忍者ブログ
 紅茶をどうぞ
[PR]
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

[祭] 大切なのはタイミング (前編)
 アルフレッド・F・ジョーンズ、という青年に初めて会ったのはいつのことだっただろうか。

 金髪碧眼の持ち主で、背が高く、明瞭快活でいまどきの若者らしくどこかいい加減に見える中にも聡明さがうかがえ、だらしない風でいて理知的な立ち居振る舞いが妙に様になっていた。
 眼鏡の奥のスカイブルーはつねに悪戯っぽく輝いているものの、ひとたび仕事に向かえば歳不相応とも言えるべき明敏さを見せる。時折垣間見せる老成した雰囲気と底抜けに明るい子供っぽさ。その相反するどちらもが素晴らしいまでのバランスを持ってうまく配分されているという感じだ。

 出会いの場所はホワイトハウスの奥まった一室だったように記憶している。時の大統領との引き継ぎ業務に追われて慌ただしい毎日を過ごしていた自分に、彼はふっと真新しい青い風が吹いて来たような、そんな気持ちを抱かせた。
 みずみずしい果実が真夏の太陽を浴びて育ち、内側から熟成しているかのごとくその存在は見た目以上に大きな何かを感じさせるものだった。
 最初はどうしてこんな子供が国の最重要機関であるこの場所にいるのか不思議でならなかった。警備が厳重なのは承知しているので迷い込んで来たわけでもなし、幹部の誰かの子息が何か用があって来ているものかとも思ったが、それにしては場慣れしていて物怖じするような雰囲気もない。
 度胸が据わっているというよりも本当にここにいることに馴染んでいて、まるで部屋の主としてこの場にいるのが当たり前という顔で迎え入れてくれたのだから驚きだ。

「はじめまして!」

 明るく元気にそう言って差し出された手のひらを、戸惑いながら握り返せば若々しい力強さで握り返される。
 満面の笑顔そのままの勢いで彼はじっとこちらを見つめ、それからひどく大人びた顔をふいに覗かせ、「ようこそ。今日から君は俺の上司だよ」と短くそう言った。

 その時感じたものは言葉にするのはとても難しい。
 郷愁や愛着、敬虔な信仰などいくつもの感情が浮かんでは消えた。
 そして生粋のアメリカ人である自分の持つ、日頃は明確な形として表には現れない深い愛国心が本能のように込み上げて来て、一瞬だけだが頭が混乱し感情が高ぶったのは間違いなかった。
 目の前に立つ青年の気配にそれまで自分が生まれて、育ち、生きて来たこの大陸のあらゆるものを感じ取ったのは、今思えば気のせいでも何でもないことである。それはごくごく自然なことであり、空や海や大地において自らの存在が意義するところを確かめたに過ぎないのだった。

 名を問う必要はなかった。
 彼は自分のことをアルフレッドと名乗り、この名前は気に入っているんだと言った。それだけで十分だ。
 ならば自分もまた己の名前を告げたのち、彼のことをアルフレッドと呼べばそれでいい。それ以上でもなければそれ以下でもないのなら、この先もずっと自分にとっての彼はアルフレッドのままでいいのではないかと思う。
 上司と部下として信頼を築いていければそれでいいのだと。



* * * * *




 午後の休憩を差し挟んで戻って来てみれば、そこには先程までいたはずの人物の姿はなく、煙のように忽然と消え失せていた。
 今にも崩れそうなほど積まれた書類を前に仁王立ちになる。この滞った仕事の持ち主はいったいどこへ消えてしまったと言うのだろうか。

「アルフレッド! アルフレッドはどこだ!」

 声を張り上げてその名を呼ぶが、一向に返事は得られなかった。
 呆れた顔で盛大に溜息をついてみるものの、なんの解決にも至らない。ちょっと目を離した隙にこれだ。
 期日までにはまだ時間があるものの、日頃から少しずつ片づけていけば最終日に泣きながら徹夜をする必要などないだろうに。何度そう言い聞かせても「締め切りまでに終わればいいんだろう?」とあっけらかんと言われてしまう。
 そんな切羽詰まったギリギリのスケジュールでは、万が一何かあって滞ってしまった場合にどう対応するというのか。
 確かに、健康的な若者が昼間からこんなところに閉じこもってデスクワークに追われるのは、少々気の毒に思えないこともなかった。けれどこの時間なら大学生だって授業に出たり図書館に閉じこもってレポート作成に明け暮れているだろうし、自分がかつて辿って来た道を思い出して首を横に振る。
 勉学も仕事も同じことだ。さっさと捕まえてこの書類の山を少しでも減らす努力をしてもらわなければ。

 それに今日は大事な客人と待ち合わせる予定となっていた。時計を見やれば約束の時間まであと30分もない。時間に正確なその人は恐らく指定された場所に遅れることなく来るだろう。

「まったく……どこへ消えたんだか」

 ため息交じりにぼやけば傍に控えていた秘書官が、くすっと小さく笑って「まぁいいではないですか」ととりなした。
 振り向けば、ベテランの彼女は穏やかな表情で続ける。

「きっと彼のことですから、先に待ち合わせの場所に行かれているのではありませんか」
「先に? あぁ、そう言えば今日会うのは "あの人" だったな」
「ええ。ですから気もそぞろなのでしょう」

 秘書の言葉に小さく頷く。
 アルフレッドという青年の交友関係は広い。ホワイトカラーからブルーカラーまで、ありとあらゆる方面に顔が利く彼の友人を数え上げれば、自分の決して少なくない知人の数がわずかに思えてしまうから不思議だ。
 その場その場で相応しい態度で相手に接し、決して飾ることなくナチュラルに会話をすることが出来るのは、もはや特技と言っていいだろう。
 そんな彼がことさら特別視する相手と言ったら「同じ立場の存在」だけであり、またその内でもさらに少数の限られた「国」との付き合いは特筆すべきものであった。

 アルフレッドが唯一人、本来の顔を覗かせる相手 ―――― グリーンアイズのあの男のことを、「親」と呼ぶには非常に懐疑的であり、また「兄」と呼ぶには大変複雑な様相を呈しているのは、何も今にはじまったことではない。
 二人の関係を正確に言い表す言葉を誰も持たなかった。形にするのは実に難儀なことだろうと思う。公的な立場であれば「同盟相手」だが、私的な立場であればやはりなんと言えばいいのか思い浮かばなかった。少なくとも「友人」でないことだけは確かだ。
 かといって仕事上の付き合いだけのよそよそしい関係でもなければ、互いに距離を測りながらつかず離れずなわけでもない。
 
 言い換えればすなわちそれは。

「今度、自宅で育てたアクレイギアの鉢をプレゼントするのだそうですよ」
「どうせならバラにすればよかろうに」
「それはさすがに荷が勝ちすぎるのでは?」
「相手が相手なだけにか?」
「ええ。最初から負ける試合はしない主義なのですよ」

 秘書の言葉になにやらこちらも笑えて来てしまって、口元を弛めてから思わずぽつりと一言、呟いた。

「若いというのはいいな」
「確かに若者というのはいいものですね」
「どうも私は彼を子供扱いしてしまうようだ」
「無理もありません」

 知っていても実感は出来ない。そういうものだ。
 腕時計を見遣れば待ち合わせの時間まであと15分。小さく頷き、お互い仕事の顔に戻りながら秘書を伴って廊下へ出た。
 向かう先には果たして我らがユナイテッドステイツの姿はあるのだろうか。



* * * * *




 イギリスはソファに腰掛けて出された珈琲に渋々口をつけながら、目の前でふんぞり返るように座るアメリカの顔を不穏な眼差しで睨みつけた。
 ここは天下のホワイトハウス。その中でも特別な接待用の部屋だというのに、この男はなんという場違いな服装でいるのだろう。自然眉間に深い皺が刻まれていくのが自分でも嫌というほど分かった。
 アメリカはラフなTシャツとジーンズ、スニーカー姿で足を組み、まったくもってTPOを無視した格好で来賓である自分を迎えたのだ。
 しかもマクナルドの紙袋を抱えて油っぽいポテトを頬張りながら「君も食べたいのかい?」と、殴り飛ばしたくなるほどの見当違いなことをさらりと言う。
 漂うファーストフードの匂いに、一瞬この場所がどこなのかと混乱しかけながら、あわてて理性をフル稼働させた。一向に悪びれないアメリカを前にしていると、仕事など放り投げてさっさと帰国したくてたまらない気分に陥るが、ここは我慢だ。
 わざわざ忙しい最中こちらの方から出向いて来てやったというのに、こうも不快な出迎えをされようとは ―― まぁいつものことなので八割方予想はついていたものの ―― 腹立たしいことこの上なかった。
 けれど今はこんな馬鹿に構っている暇はない。もうすぐここにアメリカの上司がやってくる手はずとなっている。忙しい時間を割いてもらうのだ、一秒だって無駄にはしたくない。

 むろん、アメリカの方はこちらの心中まるで無視な会話を、勝手に一人で続けているわけだが。

「でさ、聞いてくれよイギリス」
「…………」
「もう無理だって言うのに山ほど書類の束を持ってくるんだよ? 酷いと思わないかい? 彼女、とても優秀な秘書だけどちょっと容赦がなさ過ぎると思うんだよ」
「…………」
「だからさっきこっそり抜け出してマクドナルドに行って来たわけだけど。あ、君の分のコーラもあるから飲んでくれよな!」

 怒鳴りつけたい。その無駄にご機嫌な頬を左右に伸ばし、揺らしたらカラカラ音が鳴りそうな空っぽの頭に一発お見舞いして、それから彼が溜め込んでいるという書類の山に容赦なく張り倒してやりたいと思う。
 だが天下のホワイトハウスで来賓が暴れるわけにもいかないし、さて、どうしたものか。

「ちょっと! 聞いているのかい、君? もしかしてもうボケちゃったとか?」
「お前ちったぁ黙れ」
「なんだい、人が折角近況を報告してあげてるのに」
「いらん」

 せめてこの男を仕事の場からなんとか放り出せないものかと、そのことばかりを思ってしまう。が、もうすぐ訪米の本題に入る時間なのだからなんとかなるはずだ。……多分。
 そんなふうに思い悩むイギリスの前で、相変わらずアメリカは能天気な顔をしてハンバーガーにかぶりついている。正直、その仕草は外見年齢に相まって少々子供っぽいものの悪くはないのでは、と感じてしまうのはイギリスの昔からの悪い癖だったが、仕事モードになればこれでいてかなり凛とした表情も見せるのだからほぼ詐欺に等しい。

「お前って本当……」
「ん? なんだい?」
「いや」

 若いっていいな、と溜息混じりに口の中で呟いた声は相手には届かなかった。


PR

 Top
 Text
 Diary
 Offline
 Mail
 Link

 

 Guide
 History
忍者ブログ [PR]