」
「……!? マジかよ!」
飲みかけていたグラスを置いて、イギリスは思わず身を乗り出すようにして叫ぶ。よほど驚いたのか、両目の緑がいつもより深くなっていた。
「しばらく見なかったが、こっちに戻ってきたらしいな」
「あんの厄病神! 今さらどのツラ下げて戻って来たんだ!」
「お前まだあのこと根に持ってんのかよ」
「当り前だ! 俺が苦労して手に入れた竜の秘宝を、最後の最後で横取りしやがって……。それだけじゃない、北の山脈に眠っていた女神の杖も、東の洞窟にあった水晶の鍵も、西の湖に沈んでいた黄金の冠も、南の祠に祀られていた七色の竪琴も、みんなみんな持ち逃げしやがったんだぞ!」
「あー……まぁ、売れば一生遊んで暮せたな」
「ちきしょー!!」
思い出すたびに腹の立つ出来事の数々に、イギリスが激昂して叫び出せば、まるでちょうどそのタイミングを見計らったかのように戸口に人影が出現する。
出現、という表現がまさにぴったりだ。
ドアを開けず、何もない空間に瞬時に移動して来るその遣り口は、実に魔法使いらしい登場の仕方と言えよう。
「……っ!」
見事なほどの脊髄反射でイギリスが後方を振り向き、突如入り込んで来た闖入者へと殺気立った視線を投げつける。
ふわりと真っ白な衣の裾をひるがえして床に降り立った男は、目深にかぶったフードを両手で外しながら、やけに子供っぽい笑みを浮かべて楽しそうに両目を細めた。
全身を覆う冷気が一瞬こちら側にまで流れてくる。
「ロ、ロシア……!」
「わー久し振りだねイギリス君。元気だった~?」
「お前、なんでここに……」
「ふふ。言霊魔法って知ってる? フランス君がイギリス君に向けて僕の名前を口にしたら、召喚されるようちょっと細工しておいたんだー」
「勝手に人を使うな!」
とんでもない発言に唖然としてフランスが叫べば、へらっとした態度で呑気にロシアは笑った。
イギリスのこめかみにも青筋が浮く。彼は手にした酒瓶をダン!と勢いよく置くと、凶悪な面構えで指をバキバキ鳴らしながら立ち上がった。
「今さらのこのこ戻って来やがって……てめぇが盗んだお宝、全部返してもらおうじゃねーか」
「お宝? あぁ、あのガラクタね。あれなら全部、好事家達にテキトーに売り払っちゃったよ」
「な、なんだってー!?」
予想総売上金額を脳内で算出していたイギリスは、そのあまりな台詞に卒倒しそうになりながらも、なんとかスツールにしがみついて崩れ落ちるのを堪えた。
あれだけの財宝をしかるべき場所に提供すれば、それこそ莫大な資産を有することが出来る。それを根こそぎ売っ払ったなどと聞いて平静でいられるわけがない。しかも二束三文で!!
衝撃に息も絶え絶えになりつつ、それでもなんとか気を取り直し、すかさず立ち上ってロシアへと詰め寄った。
「指輪はどうした!」
「指輪?」
「お前が盗った宝の中に指輪があっただろ!? 蒼い石がはまったやつだ!」
「あー……うん、あったかもしれない」
「売ったのか? あれまで売りやがったのか!?」
「何? そんなに大事なものだったの?」
喰らいついてくるイギリスの必死さに、ロシアは興味を惹かれたようにくるりと瞳をひらめかせた。紫色の不思議な色合いの両目が、至近距離のイギリスを映し出す。
「場合によっては取り返して来てあげてもいいけど」
「うるせぇ! 力づくで口割らせてやる」
「おにーさんの店壊さないでぇええええええ」
臨戦態勢を取るイギリスに、青褪めたフランスは泣きながら止めに入った。こんな狭い場所で召喚魔法でも使われた日には、明日から青空酒場になってしまうではないか。
そもそもギルド内でのいざこざはご法度である。協会の鉄の掟を破れば活動しにくくなるのは当のイギリスだろう。
「チッ、しょうがねえな。ツラ貸せよ。外に出やがれ!」
「もー。イギリス君は相変わらず短気で乱暴だなぁ。そんなんだからもてないんだよ」
やれやれと肩を竦めるロシアの襟首をつかんで引っ張り、イギリスはそのままの勢いで出口へと向った。一度ぶん殴ってぶっ飛ばしてやらないと気が済まない。積年の恨みをここで晴らさずにおくものか!と無駄に気合を込めてドアを開けようとすれば ―――― 外側からそれは勢いよく開かれた。
「はいはーい、ホールドアッープ! 君達二人だけでそんな楽しいことしちゃダメなんだぞ!」
「ア、アメリカ!?」
やたらと能天気な声と共に、派手なウエスタンルックに身を固めたアメリカが颯爽と登場してきた。
眼前に規格外に大きな銃口を突き付けられ、思わず驚いて固まるイギリスの後ろから、覗きこむようなかたちでロシアも相手を確認する。互いの視線が絡み合えば、まるで漫画のようにバチッと空中で火花が散った。
「あーアメリカ君だー。久しぶりだね、相変わらずメタボってる?」
「君こそ未だにむさくるしいダサい恰好で徘徊中かい? さっさと巣に帰った方がいいと思うぞ!」
ははははと笑ってアメリカは手にした銃をガシャンと威嚇するように鳴らした。当然それを鼻先でやられたイギリスは目を見開いてみるみるうちに怒りで真っ赤になる。
黒い穴からいつ鉛玉が飛び出すか分かったものではない。万が一誤作動でも起こしたら顔面に風穴が開くだけでは済まないのだ。
「人の顔に銃口向けてんじゃねーよ! このクソガキが!!」
「あ、君いたのかい?」
「きっとちっちゃいからよく見えなかったんだねぇ」
「よぉし分かった。お前ら二人まとめてあの世に送ってやる」
懐から使い慣れたクリスタルロッドを取り出すと、イギリスは脇目も振らずものすごいスピードで呪文を詠唱しはじめる。ぱぁっと光の粒子が先端に集まり急速に魔力が高まっていく。
最近大きな魔法を使うのはご無沙汰だったが、腕は錆びついていないはずだ。今でこそ職業は召還師だが、その昔は黒魔術師としても名を馳せたイギリスである。そこいらの魔法使いが束になっても敵わない実力を備えていた。
「ちょっとイギリス! 冗談はその眉毛だけにしなよ!」
「そうだよイギリス君。こんなところでそんなの振り回したら危ないでしょ。大事な眉毛が飛んでっちゃうよ?」
言いたい放題の二人に、切れたイギリスが最後の呪文を口にしようとしたその瞬間。
手にした杖を横合いからぐいっと引っ張られ、彼はバランスを大きく崩した。今まさに魔法が発動されようという時に、ロシアが無遠慮に手を伸ばしたわけなのだが……
「え」
勢い余ってバキ、という嫌な音と共にロッドの先端が折れてしまう。
「うわああああ、お前なにしてんだー!!!」
「あー折れちゃった」
「き、貴重な水晶の杖が……」
残された下半分を持ったまま、蒼白な顔色でイギリスはフラフラとその場に崩れ落ちた。そして転がったもう半分を拾い上げるとそれを胸元にぎゅっと抱き俯いて、彼は無言でさめざめと泣き始めてしまった。
「イ、イギリス? なにも泣くことないだろう? 新しいの買ってあげるからさ」
アメリカがびっくりして片膝ついて宥めるように震える肩に手を置けば、ロシアもあーあやっちゃったという顔をして腰を下ろす。そしてうなだれた頭を優しく撫でた。
「ごめんねぇ、イギリス君。そんなに大事な杖だったの?」
「こ、これは俺の大事な……あいつの……」
「……もしかして誰かの形見とかだった?」
もしそうなら悪いことしちゃったなぁとロシアが呟けば、アメリカがおろおろしながら破片を拾い集める。粉々部分は仕方ないにしてもあとで接着剤でつければなんとかなるかもしれない。
イギリスはそんな二人を涙目で見上げながら、上擦った声でボソボソと言葉を続けた。
「このロッド……俺がスペインの野郎をボコボコにした記念のやつで……」
「……は?」
「身の程知らずに勝負を挑んできたから返り討ちにしてやったんだ……」
「…………」
「ぶざまに倒れて命乞いしやがるから、そのまま地面とキスさせてやったわけだが……あの時は傑作だったなぁ……フフフ……」
当時のことを思い出したのか急に活き活きとし始めたイギリスを、アメリカもロシアも冷たい目で見据えた。
「なんだか色んなことが一気に台無しになったぞ、君」
「わーアメリカ君、そんな軽蔑しきった眼差しを向けなくてもー」
「そういうロシアこそ生ゴミ見るような目をしてるじゃないかー」
呆れながら二人口を揃えて言いたいことを言いまくっている。それを聞きながらイギリスはめそめそと泣き続けていた。なんというか、実にみっともない光景でその場に居合わせた誰もが視線を逸らせる。
そして遠目にそれを眺めやりながらフランスは、いい加減他の客の迷惑だから出て行ってくれないものかと、口には出さないが心の中で願うのだった。
もっと楽しい世界はいらないかい?って。
だから俺は答えたさ。あぁ、刺激的でかっこいい、今よりもっともっとスリリングな楽しい世界が欲しいってね。
そうしたらどうだい。
目が覚めたらそこは俺が知るいつもの世界じゃなくなっていた。
剣と魔法とドラゴンがいるような、そんなファンタジックな世界へようこそ。
―――― ってことなのかい?
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
町外れにあるギルドはいつも妙な熱気に包まれている。
冒険大好き、魔物退治は荒稼ぎには持ってこいといった猛者揃いのせいか、いつも煩いくらいの賑やかさに包まれていた。
荒くれ共に混ざって目を引くような美女や可愛い女の子がいてもよさそうなものだが、そんな都合の良い話はゲームや漫画の中だけである。現実はムキムキの男が何やら物騒な装備で円卓を囲んで血気盛んに気焔を吐いているものだ。
集会所兼酒場の店主フランスは、今日も潤いの足りない光景を前にグラスを磨きながら嘆きの溜息をつくばかりであった。
「よぉ、しけたツラしてんな」
カウンター越しに投げかけられた声に顔を上げれば、印象的な緑の目が二つ、意地の悪い光を灯しながら向けられていた。顔は可愛いが性格は最悪の召喚師イギリスである。
この男、見目はそれなりに良いので目の保養にはそこそこ効果があるのだが、色目を使おうものなら宇宙の果てまで飛ばされてしまいかねないほど凶悪な術を繰り出す。尻を触ったが最後、何度花畑を見せられたか分かったものではなかった。
思い出したくない過去の一つや二つ、誰にだってあるとは思うが、あの日の夜のことは記憶喪失にでもなった方がマシなレベルだ、とフランスは思っている。
それでもまぁ、このむさくるしい場所には必要な人物であることに間違いはない。彼が稼ぐ金の量は他の冒険者の数倍はあるので、それだけでも逃すのは惜しい逸材だった。
「なんだよ、今日は一人か?」
普段から弟分のガンナーと一緒にいるのが常なので、イギリスが一人でここに来ることは珍しい。
問いかければ彼は腕を組んで首をかしげた。
「アメリカの奴、ここに来てないのか?」
「いや、見てないな」
「そうか。なんか昨日珍しいものを見付けたとか言っていたから、一人で行っちまったのかなぁ」
「まーた置いていかれたか」
傍目で分かるほど拗ねた横顔が不機嫌そうにますます歪む。
召喚師とガンナーという組み合わせはある意味バランスが取れていてなかなか良いパーティだが、いかんせんアメリカは一人で暴走し易い性格をしている。いつぞやも最危険地帯へ一人で勝手に潜り込んでは、レアアイテムを手に意気揚々と戻ってイギリスに怒鳴られていた。
確かにアメリカはここらでも最強の部類に入るだろう。だが銃の腕前だけでは太刀打ち出来ない魔物だっているというのに、持前のハイパワーでごり押ししまくるのは危険と言えば危険であった。
「あの馬鹿! どうなっても知らないからな!」
「まぁもうガキじゃねーんだし、引き際くらい見極めてんだろ。過保護がすぎるとまた独立されるぞ」
「うるせぇ! 余計なこと言ってないでさっさと酒出せ、酒!」
「昼間から飲む気か~?」
呆れながらも琥珀色の液体がつまった瓶を取り出せば、ひったくるような勢いで持って行かれる。酔うと厄介なんだよなぁと溜息をつきつつ、上客を逃すわけにも行かずグラスを手渡せば彼はコルク栓を歯でこじ開けているところだった。
童顔のわりに随分と豪快なものである。
「そう言えばお前、知ってるか?」
「あ?」
手酌でなみなみとグラスに酒を注ぎながら、イギリスが胡乱気に見返してくる。提供されようとしている情報の価値を値踏みするかのような視線に、フランスはにっと笑って手のひらを振って見せた。
眉間に皺をよせ、すぐにその意味するところを悟って渋い顔をしたのち、イギリスは腰から金貨5枚を取り出してカウンターの上に置く。相変わらず察しが良くて何よりだ。
「この間、仕入れの為に隣村に行ったら、ロシアがいたぞ」
「……!? マジかよ!」
飲みかけていたグラスを置いて、イギリスは思わず身を乗り出すようにして叫ぶ。よほど驚いたのか、両目の緑がいつもより深くなっていた。
「しばらく見なかったが、こっちに戻ってきたらしいな」
「あんの厄病神! 今さらどのツラ下げて戻って来たんだ!」
「お前まだあのこと根に持ってんのかよ」
「当り前だ! 俺が苦労して手に入れた竜の秘宝を、最後の最後で横取りしやがって……。それだけじゃない、北の山脈に眠っていた女神の杖も、東の洞窟にあった水晶の鍵も、西の湖に沈んでいた黄金の冠も、南の祠に祀られていた七色の竪琴も、みんなみんな持ち逃げしやがったんだぞ!」
「あー……まぁ、売れば一生遊んで暮せたな」
「ちきしょー!!」
思い出すたびに腹の立つ出来事の数々に、イギリスが激昂して叫び出せば、まるでちょうどそのタイミングを見計らったかのように戸口に人影が出現する。
出現、という表現がまさにぴったりだ。
ドアを開けず、何もない空間に瞬時に移動して来るその遣り口は、実に魔法使いらしい登場の仕方と言えよう。
「……っ!」
見事なほどの脊髄反射でイギリスが後方を振り向き、突如入り込んで来た闖入者へと殺気立った視線を投げつける。
ふわりと真っ白な衣の裾をひるがえして床に降り立った男は、目深にかぶったフードを両手で外しながら、やけに子供っぽい笑みを浮かべて楽しそうに両目を細めた。
全身を覆う冷気が一瞬こちら側にまで流れてくる。
「ロ、ロシア……!」
「わー久し振りだねイギリス君。元気だった~?」
「お前、なんでここに……」
「ふふ。言霊魔法って知ってる? フランス君がイギリス君に向けて僕の名前を口にしたら、召喚されるようちょっと細工しておいたんだー」
「勝手に人を使うな!」
とんでもない発言に唖然としてフランスが叫べば、へらっとした態度で呑気にロシアは笑った。
イギリスのこめかみにも青筋が浮く。彼は手にした酒瓶をダン!と勢いよく置くと、凶悪な面構えで指をバキバキ鳴らしながら立ち上がった。
「今さらのこのこ戻って来やがって……てめぇが盗んだお宝、全部返してもらおうじゃねーか」
「お宝? あぁ、あのガラクタね。あれなら全部、好事家達にテキトーに売り払っちゃったよ」
「な、なんだってー!?」
予想総売上金額を脳内で算出していたイギリスは、そのあまりな台詞に卒倒しそうになりながらも、なんとかスツールにしがみついて崩れ落ちるのを堪えた。
あれだけの財宝をしかるべき場所に提供すれば、それこそ莫大な資産を有することが出来る。それを根こそぎ売っ払ったなどと聞いて平静でいられるわけがない。しかも二束三文で!!
衝撃に息も絶え絶えになりつつ、それでもなんとか気を取り直し、すかさず立ち上ってロシアへと詰め寄った。
「指輪はどうした!」
「指輪?」
「お前が盗った宝の中に指輪があっただろ!? 蒼い石がはまったやつだ!」
「あー……うん、あったかもしれない」
「売ったのか? あれまで売りやがったのか!?」
「何? そんなに大事なものだったの?」
喰らいついてくるイギリスの必死さに、ロシアは興味を惹かれたようにくるりと瞳をひらめかせた。紫色の不思議な色合いの両目が、至近距離のイギリスを映し出す。
「場合によっては取り返して来てあげてもいいけど」
「うるせぇ! 力づくで口割らせてやる」
「おにーさんの店壊さないでぇええええええ」
臨戦態勢を取るイギリスに、青褪めたフランスは泣きながら止めに入った。こんな狭い場所で召喚魔法でも使われた日には、明日から青空酒場になってしまうではないか。
そもそもギルド内でのいざこざはご法度である。協会の鉄の掟を破れば活動しにくくなるのは当のイギリスだろう。
「チッ、しょうがねえな。ツラ貸せよ。外に出やがれ!」
「もー。イギリス君は相変わらず短気で乱暴だなぁ。そんなんだからもてないんだよ」
やれやれと肩を竦めるロシアの襟首をつかんで引っ張り、イギリスはそのままの勢いで出口へと向った。一度ぶん殴ってぶっ飛ばしてやらないと気が済まない。積年の恨みをここで晴らさずにおくものか!と無駄に気合を込めてドアを開けようとすれば ―――― 外側からそれは勢いよく開かれた。
「はいはーい、ホールドアッープ! 君達二人だけでそんな楽しいことしちゃダメなんだぞ!」
「ア、アメリカ!?」
やたらと能天気な声と共に、派手なウエスタンルックに身を固めたアメリカが颯爽と登場してきた。
眼前に規格外に大きな銃口を突き付けられ、思わず驚いて固まるイギリスの後ろから、覗きこむようなかたちでロシアも相手を確認する。互いの視線が絡み合えば、まるで漫画のようにバチッと空中で火花が散った。
「あーアメリカ君だー。久しぶりだね、相変わらずメタボってる?」
「君こそ未だにむさくるしいダサい恰好で徘徊中かい? さっさと巣に帰った方がいいと思うぞ!」
ははははと笑ってアメリカは手にした銃をガシャンと威嚇するように鳴らした。当然それを鼻先でやられたイギリスは目を見開いてみるみるうちに怒りで真っ赤になる。
黒い穴からいつ鉛玉が飛び出すか分かったものではない。万が一誤作動でも起こしたら顔面に風穴が開くだけでは済まないのだ。
「人の顔に銃口向けてんじゃねーよ! このクソガキが!!」
「あ、君いたのかい?」
「きっとちっちゃいからよく見えなかったんだねぇ」
「よぉし分かった。お前ら二人まとめてあの世に送ってやる」
懐から使い慣れたクリスタルロッドを取り出すと、イギリスは脇目も振らずものすごいスピードで呪文を詠唱しはじめる。ぱぁっと光の粒子が先端に集まり急速に魔力が高まっていく。
最近大きな魔法を使うのはご無沙汰だったが、腕は錆びついていないはずだ。今でこそ職業は召還師だが、その昔は黒魔術師としても名を馳せたイギリスである。そこいらの魔法使いが束になっても敵わない実力を備えていた。
「ちょっとイギリス! 冗談はその眉毛だけにしなよ!」
「そうだよイギリス君。こんなところでそんなの振り回したら危ないでしょ。大事な眉毛が飛んでっちゃうよ?」
言いたい放題の二人に、切れたイギリスが最後の呪文を口にしようとしたその瞬間。
手にした杖を横合いからぐいっと引っ張られ、彼はバランスを大きく崩した。今まさに魔法が発動されようという時に、ロシアが無遠慮に手を伸ばしたわけなのだが……
「え」
勢い余ってバキ、という嫌な音と共にロッドの先端が折れてしまう。
「うわああああ、お前なにしてんだー!!!」
「あー折れちゃった」
「き、貴重な水晶の杖が……」
残された下半分を持ったまま、蒼白な顔色でイギリスはフラフラとその場に崩れ落ちた。そして転がったもう半分を拾い上げるとそれを胸元にぎゅっと抱き俯いて、彼は無言でさめざめと泣き始めてしまった。
「イ、イギリス? なにも泣くことないだろう? 新しいの買ってあげるからさ」
アメリカがびっくりして片膝ついて宥めるように震える肩に手を置けば、ロシアもあーあやっちゃったという顔をして腰を下ろす。そしてうなだれた頭を優しく撫でた。
「ごめんねぇ、イギリス君。そんなに大事な杖だったの?」
「こ、これは俺の大事な……あいつの……」
「……もしかして誰かの形見とかだった?」
もしそうなら悪いことしちゃったなぁとロシアが呟けば、アメリカがおろおろしながら破片を拾い集める。粉々部分は仕方ないにしてもあとで接着剤でつければなんとかなるかもしれない。
イギリスはそんな二人を涙目で見上げながら、上擦った声でボソボソと言葉を続けた。
「このロッド……俺がスペインの野郎をボコボコにした記念のやつで……」
「……は?」
「身の程知らずに勝負を挑んできたから返り討ちにしてやったんだ……」
「…………」
「ぶざまに倒れて命乞いしやがるから、そのまま地面とキスさせてやったわけだが……あの時は傑作だったなぁ……フフフ……」
当時のことを思い出したのか急に活き活きとし始めたイギリスを、アメリカもロシアも冷たい目で見据えた。
「なんだか色んなことが一気に台無しになったぞ、君」
「わーアメリカ君、そんな軽蔑しきった眼差しを向けなくてもー」
「そういうロシアこそ生ゴミ見るような目をしてるじゃないかー」
呆れながら二人口を揃えて言いたいことを言いまくっている。それを聞きながらイギリスはめそめそと泣き続けていた。なんというか、実にみっともない光景でその場に居合わせた誰もが視線を逸らせる。
そして遠目にそれを眺めやりながらフランスは、いい加減他の客の迷惑だから出て行ってくれないものかと、口には出さないが心の中で願うのだった。
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