紅茶をどうぞ
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[祭] グッバイ・サマーデイズ
そのカードを送り出す時、アメリカはいつも小さな祈りを捧げた。
カラフルな色合いで賑やかに紙面を彩るポップアート。踊る文字に指を乗せて両目を閉ざし、ただひたすらに彼が来てくれることだけを願い続ける。
7月4日、インディペンデンスディ。
長い戦いの果てに手に入れた自由と独立の象徴たるその日付を、自らの誕生日と決めてすでに久しい。
きっと彼は皮肉と捉えたことだろう。呆れ、そして哀しみ怒りを覚えたに違いない。けれどアメリカはそれでもあらゆる想いを込めて待ち続けるのだ。
「イギリス……」
あの雨の日以来、ずっとずっと変わらずに願い続けたのはただひとつ。
もう一度 ―――――― 。
盛大に飾り付けられた会場は、世界中から集まった国や上司であふれかえっている。街中もお祭り騒ぎであちらこちらで歓声が上がり、パレードや様々な催しものが行われていた。
アメリカはブラインド越しに通りを行き過ぎる人影を見下ろしながら、何度もタイを締め直したり髪を整えたり腕時計を見たりと、そわそわしながら時間が来るのを待っていた。
去年のこの日はイギリスが来てくれた。百年単位で待ち続けた彼が、ようやくアメリカの誕生日を祝うこのパーティーに、プレゼントを持って来てくれたのだ。その時のことを思い出せば今でも叫び出したいくらい込み上げて来るものがある。
長かった。本当に長くて長くて、一度はあきらめかけたことだってある。けれど毎年欠かさず彼に招待状を出し続けてきた結果、やっと念願叶ったと言ったところだろうか。
「アメリカさん、そろそろ時間ですが」
軽いノックの後、廊下から日本の声が聞こえる。アメリカは慌てて戸口まで移動するとドアを開けた。
「やぁ! もうみんな揃ってるのかい?」
「はい。立食の準備も整っています。上司の方々は別の会場にてお集まりになっているご様子ですし、こちらはこちらで盛り上がりましょうね」
にこやかに説明を重ねながら、さりげなく日本の手がタイへと伸びる。先ほどからいじくり回していたせいで形の崩れたそれを丁寧に直しながら、彼は落ち着きのないアメリカの目を見据えて穏やかな表情を浮かべた。
「いらしていましたよ」
「え」
「昨年に引き続き、今年もちゃんとお祝いに駆けつけてくれたんですね」
すぐに誰のことだか分かり、アメリカは両目を見開いてから瞬きを繰り返し、思いっきりぎゅっとつぶった。
あぁ、神様! やっぱり去年のあれは夢なんかじゃなかったんだ!
もしかしたら自分が見た都合のいい夢ではなかったのかと、貰ったプレゼントを抱えて何度も自問自答を繰り返したのが嘘のように感じる。やっぱりイギリスは自分に会いに来てくれたんだ。去年も、そして今年も。
「日本!」
「良かったですね」
あまりにも分かり易い態度のせいか、日本が苦笑を浮かべながらそれでも優しい眼差しでこちらを見つめてくる。少々居心地悪く思いながらもアメリカは笑って胸を張った。
そうだ、もう思い悩む必要はない。待って待って待ち続けた彼がこうして来てくれているというその事実は、今のアメリカには何よりの誕生日プレゼントとなるだろう。
そう思いながら日本を伴って足早に会場へと移動する。そして広いホールの人混みの中でもすぐに目当ての人物を見つけることが出来て、自然と顔が弛んでしまうのを感じた。
相変わらずのきっちりとした服装は、華やかなパーティーの場ではひどく落ち着いて見える。首元を彩る臙脂のボウタイがやけに鮮やかに見えてアメリカは軽く首を振った。
いる。幻でもなんでもなく、ちゃんとイギリスはここにいるんだ。
「イギリス!」
会場内で各国の挨拶を受けながら、アメリカはワイングラスを片手に壁際でカナダと談笑しているイギリスの傍へと歩み寄って行った。日本はイタリアに捕まってしまったためすでに入口付近で別れている。
声に反応してすぐに顔をこちらに向けたイギリスが、どこか眩しそうに目を細めてからぶっきら棒に「よぉ」と小さく声を出す。心なしか目線が泳いでいるように見えるのは見間違いじゃないだろう。
「君も来ていたんだね」
「な、なんだよ……来ちゃ、悪いのかよ」
どことなくバツが悪そうにそう口ごもるイギリスに向けて、アメリカは内心の嬉しさを押し隠していつも通りに接しようと気のない素振りを見せた。ここではしゃいでしまっては、主役としてなんともみっともない話ではないか。つとめて平静に、舞い上がってることに気付かれないようにしなくてはいけない。
イギリスの前だからこそ余計に格好付けたくなってしまうのはもう、昔からの癖のようなものだった。
けれどそんな自分の態度にカナダが眉を顰めて注意をしてくる。
「もう、アメリカ! せっかくイギリスさんが来てくれたんだからちゃんとありがとうを言いなよ」
投げつけられた苦言にそちらを見やれば、彼は熊のぬいぐるみを左手に持ちながら、右手を腰にあてて珍しく眉を上げていた。
「本当はすごく待ってたんでしょ。昨日からそわそわしっぱなしで落ち着きなかったくせに。嬉しいなら嬉しいって素直に喜びなよ」
「カ、カナダ!」
突然の発言にぎょっとしてアメリカは仰け反った。おっとりとしていながら言う時はズバっと言う彼だが、何もこんな時にそんなことを言い出さなくてもいいだろうに。
きょとんとこちらを見上げるイギリスと目が合い、慌てて自分と同じ顔をした兄弟の肩に両手を置いて揺さぶる。
「そんなことないぞ!」と叫べば、前後にがくがくしながらもカナダは「もー! 君ってほんと素直じゃないよね!」と呆れたように溜息をつく。
そうこうしているうちに、イギリスがおずおずといった様子でアメリカの顔をのぞき込み、ためらいがちに問い掛けてきた。
「本当、なのか? アメリカ」
ふわ、と彼を取り巻く雰囲気が柔らかくなったのを感じる。恐らく彼自身も知らないうちに緊張していたのだろう、肩の力が少しだけ抜けて、どことなく嬉しそうな表情を浮かべるイギリスに、アメリカは一気に体温が上昇するのを感じた。
恥ずかしい。まるでこれでは幼い頃、港で彼を待っていた時の気分と同じじゃないか!
「べ、別に君なんかに祝ってもらっても嬉しくないぞ!」
「え……」
「俺は待ってなんかないからね! 他にもいっぱい祝ってくれる国はいるんだし、君ひとり来たからって特別に喜んだりなんかするわけないじゃないか!」
「ちょっとアメリカ!」
沸騰した脳で咄嗟に立て板に水の如く言い訳をすれば、イギリスは目を丸くしてこちらを見上げ、一瞬動きを止めてからわずかに落胆した色を浮かべて目線を下に下ろした。
「そっか……そうだよな。むしろ迷惑だったんだろ」
しょんぼりと肩を落としたその姿に胸が痛む。素直になれないのは今に始まったことではなかったが、アメリカはこの時ばかりは自分の性格を恨みたい気分に陥った。
「晴れの独立記念日に、元宗主国の俺がいちゃ邪魔に決まってるよな」
「いや、その、イギリス」
「帰る」
くるりと踵を返してスタスタと会場を後にするその背中を、アメリカは面食らったように茫然と見送る。咄嗟に声が出なくて金縛りにでもあったみたいにその場に凍り付いていれば、驚いたカナダが興奮した様子で腕を引っ張るのに気が付いた。
「ちょっと、アメリカ! なにしてるの!? 君って奴は本当にもうっ……!!」
赤くなったり青くなったりと忙しいカナダを前に、アメリカは表情が抜け落ちた顔のままあれ?と思った。唐突に拭いきれない違和感が胸中に大きく広がる。
不安めいた予感を感じて「イギリス!」と叫んでももう彼の姿はどこにもなかった。なんだなんだと近くにいたフランス達がこちらを見ながら、「またあいつら喧嘩したのか?」と呆れたように肩を竦めるのが見えたが、そんなことはどうでもいい。今はイギリスを追いかける方が先決だ。
カナダに背中を叩かれながら、アメリカは出て行ってしまったイギリスを追い駆けるため慌てて走り出しながら、なんでこうなっちゃうんだよと情けなく呟くのだった。
会場を抜け出して広い廊下に出たイギリスは、クロークへ向かおうとしてちょうど厨房の方から歩いて来た日本とかち合った。彼は広間に運ぼうとしているのだろうか、ワインのフルボトルを3本抱えていた。
「あ、日本」
「イギリスさん。どうされたのですか? もしかしてもうお帰りになるとか……?」
パーティ場を抜け出して一人ここにいるのを不審に思われているのだろう。形の良い眉尻を下げて問い掛けて来る日本に、イギリスは苦笑を浮かべながら小さく頷いた。
「あぁ。なんだか俺、邪魔みたいだからさ」
「そんなこと! あぁ……またアメリカさんは余計なことを……」
珍しく苛立ちを表面に滲ませてこめかみを抑えながら、日本は深い溜息とともにイギリスの顔を覗き込んで来た。黒い瞳には心配の色がはっきりと表れていて、こういう優しさが彼の人付き合いの良さを物語っているのだな、と思いながらイギリスもまた肩を竦めて苦笑して見せる。
「どうか気を落とされないで下さい」
「ん。あいつの態度にはもう慣れているから大丈夫だ」
「イギリスさん……」
「俺さ、今まではアメリカの言葉にいちいち傷ついて、そのたびに一人で勝手に落ち込んでたけど。もう振っ切ったんだ。このままじゃいけないってな」
そう言えば「え?」と驚いた声を上げたまま日本がまじまじとこちらを見つめてきた。よほど意外だったのだろう。大きく見開いた両目には驚愕の色がありありと浮いている。
真っ黒で綺麗だよなぁとぼんやりと黒塗りの瞳を眺めながら、イギリスはなんとはなしに脳裏にアメリカとのこれまでの思い出を掠めさせた。
通じ合わなくなったのはいつからだったろう、もう忘れてしまった。アメリカが幼い頃は二人は周囲から本当の兄弟のように思われていたし、その仲の良さに誰もが微笑ましいと羨んでくれてもいた。小さな子供はまだ世界に放り出されたばかりで難しい政治のありようや外交の駆け引きなど分からずに、ただイギリスの後ろをちょこちょことついて歩いては輝いた瞳で自分を見上げ、そして真夏の太陽もかくやというほどの眩しい笑顔を惜しみなくくれた。
それが徐々に成長するにつれ、その背丈の急激な伸びと相まって、彼は目に見えてイギリスに反発するようになっていった。はじめは服装の乱れ、言葉遣いの変化などささいなものから、政治への関心、外交への不満へと変化を遂げる。それらが積もりに積もってアメリカをイギリスからの独立へと駆り立てていったのは間違いない。
本当はあの戦争のずっと前から分かっていた。本国からも危惧されていたにも関わらず、見て見ぬふりを決め込んだ結果がこれだ。自分の過剰なのめり込みはアメリカ本人にすら酷いストレスを与え、結局は激しい軋轢を生みだしていったにすぎない。
でも、それももう終わりにすると決めたのだ。こんな気持ちはお互いに暗い影を落とすだけだし、なにより「おめでとう」の言葉を伝えられた今、全てリセットされたかのように心が軽くなっていた。
「去年のインディペンデンスディに来て分かったんだ。俺は今までアメリカに固執し過ぎてたんだってな。でもあいつの誕生日を祝ってやれるようになったら、今年は体調も悪くならなかったしプレゼントだって楽しんで買えるようになったし、嫌みを言われても受け流せるようになった」
「そうですか」
「今まで何を怖がっていたんだろうな、俺。あいつはあいつ、どんなに月日が経ってもアメリカはアメリカでしかないのに」
そうしてふ、と笑えば日本も肩の力を抜いて安心したように笑った。
どうやら大切な友人に今まで随分と心配をかけていたのだと思うと、なんとも心苦しい限りだったが、侘びを入れたところで彼はきっと首を左右に振るだけだろう。ここはひとつ、素直に甘えておくに限る。
イギリスは「じゃあ俺はこれで」と軽く手を上げて日本に会釈を送ると、返された挨拶に頷いてそのまま再び歩き出した。クロークで荷物を受け取ったら時間を見計らって空港に向かわなければならない。
ロンドン行きが上手く捕まればいいとスケジュールを組み立てていれば、甲高い靴の音が響いてその無作法さに眉が寄った。
誰だ、こんな日に廊下を走っている大馬鹿野郎は。
「イギリス!」
ふと、高い天井にこだまするような音量で名前を呼ばれた。振り向けばアメリカが白いジャケットを翻してこちらに駆けて来るのが見える。
日本が怪訝そうな顔をしつつも邪魔しては悪いと思ったのか、すぐにすれ違って会場へと足早に去っていく。途中アメリカに向けて頭を下げた日本だったが、何故かその姿が目に入らなかったのか、アメリカは脇目も振らずにイギリスの目の前へとやって来た。
「イギリス! 本当に帰るのかい!?」
珍しいことに息切れまでしているが、一体どうしたというのだろうか。忘れ物でも届けにきたのかと首を捻っていれば、彼はおもむろにがしっとイギリスの両肩を掴んできた。力が強いので正直痛い。
「あ、あぁ。今日はもともと最後まで居るつもりはなかったからな」
「……俺の言ったこと気にしてるのかい」
「いいや?」
誤魔化す必要もないので間をおかず否定すれば、アメリカは複雑な面持ちで唇を噛んだ。そんな少しだけ思い詰めたような顔を見上げて、イギリスは小さく息を吐きながらそっと彼の柔らかな頬に手の平を当てる。
一瞬、子ども扱いしないでくれよ、と言われるかと思ったがアメリカはとくになにも反論せず、黙ってこちらを見つめているだけだった。そんな態度が日頃の年若い反応とは違いかえって大人びて見え、イギリスは年寄り臭いと実感しつつも感慨にふけってしまう。
「俺、お前のこと構い過ぎてたんだよな」
「え……」
「見返りを望んでいたわけじゃなかったけれど、心のどこかでそれを期待していたことは否定出来ない」
「イギリス?」
「だからもう、変わろうって決めたんだ。いつまでもお前に鬱陶しがられるのも癪だしな!」
やや虚勢を張っているように見えるかも知れなかったが、きっぱりとそう言い切ってしまえば、それまで胸中を埋め尽くしていた黒くて重くてもやもやとしていたものが、自然と溶解していくのが分かった。
もう大丈夫。きっと自分は大丈夫。
ちゃんとアメリカの綺麗な空色の目を見て、あの雨の日の記憶を祝福へと変えることが出来たのだから、お互い望むべく場所に落ち着いていけるはずだ。
「変わるって、君、どういうことだい?」
「アメリカ」
「な、なんだい」
「今までありがとう。お前が言ったとおり、俺達はもう兄弟なんかじゃない。受け入れるのが随分遅くなっちまったけど、これからはただの同盟国としていい外交関係を維持していこうな」
「え、ちょ、ちょっと待ってよイギリス! いきなり何を言ってるんだい君は!」
「もうお前のやることには口出ししないし、会いにも来ない。お互いプライベートには口出ししない距離が良いと思う」
あれこれ兄貴面して口を挟むのも今日でお仕舞いにしよう。それはとても寂しくて哀しくて切ないことだったが、もう以前のようにイギリスは暗い感情に自分自身が支配されることはないと思っている。
―――― そうだ、アメリカもきっと喜んでくれるに違いない。
あんなにも自分から離れていこうと必死だったのだから。
「じゃあな。……誕生日おめでとう、アメリカ」
そう言い置いて、イギリスはぽんとアメリカの肩を叩くと踵を返した。そして振り返ることなく今度こそまっすぐ歩いて行く。
これで今までの確執が全て消え去ることはないのだろうが、この先に待ち受けている新しい関係を思えば、それもまた穏やかに楽しいと感じられるものだろう。
だからイギリスは気付かなかった。
まるで置いていかれた子供のような、心細くて頼りない表情でアメリカがずっとこちらを見ていたことを。
その青い瞳が今にも泣き出しそうだったことを。
背を向けて歩き出したイギリスには知る由もなかった。
▼ 私信
カラフルな色合いで賑やかに紙面を彩るポップアート。踊る文字に指を乗せて両目を閉ざし、ただひたすらに彼が来てくれることだけを願い続ける。
7月4日、インディペンデンスディ。
長い戦いの果てに手に入れた自由と独立の象徴たるその日付を、自らの誕生日と決めてすでに久しい。
きっと彼は皮肉と捉えたことだろう。呆れ、そして哀しみ怒りを覚えたに違いない。けれどアメリカはそれでもあらゆる想いを込めて待ち続けるのだ。
「イギリス……」
あの雨の日以来、ずっとずっと変わらずに願い続けたのはただひとつ。
もう一度 ―――――― 。
盛大に飾り付けられた会場は、世界中から集まった国や上司であふれかえっている。街中もお祭り騒ぎであちらこちらで歓声が上がり、パレードや様々な催しものが行われていた。
アメリカはブラインド越しに通りを行き過ぎる人影を見下ろしながら、何度もタイを締め直したり髪を整えたり腕時計を見たりと、そわそわしながら時間が来るのを待っていた。
去年のこの日はイギリスが来てくれた。百年単位で待ち続けた彼が、ようやくアメリカの誕生日を祝うこのパーティーに、プレゼントを持って来てくれたのだ。その時のことを思い出せば今でも叫び出したいくらい込み上げて来るものがある。
長かった。本当に長くて長くて、一度はあきらめかけたことだってある。けれど毎年欠かさず彼に招待状を出し続けてきた結果、やっと念願叶ったと言ったところだろうか。
「アメリカさん、そろそろ時間ですが」
軽いノックの後、廊下から日本の声が聞こえる。アメリカは慌てて戸口まで移動するとドアを開けた。
「やぁ! もうみんな揃ってるのかい?」
「はい。立食の準備も整っています。上司の方々は別の会場にてお集まりになっているご様子ですし、こちらはこちらで盛り上がりましょうね」
にこやかに説明を重ねながら、さりげなく日本の手がタイへと伸びる。先ほどからいじくり回していたせいで形の崩れたそれを丁寧に直しながら、彼は落ち着きのないアメリカの目を見据えて穏やかな表情を浮かべた。
「いらしていましたよ」
「え」
「昨年に引き続き、今年もちゃんとお祝いに駆けつけてくれたんですね」
すぐに誰のことだか分かり、アメリカは両目を見開いてから瞬きを繰り返し、思いっきりぎゅっとつぶった。
あぁ、神様! やっぱり去年のあれは夢なんかじゃなかったんだ!
もしかしたら自分が見た都合のいい夢ではなかったのかと、貰ったプレゼントを抱えて何度も自問自答を繰り返したのが嘘のように感じる。やっぱりイギリスは自分に会いに来てくれたんだ。去年も、そして今年も。
「日本!」
「良かったですね」
あまりにも分かり易い態度のせいか、日本が苦笑を浮かべながらそれでも優しい眼差しでこちらを見つめてくる。少々居心地悪く思いながらもアメリカは笑って胸を張った。
そうだ、もう思い悩む必要はない。待って待って待ち続けた彼がこうして来てくれているというその事実は、今のアメリカには何よりの誕生日プレゼントとなるだろう。
そう思いながら日本を伴って足早に会場へと移動する。そして広いホールの人混みの中でもすぐに目当ての人物を見つけることが出来て、自然と顔が弛んでしまうのを感じた。
相変わらずのきっちりとした服装は、華やかなパーティーの場ではひどく落ち着いて見える。首元を彩る臙脂のボウタイがやけに鮮やかに見えてアメリカは軽く首を振った。
いる。幻でもなんでもなく、ちゃんとイギリスはここにいるんだ。
「イギリス!」
会場内で各国の挨拶を受けながら、アメリカはワイングラスを片手に壁際でカナダと談笑しているイギリスの傍へと歩み寄って行った。日本はイタリアに捕まってしまったためすでに入口付近で別れている。
声に反応してすぐに顔をこちらに向けたイギリスが、どこか眩しそうに目を細めてからぶっきら棒に「よぉ」と小さく声を出す。心なしか目線が泳いでいるように見えるのは見間違いじゃないだろう。
「君も来ていたんだね」
「な、なんだよ……来ちゃ、悪いのかよ」
どことなくバツが悪そうにそう口ごもるイギリスに向けて、アメリカは内心の嬉しさを押し隠していつも通りに接しようと気のない素振りを見せた。ここではしゃいでしまっては、主役としてなんともみっともない話ではないか。つとめて平静に、舞い上がってることに気付かれないようにしなくてはいけない。
イギリスの前だからこそ余計に格好付けたくなってしまうのはもう、昔からの癖のようなものだった。
けれどそんな自分の態度にカナダが眉を顰めて注意をしてくる。
「もう、アメリカ! せっかくイギリスさんが来てくれたんだからちゃんとありがとうを言いなよ」
投げつけられた苦言にそちらを見やれば、彼は熊のぬいぐるみを左手に持ちながら、右手を腰にあてて珍しく眉を上げていた。
「本当はすごく待ってたんでしょ。昨日からそわそわしっぱなしで落ち着きなかったくせに。嬉しいなら嬉しいって素直に喜びなよ」
「カ、カナダ!」
突然の発言にぎょっとしてアメリカは仰け反った。おっとりとしていながら言う時はズバっと言う彼だが、何もこんな時にそんなことを言い出さなくてもいいだろうに。
きょとんとこちらを見上げるイギリスと目が合い、慌てて自分と同じ顔をした兄弟の肩に両手を置いて揺さぶる。
「そんなことないぞ!」と叫べば、前後にがくがくしながらもカナダは「もー! 君ってほんと素直じゃないよね!」と呆れたように溜息をつく。
そうこうしているうちに、イギリスがおずおずといった様子でアメリカの顔をのぞき込み、ためらいがちに問い掛けてきた。
「本当、なのか? アメリカ」
ふわ、と彼を取り巻く雰囲気が柔らかくなったのを感じる。恐らく彼自身も知らないうちに緊張していたのだろう、肩の力が少しだけ抜けて、どことなく嬉しそうな表情を浮かべるイギリスに、アメリカは一気に体温が上昇するのを感じた。
恥ずかしい。まるでこれでは幼い頃、港で彼を待っていた時の気分と同じじゃないか!
「べ、別に君なんかに祝ってもらっても嬉しくないぞ!」
「え……」
「俺は待ってなんかないからね! 他にもいっぱい祝ってくれる国はいるんだし、君ひとり来たからって特別に喜んだりなんかするわけないじゃないか!」
「ちょっとアメリカ!」
沸騰した脳で咄嗟に立て板に水の如く言い訳をすれば、イギリスは目を丸くしてこちらを見上げ、一瞬動きを止めてからわずかに落胆した色を浮かべて目線を下に下ろした。
「そっか……そうだよな。むしろ迷惑だったんだろ」
しょんぼりと肩を落としたその姿に胸が痛む。素直になれないのは今に始まったことではなかったが、アメリカはこの時ばかりは自分の性格を恨みたい気分に陥った。
「晴れの独立記念日に、元宗主国の俺がいちゃ邪魔に決まってるよな」
「いや、その、イギリス」
「帰る」
くるりと踵を返してスタスタと会場を後にするその背中を、アメリカは面食らったように茫然と見送る。咄嗟に声が出なくて金縛りにでもあったみたいにその場に凍り付いていれば、驚いたカナダが興奮した様子で腕を引っ張るのに気が付いた。
「ちょっと、アメリカ! なにしてるの!? 君って奴は本当にもうっ……!!」
赤くなったり青くなったりと忙しいカナダを前に、アメリカは表情が抜け落ちた顔のままあれ?と思った。唐突に拭いきれない違和感が胸中に大きく広がる。
不安めいた予感を感じて「イギリス!」と叫んでももう彼の姿はどこにもなかった。なんだなんだと近くにいたフランス達がこちらを見ながら、「またあいつら喧嘩したのか?」と呆れたように肩を竦めるのが見えたが、そんなことはどうでもいい。今はイギリスを追いかける方が先決だ。
カナダに背中を叩かれながら、アメリカは出て行ってしまったイギリスを追い駆けるため慌てて走り出しながら、なんでこうなっちゃうんだよと情けなく呟くのだった。
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会場を抜け出して広い廊下に出たイギリスは、クロークへ向かおうとしてちょうど厨房の方から歩いて来た日本とかち合った。彼は広間に運ぼうとしているのだろうか、ワインのフルボトルを3本抱えていた。
「あ、日本」
「イギリスさん。どうされたのですか? もしかしてもうお帰りになるとか……?」
パーティ場を抜け出して一人ここにいるのを不審に思われているのだろう。形の良い眉尻を下げて問い掛けて来る日本に、イギリスは苦笑を浮かべながら小さく頷いた。
「あぁ。なんだか俺、邪魔みたいだからさ」
「そんなこと! あぁ……またアメリカさんは余計なことを……」
珍しく苛立ちを表面に滲ませてこめかみを抑えながら、日本は深い溜息とともにイギリスの顔を覗き込んで来た。黒い瞳には心配の色がはっきりと表れていて、こういう優しさが彼の人付き合いの良さを物語っているのだな、と思いながらイギリスもまた肩を竦めて苦笑して見せる。
「どうか気を落とされないで下さい」
「ん。あいつの態度にはもう慣れているから大丈夫だ」
「イギリスさん……」
「俺さ、今まではアメリカの言葉にいちいち傷ついて、そのたびに一人で勝手に落ち込んでたけど。もう振っ切ったんだ。このままじゃいけないってな」
そう言えば「え?」と驚いた声を上げたまま日本がまじまじとこちらを見つめてきた。よほど意外だったのだろう。大きく見開いた両目には驚愕の色がありありと浮いている。
真っ黒で綺麗だよなぁとぼんやりと黒塗りの瞳を眺めながら、イギリスはなんとはなしに脳裏にアメリカとのこれまでの思い出を掠めさせた。
通じ合わなくなったのはいつからだったろう、もう忘れてしまった。アメリカが幼い頃は二人は周囲から本当の兄弟のように思われていたし、その仲の良さに誰もが微笑ましいと羨んでくれてもいた。小さな子供はまだ世界に放り出されたばかりで難しい政治のありようや外交の駆け引きなど分からずに、ただイギリスの後ろをちょこちょことついて歩いては輝いた瞳で自分を見上げ、そして真夏の太陽もかくやというほどの眩しい笑顔を惜しみなくくれた。
それが徐々に成長するにつれ、その背丈の急激な伸びと相まって、彼は目に見えてイギリスに反発するようになっていった。はじめは服装の乱れ、言葉遣いの変化などささいなものから、政治への関心、外交への不満へと変化を遂げる。それらが積もりに積もってアメリカをイギリスからの独立へと駆り立てていったのは間違いない。
本当はあの戦争のずっと前から分かっていた。本国からも危惧されていたにも関わらず、見て見ぬふりを決め込んだ結果がこれだ。自分の過剰なのめり込みはアメリカ本人にすら酷いストレスを与え、結局は激しい軋轢を生みだしていったにすぎない。
でも、それももう終わりにすると決めたのだ。こんな気持ちはお互いに暗い影を落とすだけだし、なにより「おめでとう」の言葉を伝えられた今、全てリセットされたかのように心が軽くなっていた。
「去年のインディペンデンスディに来て分かったんだ。俺は今までアメリカに固執し過ぎてたんだってな。でもあいつの誕生日を祝ってやれるようになったら、今年は体調も悪くならなかったしプレゼントだって楽しんで買えるようになったし、嫌みを言われても受け流せるようになった」
「そうですか」
「今まで何を怖がっていたんだろうな、俺。あいつはあいつ、どんなに月日が経ってもアメリカはアメリカでしかないのに」
そうしてふ、と笑えば日本も肩の力を抜いて安心したように笑った。
どうやら大切な友人に今まで随分と心配をかけていたのだと思うと、なんとも心苦しい限りだったが、侘びを入れたところで彼はきっと首を左右に振るだけだろう。ここはひとつ、素直に甘えておくに限る。
イギリスは「じゃあ俺はこれで」と軽く手を上げて日本に会釈を送ると、返された挨拶に頷いてそのまま再び歩き出した。クロークで荷物を受け取ったら時間を見計らって空港に向かわなければならない。
ロンドン行きが上手く捕まればいいとスケジュールを組み立てていれば、甲高い靴の音が響いてその無作法さに眉が寄った。
誰だ、こんな日に廊下を走っている大馬鹿野郎は。
「イギリス!」
ふと、高い天井にこだまするような音量で名前を呼ばれた。振り向けばアメリカが白いジャケットを翻してこちらに駆けて来るのが見える。
日本が怪訝そうな顔をしつつも邪魔しては悪いと思ったのか、すぐにすれ違って会場へと足早に去っていく。途中アメリカに向けて頭を下げた日本だったが、何故かその姿が目に入らなかったのか、アメリカは脇目も振らずにイギリスの目の前へとやって来た。
「イギリス! 本当に帰るのかい!?」
珍しいことに息切れまでしているが、一体どうしたというのだろうか。忘れ物でも届けにきたのかと首を捻っていれば、彼はおもむろにがしっとイギリスの両肩を掴んできた。力が強いので正直痛い。
「あ、あぁ。今日はもともと最後まで居るつもりはなかったからな」
「……俺の言ったこと気にしてるのかい」
「いいや?」
誤魔化す必要もないので間をおかず否定すれば、アメリカは複雑な面持ちで唇を噛んだ。そんな少しだけ思い詰めたような顔を見上げて、イギリスは小さく息を吐きながらそっと彼の柔らかな頬に手の平を当てる。
一瞬、子ども扱いしないでくれよ、と言われるかと思ったがアメリカはとくになにも反論せず、黙ってこちらを見つめているだけだった。そんな態度が日頃の年若い反応とは違いかえって大人びて見え、イギリスは年寄り臭いと実感しつつも感慨にふけってしまう。
「俺、お前のこと構い過ぎてたんだよな」
「え……」
「見返りを望んでいたわけじゃなかったけれど、心のどこかでそれを期待していたことは否定出来ない」
「イギリス?」
「だからもう、変わろうって決めたんだ。いつまでもお前に鬱陶しがられるのも癪だしな!」
やや虚勢を張っているように見えるかも知れなかったが、きっぱりとそう言い切ってしまえば、それまで胸中を埋め尽くしていた黒くて重くてもやもやとしていたものが、自然と溶解していくのが分かった。
もう大丈夫。きっと自分は大丈夫。
ちゃんとアメリカの綺麗な空色の目を見て、あの雨の日の記憶を祝福へと変えることが出来たのだから、お互い望むべく場所に落ち着いていけるはずだ。
「変わるって、君、どういうことだい?」
「アメリカ」
「な、なんだい」
「今までありがとう。お前が言ったとおり、俺達はもう兄弟なんかじゃない。受け入れるのが随分遅くなっちまったけど、これからはただの同盟国としていい外交関係を維持していこうな」
「え、ちょ、ちょっと待ってよイギリス! いきなり何を言ってるんだい君は!」
「もうお前のやることには口出ししないし、会いにも来ない。お互いプライベートには口出ししない距離が良いと思う」
あれこれ兄貴面して口を挟むのも今日でお仕舞いにしよう。それはとても寂しくて哀しくて切ないことだったが、もう以前のようにイギリスは暗い感情に自分自身が支配されることはないと思っている。
―――― そうだ、アメリカもきっと喜んでくれるに違いない。
あんなにも自分から離れていこうと必死だったのだから。
「じゃあな。……誕生日おめでとう、アメリカ」
そう言い置いて、イギリスはぽんとアメリカの肩を叩くと踵を返した。そして振り返ることなく今度こそまっすぐ歩いて行く。
これで今までの確執が全て消え去ることはないのだろうが、この先に待ち受けている新しい関係を思えば、それもまた穏やかに楽しいと感じられるものだろう。
だからイギリスは気付かなかった。
まるで置いていかれた子供のような、心細くて頼りない表情でアメリカがずっとこちらを見ていたことを。
その青い瞳が今にも泣き出しそうだったことを。
背を向けて歩き出したイギリスには知る由もなかった。
▼ 私信
>>柊さま
このたびはアメリカの誕生日企画に素敵なリクエストをお寄せくださって、どうもありがとうございました!
「誕生日なのに可哀想なアメリカ」ということでしたが(笑)、それも愛ゆえですよね、分かります!
壁発生ネタってあまり書いたことがなかったので、うまく書けているか不安ですがもうちょっとお互いの心情を書いた方が良かったかな、とも思ってみたり。
ただそうするとモノローグだけでだらだらと長い話になってしまって、読みづらくなりそうでしたので適当なところで切ってしまいました。なんとも不完全燃焼気味で申し訳ありません。
米英の魅力はお互い想いが擦れ違っているというか、思い切り明後日の方向を向いているところにありますよね。ちょっぴり悲劇、ちょっぴり喜劇って感じで。
何はともあれ「じめじめせず綺麗に吹っ切ったイギリス」というのを書けて本当に楽しかったです! ありがとうございましたv
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