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 紅茶をどうぞ
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Envy
 コンクリートのジャングルに囲まれた、大都市ニューヨーク。
 世界会議という名目で集まった各国はアメリカを中心に連日会議に明け暮れ、そのわりに大した実りもないまますでに三日が経とうとしていた。
 いつものこととはいえ有益な話し合いは行われず、実質本来の意味での政治外交はそれぞれ上司たちに一任してあるので、自分達はこれといって深い決議に持ち込まなければならないような案件とは無縁であった。

 ヒーローやらジェニーやら、毎度お馴染みの単語がアメリカの口からぽんぽんと飛び出せば、会議は終盤に近づいたと見ていい。
 ようは飽きているのだ。
 イギリスとフランスが喧嘩をはじめ、スイスが銃を構え、ドイツがこめかみに青筋を浮かせながら怒鳴り散らし、オーストリアが眼鏡を直すのと同時に溜息をつき、イタリアとギリシャがすっかり熟睡してしまっているのを横目に、日本は携帯電話をちらちら見ながら気もそぞろになっている。恐らく見たいアニメ番組があるのだろう、これも毎度のことだ。
 そのまま散会の挨拶もそこそこに中国が香港をうながして席を立ち、その他の面々も部屋を後にすれば自然と会はお流れとなっていく。
 


◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 



 アメリカは会議終了後はイギリスやフランス達と立ち話をするのが慣習になっていて、適当に鞄に配布物を突っ込むといつも通り彼らの席へと移動した。ちょっとした社交辞令に等しい。
 ふと歩みを進めたその横をドイツとイタリアが通り過ぎ、彼らの姿が視界の端から消えかけたのに合わせて、聞き慣れない声が後方から響いた。騒がしいそれになんとなく視線を追いかけるようにずらしてみる。
 すると戸口には実に横柄な態度で頭に小鳥を乗せた男がいた。特徴的な銀色の髪と赤い目がやけに目を惹く。

「よお、イタリアちゃんとヴェスト! お疲れさん!!」

 無駄に偉そうな明るい声音にイタリアの陽気な声が重なった。

「あ、プロイセーン。どうしたの? 今日はこっちに来てたの?」
「おうよ! ヴェストがビールを奢ってくれるらしいからな!」
「へぇ、そうなんだー。ね、ね、俺も混ざっていい?」
「勿論だぜ! イタリアちゃんなら大歓迎!!」

 腰に両手をあてて仰け反るように笑いながら、その男はなんとも嬉しそうな顔をしてふっと両目を細めた。口調とは裏腹なやけに大人びた表情だと思う。
 それから男は何かに気付いたように室内に視線を転じて、今度は一瞬だけ複雑な表情を浮かべたのち、どこか形容しがたい笑みを口元に刻んだ。いろんな感情が一度に詰め込まれたようなそれがあまりにも不思議なものだったので、つい興味を惹かれてアメリカもまた同じ方向を見る。
 そして知らず息を呑んだ。
 いつもだったら誰がどんなに騒いでいようが、無関心で無頓着なあのロシアが、何故か自分と同じようにその男のことを見ているではないか。
 おかしな光景だ、と思いながら見守っていれば、ロシアは鞄を手に戸口へと向かって行く。それに合わせて銀髪の男もドイツやイタリアにちょっと待っているように言って、歩みを進めた。

「よお。久しぶりじゃねーかロシア。カッコイイ俺様を思う存分褒め称えてくれて構わないぜ!」
「ふふ。相変わらずだね、プロイセン君」
「お前、今日はもう帰りなのか?」
「うん。ベラも早く帰って来いって煩いし」
「あーあの妹、相変わらずこええんだろうなぁ。でもさっさと帰ってやろうだなんて、お前も案外いい兄貴じゃねーか」
「遅くなると家のドア壊されてベッドで待ち伏せされちゃうんだ……」
「……そ、そうか」

 実に和やかな会話がなされている。
 アメリカはそれまで、ロシアと普通に話が出来る国が存在するとは思ってもみなかった。北の大国として周辺諸国はもちろんのこと、古株連中の集まる欧州各国からも彼は敬遠されていた。世界中からある意味おおいに注目されている分、多大な誤解も受けている。怖がられたり怯えられたりはしょっちゅうで、まともに面と向かって言い合えるのは自分くらいのものだった。
 別にアメリカにとってロシアは恐れるべき相手でもなければ、遠慮しなければならない国でもない。冷戦以降は宇宙開発事業を中心に各分野において提携を深め、それなりにうまく付き合っていると思っている。
 いや、それよりももっとずっと昔から、自分達は近い距離でお互いを意識して来たはずだ。

 ―――― 鉄のカーテンの表裏を指先で撫で続けてきたように。

 そんなふうにぼんやりとしていれば、賑やかな声はさらに続いていく。

「心優しい俺様が、せっかく飲みに誘ってやろうと思ったのにな!」
「え?」
「ビールはいいぜぇ。なんと言ってもヴェストの奢りだかんな!」

 勝手な言い草に後ろでドイツが何か言いたそうな顔をしているのが見えるが、男は全く頓着していない。
 それよりも続けられたロシアの態度の方が大問題だ。ぱぁっと表情が急に明るくなり、彼は男の手を今にも取らんばかりの勢いで言う。

「本当? 僕も行っていいの?」
「何だよお前、早く帰るんじゃなかったのか」
「プロイセン君が誘ってくれるならどこにだってついてくよ」
「まぁ、俺様は小鳥のようにかっこいいからな!」
「それって握り潰せちゃうくらいってこと?」
「げ! 不穏なこと言うな!!」

 と絶叫しながらも、廊下で待つドイツに「一名追加な」と言ってにやりと笑うその横顔は、どことなく満足そうに見えなくもなかった。

 ……面白くない。
 なんだか非常に面白くない。

「ねぇイギリス。あの煩い男は誰だい?」

 なんとなくその場にいた誰もが彼らを見守る形になっていたので、傍にいたイギリスに聞いてみる。すると彼は驚いたように両目を見開いてから眉間に盛大な皺を刻んだ。

「お前なぁ、忘れんなよ。プロイセンじゃねーか。大戦前からずっと内政干渉してただろ?」
「え? ……あぁ、あの『封じられた名前』の国?」

 大戦前から、の言葉でようやく脳裏のもやもやとした霧が払われる。
 どこかで見たことがあるような気がしていたが、あいにくと交流のあまりない他国の顔は五分で忘れてしまうのがアメリカだ。いつものことながら思い出すのに時間がかかってしまう。
 確かドイツの兄弟だかなにかだった気がする。ヨーロッパはごちゃごちゃしていて歴史も入り乱れているためなかなか把握しづらかった。よくそのことで上司から小言を言われるが華麗なスルーは欠かせない。

「ところでさ、彼、随分ロシアと仲が良さそうだけど」
「仲良くはねーだろ。ただ旧ソの関係でずっと一緒だったからな」
「彼もソ連の一部だったっけ?」
「お前はもうちょっと世界情勢覚えとけよ! あいつは東ドイツだ」
「あぁ、そう言えばそうだったね」

 言われてドイツが一時期分断されていたことを思い出した。
 先の大戦終結後、アメリカが中心となって行った戦後処理の数々が頭をよぎる。そうだ、ドイツにおける冷戦の縮図。ベルリンの街をぐるりと取り囲む巨大な壁の出現はお互いの緊張感を嫌でも高めた。それによるロシアとの空輸合戦も記憶に新しい。そしてついに迎えた崩壊の日、テレビを通して見たあの熱気はまさしく生まれ変わろうとする国の胎動だった。
 記念にともらったあの壁の欠片は、今もおそらく倉庫のどこかに転がっていることだろう。

「今は東西ドイツが併合されて、プロイセンの野郎もドイツと同居してるみたいだけど、ちょっと前まではロシアんとこにいただろ? だから好悪は別として未だに繋がりは深いんだろうな」
「へぇ」
「弟に任せっきりで公けの場に出てくることはなくなったが、今日は珍しく来てたんだな」

 どこか感慨深げにそんなことを言うイギリスに生返事をしながら、アメリカは再び二人の姿を視界におさめた。
 どうやらプロイセンの誘いにロシアは応じたようだ。ドイツとイタリアに「よろしくねー」と声を掛けるのが背中越しに見える。いつもなら決して近づくことはないくせに。
 体は勝手に動いていた。イギリスが「お、おい? アメリカ?」と呼び止めるのも無視してつかつかと歩み寄ると、能天気な顔をしたロシアに向かって無遠慮に声を掛ける。
 自分でもそうと分かるくらい低い声音だった。

「どこか行くのかい、ロシア」
「あれ、アメリカ君。どうしたの、君が僕に話し掛けて来るなんてどんな天変地異の前触れ?」

 氷を張ったような冷たい目が作り笑いの見本を浮かべ、まっすぐにこちらを見据える。そのままロシアは若干詰められた距離を開いた。まるで“ここまでがアメリカが立ち入ってもいい場所”と決められているような気がして頭にくる。
 しかも無意識なのかわざとなのか、アメリカの存在などまるっと無視してプロイセンはロシアのマフラーを気安く引っ張った。

「おい、行くぞ」
「ちょっとプロイセン君」

 首締まるからやめてよ、と言いながらもまったく怒る気配のないロシアを前に、アメリカは何か不思議なものを見るような気分に陥った。
 ありえない。バルト三国ならきっと怯えて震えて逃げ出すだろう。ロシアと臆することなく接することが出来るのは世界で唯一人、アメリカだけのはずだ。こんなのは認めない。

「ねぇ君。邪魔だよ」
「ああん?」

 ずいっと一歩踏み出てプロイセンを見下ろせば、彼はルビーのような瞳を胡乱気に歪めて不機嫌そうな顔をした。 

「なんだよ」
「君みたいな小さな国がロシアの隣りにいたら邪魔だと思うけどな」
「はぁ? なんだそれ意味わかんねぇ。それに俺はもう『国』じゃねーんだよ」
「『国』じゃない?」

 意外な答えに首を傾げれば、プロイセンは忌々しそうに舌打ちをしてドスの効いた声で続ける。

「お前らが勝手に俺の名前をこの地球上から消し去ったんだろうが。おかげで未来永劫『プロイセン』なんて場所は存在しなくなっちまった」
「じゃあなんで君はここにいるんだい?」
「さぁな。だけどどんなにお前が大国でも、俺には一切手出しは出来ないってことだ」
「……どういう意味だい?」
「フン、残念だったなアメリカ合衆国。自慢の経済力や軍事力も存在しない国相手じゃなんの役にも立たねーよ」

 なんてったって俺様は超特別な存在なんだからな!と尊大な態度で言い放ち、彼は無言でこちらを見ていたロシアに向って顎をしゃくる。

「ほら行くぜー、来いよロシア」
「ちょっと! 僕に指図するのやめてよね、プロイセン君」
「じゃあお前、アメリカとよろしくやってたいのかよ?」
「冗談。アメリカ君の相手をする暇があったら、君にホットケーキ焼いてもらった方がずっといいものね」
「ふん、しょうがねーから今度奇跡のメイプルシロップを特別につけてやるぜ!」
「わーい、ありがとうプロイセン君!」

 盛り上がる彼らにとって、アメリカの存在などすっかりなかったことになっているようだ。
 二人は押し黙ったままのアメリカを置いてその場を後にする。ドイツとイタリアを追いかけるように去っていくその背を咄嗟に睨みつければ、ふとプロイセンがわずかにこちらを振り向いたのち、にやりとその薄い唇の端を吊り上げた。
 そしてロシアのマフラーを指先でこれ見よがしに掴んでから、べーと舌を出す。

「……っ!!!」

 なんて子供っぽいことを!
 ちり、とこめかみに苛立ちにも似た痛みが走った。まさかこの自分が、アメリカ合衆国が、こんな態度を取られる日が来ようとは思ってもみなかった。
 ロシアへの態度と言い、自分への態度と言い、抑えきれない何かが思わず滲み出そうになる。
 あぁそうだ、これはきっと。
 


◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 



 辿り着いた店でプロイセンは、「さすが俺様のベーは世界一!」などと言って満足そうにふんぞり返っていた。
 ロシアはビールのグラスを傾けながら、アメリカの不機嫌この上ない顔を思い出して同じように小さくくすっと笑う。まさしく溜飲が下がりまくりである。
 思いもかけず面白い事態となったようで、今後が実に楽しみだ。プロイセンに悪気はないのだろうが、彼が連合国側に抱いた決して消えない複雑な想いを垣間見ることが出来たのがいい。
 愛するフリードリヒ大王の国『プロイセン』の名を永遠に失った彼が、アメリカに対して割り切れないものを感じていたのは安易に想像がついた。こんなふうに意趣返しをしてみせるとは想像だにしなかったが。

「プロイセン君って意地悪だよね」
「今頃気付いたのかバーカ」
「ふふふ♪」
「お前こそ良かったのか。ありゃ完全に怒ってたぞ」

 黒ビールをがぶ飲みしながらそんなことを言う彼に、ロシアはうん、と頷いて嬉しそうに頬を緩める。

「アメリカ君がああいう顔するのはじめて見たんだー。気分良かった!」
「はー……相変わらず趣味悪ぃ奴」

 好きな人はいじめたくなるものでしょ。
 そう言えばプロイセンは「フリッツも同じこと言ってたような」と言って、歴史に名を馳せる名君のプライベートをさりげに暴露していた。
 その辺はあまり知りたいわけではないので追求するのはやめておく。

「さぁ飲め飲め! 小鳥のようにカッコイイ俺様が許す!」
「ドイツ君持ちだけどね~」
「さすがは俺様の弟だぜ!」

 盛り上がるプロイセンの後方でドイツがやはり何か言いたげにしていたが、絡みつくイタリアの相手でいっぱいいっぱいなのか、そのまま自分勝手な発言は流された。
 プロイセン相手に突っ込むのは無意味に等しいという、経験上ゆえの対応なのかもしれない。

 なににせよ、ロシアは陽気な彼らを前にグラスを空けながら、明日アメリカに会ったらどうやってからかおうかと、そればかりを考えていた。
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