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 紅茶をどうぞ
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[題] 傍にいたいと希(ねが)うことが罪だというのなら
 それは何気ない一言だった。

 二人でゆっくりとソファに腰掛けて、紅茶を飲みながら何をするでもなくただぼんやりと休日の穏やかな時間を過ごしていたにすぎない。
 そんな時にぽつりと呟くようにロシアは言った。

「君はいつ、僕のことを忘れるんだろうね。僕はいつまで君の中にいられるのかな」

 最初なにを言われているのかさっぱり分からなかった。
 ロシアは時々突拍子もないことを言うところがあったが、意味不明なたわごとを口にするほど愚かでもない。だからこの台詞にもきっと意味があるに違いないのだが、その時のイギリスにはまるきり理解が及ばないことであった。

「忘れるって、なんのことだよ」
「うん。だからね、君はいつ僕のことを君の記憶の中から削除してしまうんだろうって思ったんだ」
「全然忘れられる気がしねぇ」

 何を突然馬鹿なことを言い出すのだろうか。世迷言もいいところだ。
 どうして自分がロシアのことを忘れなければならないのか意味が分からない。

「空や海が青かったり、木々が緑だったり、向日葵が黄金色だったり。そういうことをお前は忘れられるのか?」

 息を吸うように自然に、瞳に映る世界は色に満ちている。その中のひとつに既に組み込まれてしまっているロシアの存在を、どうやって自分の中から追い出せると言うのか。
 頭を殴られて記憶喪失に陥ったとしても、イギリスはきっとこの白くて冷たい、けれど深い深い想いを閉じ込めた感情を失うことはないと思っている。
 けれどロシアはくすっと笑ってなんでもない事のように続けた。

「君は知らないんだね。僕の目にはそれらは全部、灰色の世界でしかないんだよ」

 氷ついてしまえば全部同じ、それらは氷の色でしかない。雪が降れば真っ白で、白くて白くて、ただそれだけ。厚い雲に覆われた空はどこまでいっても鉛色。
 そんなもの、いつ失っても構わない世界なのだ。

「ちょっと待てよ! お前、もしかして俺と別れたいって言うのか?」

 なんとなくその達観したような物言いに、イギリスは違和感を感じて手にしたカップを置くと隣に座るロシアに詰め寄った。茫洋とした表情で常と変わらぬ眼差しを向けてくる男に、食って掛かるように顔を寄せる。

「なんだよ、んな回りくどいこと言わないで、嫌なら嫌ってはっきり言えよ!」
「う~ん、別にそういうわけじゃないから誤解しないで。君とこうしているのは居心地がいいし、何もわざわざ火種を蒔くようなことをしたいわけじゃないから。ただ」
「ただ?」
「やっぱり思うんだ。君はアメリカ君と一緒にいる時の方が楽しそうだし、嬉しそうだし、幸せそうだよ」
「……は?」

 何で唐突にここでアメリカの名前が出てくる?
 不意打ちのそれにイギリスは文字通り目を丸くして言葉を失ってしまった。ロシアの言いたいことが本気で分からない。 
 彼は今更何を自分に伝えようとしているのだろうか。

 ちょっと待て、落ち着け自分。
 イギリスはそう思って大きく深呼吸すると、やはりぼんやりとした表情のロシアの頬を両手で包み込み、まっすぐ目を合わせた。
 アメジストよりも深くて透明感のある眼差しが自分の瞳を映し出している。けれどその奥にあるはずの感情は相変わらず読み取ることは出来なかった。

「ごめんね、アメリカ君の代わりにもなれなくて」
「アメリカアメリカうるせーんだよ! 俺とあいつの過去は確かに消せない。忘れようったって忘れられないくらい大事な記憶だ。けどそれは今、関係ないだろ!」

 どうして、どうして、どうして。
 ロシアだって最初から分かっていたはずだ。自分とアメリカがこれまで培ってきた様々なものを切り捨てることなんて出来ないことを。国として消し去れない過去、これから先も紡いでいかなければならない絆、そういうのを同じ立場に生きるものとして、理解してくれていたのではなかったのか。
 この期に及んでそんな聞き分けのない子供みたいな物言いをするなど、らしくもないし卑怯すぎる話だ。納得出来ないのなら最初からこの手を取らなければいいものを。
 これだけ互いの距離を縮めた後ではもう元に戻れるはずなどない。もちろん世界情勢が急変して、敵対して戦わなければならない状況になったのならその覚悟はとっくに出来ている。それが自分達に課せられた抗う術のない役割なのだから当然だ。
 けれどこんな理不尽な申し出をはいそうですかと素直に受ける気など毛頭ない。ロシアがどれだけ自分を馬鹿にしているのか、考えるだけでイギリスは腸が煮えくり返りそうなくらいの怒りを感じた。

「俺だってガキじゃない。お前がもうこんな関係を続けたくないと言えば大人しく聞き入れてやってもいいと思っている。でもその理由はなんだ! お前、俺に喧嘩売ってんのか!」
「イギリス君……どうしたの? なんでいきなり怒ってるの?」

 きょとんとしてこちらを見つめるロシアの胸倉を力いっぱい掴めば、彼は戸惑ったように視線を彷徨わせてから再びイギリスの顔を見遣った。薄い唇がなにかを言いかけて、とくに思い浮かばなかったのかきゅっと閉ざされる。

「お前が俺のこと、顔も見たくないほど鬱陶しいと思っていれば、俺だって」
「さっきも言ったけど、僕は君と一緒にいることを厭う気持ちはないよ。だってとっても気持ちいいから」
「ならなんで……!」

 高ぶった感情のまま叫んでいたら、声が自然と裏返ってしまった。泣きそうな心情を悟られたくなくて俯けば、ロシアは小さく溜息にも似た息をついてからそっと両腕を伸ばしてくる。
 抱き締められるとそのあまりの心地良さに目尻にじわりと涙が浮いた。あぁ、もうこんなにも手遅れなのか、自分は。
 
「……本国で何かあったのか?」
「ううん、別に何もないよ。君の家の優秀な諜報員からもなんの報告もないでしょ」
「俺とは一緒にいられない理由でもあるのか?」
「うーん、僕は君といられて嬉しいけど、でも君は違うでしょ?」

 そう言ってロシアはゆっくりとイギリスの髪に唇を落として、触れるだけのキスをした。

 アメリカといる方がいいだなんて片腹痛い。
 そんなの、ロシアと恋人同士になる前から百も承知していたことだ。
 元々イギリスはアメリカのことを他の誰よりも大事に思っていたし、どんな形であろうと愛していた。いや、現在進行形で今も愛し続けている。見返りなど求めない、アメリカと一緒にいられるだけで楽しくて嬉しくて幸せで……そんなことはロシアなんかに改めて言われるまでもない。

 けれど。
 その想いを超越してまでイギリスはロシアを選んだのだ。過去を引きずる暇もなく一度傾いてしまった心は元に戻せず、ありとあらゆる葛藤を乗り越えて自分達は今ここでこうしている。
 
「お前は俺が、どんなに苦悩したのか、全然分かっていない」

 生半可な気持ちで世界規模の混乱にも繋がり兼ねない選択を出来るわけがない。中途半端な覚悟で今まで敵対して来た国と親密な関係になれるはずがないではないか。
  
「……好きだ。好きだ、ロシア。好き、なんだ」
「イギリス君」

 ロシアの背中を握り締めながら、服に皺が寄るのも気にせずしがみつく。離れていこうとする身体を一生懸命留めようと、それこそ馬鹿みたいに必死になってあまりの羞恥心に涙が出る。恥ずかしいしみっともないし、顔から火が出そうなくらい情けなかった。
 それでも失ってしまうよりはずっといい。手離さなければならないくらいなら、抗って抗って最後まで足掻いて、それでも駄目だったら。

 イギリスは泣きながら掴んだロシアの手首に思い切り噛みついた。
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