紅茶をどうぞ
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[お題] 辿り着いた場所
※ [お題] 縮まない距離がもどかしい の続き。むしろ蛇足。
雨が降っている。
雨音に混じってロシアがこの家から去っていく気配を黙って見送り、イギリスは俯いたまま自分の内股に伝う白濁した粘度の高い体液を指先に塗り、口元に当てた。
舌先でゆっくりと舐めれば苦みがじわりと広がる。どちらのものだろう、すでに交じり合ってしまって分からない。
ふっと吐息と共に笑みをこぼしながら、軋む体を引きずって姿見の前へと移動する。大きな鏡に映る姿は全身に赤い鬱血した痣が散りばめられた、実に滑稽なものだった。
「レイプされたみたいだな」
まぁ似たようなもんだけど、と呟けば込み上げてくる笑いを抑える術はない。
傑作すぎる。
「出したら満足かよ。ガキだなぁ……全然足りねーんだよ、バカ」
雨の音。
アメリカの眼差し、軍靴の響き、マスケットの硝煙、そして涙の味。
もっともっと塗りこめないとすぐに思い出してしまう。優しいだけじゃ駄目だった。お節介な気遣いだけじゃ意味がない。甘くて柔らかい言葉の数々じゃちっとも癒されたりはしないのだ。
雨が降っている。
この国では雨は珍しくなく、降水量はそれほど多くはないが一年を通じて日々の天候はこまめに移り変わり、身体にまとわりつくような霧雨が飽きることなく降り続く。
けれどこうやって家中雨音で埋め尽くされてしまうようなことは滅多にない。絶え間なく降り注ぐ水滴は屋根や庭で音を立て、イギリスの脳裏をゆっくりと、けれど確実に侵食していくようだ。
六月に降る雨はあの日を思い出させる。アメリカが独立を賭けて巻き起こした戦火はとどまることを知らず、自由を求める彼にはイギリスの声など届くことはなく、最後は土砂降りの雨にうたれながら泥の中に膝をつくことしか出来なかった。
悔しさと怒りと哀しさと愛しさにみっともないほど泣いて、去り行く背中を追い駆けることすら叶わなかった忌まわしい記憶。青い軍服をまとった背中が徐々に小さくなっていく、あの日の映像はモノクロとなった今もまだ脳裏に焼きついて離れない。
涙の断片は叩き割られた硝子のようにイギリスの心の奥深くを抉り、突き刺さったまま消え去ることなどないままだ。
ロシアがこの家に来るようになったのはいつからだったろう……結構前からだったように思う。
そう、あれは何度目になるか分からないアメリカからの招待状が届き、追い討ちをかけるように隣国が「そろそろ祝ってやれよ」と知ったふうな口を叩いたあの日。イギリスはどうしても外せない用事があって嫌々ながらロシアを自宅に招く羽目に陥ったのだ。
六月後半から七月頭は体調も思わしくないので前もって段取りを組み、外へ出なくても済むようにと徹底的に仕事は片付けてきたというのに、何故そういう時に限って最悪の事態を招いてしまったのか今も不思議でならなかった。
とにかく急用のうえ自分は自国を離れることが出来ない事情が重なったため、散々頼み込むようにしてロシアにここまで来てもらったことだけは覚えている。
天敵とも言うべきロシアに、アメリカに対するわだかまりを知られたのは急に出された一枚のポストカードが原因だった。
どうして彼がそんなものを持ち歩いていたのかは知りようもなく、また問い詰める間もなくイギリスはぐるぐると渦巻く思考と視界に翻弄され、気付けばロシアを前に涙を流していた。鋭利な刃物のような彼の言葉はイギリスをさんざんに切り刻み、これまでの腹いせとばかりに少しの容赦もなかったが、反論出来ずにいたのはひとえに切羽詰っていた反動だったのかもしれない。
七月四日を前にしていつだってイギリスの心は穏やかではいられなかった。つねに波打ち立っているのもやっとなくらいの倦怠感と緊張感を味わうことになる。
驚くべき執拗さを持ってあの雨の記憶はイギリスの内側に宿り、こうして一年に一度顔を覗かせては多大なる苦痛を強いた。自分の執念深さに吐き気をもよおし、アメリカの能天気で無邪気で残酷な仕打ちに打ちのめされ、それゆえに簡単にロシアに気を許してしまったのだ。
泣き出したイギリスを見てロシアは最初、心底驚いた顔で対応に困っているようだったが、すぐに彼は楽しそうに笑ってまるで新しいおもちゃを見つけた子供のような態度で手を伸ばしてきた。
冷たいてのひらは氷に触れていたかのようにひやりとしていて、上昇したイギリスの体温を急速に凍らせていく。それが想像以上に心地良くて今度はイギリスの方がびっくりしてしまったくらいだった。
見上げれば狂気と愉悦に彩られたロシアの紫色の瞳がまっすぐに自分を見つめており、そのどこまでも透明で底の見えない暗闇のような眼差しに深く深く呑み込まれてしまいそうになる。
美しいのとは違う、けれど今まで見たことも感じたこともない衝動がその時のイギリスを支配した。髪を掴まれ強引に唇をふさがれたあとも、続いて喉仏に噛み付かれて身体が宙に浮いたのも、床に叩きつけられて全身に衝撃を感じたのも、全部が全部痛みと心地良さの中間を彷徨うような感触でしかなかった。
哀しみと苦しみよりもさらに強い、麻薬のような刺激が欲しい。
何もかもを忘れてしまうのではなく、新たに上書きしていくほど強烈で鮮烈な存在があればいいのにと願い……だから自分から誘ったのだ。
あぁそうだ、ロシアを最初に引きずり込んだのはイギリスの方からだった。
「お前はドラッグだ。そこにいるだけで全てを凍らせ、指先が触れただけで相手を狂わせることが出来る、純度の高い麻薬。依存性が高く効果は抜群。摂取すればするほど深みに嵌って抜け出せなくなる」
そう言って求めれば、人一倍孤独で幼い感情を持った北の大国は、暗い笑みを浮かべて貪欲にイギリスの手を握り返す。
好奇心に満ち溢れたその両の目を、抉り出したらどんな素敵な声が聞けただろうか。
「ロシア。好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ」
雨がやんだら会いに行こう。
冷たくて寒くて凍えたあの手が欲しい。
感覚が麻痺するくらい雪と氷に埋もれてしまえば、こうやって無限に繰り返す言葉もきっと真実になるに違いない。
そう思ってひっそり笑ってからイギリスは静かに「愛している」と囁いた。
雨が降っている。
雨音に混じってロシアがこの家から去っていく気配を黙って見送り、イギリスは俯いたまま自分の内股に伝う白濁した粘度の高い体液を指先に塗り、口元に当てた。
舌先でゆっくりと舐めれば苦みがじわりと広がる。どちらのものだろう、すでに交じり合ってしまって分からない。
ふっと吐息と共に笑みをこぼしながら、軋む体を引きずって姿見の前へと移動する。大きな鏡に映る姿は全身に赤い鬱血した痣が散りばめられた、実に滑稽なものだった。
「レイプされたみたいだな」
まぁ似たようなもんだけど、と呟けば込み上げてくる笑いを抑える術はない。
傑作すぎる。
「出したら満足かよ。ガキだなぁ……全然足りねーんだよ、バカ」
雨の音。
アメリカの眼差し、軍靴の響き、マスケットの硝煙、そして涙の味。
もっともっと塗りこめないとすぐに思い出してしまう。優しいだけじゃ駄目だった。お節介な気遣いだけじゃ意味がない。甘くて柔らかい言葉の数々じゃちっとも癒されたりはしないのだ。
雨が降っている。
この国では雨は珍しくなく、降水量はそれほど多くはないが一年を通じて日々の天候はこまめに移り変わり、身体にまとわりつくような霧雨が飽きることなく降り続く。
けれどこうやって家中雨音で埋め尽くされてしまうようなことは滅多にない。絶え間なく降り注ぐ水滴は屋根や庭で音を立て、イギリスの脳裏をゆっくりと、けれど確実に侵食していくようだ。
六月に降る雨はあの日を思い出させる。アメリカが独立を賭けて巻き起こした戦火はとどまることを知らず、自由を求める彼にはイギリスの声など届くことはなく、最後は土砂降りの雨にうたれながら泥の中に膝をつくことしか出来なかった。
悔しさと怒りと哀しさと愛しさにみっともないほど泣いて、去り行く背中を追い駆けることすら叶わなかった忌まわしい記憶。青い軍服をまとった背中が徐々に小さくなっていく、あの日の映像はモノクロとなった今もまだ脳裏に焼きついて離れない。
涙の断片は叩き割られた硝子のようにイギリスの心の奥深くを抉り、突き刺さったまま消え去ることなどないままだ。
ロシアがこの家に来るようになったのはいつからだったろう……結構前からだったように思う。
そう、あれは何度目になるか分からないアメリカからの招待状が届き、追い討ちをかけるように隣国が「そろそろ祝ってやれよ」と知ったふうな口を叩いたあの日。イギリスはどうしても外せない用事があって嫌々ながらロシアを自宅に招く羽目に陥ったのだ。
六月後半から七月頭は体調も思わしくないので前もって段取りを組み、外へ出なくても済むようにと徹底的に仕事は片付けてきたというのに、何故そういう時に限って最悪の事態を招いてしまったのか今も不思議でならなかった。
とにかく急用のうえ自分は自国を離れることが出来ない事情が重なったため、散々頼み込むようにしてロシアにここまで来てもらったことだけは覚えている。
天敵とも言うべきロシアに、アメリカに対するわだかまりを知られたのは急に出された一枚のポストカードが原因だった。
どうして彼がそんなものを持ち歩いていたのかは知りようもなく、また問い詰める間もなくイギリスはぐるぐると渦巻く思考と視界に翻弄され、気付けばロシアを前に涙を流していた。鋭利な刃物のような彼の言葉はイギリスをさんざんに切り刻み、これまでの腹いせとばかりに少しの容赦もなかったが、反論出来ずにいたのはひとえに切羽詰っていた反動だったのかもしれない。
七月四日を前にしていつだってイギリスの心は穏やかではいられなかった。つねに波打ち立っているのもやっとなくらいの倦怠感と緊張感を味わうことになる。
驚くべき執拗さを持ってあの雨の記憶はイギリスの内側に宿り、こうして一年に一度顔を覗かせては多大なる苦痛を強いた。自分の執念深さに吐き気をもよおし、アメリカの能天気で無邪気で残酷な仕打ちに打ちのめされ、それゆえに簡単にロシアに気を許してしまったのだ。
泣き出したイギリスを見てロシアは最初、心底驚いた顔で対応に困っているようだったが、すぐに彼は楽しそうに笑ってまるで新しいおもちゃを見つけた子供のような態度で手を伸ばしてきた。
冷たいてのひらは氷に触れていたかのようにひやりとしていて、上昇したイギリスの体温を急速に凍らせていく。それが想像以上に心地良くて今度はイギリスの方がびっくりしてしまったくらいだった。
見上げれば狂気と愉悦に彩られたロシアの紫色の瞳がまっすぐに自分を見つめており、そのどこまでも透明で底の見えない暗闇のような眼差しに深く深く呑み込まれてしまいそうになる。
美しいのとは違う、けれど今まで見たことも感じたこともない衝動がその時のイギリスを支配した。髪を掴まれ強引に唇をふさがれたあとも、続いて喉仏に噛み付かれて身体が宙に浮いたのも、床に叩きつけられて全身に衝撃を感じたのも、全部が全部痛みと心地良さの中間を彷徨うような感触でしかなかった。
哀しみと苦しみよりもさらに強い、麻薬のような刺激が欲しい。
何もかもを忘れてしまうのではなく、新たに上書きしていくほど強烈で鮮烈な存在があればいいのにと願い……だから自分から誘ったのだ。
あぁそうだ、ロシアを最初に引きずり込んだのはイギリスの方からだった。
「お前はドラッグだ。そこにいるだけで全てを凍らせ、指先が触れただけで相手を狂わせることが出来る、純度の高い麻薬。依存性が高く効果は抜群。摂取すればするほど深みに嵌って抜け出せなくなる」
そう言って求めれば、人一倍孤独で幼い感情を持った北の大国は、暗い笑みを浮かべて貪欲にイギリスの手を握り返す。
好奇心に満ち溢れたその両の目を、抉り出したらどんな素敵な声が聞けただろうか。
「ロシア。好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ」
雨がやんだら会いに行こう。
冷たくて寒くて凍えたあの手が欲しい。
感覚が麻痺するくらい雪と氷に埋もれてしまえば、こうやって無限に繰り返す言葉もきっと真実になるに違いない。
そう思ってひっそり笑ってからイギリスは静かに「愛している」と囁いた。
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