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 紅茶をどうぞ
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ストイシズム [ 3 ]
 イギリスに呼び出されたのは、お茶会の席がそろそろ終わろうかという時間帯のことだった。
 用のある何カ国かは早めに切り上げて会場を去り、場所を外から室内に移した頃にはだいぶ人数も減り慣れ親しんだ顔ぶれだけとなった。日本と共にリビングのソファに腰掛けながら、出された紅茶を楽しんでいたロシアは、「ちょっといいか」と声を掛けて来たイギリスに対して目を丸くしながらも、興味本位で大人しくそのあとについて行くことにした。
 日本の物言いたげな視線ににこりと笑って手を振れば、イギリスが相変わらず横柄な態度で「こっちだ」と促す。いったい何の用なのだろうかとわけも分からず好奇心いっぱいで後ろにつけば、彼は薄暗い廊下を黙々と進んでいった。
 途中すれ違ったフランスが興味深そうに「どした?」と聞いてきたが、家主にすげなく無視される。ロシアもさぁ?と首をかしげながら先を行くイギリスを追いかけた。
 これでようやく、日頃交流のないロシアにわざわざ招待状を寄越した彼の真意が分かるのだろうかと、ちょっとわくわくしてしまう。

「ねぇねぇ、君の淹れてくれたお茶、とっても美味しかったよ」

 無言で歩く背中にそう話し掛ければ、振り向きもせず彼は短く「そうか」とだけ言った。愛想のなさはいつものこととはいえ、なんだか今日は覇気がないように思う。
 怪訝そうに眉を顰めればイギリスは二階に上がり、突き当たりのドアを開けて中へ入ると、「お前も入れ」と言って顎をしゃくりながら身体をずらした。
 咄嗟に神経を張り巡らせて危害を加えられそうなものがないかを確認しながら、ロシアは床を軋ませながら内側へと入る。こういう時の反応は長い時間を戦場で過ごしたため身にしみついた癖のようなもので、とくに他意はなかったが、それに合わせたようにイギリスの目がわずかに歪んで扉が乱暴にバタンとしまった。

「へぇ、いいところだね」

 褒めたものの、そこは家具のあまり置いていないこじんまりとした狭い部屋だった。ただ天窓があるせいで他よりも明るく、壁一面に細やかな刺繍作品が並んでいるのが華やかに見える。
 レースのカーテンが吊下げられた出窓にはガラスの器がいくつも飾られていて、そのどれもに色鮮やかな花が挿してあったり蜂蜜やミルクなどが満たされているのが奇妙と言えば奇妙だ。
 けれどその理由をロシアなら理解出来る。ここは恐らくイギリスの"友人達"の部屋に違いない。テラスへと続く大きなガラス戸の前に立つと、眼下に広がる庭園が広々と見渡せた。

「で、何の用かな?」
「右手」
「え?」
「右手見せてみろ」

 低く抑えられた声音でそう言われて戸惑うものの、すぐに彼が何を言わんとしているのかを悟りロシアはゆるく首を左右に振った。

「もしかして気にしてくれているのかな? 二日前のこと」
「…………」
「大丈夫、安心してよ。あの部屋に監視カメラは設置していなかったから証拠も取っていないし、騒ぎ立てる気もないから」

 自分の言葉にイギリスが100%納得するとは思わなかったが、一応説明するだけはしてみる。事実、証拠映像も何もないので国際問題に発展するようなことにはならないだろう。
 どうせ弱みを握られたと思い、それを確かめるため彼がここに自分を呼び出したことは一目瞭然だ。これが冷戦時ならばささやかな外交カードにもなっただろうが今の時代にはそぐわない。そもそもその程度のいざこざを握りつぶせないイギリスではないだろう。
 今さら何を不安に思うというのだろうか。

「その点は感謝してる」

 イギリスはどこか苛立ちを滲ませた表情でそう言い、一歩ロシアへと近づいた。そして手を伸ばしてくる。
 指先が触れる手前で身をよじればじれったそうに舌打ちされた。

「右手、無傷じゃないだろ。見せてみろ」
「なんで君がそんなこと気にするの?」
「俺が原因だからに決まってるだろーが!」

 呆れたような言葉と共に、俊敏な動きで屈んでから飛び込むようなかたちで彼は一気に距離を詰めて来た。思わず退きそうになったところで手を掴まれる。
 手袋越しだがかなりの強い力に痛みが走って顔がゆがむ。反射的に振り払おうとすればうまい具合に抑えつけられ、器用に手袋をはぎとられてしまった。さすが元海賊なだけあって手癖の悪さはたいしたものだ。

「包帯、勝手に取らないでよ。巻くの苦労したんだから」

 あまりに強引な態度に抵抗するのも面倒臭くて溜息をつけば、問答無用でイギリスは包帯をといていく。
 手首部分から手の甲、指先までを覆っていた布がほどかれ、最後に貼りついたガーゼを遠慮なくベリッとはがされ血が滲んだ時にはさすがに本気で怒りがわいたが、それもすぐに彼が取り出した怪しげな黒塗りの容器を前に意識が傾いてしまった。

「な、なにそれ?」
「カッパノミョウヤクだ」
「カッパ……?」

 意味不明な単語を口にしながら、彼は蓋を開けて中のクリーム状の何かを指ですくい、掴んだままのロシアの右手に塗ろうとした。
 ぎょっとして思わず叫び声を上げる。

「ちょ、ちょっと待って!」
「うるせーな」
「そんな怪しげなもの、やめてよ!」
「しみたりしねーし速効治る。日本の家のヨウカイ?にもらったものだ」

 ヨウカイ?
 どことなく聞き覚えのある単語に引っかかりを覚えて一瞬思考がそちらに逸れれば、容赦なくイギリスはとろりとした薬らしきものを火傷の上に乗せた。ひきつれた皮膚に指先が触れてぴりりと刺激が走るが、塗られたもの自体は確かに彼が言う通り痛みはない。
 むしろじわじわと広がるぬくもりを感じて驚いた。

「え、えーと?」
「どんな傷にも効く特別な薬なんだ。安心しろ」
「ふぅん。……あ、思い出した。ヨウカイって日本君ちに昔からいる妖精みたいな存在だっけ?」
「あいつらはいい奴らだったけど妖精と一緒にすんな!」
「君、本当に人外の存在とだけは仲良くなれるんだねぇ」
「だけってなんだ、だけって!」

 カッとなったイギリスが噛みつくようにそう言えば、逆にロシアは楽しい気分になって口元を弛めた。殊勝な態度も悪くはないが、やはりイギリスはこうやって忙しいくらいくるくると表情が変わる方がいい。
 煩いなぁと思いながらも文句の尽きない彼の顔を見ていると、それだけでなんだか気持ちが弾んでしまうのだから我ながら面白い。
 恐らくどんな娯楽映画を見てもこんなに笑える場面には遭遇出来ないだろう。現実味のないふわふわとした感情を掠めさせながら、ロシアは痛みの引いた右手をじっと眺めた。
 傷はそう簡単に消えないだろうが、どうやら薬の効果は嘘ではないらしい。

「ふふ。ありがと、イギリス君」
「勘違いするなよ!? 別にお前のためじゃなく俺が負わせた怪我だから仕方なくだな!」
「それでも気にかけてもらえてとっても嬉しい」

 素直にそう言えばイギリスは面喰ったように押し黙った後、ぎゅっと眉間に深い皺を刻んで顔を背けた。その頬がわずかに赤くなっている。
 随分と珍しいこともあるものだ。
 ロシアを前にすると彼の態度が硬化するのはいつものことなので、嫌悪感たっぷりの罵りを浴びせられるのは別になんとも思わない。あくまでイギリスらしいと言えば実にイギリスらしいことなので、それがないとかえって薄気味悪く感じてしまうくらいだ。
 それでもこうやってイレギュラーな応対を受けるのは悪くなかったので、理由はどうあれ今の状況はロシアにとって喜ぶべきものであることに違いない。

「イギリス君?」
「お、お前……なんで俺にあんなことを言った?」
「あんなこと?」
「好き、だなんて、どう考えてもおかしいだろ!」
「う~ん、そうかなぁ」

 強い物言いにロシアは首をひねりながら自分の言葉を反芻してみた。
 好きだから好きと言った。そのことの何がおかしいのだろうか? 自分は性格的にも嫌いなものを好きだと言えるほど器用ではない。外交の場で正直に嫌いと言いきってしまってはよく上司に小言を言われたくらいだ。
 そもそも"恋"なんてなんだかよく分からない感情だったし、考えるのも面倒臭いので最初から思考を放棄してしまっている。
 甘くて、柔らかくて、暖かい。そういう春の妖精の魔法はとても気持ちが良かったので受け入れたまでだ。それ以外特別なことなど何もない。

「ねぇ、好きなものは好き、ってだけじゃ駄目なの?」
「それは単なるガキの我儘だろ。ったく、だからお前みたいな奴が一番信用出来ないんだ!」
「そうだろうね。僕も君が世界で一番信用出来ないって思ってるよ」

 あっさりと同意すればますます奇異な目で見られる。
 イギリスの視線の鋭さに訳が分からず苦笑を浮かべれば、露骨に嫌な顔をされたがまぁごくごくありふれた光景なのでどうでもいいだろう。
 ロシアは包帯をくるくると右手に巻きつけながら、ムッとした顔のイギリスをちらりと窺った。このままではいつか彼の目と目の間にある深い溝が消えなくなりそうだ。

「どうせ口先ばっかの適当さで、力でねじ伏せればなんでも手に入ると思ってんだろ。ま、俺はそんな甘ちゃんでも安っぽい国でもねーけどな」
「僕も別にイギリス君と勝負したいわけじゃないからね」
「じゃあなんだってんだ!」

 イラついた怒鳴り声に軽く肩を竦めると、ロシアは薄く笑みを浮かべたまま窓辺に立って外を見た。
 満開のバラの花が暮れなずむ日の光を浴びてゆるやかに輝いている。本当に、イギリスが丹精込めて育てただけあってそこいらのものとは段違いで美しい。しかも"彼女たち"お気に入りのこの部屋からの眺めは抜群だ。

「だからね」
「なんだよ」
「文字通り、好きなの。君のことが好き……って、もしかして好きって意味、分からない?」
「そういうお前こそ分かってんのか?」
「僕? 分かってるよ」
「じゃあお前は俺のどこが好きだって言うんだよ? まさかこの俺と恋人同士になりたいだなんて思ってやしねーだろ!」
「恋人……?」

 恋人って、なに?
 一瞬イギリスの言葉に頭が回らなくなって返答に詰まれば、彼は怒りをたたえたまま食って掛かるように身を乗り出してきた。至近距離で睨みつけてくるその瞳の色が綺麗だなぁと思ったのもつかの間、胸倉を掴まれたのち思い切り壁に突き飛ばされる。
 そのままの勢いで殴りつけられるかもしれないとわずかに目を伏せれば、幸いなことに拳は降ってこなかった。さすがに二度目の傷害事件は自重したといったところか。

「痛いよイギリス君」
「とにかく二度と俺に気色悪いことを言うな」
「さぁ? それは僕が決めることだよ」
「……っ。ほんっっと頭に来る野郎だな!」

 盛大な舌打ちとともに踵を返すと、こちらに背を向けてイギリスは出口に向かった。折角だからもう少し二人きりでいたかったが、残念なことにタイムリミットのようである。
 出ろ、と合図されて仕方なく廊下に出れば、来た時と同じようにまたイギリスのうしろについてリビングに戻ることとなった。

「紅茶、また淹れてくれると嬉しいな」

 階段を降りながらそう声を掛けてみれば、イギリスは不愉快そうにフンと鼻であしらったきり何も言わない。それでも気にせずロシアは続けた。

「お茶会も楽しかったし、バラも綺麗だったし、火傷の手当てもしてもらったし、今日は本当にいい一日だったなぁ」
「…………」
「ありがとね、イギリス君」

 機嫌の良さにスキップしかけてさすがに止める。これ以上イギリスを怒らせてもいいことはないだろうし、ロシアとしても楽しくはない。
 代わりに浮かれてふふふと笑えば、イギリスはやっぱり何も言わずに前を向いたまま、小さく溜息をついたのだけが分かった。


* * * * *


 リビングへ戻ると日本とフランスがソファに並んで腰かけ、何やら話をしている姿が見えた。イギリスとロシアが室内に現れればにこやかな表情で立ち上がり、「新しい紅茶をお持ちしますね」と言って日本の姿はキッチンへと消える。

「あれ、アメリカは?」

 そう言えばさっきまでここにいたアメリカとカナダの姿が見えず、妙に室内が静かに感じられた。カナダはともかくアメリカはそれだけ存在感があるということなのだろう。―――― ようは騒々しいだけなのだが。
 首を巡らせながらイギリスが問えば、フランスはあぁと頷いて短く答えた。

「帰った」
「帰った!?」
「腹もいっぱいになったからもう用はないだと。ホストに挨拶も出来ないのかね、あの坊ちゃんは」

 やれやれと呆れたような溜息をこぼしつつ、青い目がちらりとロシアの方を向く。あまりいいとは言えない眼差しに小首をかしげて見せれば、彼は口元に嫌な笑みを浮かべてもう一度イギリスの方を向いた。

「で、お前さんは客を放っておいてロシアとなにしてたのかな?」
「うっせーヒゲ。てめーには関係ねーよ」
「アメリカが気にしてたぞ~?」
「アメリカが?」

 ぴくりと反応を示すイギリスの横顔を、ロシアが相変わらずだなぁと思いながら眺めていると、彼は傍から見ても分かり易過ぎるほど嬉しそうに小さく笑う。
 そんな表情を前にフランスは爆笑しながらイギリスの背中を思いっきり叩いた。

「元ヤンのお前がロシアをいじめてるんじゃないかってな!」
「はぁ!? んなわけねーだろ!」
「さあ、それはおにーさんはわかりませーん」

 人を食ったようなその態度にイギリスが殴りかかれば、フランスもすかさず応戦体制に入りいつも通りの光景が広がる。会議の時だけでなくプライベートでもこの二ヶ国は随分と仲が良いようだ。
 ロシアが思わずくすっと笑ってしまえば、空気を読んだのか日本がティーカップを四つトレイに乗せて戻って来る。
 すぐに英仏両国は息もぴったりに離れて何事もなかったような顔をした。

「イギリスさんが淹れた紅茶には及びませんが、どうぞ」
「ありがとー」

 差し出されたカップを受け取ってロシアは、早速とばかりに淹れたての薫り高い紅茶に口をつける。丁度喉が渇いていたこともあってとても美味しい。
「日本君はケンソンが好きだよね」と言えば彼は柔らかな微笑を浮かべたまま何も言わなかった。

「そう言えば本当にお前ら、なに話してたんだよ?」

 同じように紅茶を飲みながらフランスが話題を戻す。興味本位に見せかけながらも探るような視線を向けてくるのは、『国』として気になることがあるという顔だ。
 イギリスはイライラした表情のまま先ほどの言葉を繰り返す。

「だからお前には関係ないって言ってるだろ!」
「でもお互い世界で一番嫌いって公言している二カ国が、なんだか知らないうちに急接近してたら気になるもんじゃないか。なぁ日本?」
「え、ええ……まぁ……その、それなりに……」
「急接近だなんて気色わりーこと言ってんじゃねー!!」

 急に振られた日本がびっくりしながらしどろもどろに応えれば、イギリスは顔を赤くしながらフランスの言うことを否定するように声高に叫んだ。
 その必死さ具合がからかわれる元だということに、いつになったら彼は気付くのだろうか。ロシアは笑顔のまま口を挟んだ。

「薬をもらってたんだよ」

 その声に三者三様、視線が注がれる。
 別に助け舟とまではいかないが、隠す必要もないので余計な嫌疑を受けないためにも説明はしておいた方が無難だろう。あらぬことを詮索されても鬱陶しいだけだ。

「薬?」
「うん。この前イギリス君との会談の時にね、彼の不注意で僕火傷しちゃったんだよ。結構酷かったんだけど特効薬があるって言うから塗ってもらったの」
「火傷に効く薬、ですか」
「いや、火傷っつーか、ほらあれだ。カッパノミョウヤク」
「あ、あぁ……あれ、ですか」
 
 イギリスの補足説明に、何故か日本は動揺した様子を見せた。
 きっと彼はヨウカイが見えないから、その薬の存在を見てもカッパの実在を認めることは出来ないに違いない。いろいろ厄介なんだなぁとロシアが思っていれば、日本は気持ちを切りかえるようにぽん、と手の平を打ってこちらを見つめた。

「なるほど、だから今日はロシアさん、右手を一度も使っていなかったんですね」
「え?」
「利き手に怪我をしたんだな、とちょっと気になっていました」
「へぇ~」

 本気で驚いた。
 いろいろと気を使う彼のことをよく知っているつもりでいたが、これは想像以上ではないだろうか。普段それほど親交のないロシアとたったの半日一緒にいただけで、相手のことが分かってしまうなど不思議としか言いようがない。
 ロシアならきっと日本が怪我をしていても全然気が付かないだろう。というよりもむしろ他人の状態になど関心がないと言った方が早い。

「そうなんだ。すごいね、日本君」
「見てますから」

 どこかで聞いたことのある言葉とともに、ふっと黒塗りの目がまっすぐに向けられる。その濡れたような瞳にロシアの姿が映し出しされ、まるで心の奥の方まで見透かされてしまいそうな気がして居心地の悪さを感じてしまう。なんだろう、意味が分からない。
 じっと見上げたまま動かない彼のことを、イギリスとフランスも怪訝そうに見守っていた。

「……日本君? どうしたの?」
「なーんて。まぁ一緒にいればたぶん私だけじゃなく他の人も気付いたと思いますよ」
「ふーん……そういうもの?」
「ええ、そういうものです」

 ゆっくりと視線を緩ませて彼は穏やかな笑みを浮かべると、ティーカップを傾けて静かに紅茶を飲み干した。
 ロシアもとくに気にすることなく軽く小首を傾げるだけにとどめる。違和感はあるものの問い詰めるほどのことでもないだろう。日本のことだから害になるようなことはあるまい。
 そう思って気持ちを切り替えると視線を転じた。何気にイギリスの方を向けばその後ろにある壁時計が目に入る。

「あ、もうこんな時間」

 気付けばすっかり外は夕暮れ時になってしまっていた。
 今夜の宿泊はロンドン市内のホテルを予約しているので、あまり長居しすぎるとチェックインの時間が遅くなってしまう。
 そろそろ移動しなければ明日の予定にも響いてしまうので、ロシアは手にしたカップをソーサーに戻した。気付いたフランスが腕時計を確かめる。

「ホテルはシティなのか?」
「うん。ということで僕もそろそろお暇することにするよ。今日はお誘いありがとう、イギリス君」

 声を掛ければ彼は立ち上がってキッチンの方へと向かった。
 なんだろうと思っていればすぐに手に小さな包みを持って戻ってくる。

「バラのジャムだ。手土産に持って行け」
「いいの?」
「毎年ゲストみんなに渡しているからな」
「そうなんだ。うん、ありがたく貰うことにするよ」

 毒入りじゃないことを祈るね、と言えば遠慮なく蹴飛ばされた。
 それが本気で怒っているのかそうでないのかいまいち判断はつかなかったが、ロシアは大事そうにジャムを手にして上機嫌に笑った。
 帰国してもまたバラの香りを楽しむことが出来るだなんて、なんとも嬉しいプレゼントを渡されたものだ。

 ―――― 今日は少しは仲良くなれたかな。

 気分良くそんなことを思いながら、ロシアは三人に手を振ってイギリス邸をあとにした。



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