紅茶をどうぞ
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[題] あなたを失うことが罰だというのなら
注意 : 日露(偽)要素あり
白いカップを持ち上げるその手の甲に、赤い線を見つけたのは午後のお茶会の時だった。いつもは手袋に包まれているので、こうやって素の肌を見ることはあまり多くはない。
つい、と手を伸ばして真新しい傷を指先でなぞれば、彼は薄く笑って「気になる?」と首をかしげた。
「珍しいな」
自分の身体に傷を残すことを嫌うロシアらしくない。殺戮の限りを尽くし、暴力を振るうことに躊躇いのない性格のくせして、これでいて案外己の血の色を苦手に思うのだ、この男は。
イギリスの言葉にふっと唇に笑みを浮べ、もうひとくち紅茶を喉に通してから、ロシアはカップをソーサーに戻し自らの手の甲に刻まれた切り傷を口元に当てた。
「薔薇の棘に、ちょっと引っ掛けてね」
「薔薇?」
「この間日本君が持って来てくれたんだ」
「あいつが棘を払わず人に薔薇をやるなんて、珍しいな」
「すごく綺麗な青色だったよ」
普段は無粋な真似はするなと口煩い日本が、不可能の象徴である青い薔薇を作ったことはいささか驚きだった。
イギリスの感情を察してロシアが悪戯っぽい顔つきをする。
「叶わないからこそ美しいものもあるでしょ。そう皮肉ってみたら、逆に仕返しされちゃった」
「仕返し?」
「薔薇は棘があってこそですから、なーんて言っちゃってさ。日本君、僕には相変わらず冷たいなぁ」
ぺろりと傷を舌先で舐め上げるロシア。その様子を眺めながら、イギリスは両目をすっと細めて眉をひそめた。
ロシアがわずかに血の味が残る甲から唇を離し、再び紅茶に手を伸ばし掛けたところでイギリスは腰を浮かせてその手を掴む。目線を上げる彼を冷たく唇を引き結んだままじっと見据えた。
「どうしたの? イギリス君」
「…………」
見上げるロシアが笑いかけてくれば、内側からますます不機嫌な想いが込み上げてきて仕方がない。
握ったロシアの手の甲にイギリスは爪先を思い切りつき立てた。ちょうど傷に当たるように沈み込むそれは己の中の苛立ちを相手にダイレクトに伝えることだろう。
「痛いよ」
ぱた、と赤い雫が白いレースのテーブルクロスに染みを作る。
綺麗だと思った。
「勝手に傷つけられてんじゃねーよ」
「不可抗力だもん」
「うるせぇ」
言い訳は許さないと身を屈めてロシアの手を引き寄せ、真っ白なその甲に今度は前歯を押し当てる。薄い血の匂いに惹かれるように噛み付けば、嫌がる素振りはまるでなかった。
柘榴の味というよりむしろ、それは瑞々しい苦瓜のように舌先を刺激する。
「日本君だよ?」
「分かってる」
「彼にまで嫉妬だなんて君らしくない」
変なイギリス君。
くすくす笑ってロシアは空いたもう片方の手でイギリスの頬をそっと撫でてきた。ひやりとした冷たい感触は心地良く、荒れた感情が徐々に凪いでゆくのが感じられる。
それでも口腔にじわりとひろがる温もりに味覚を刺激され、もっともっとと意識が傾く。
あぁまた、思う壺だ。
「僕らはブルーローズなんだって」
青い薔薇、言いえて妙だ。絶対結ばれることのない二人、不可能の象徴とまで言われた自分達の関係を、日本はあの花に喩えたと言うのか。
敵わない。悔しいが彼との年の差をこんな時に感じてしまうとは。
これだからアジアの国は油断がならないのだ。柔和な顔の裏で恐らく想像もつかないほど様々な思惑が蠢いているに違いない。
西洋と東洋の間に位置する大国、ロシア。
どちらの文化圏にも属さず、どちらの影響をもその身に受ける彼を、東西の島国が。
「俺、日本のことが好きだ」
「うん、僕も大好き」
「でも譲れない」
ガリ、と骨の音が響くのも構わずさらに強く噛んでしまえば、ロシアは何も言わずイギリスの髪に唇を落としてきた。
降り注がれた柔らかな口吻けは、雪のような冷気をともなって全身を包み込んでいくような気がする。
願ってはいけない、叶ってはいけない。
そう。青い薔薇はまるで、氷に閉じ込められた色褪せた夢に似ていると思った。
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