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 紅茶をどうぞ
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[祭] 大切なのはタイミング (後編)
 ドアを開ければそこはファーストフード店さながらのきつい匂いが充満していた。
 油で揚げたもの独特のそれは、人によっては空腹を刺激するものなのだろうが、生憎と今の自分には単なる不快なものでしかなかった。
 眉をひそめてこのままUターンしたいと思いつつも仕事を放り出すわけにもいかず、仕方なしに部屋の中央へと足を進めれば、ソファに腰を沈めていた青年が目の覚めるような優雅な動作で立ち上がるのが見えた。
 洗練されたそれは決してその人物の所作が付け焼き刃なものではなく、身の内から滲み出た教養によるものだとすぐに知れる。
 深い森の色を思わせる瞳がまっすぐこちらを向くのに合わせて、すかさず右手を差し出た。

「わざわざご足労頂きありがとうございます。カークランド卿」
「こちらこそお忙しいところ急な接見に応じて下さり、感謝いたします」

 互いの手を丁度いい力で握り合ってから、社交辞令の中に一種の親しみのようなものを込めた笑みを浮かべたあと、二人は同時に右側下方を見遣った。
 場違いなほど鮮やかなマクドナルドの紙袋を抱えたアルフレッドが、ポテトを口に入れながら「やぁお疲れさま」と言ってへらっと笑う。思わずその頭をゴツンと叩きたくなる衝動を抑えていると、たった今挨拶を交わしたばかりの青年 ―――― アーサー・カークランド、ただの英国貴族ではない ―――― が太い眉をぐっと吊り上げて、「アメリカ、真面目にやれ!」と鋭く声を走らせた。
 するとアルフレッドは面倒臭そうな顔をしながらも、手にした一切の物を傍に立っていた秘書に押しつけて、濡れたナプキンで両手を拭うと「しょうがないなぁ」とぼやきながら立ち上がる。
 そして何事もなかったかのような顔をして「じゃあ仕事をはじめようか!」と明るく元気に宣言をするのだった。

 そもそもアルフレッドがここまで不作法極まりないのは、実はカークランド卿の前だけだという事実を知るのは、ホワイトハウス内でも決して少なくはないだろう。
 分かり易い反抗期の青年といった風体なので、正直自分や秘書にしてみれば怒るより先に笑ってしまいたいほどおかしく感じられた。
 彼がアーサーに一体どのような感情を抱いているのかは定かでなかったが、一言では言い表すことが出来ない複雑な心境であることは察せられる。
 それをこうやって子供のような態度で誤魔化すところに、アルフレッドという一個人の愛嬌を感じ取ってしまうわけだが、さすがにこれは甘やかしすぎだろうか。

「とにかくこちらへ」

 秘書の合図に三人揃って隣室の応接間へと移動する。
 機密事項を話していても外へは絶対に漏れることのない防音室。アルフレッドが促してアーサーがソファに腰を下ろせば、その向かいに二人して座る。小脇に抱えた書類ケースをテーブルに置くのと同時に、アーサーも膝の上に置いたアタッシュケースを開いた。

「早速本題に入るが、この間の研究チーム発足についての報告書をまずは見てくれ」
「うん」

 アーサーが書類を手渡せばアルフレッドは先ほどのだらしのない顔を引き締めて、一転真面目な目付きで受け取った束を一枚一枚丁寧にめくっていく。
 こちらにも渡されたそれは、一週間前に米英両国で立ち上げたプロジェクトチームの詳細だった。
 資金提携から技術交換までそれぞれの得意分野を生かした計画は、この先三年に亘って行われる予定となっている。アルフレッドも時々顔を出すことになっているので、アーサーの説明に茶々を入れることなく真剣に聞き入っていた。
 その横顔はさきほどまでのいい加減なものとは雲泥の差だ。
 普段は散漫になりがちな集中力も、一度総動員すれば他が見えなくなるくらいのめり込むのもアルフレッドの特徴といえる。こうやって一部の隙もないような雰囲気で仕事に取り組む姿はやはり、超大国としての責務を良く分かっている現れなのだろう。
 アーサーもそんな彼をちらりと覗き見ながら満足そうに口元を弛めているのが見えた。まるで自慢の弟を見る兄のような視線だが、それとは別のより親しみのこもった眼差しは見ているこちらとしても少々面映ゆい。

「基本的に進捗状況は週に一度、大統領宛のメールにて報告します。質問はアルフレッドを通してこちらに随時お願いします」
「君たちの好きなようにやるといい。私はとくに口を挟むことはないよ」

 任せると決めた以上は必要なこと以外に余計な手出しは無用。これまでもそうして来たし、これからもそうであるべきだというのは暗黙の了解と言えた。
 こと研究方面における米英両国間のことは、基本的にこのアーサーという男とアルフレッドがいればほぼ円滑に進む。それは短いながらもアメリカ合衆国大統領という責務を背負う自分が身をもって体験して来たことだ。経験則に基づく結論に過ぎない。

「君は俺たちのことを信頼してくれているからね!」

 アルフレッドが意気揚々と言って肩を叩いて来るのに合わせて、不遜なその態度を咎めるようにアーサーの眼差しに険が生じる。
 彼の国では部下が上司に気易い態度を取ることは絶対といっていいほどなかった。無論我が国でもビジネスにおける礼儀や道理というものは存在しているが、アルフレッドにかかればそれらが急速にフランクなものに化してしまうのもまた彼の魅力の一つと捉えられている。
 そういう不思議な力をアルフレッドという男は持っているのだ。

「なんだい、イギリス。仏頂面は良くないぞ!」
「お前がだらしなさすぎるんだ。公私の区別はきっちりつけろ」
「君は本当に口煩いなぁ」

 やれやれ、と首を竦めてからアルフレッドは立ち上がり、アーサーの隣りに移動すると彼の顔に手を伸ばした。何事かと咄嗟に身構えるその頬を無遠慮に左右に引っ張りはじめる。

「ほら笑いなよ」
「お、お前、人前で何してんだ!」
「怒ってばかりじゃそのまま変な顔として固まっちゃうぞ」
「悪かったな! 俺の顔は1000年前から同じだ!」

 馬鹿ぁ!と彼の口から聴き慣れた台詞が飛び出せば、秘書共々顔を見合せて吹き出してしまうのはいつものこと。
 すぐにこちらの様子に気付いてアーサーは真っ赤になりながら「あ、済まない。仕事中に……」としどろもどろで詫びるのだが、アルフレッドが「今さらカッコつけても遅いよ」と混ぜ返すものだから、ますます彼の白皙の顔は血の気を登らせることになってしまうのだった。

「君ってばいろいろ足りないものが多い人だけど」
「足りないって言うな!」
「笑顔が圧倒的に不足しているのは健康にも良くないぞ」
「お前みたいな食生活を続けている奴に健康のことは言われたくねぇよ。このメタボ!」
「メ、メタボじゃないよ! これは筋肉だよ!」
「こんなぷよぷよでか? 説得力ねーな」

 指先で腹部をつねられアルフレッドが拗ねたような表情を見せる。唇を尖らせたその顔はまるでどこにでもいる子供そのものだ。
 まぁこの手のやり取りはスキンシップに違いなく、仲がいい証拠と言えるのだからこちらもあまり口は出さない。頃合いを見計らって助け船を出してやれば、短い会合は別れを告げる時間となった。



* * * * *




 彼らとの付き合いはさほど長くはない。
 この国のトップに立ってからはじめて、というわけではなかったが(それ以前にも社交界で何度か顔を合わせている)、それにしても不思議だな存在だと常々思う。
 けれど深く詮索することはナンセンスであり、そこにいて当り前なのであって、それ以上でもなければそれ以下でもない。あるべくしてあり、なるべくしてなる、と前任者と本人に言われてしまえば受け入れるまでだった。

「君にとってカークランド卿は随分と特別な人なのだね」

 ある日そう尋ねた時、アルフレッドが垣間見せた顔が今でも忘れられない。それはいい年をした大人の自分よりもはるかに老齢で達観し成熟されたものだったからだ。
 彼らは誰が見ても我々より歳の若い、ただのスクール生にしか見えないだろう。けれど目に見えるものがすべてではないのだと、事実を突き付けられた気がした。

「歴史はさ、教科書通りとはいかないんだ」

 窓から見上げる青空を切り取ったような、彼の混じり気のない瞳が深く強く揺らめいて世界を映し出す。

「でも、それが悪いことだなんて思わない。本当に欲しかったものとか、掴み損ねてしまったものとか、そういうのはひとつやふたつじゃなかったし、認めてもらえたことも駄目だったことも、たくさんあったんだよ」

 でもさ、と彼は続けた。

「そういうのって、俺だけが知っていればいいかなって思うんだ。彼もきっとそう思ってる。だから俺は振り返らない。前だけまっすぐ見据えて走るんだ。届かなかったのならもう一度届ければいいし、きっといつだって俺はスタート出来るんだから」

 だからよろしくね!と言って勢いよく手を差し出される。その手を握り返せば、久しく忘れていた気持ちを自分も取り戻すことが出来たような気がした。

 それからたぶん、好奇心だったのだと思う。
 同じ問いをアーサーその人にもしてみたのは得られる答えが同じであり、違うものであるだろうという期待感ゆえに違いない。
 教科書通りの歴史なんてないと、そうアルフレッドは言っていたよと告げれば彼はゆるりと笑って、まるで子供を見るような目を向けたあと顔を近づけて来た。
 鼻先が触れ合うほどの距離で彼の瞳を覗き込む。その色が、なんとも言えない懐かしさを感じさせ、後頭部が重くなるほどの様々な想いが溢れた。

「好き嫌いで判別出来るほど単純でもなければ、欲しいものを手に入れたいと言うひどく傲慢でわかり易い欲望だったりもする。俺達はいつもそんな感じだな」

 それにしても、あのアメリカが歴史を語る日がくるなんて、「あいつも大人になったってことか?」、そう言って笑うアーサーはとても近くてとても遠い存在だった。
 親しみと郷愁を感じながらも決定的に分かたれてしまった何か ――――― そういった抽象的な距離を彼との間に感じてしまうのは気のせいだろうか。

「結局」

 身を引いて不敵に笑ったまま彼は自分の手のひらをじっと見つめて、「大事なものは変わらないままここにあると気付かされた」と呟く。
 それはアルフレッドがアーサーに差し出した手を、彼が掴んだ右手なのだろうか。

 無粋な質問はこれまで、とばかりにそれ以上言葉を続けることなく新しい紅茶を淹れるため席を立とうとした。すると珍しくそれを制して、客人としてここでは決して自ら茶器を手に取ることをしなかった彼が紅茶を淹れてくれると言う。
 もちろんこの上ない光栄な機会を逃すはずはなかった。
 ……後日その話をしたらアルフレッドに、「偏屈な彼に気に入られるなんて君は凄いね」と、褒めたいのか貶したいのか不明な評を下していたのは互いの名誉の為にも秘密だ。



 ▼ 私信

>>唯沙さん
このたびは素敵なリクエストをどうもありがとうございました!
前編との間にすっかり時間が空いてしまい、遅くなって済みません。

今回はアメリカの上司と米英、という感じで書いてみました。
本当は以前ちょこっとお話しした時のネタで、秘書日記とか執事日記が書きたかったのですがそれはまた別の機会にやろうと思います。っていうか一緒にやりましょうよ(笑)
コピー本でもいいのでそんな感じの本が出せたらいいなぁと思ってみたり。
そのうちまたメールしますねv 
これからもどうぞよろしくお付き合いのほど、お願いします!

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